王都で楽しむ 3
お待たせしております。
アードラーとラナの感動の親子の再会を見届けた俺は、残りの生存者の捜索を行うことにした。
<相棒、今獣人の親子に出会ったんだが、娘さんの方がぬいぐるみだったんだが……>
<はあ? いきなりなに言ってんの? 何か変なものでも食べた? ああ、心配だな。落ち着いたらそっちに行くから声をかけてね>
やはり相棒でもあの事態をいきなり飲み込むのは無理があるようだ。頭の具合を心配される始末だが、俺も彼女からそのような事を聞かされたら同じ言葉を返す自信はある。
あのラナという少女のぬいぐるみ(?)が何故言葉を喋り、自在に動けるのか今も気になって気になって夜も眠れないほどだが、今の優先順位を間違えるわけにはいかない。
これも数ある欠点の一つなのだが<マップ>はその構造上、上から見下ろす形で表現される。高層建築など殆どないこの世界での普段使いでは全く問題ないのだが、二階と一階に人がいた場合は同じ部屋にいるのと同じように表されるのだ。先程までの救出で全ての人員を助け出したと思ったのだが、<マップ>にはまだ3つの今にも消えそうな生命反応がある。ラナがいたような屋根裏部屋が他にもあるのか、あるいは地下に秘密の部屋があるかのどちらかだろう。
ダンジョンで階段を探すときのように<魔力操作>を使ってもよいのだが、流石は王都と言うべきか魔力持ちが非常に多いので感付く奴が出るだろう。あの5人もゾンダを除いてかなりの魔力持ちだ。特に瑞宝はそこらの魔法職など目じゃない程だ。
彼女について謎は深まるばかりだが、謎は美女に付き物だからな、深くは聞かないに限る。
魔法を使わなくてもここに詳しい奴を手に入れたばかりだから、そいつから聞けばいい。隷属の首輪のお陰で余計な嘘もつけない便利な情報源だ。
「おい、これが全てじゃないよな」
「は、はい! 商品がいるのはここだけです」
商品ね。こいつらの性根を叩き直してやりたい、大掃除で一気に消しすぎたな。己の罪深さを思い知らせる前に地獄へ送ってやったことが悔やまれる。
「他には?」
「あ、あとは商品にもならない奴を廃棄するゴミ箱があります」
こいつと会話するだけで俺の忍耐を消耗する。顎をしゃくって案内するように示すと、その40がらみの男は弾けるように走り出した。
その間、俺の関心でも買おうとしたのか、頼みもしないのに自分が捕まった状況を話し出した。
どうやらこのクズは女達に手を出そうとしてバレたらしい。女たちは商品価値を高めるため全員が生娘らしいが、一人くらいおこぼれがあっても良いじゃないかと俺に同意を求めてきたので、殺さない程度に蹴り飛ばした。なんでこの下種と同列に扱われないとならんのだ。
こいつをここで殺すのは容易いが、俺以上に憎悪を抱いている人たちがいるだろう。それに間違いなく公開処刑になるだろうから、王都の民の楽しみを奪う訳にもいかない。
処刑は庶民もタダで楽しめる貴重な娯楽の一つだ。こいつは大勢から悪罵を叩きつけられながら残酷に殺されるべきだ。
思わず蹴り飛ばしてしまったが、場所そのものはもうわかっている。俺の視線の先には床の一角に地下への階段が続いているのだろう跳ね上げ式の床板が見えた。
俺の蹴りでのたうち回る男を無視して鍵のかかった床板を外すと猛烈な悪臭が漂った。俺自身は縁のないものだが、失った記憶がその悪臭が死臭と腐臭だと教えてくれた。
何故俺の記憶にそんなことが解るのかなど気にもならない。間違いなくロクな人間ではなかったのだろう事は想像に固くない。
せめてこちらでは真っ当な人生を、とも思うが既にソフィアを狙った暗殺集団とこのならず者どもを団体で地獄に送り込んでいる。
