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異世界人たちの事情

お待たせしております。



 俺の名は原田玲二。身内は双子の姉がいる以外は親類は()()()。そして今は何の因果かアセリアという異世界に飛ばされる羽目になっちまった。

 

 本当なら日本に帰りたいと嘆くところなんだろうが、俺達二人にとっては真逆だったりする。いやほんと、この世界来てから毎日最高だよ。話の解る頼れる仲間はいるし、尊敬できる師匠もできた。こっちの方が日本にいた頃よりよほど充実してるんだ。


 困る事は何もない、なんてことはないけど日本にいるより数兆倍マシな人生を送っている。これもユウキのお陰だな、あいつには感謝してもしきれない。

 


 日本での記憶は、あまり思い出したくない。

 元々俺達は死んだ親父が会社経営をしていた関係で滅茶苦茶裕福だった。長い連休に海外旅行をしてゴージャスなホテルに連泊、見たいな生活をしていたんだ。他から羨ましがられたし、その視線が正直気持ちよかったことも認める。


 だがそれも両親が不慮の事故で死んだ中二の春までだ。あの日以来すべてが変わってしまった。一言で言えば転落人生だ。親父はいわゆるベンチャー企業の創業者で、親父一人で事業が上手く回っていた頃は何も問題は無かったんだが、それは逆に言えば親父がいなくなれば簡単に破綻することも意味する。特に新興市場に上場もしていたから羽振りは良かった分、破滅も早かった。


 俺達が悲しみに暮れるどころか現実を受け入れる前に、経済的に完全に破綻した。見知った顔の”父の友人”を名乗る金の亡者どもが家の財産を食い荒らしていたことに気付いたのは全てが終わった後だった。


 人間は他人の醜聞が大好物だ。涙を誘う美談より輝いていた奴が一瞬で転落する様の方がメディアも良く売れる、なんて話は聞くが実際に体験する羽目になるとろくなもんじゃない。

 この見ためで得した事もあるけど、あの頃は格好の餌食だった。実話系雑誌のゴシップ記者は本当に容赦がない。食い物にしていいと判断すればなんだってやってくる。

 弱肉強食の掟を現代日本でたっぷりと味わう事になるとは思わなかった。


 ネットの煽り記事で”麗しき双子の哀れな末路”なんて見出しが出た時は連中も食うのに大変だな、と妙に同情したほどだ。


 住んでいた億ションもいつの間にか他人の手に渡っていて、俺達はなにも知らぬ間に世間に放り出された。


 知り合いがハイエナに変わる瞬間を何度も見てきたが、全て人が救いようのないクズではなかった。親父の部下だった人には本当に世話になったからだ。


 彼は最後の方にやって来た大人だった。ほとんどの財産は食い荒らされていたようだが、微かに残ったごく僅かな資産をかき集めると俺達以外が管理できないようにしてくれた。二人で分けたら一年ももたない程の額だったけど、まともな大人に出会えただけで感謝した。

 その人にはそれからも世話になっていた。14歳で施設に入るなんて御免だったし、他人に寄生して生きるのも嫌だったのでなるべく早く一人で生きる力を付けたかった。

 親父の部下だった人はかなり手広く事業をやっているようで、そのコネで訳ありの学生を多く受け入れている学校への編入を勧めてくれた。

 訳ありと言っても芸能関係の学生が多数通っていたりするところだったから、本当に脛に傷がある奴や俺達のような特殊な家庭環境の奴はごく少数だったけどな。


 俺達姉弟はこの学校にいる内に二人だけで生きていく力を身につけると誓った。

 親父の部下だった人が急死してその配偶者からこれ以上の支援はしない。むしろこれまでの金額を返せと遠回しに言われたからだ。


 その頃には他人に下手な期待をすると余計なダメージを負うだけだと嫌というほど解っていたので、今までの温情に感謝すると答えて出世払いの借金を背負った。


 あの人を責める気はない。元々が赤の他人を金銭的に支えるなど無理な話なのだ。そして急死してしまった以上、あの人も自分の子供を抱えて生きていかなくてはならないのだ。それを思えば出世払いの借金などはまだ優しい方だろう。



 俺は高校にはほとんど行かず、働くことにした。幸いにして周りには芸能人として働いている奴が多かったので、芸能事務所の見習いとしてそっちのスクールに通っていることにできた。


 そんな簡単に行くはずもないと思ったが、とある秘密を偶然知ってしまった事により芸能事務所にツテができたのが大きかった。そいつの手引きで話がトントンと進んだのだ。俺はほとんど何もしていない。


 嫌な意味でセンセーショナルな知られ方をした俺達なので、随分と熱心に誘われたが事務所からの芸能界入りは断った。向こうは知らなかったのかもしれないが、その事務所の社長は親父から資産を奪った一人だった。