どうしてこうなったと嘆くより俺の周囲にどうしようもない外道が多すぎるのだと思おう。その方が精神衛生上きっとよいはずだ。
倉庫は元々暗かったが、さらに闇が支配する地下に降りるにあたって俺はまず服を着替えることにした。
いきなり何を、と思われるかもしれないが、今の俺の服装はダンジョン向けの装備で上下だけで金貨200枚はする高級品だ。貴重な素材は主に裏側に使われていて見た目は普通の服なので、冒険者ギルドで阿呆に絡まれたりする欠点はあるものの、普段使いできる点で重宝している。
俺はこれから地下で生きている者を助け出すつもりだが、多分自力で歩けないだろうし、背負ったり担いだりすれば間違いなく汚れるし臭いがつく。助け出す事に異論はないが、どうせ汚れるなら安い服がよい。
様々な悪臭が充満するせいで既に嗅覚は麻痺している。<暗視>もあるが、普通に光源を出して地下に降りた俺の目に飛び込んできたのはうず高く積まれた死体の山だった。
おいおい、こりゃ今回初めて倉庫を使ったって量じゃないな。少なくとも数回は死体置き場として利用しているはずだ。
正確な人数を数えられないほど多い死体を前に、サウル子爵家の罪が確定した。絶対にかなり前からこのような人攫いが行われ、この倉庫が使われたのだろう。でなければそこかしらに見える白骨の説明が出来ない。たとえ弱みを握られて脅されたような事情があっても許されることではないな。
死体も問題だが、まずは生者を優先しなければ。といっても瀕死であろう生存者が立ち上がってここだと言うわけでもなく、これではどれが死体でどれが生存者なのか見分けはつかない。
一瞬途方にくれたが、考えてみれば生きていれば<アイテムボックス>に入らないのだ。それにここで終わりを迎えた彼等とて、どんな人生を送ってきたにしろこんな終末を迎えてよいほどひどい人生だったとは思わない。
縁もゆかりもない俺だが、亡骸を弔い、魂を慰める位はしてやりたいと思う。死者になにかをしてやれるのは生者だけの特権だ。
悪いと思いつつ、彼等を<範囲指定移動>で<アイテムボックス>に入れると死者の数が解って嫌な気分になる。
25人も死体が転がすとか、いったいどれだけ拐ってきたのか?
売る方だって、できれば金にしたいはずだ。死んでしまうのは想定外のはずだが、その想定外がここまで重なるにはどれ程の回数が必要なのか?
それを長期間見逃していた子爵家も無関係なはずがない。どんな言い訳をしようと、死者の無念を晴らさせてやる。
短く瞠目し、彼らの安らかな眠りを祈ると視界には二人の人間の姿があった。
一人は子供だ。よくこの悲惨な状況の中生きながらえる事ができたと思うほどガリガリに痩せているが、生きているのは確かだ。衣服も剥ぎ取られ全裸であるが、自分で起き上がる力もない子供を引っ張り上げると、それ以上に目を覆う状況であることが解った。
「ひでぇことしやがる……」
その子供は両目を潰されていた。その痛々しい傷跡は見るだけで胸糞悪くなるほどだ。どのような理由があろうとこんな子供に行って良い所業ではない。
「おい、意識はあるか? 助けに来た! ここから出るぞ!」
俺の声が聞こえたのか、子供からうわごとのような掠れた声が聞こえる。
お……ねがい……ころ……し……て……
瞬間、全身の血が沸騰しそうなほどの怒りが込み上げた。まだ人生10年も生きていないような子供がその生に絶望して死を希がっていた。
この子をこんな境遇に追い込んだ奴、そしてその運命に俺は殺意を覚えるほど怒り狂った。これほどトサカにきたのはソフィアと初めて会った日の夜に寝惚けた事をぬかしたとき以来か?
「ふざけんな! お前は俺が拾ったんだ、拾ったからには俺の物だ! 俺が良いというまでは絶対に死ぬことは許さんからな!」
決めた。俺は決めた。このガキが生きてて良かったと泣いて実感するまで面倒を見てやる。目をきちんと治して綺麗なモノをいっぱい見せて、美味いモノを腹一杯食わせて、世界はこんなに良いものなのに死ぬなんて勿体ないと心の底から思わせてやる。
世界に絶望したガキにまだまだ捨てたもんじゃないと絶対に認めさせてやるからな。
様々なもので汚れたガキを担ぎ上げたら、あると思っていたものがついてなかった。いかん、ガキではなくこの”子”だな。しかし髪はボサボサで酷く痩せたこの齢の子供なんて性別の見分けなんてつかないな。とりあえず女の子をこのままにして地上に上がるわけにもいかないから何か着せるか……しまった、適当な服が俺のさっきの装備しかないじゃないか。誰か適当な服……はなさそうだ。いあ、あるにはあるんだが、玲二雪音が創造した異世界の服なのだ。”湯に黒”なる安い服を考えて創造したから気にするなと言われたが、ここの服とは次元が違う出来で目立つことこの上ないのだ。
仕方ない、とりあえず俺の上着を着せて潰された目には布を巻いておこう。衆目に傷跡を晒すのはかわいそうだしな。
とりあえずの応急処置としてポーションを飲ませた。力尽きる寸前で液体を飲み込む力もないはずだが、口に含むだけでも効力を発揮するポーションはこういうとき便利だな。だが、失った体力はポーションでも回復魔法でも取り戻す事はできない。栄養のある食事と休息だけが特効薬だ。
俺に担がれた時点で既に意識が途切れていた少女を背負ってもう一人の男(体格で解る。あれは間違いなく男だ)に向かおうとした俺は横にあるゴミ捨て場がもぞりと動くの見た。吸い寄せられた視線の先には巨大な犬が首をもたげていた。ゴミ置き場と思った場所はその巨大な犬が丸くなった空間だった。
「うおッ! でけえな! あの入り口からどうやって入ったんだ?」
<ヒトの子よ。我と契約を交わすのだ……さすれば汝の望みを叶えようぞ……>
<念話>のような不思議な方法で俺の頭に直接語りかけてきたその巨大な犬は、憎しみの篭もった瞳を向けてきた。そういえば生命反応は3つだった。内訳は人間二人にデカい犬が一匹だったのか。
別にこの犬が望む契約をしても構わないが、この様子じゃどうなる事やら……。ま、遊んでみるか。
「別にしても良いが、どうやるんだ?」
<了承の意思を以って契約は成った。クククこれで我が身を貶めた人間風情に復讐を……はて?>
俺とリリィのように何らかの繋がりができたと思ったら、微妙な量の力が流れ込んできた。うーん、この程度なら別に無くても構わないな。
「おい、何時までこの図体でいるんだ? デカ過ぎて地上に出れないぞ。さっさと縮め」
<に、人間ごときが神獣である我になんという口の聞き方を! いくらご主人サマとはいえ……ご主人サマ?>
この犬っころ、案の定俺を支配しようとしたから逆に支配し返してやった。ただの人間と思って俺を傀儡にしようとしたのだろうが、この程度の雑魚にどうやったら負けてやれるのか考えても答えは出ないほどだ。実際既にこの犬、いやどうやら狼みたいだが、俺の言葉に従って子犬のような大きさに縮んだ姿に神獣とやらの威厳は既にない。今も俺に薄汚れた灰色の腹を見せて服従の姿勢だし。
新たなペットを飼ったと思えば良いか。話ができるペットと思えば面白い番犬代わりにはなるだろう。
<番犬……! この我が番犬……いえ、ご主人サマのために一生懸命頑張りますワン>
「よろしい。とりあえず腹減ってるだろ。メシだ食え、その後移動するぞ」
配下になったことによりこの犬の状態も解ったので悪臭が酷いがとりあえず飯を食わせた。肉の塊を投げ与えると喜んでかぶりつく犬。そういえば後で名前も考えてやろう。
<いえ、僕には既に名前は……ふおおお! この肉おいし過ぎるぅ! はぐはぐはぐ……>
子犬化して思考まで低下したのか、最初の頃の威厳ある声はどこへやら、今は尻尾を振って自分より圧倒的に大きい肉塊に挑みかかっている。とりあえず元気になったようだから今はほっといて良いだろう。
俺は最後の一人に近づいてゆく。酷く衰弱して生きていると言うよりも死んでいないと言う表現が適切な若い男だが、特筆すべきはその髪の色だ。