 いくら金になるとはいえ心ない奴に笑われて金を稼ぐのは御免だ。



 俺は学校の近くで運良く住み込みのバイトがあった。

 正確にはオーナーが世界一周旅行中で、店を任された雇われ店長が蒸発した中華料理屋で働いていたのだけど。

 バイトの日に店に行ったら開店準備どころか誰もいなくて、オーナーに電話したら仕事は覚えているならお前が代われと言われたのだ。


 俺の年齢を出せば絶対に通らない話だ。向こうもフリーターだとは思っただろうが、まさか15のガキが電話しているとは考えなかったのだろう。嫌な思い出ばかりだが、ろくでもない連中ばかり会うと変な度胸がつくもんだな。俺もこんな強気な交渉が出来るとは思わなかった。

 俺は地球の反対側にいるオーナーと交渉して店を回す代わりに純利益の2割を貰う約束をした。

 時間給と違って働けば働くほど金になるからこちらもやる気が違ってくるし、オーナー側も店を開け続けば金が転がり込んでくる状態は続くのだ。


 俺達はこうして契約を交わした。売り上げの詳細なデータはオーナーのスマホに送れるので、俺がちょろまかすおそれもない。


 俺は金と年齢を気にしない職場を手にいれたのだ。

 元々料理は食うのも作るのも好きだった。親が死んでから労基にうるさくない知り合いの店でこっそりと働き出したのは賄い飯が出るからだったし、家事全般が壊滅的なユキの代わりに色々やっていたから全く苦ではない。手に職をつけると言う意味でも料理人は最適だと思った。


 学校は理事長が親父の部下だった人と友人だったためかなり融通を利かせてくれた。テストでよい点さえ取れば全てを不問にするとの言葉を貰っている。学校が特殊な私立で良かった良かった。


 と、調子に乗って言えた時期もあったなあ。


 正直な話、店は順調に滑り出せた。店の運営に必要な管理資格などは運よくパートのオバちゃんたちが持っていたのでいざと言う時はお願いする事になっていたし、仕入れ関係もこれまでの業者が販売先を失う事を恐れて協力してくれたので本当に幸運だった。

 色々細かい問題はあったものの、ここで働く皆が職を失っては困ると言う意識の元で一致したのだ。


 店は全席で30席もない小さな店だが、昔からの客をガッツリ掴んでいたので味が変わらなければ問題なかった。元々中華だし、調味料さえ変に弄らなきゃ同じ味になるって(偏見)。

 何とか店は順調に滑り出して少しは余裕も生まれだした。


 だが、一つの油断で転落は始まった。


 俺の在籍する学校は芸能科のコースがある寮制の学校だった。俺は普通科だったけど帰る家は無いのでユキともども寮生活なんだが、寮と言う事は集団生活であり、俺以外の寮生15人は皆芸能科だった。

 芸能科の皆は事務所から厳しい制約が課せられている。このご時勢だからかアルバイトは厳禁なんだそうだが、みんな遊ぶ金は欲しいのに売れない芸能人の卵なんざ金があるわけがない。


 そんな状況で俺の店で隠れてアルバイトを始めるのは仕方の無い事だろう……なんて綺麗な話じゃなかった。俺が毎日持ち帰るユキ用の賄い飯の存在を知ったあいつらは俺の店をどうやったのか割り出して、バイトさせないと店の件をバラすと半ば脅されたのだ。

 一応させた変装が速攻で見破られネット上に上げられてプチ炎上、事務所に通報後にこっちにとばっちりのコンボを喰らいましたよ。げに恐ろしきはアイドルオタの検証能力だ。隠し撮りした写真を重ね合わせて鼻の形で本人確認をしたネット画像を見た時は自分の状況を忘れて感心したほどだ。


 ここに至り理事長も庇いきれなくなったようで、何らかの処分が下るのは間違いないようだ。話の大きさを考えれば退学もあり得るなあ。

 別にこれ以上人生がどうなろうが大して変わらないが、あの人が用意してくれた学校を退学するのは申し訳ない気持ちになるな。

 だが、どうするかな。せめて高校は出ておきたいからどこか夜間でも探すかねぇ。まったくなんで俺がこんな目に……。




 一時センチな気分になったが、店の営業自体は俺だけの問題じゃないので続けている。今は切れかけた塩と醤油と砂糖の買い出しを終えたところだ。

 だが、オーナーに話が行けばここも辞めさせられるだろうな、せっかくの良い仕事場だったんだが。

 俺が退学になろうともユキの食い扶持くらいは稼がないといけないから今の内に他のバイトでも探しておくべきかも。


 スマホを見るとメッセージアプリに沢山のメールが来ていた。その殆どがあのアホアイドルからのものだったので無視だ無視。


 あれほど気を付けろと言ったのにまさか一日で身バレするなんて思わなかったぞ。

 お陰でこっちは人生終了間際だっての。二人合わせて600万の借金を返せる気なんてこれっぽっちも湧かないぞ。


 ああ、どうしてこんなことになったのか?