この世界では珍しい黒髪だった。もしやと思い<鑑定>すると思ったとおりの結果がでた。
コウイチ キサラギ
ヒューマン 男 年齢 24
職業 召還者
HP 1/21
MP 10/10
STR 3
AGI 4
MGI 5
DEF 4
DEX 9
LUK 10
SKILL POINT 10/10
所持スキル <家具職人lv1><<ワームホールlv1>>
玲二、雪音に次ぐ新たな異世界召還者だった。しかし何故こんな所で死にかけているのか疑問は尽きないものの、せっかく見つけた同胞をここで死なせるわけには行かない。とりあえずのポーションをかけると申し訳程度にHPが回復したが、早く栄養を取らせる必要があるな。
痩せ衰えているという以前に細身のキサラギ君を小脇に抱えるも、俺の身長がいまひとつのせいで床にぶつかってしまう。
「ん? この足は動かないのか?」
嫌に筋肉が無く細い両足を見るに足が不自由なのかもしれない。それは元気になったら聞くとして、とりあえずはこのノッポの兄ちゃんを運ばないとな。
「おい、犬。ここを出るぞ。ついて来い」
俺の声に子犬は元気良く走ってきた。あれ? 先程まで会ったあの巨大な肉が跡形もなくなっている。自分の体より大きな肉をどこにしまったのか本当に謎だが、元気ならそれで良いか。
わふ、と完全な子犬のような鳴き声で返事が聞こえたので男女二人を担ぎながら地上へ戻ろうとしたのだが、振り返ると犬がいない。仕方なく二人を抱えながら戻ると、なんと腹を向けて爆睡している。
こいつ、いくら腹へってたからって即寝るとか……。
既に両手は塞がっているので片足で子犬を優しく蹴り上げて俺の首の辺りで受け止める。そこそこの衝撃のはずだが、目覚める気配は無かった。熟睡である。
「そんなまさか、生きてる奴がいるなんて……」
「こいつらの知っているだけの情報を吐け」
地下への階段で待機を命じていたウロボロスの男に知っているだけの情報を吐かせる。
「獣の方は新大陸で捕まえたって触れ込みの銀狼ですが、躾のための枷をしたら一段と凶暴化したんで毒を食事に混ぜて毒殺したはずなんですが、まだ生きていたんですね。女のガキの方はこっちが買い取ったわけではありません。抱き合わせで他の奴隷と共に押し付けられたんでさ。他で使えない潰すしかない奴を引き受ける代わりにここでのシノギを大目に見てもらう条件だったはずです。特にそのガキは来た当初から目が潰されてまして、これじゃ商品にもならねえと廃棄しました。男も足が不具で奴隷として使い物にならなそうなんで処分したはずですが、まだ息があったとは……」
隷属の首輪は嵌めた者に従順になると聞いてはいたが、奴隷に対する物言いが完全に人を評価するそれじゃない。既にこの男に対して一欠片の憐憫もに抱いていないが、これからたっぷりと地獄を味わうのだから俺がここで激昂しても意味はない。
二人と一匹を連れて倉庫を出た俺にゼギアスが駆け寄るも、その悪臭に一旦怯んだが、それでも意を決して駆け寄ってきた。無理しなくても良いぞ。風呂に入らなきゃこれ絶対に匂いが取れないだろうし。
移動先の空き地では玲二と雪音とレイアの三人が必死で体を洗うための石鹸を創造中だという。俺の魔力を使って良いよといってあるのでじゃんじゃん創っているはずだ。
「頭! まだ生き残りかいたんですか! こりゃひでえ、すぐに馬車を回します」
「そうしてくれ、それから警邏の責任者はどこにいる? この事件の犯人があいつだ、突き出せ」
「そんな、情報を喋っている内は殺さないって!」
「俺は殺さない、確かにそう約束したな。だが警邏の連中はどうかな? きっとお前を大歓迎してくれるだろうよ」
言い募ってくる男を見下ろすと丁度目が合ったのだが、その途端男は顔面蒼白になり膝をついて頭を抱えて震えだした。なんだよ、世にも恐ろしいものでも見たような顔しやがって、お前の本当の恐怖と絶望はこれからだぞ。ウロボロスの全ての罪状を背負って盛大に死んでいくことになるんだからな。
既にあの男への興味は失せた。今は二人を介抱してやらなければ。犬っころはどうでもいい、何せ俺の首の後ろからイビキが聞こえてくるからな。
馬車に乗って数寸(分)で予定していた空き地に到着する。既に5台の馬車が先着しているはずだが、空き地全体が本陣のように周囲が布で覆われ中が見れないようになっている。
違法奴隷という非常に政治的に繊細な案件のため、瑞宝かゼキアスが工夫してくれたのだろう。良い仕事というのは依頼した本人の想像を超えてくるものだ。やはりあいつら有能だわ。
空き地の入り口にはザイン達がたむろして見物人の不躾な視線を威嚇している。暗色の布で作られた陣の中に入るとさらに二つの陣に区切られ、食事と風呂で分かれていた。とりあえず緊急の命の心配はなくなった二人だから、まずは身奇麗にしてもらおう。
大浴場といってよい大きさの湯船が3つ作られているが、全く足りないし何しろ何十日も体を清められなかった女達だ。どうなっているのかは見なくても解るし、雪音たちは石鹸の作成に魔力を使っているからここは俺が作るか。
まずは作ってあった3つの風呂の湯を蒸発させ、新たな湯で満たした。さらに3つの大浴場を作り出し、替湯用の湯船も作ればひとまず十分だろう。
とりあえず形容したくない色々なもので汚れている二人と俺を洗おうかな。
そのとき、丁度言い具合に雪音と玲二がやってきた。少女の方は同姓に頼もうかな。
「ユウキ、とんでもない大事になってるな……ってどうしたんだよこれ!」
「ふたりともよく来てくれた。意識の無い二人を洗うから手伝ってくれ。後着替えた方が良い、言いたかないが、この二人めっちゃ汚れてるからな」
二人はこの男女の形容しがたい惨状に言葉を失っていたが、流石と言うか立ち直りは雪音のほうが早かった。
「この子の名前は聞きましたか?」
「いや、まだだ。だが、俺はこの子の面倒を見ると決めた」
「では、私達の妹になるわけですね」
瞳の部分に包帯を巻いた少女を躊躇無く受け取ると新たに作った湯船の方に向かって歩いていった。そのすぐ後に瑞宝が続くのが見えた。一瞬視線を寄越したので俺は頷いて返した。
「で、こっちが俺達の兄にでもなろうかという男さ」
「この髪の毛に顔立ち、まさか!」
玲二の疑問に俺は頷きを返した。
「ああ、日本人だ。<鑑定>ではキサラギさん24歳とでた。俺らのご同輩さ」
「マジか!? でも俺らがここに来ても一月、じゃなかった30日近く経つぞ。あいつらに同じ方法でここに呼ばれたんなら、よく生きてたな。よほど使えるチート貰ったのか? でもそしたらこんなトコで死にかけてるのはおかしいか」
時間はあるので詳しい話は後で聞けばいい。とりあえず彼を洗う事にする。玲二は股間の逸物を見て衝撃を受けているが、その凶暴さには俺も同感だ。さぞ女を泣かせてきたんだろうが、気にかけてやるべきは不自由な足の方だろう。
「なあ、ユウキ。回復魔法ってさどこまで治るんだろうな。日本じゃ無理な怪我だってここの凄ぇ回復魔法ならなんとかできそうじゃんか」
「上級以上の回復魔法なら手足の欠損さえ生えてくるらしいぞ。生憎とこの目で見たことはないがな」
「じゃあさ、直してやろうぜ。この人も仲間にするんだろ? あのヤバそうな宗教から俺達と同じで失敗作で捨てられたに決まってるって。じゃなかったらどうして奴隷として売られたんだよ」
実際は売られたどころか秘密裏に処分してくれといわれたようだが、ここでおおっぴらにする話でもなかろう。
「一応そのつもりだ。だた本人の意識が戻ってからにするさ。もともとがどれくらいの障害なのかも解らないし、恩に着せるつもりもないが善意はタダとも思われたくないしな」
「そりゃそうだ。この世にタダより怪しいものはない。この世の真理だな」
こいつ、時折闇の深い発言をするから気が抜けないんだよな。今度ベロベロになるまで酔わせて聞き出すか? あ、<状態異常無効>で無理か。だが、どんな言葉で地雷を踏み抜くかと思うと気が抜けないんだよなあ。
「さっきの女の子もそうだった。両目が潰されてたんだよ、ありゃ痛々しかった」
「なんだよそれ! 子供にすることじゃねーぞ。一刻も早く治してやろうぜ」
玲二の年齢相応のまっすぐな発言に俺も頷くが、まずは綺麗にしてから精のつく物を食わせてやらんといけない。最悪飲み込む力さえ失ってしまうとどうにもならないからな。
「いっそのこと点滴でも作るかな。お袋の入院が長かったから点滴の中の液体も大体解るし。点滴ガチャやれば望みの栄養剤がきっと出るさ」
医者じゃないから専門的なことは解らないが、他界している彼らの母親はそのような栄養摂取を行っていたようだ。大丈夫なのか? と思う反面、失敗しても回復魔法で治せるし放っておけばどの道死に至るならやる価値はあるのか?
<そもそも回復魔法で弱った体は回復するってさ。中途半端な知識で素人が手を出すほうが怖いって>
困った時のリリィが俺達に答えを教えてくれた。今はソフィア達とこちらへ向かっているらしい。ユウナとジュリアが護衛だから大丈夫だと思うが、ここ下町であまり治安はよくないんだよな。
リリィから得た情報では状態異常を癒す<キュアオール>で弱った身体器官も回復させることが出来るらしいので今のうちにかけておく。ある程度回復して自分の食べ物を飲み込むことが出来ればもう心配は要らないのだが。
キサラギを洗い終わった後で自分達も綺麗に洗う。この日本製の石鹸の泡立ちと香りのよさは今まで使っていた現地のサボンとは文字通り次元の違う代物だ。これを使ったのであろう女性陣は今までの辛い境遇も忘れたかのようにはしゃいでいるし、セリカがこれは絶対に売れると見込んだのも解る気がする。
「ふいー。昼間の風呂もオツなもんだな。ユウキ、背中を流してやるよ」
「ああ、終わったら今度は俺がやってやるさ」
玲二とは裸の付き合いの回数も増えた。銭湯にごく最近行き始めて嵌ったそうだが、背中の流し合いはした事がなかったようだ。俺のおぼろげな記憶では背中を流し合う程度は良くあることのはずだが、初めの頃の玲二は酷く緊張していた。慣れた今では向こうから言い出すほどになっているが。
「それで、あの女の子の面倒を見るって本気なのか? あんまりそういうのには係わらなそうなイメージだったけどな」
背後からの玲二の声に我ながら苦笑する。いったいどうしてこんな面倒を抱え込もうと思ったのか、自分でも良く解らない。完全に勢いで言ってしまったからな。
「そう言うなよ。あの子と出会ったときの第一声が殺してくれだったんだよ、それを聞いたら目の前が真っ赤になっちまってな、後はその場の流れなんだよ。だけど、撤回するつもりはないぞ。10年も満たないような人生に絶望したような声だったからな。たっぷりと後悔させてやる」
「その台詞は犯罪者っぽいから。大人しく俺が幸せにしてやるって言えば良いじゃないか」
「そいつは難しいな。幸せを感じるかどうかは彼女の問題で、俺がどうこう出来る話じゃないって」
「そういうもんかねぇ。ユウキなら簡単そうだけどな。そういえばあのキサラギさんのユニークって見たんだよな? 名前は<鑑定>で知ったんだろうし」
「ああ、本人の口から言うべきかも知れんが、最悪の結末になる可能性もある。情報として知っておいたほうが良いだろうな、彼のユニークスキルはワームホールとかいうものだった。意味はさっぱりなんだがお前解るか?」
「ワームホール? なんだよSF用語じゃないか。どこでもドアみたいなものかな、あるいは転移系とか」
転移系のユニークだとしたらとんでもない能力だ。もはや名前も思い出せないあの銀髪の魔族やセラ先生のようにいつでもどこでも転移できるとしたら凄い事だが、今の彼の窮状とあまりにも噛み合わない。
「でもここで死にかけてるって事は、たぶん違うんだろうな」
「詳しくは本人から聞けば良いか。敵対しても戦闘向きな能力じゃなさそうだしな」
いまだ意識の戻らないキサラギを担いで簡易救護所と化している馬車の一台に向かう。万事整えているゼギアスたちによって馬車の中には寝台が置かれていたので、彼を寝かせたところで雪音たちもあの少女を抱きかかえて戻ってきた。
少女の意識は既に戻っており薄めた果実液を飲んでいるようだが、女性二人の表情は暗い。恐らく洗う最中にあの痛ましい傷跡を見たのだろう。俺の力を知る雪音は縋るような目でこちらを見てくるが、もちろんこのままにするつもりはない。
「瑞宝、幌の後ろを隠せ。特別に俺の力を見せてやるからそんな顔をするな」
「頭、その子の傷跡は簡単なことでは……」
思いつめた顔でこちらを見る瑞宝にさっさと閉めろと手で促す。外部から見られたくないのももちろんだが、ずっと失明状態だった彼女にまだ明るい外の光は刺激が強いだろう。出来るだけ暗室に近い状態にしてやる必要がある。
自分の辛い境遇など既に慣れてしまったのか、甘い果実液を飲み干してけぷっと小さく息を吐いた少女に俺は問いかけた。
「そういえば君の名前を聞いていなかったな。俺はユウキ、冒険者をやっているんだ。君の名は?」
「……むかしはイリシャと呼ばれてた。いまはなまえなんてない」
感情を落としてしまったような冷たい声に女性陣は身を竦ませる。少なくともこのような子供が発してよい声音ではないことは確かだが、生きる事に絶望した今の彼女にどんな言葉も届かないだろう。
俺は静かに目の包帯を取る。背後で玲二が息を飲むのが聞こえた。
少女の傷は良く見ると火傷の痕もある。胸糞悪くなるので考えたくないが、目を潰された後でさらに焼き潰されたな。絶対に欠片一つ残さず綺麗に消してやる。
俺は全身の魔力を総動員して慎重に回復魔法を最大効率で使用する。かつてグレンデルの一件で回復魔法を使いまくったお陰で必要な加減もちゃんと理解したのは運が良かった。彼女のような副作用が出ないように傷跡だけを綺麗に消してゆかなければならない。
「この力、そんなまさか! 大神官様だってこれほどの力を……」
瑞宝が何か呟いていたが耳に入らない。傷を癒す回復魔法は何度か使ったが、傷跡を消すような魔法は初めてだから勝手は解らないので集中する必要があるのだ。少しでも失敗すればシルヴィアのような後遺症が出てしまうだろう。
「凄い、ちゃんと傷跡が消えていってる……! さすが魔法、整形手術だってここまで綺麗にはならないはず……!」
「なにいってるの? おかした罪がきえないようにきずあともきえないんだって。これはバツだっていわれた。うまれてきたわたしへのかみさまからのバツだってみんなが」
俺は背後の三人を振り返る。皆それぞれに頷いてくれた。俺の渾身の回復魔法の出来栄えは悪くないようだ。
「じゃあ神様が間違ったんだろ? 時には偉い神様だって失敗はするさ。だってもう傷跡は綺麗さっぱり消えてるんだからな」
「うそ……しんじない。しんじてもいいことなんていままでなにもなかった」
俺はそっとイリシャの閉じられた瞳に触れた。彼女は今まで幾度となく傷跡の上から潰された瞳に触れたであろうから既に感触が異なっている事に気づいたはずだ。
「いいか、ゆっくりと目を開けるんだ。君は今日生まれ変わった。これまでは辛い事ばかりだった分、これからは楽しい事しか待ってないぞ。人生を満喫するのはこれからだ」
俺がイリシャの瞳から手を離すと、ゆっくりとその瞳が開かれてゆく。彼女の大きな瞳は左右で色彩の異なる虹彩異色だった。地域によっては魔女や聖女など毀誉褒貶が激しいはずだ。
イリシャの事情の一端が垣間見えた気がする。
「へんなかお」
目が見えるようになった第一声がそれかい。どうせ普通の顔ですが何か? こんなことなら玲二を前に出しておけばよかったな。
「でも、みえる、みえるよ。目が見えるの!」
彼女の色彩の異なる瞳から涙があふれる。よしよしと頭を撫でてやるとイリシャはたまらず俺の胸に縋り付いて大声で泣き始めた。
子供は泣いて笑って過ごすのが当たり前なのだ。あまりの絶望に感情を殺している子供を見ると、無理矢理くすぐってでもその無表情を壊してやりたくなるのだ。
<ユウキ、その子の<鑑定>ってしてないんだよな? 職業がなんかえらいことになってるぞ>
玲二からの<念話>を受けて俺の腕の中でわんわん泣いているイリシャの<鑑定>結果はこう出た。
イリシャ
ヒューマン 女 年齢 7
職業 時の巫女
HP 8/8
MP 4/4
STR 2
AGI 2
MGI 8
DEF 1
DEX 4
LUK 1
所持スキル <HP回復lv1>
こうして俺は”時の巫女”イリシャと出会うことになったのだ。
楽しんで頂ければ幸いです。
まだ終わりませんでした。日本人の話は次回に持越しです。
新キャラ三人追加です。メインは後三人。まだ長いなww
後、前話の補足です。王都の名称はリーヴです。王都っ子という意味でリーヴァーと自分達を呼んでいます。大昔に王都の名前は出したのですが、覚えている方のほうが少ないと思うので補足します。