 宝くじでも当たらないかな、と自分の人生を嘆いていたとき。


 全てが変わる瞬間が訪れたんだ。






 私の名前は原田雪音。身内は双子の弟がいるだけ。後は血の繋がった他人がいるけどもう私たちには関係の無い話ね。



 事情は玲から粗方聞いた感じ?

 それは手間が省けるけど、あの子は能天気だから見落としてる事も多いと思う。私がそこの辺りを補完していけば私達の事情は大体解るわ。


 父親の事を玲は何て言っていたの?

 あの子は物事を良い方にしか捉えないお子様だから、さぞ記憶を美化しているんでしょうけど、私にとっては自分勝手で傍迷惑な男でしかなかったわ。


 持病が悪化して入院していた母さんを殆ど見舞いもせずに見殺しにした事は生涯許すことはないし、本人の死に様が全てを物語っている。

 いくら巻き込まれ事故で死んだからって一週間で会社が不渡りを出すなんてまともに管理していない証拠でしょう?

 その結果はご存知の通り、私たちは住んでいた家さえ追われることになる。



 私の地獄はここから始まった。私が一人の時を狙って元”父の友人(ハイエナ)”が獣欲を丸出しにしてくるのだ。

 二言目には自分のものになれ、愛人になれば暮らしは保証してやるとか、他に言うことがないのかと思うくらいしつこかった。まだ14の私に言う事かと思う。もちろん会話はスマホで全て録音済だから後で然るべき所に出すつもりだが、相当準備しないともみ消すくらいはしそうな連中だ。

 それに自分の男は自分の意思で選ぶ。母親の遺言の一つに男はちゃんと選べ(意訳)というのもあるし、私の男の理想は高いのだ。だから私に相応しい男は未だに現れないのだ。


 あと学校で陰湿なイジメも始まった。女同士の根の暗さ、質の悪さは男の人には想像もできないだろう。

 昔の私が自分の容姿を鼻にかけていた嫌な女であることも関係したかもしれないが、女の敵はどこまでいっても女なんだと痛感されされた。


 陰で私の悪口を並べていた女が弟の玲の前ではカマトトぶるのだから笑いが止まらない。

 もちろん私も黙ってやられるほどお利口ではない。悪口の内容を録音してこれを玲に聞かせると言えば簡単だった。

 ただ私の周りから友人は消え、私の顔色を窺う下僕ができただけだった。


 父の部下だった男はまだマシだったけど、やり方が致命的に下手だった。

 自分の家庭を犠牲にして私達を助けてどうするのか。物事の優先順位を間違えた男は、急死した後で私達に新たな敵を作り出しただけだった。

 会ったこともない見知らぬ女性から強い恨みを受ける義理もないのだが、援助を受けた事は事実なので向こうの要望を聞いてあげることにした。

 ただ、援助をするなら家族の同意を得てからにすべきだ。あの人も小さい子供を抱えて生きてゆかねばならないのだ。他人の子供に少なくない額の援助を与えていた事を知れば怒るのは理解できるが、それを私たちに言われても困る。

 家庭内不和はそちらで解決して欲しいものだ。



 あの男の置き土産になった学校は玲には良かったようだが、私は馴染めなかった。特に他人と共同生活をする寮はどうやらパーソナルスペースが狭かった私には不快な環境だ。


 すぐ壁を隔てた隣には見知らぬ他人がいる。それだけで妙に落ち着かなくなるのだ。安アパートだって同じことだろと玲には言われたがズボラなあの子と繊細な私を同列に語るのは間違っている。

 これだからまだ彼女さえ出来ないのよ。



 私に寮生活はとことん向いてないようだ。人間関係でも失敗したみたい。


 私自身が何かをしたわけではないはずだけど、芸能科の女子たちが私を目の敵にしてくるのだ。私たちはマスメディアの嫌な所ばかり目にしてきた。”他人の不幸は蜜の味”を地で行っているあの業界に関わる気など一欠片もないのだが、どこからか聞きつけたのか知らないが私は事務所の高待遇のスカウトを全部蹴った話になっているようだ。話が来たのは私じゃなくて玲のほうなんだし、()の一人が社長の事務所なんで関わりたくもないのだが……話が通じない相手に説明する気にはならない。


 結果として私は学校に行かずに部屋で引き篭もってしまった。寮内で同じような境遇にある数人と仲良くなれたけれど、結局は弱者の傷の舐めあいに過ぎなかった。


 その頃には私達がどこに逃げ込んだかが敵に知れてしまい、今の生活を壊されたくなかったら高校卒業後に自分のものになれと言う脅迫を受け続けていた。


 全てが膿んでいたその時の私は、玲に面倒をかけずに自殺する方法を真剣に考えていた。



 そんな人生が変わったのはそんなときだった。





 気付いた時には真っ白な空間にいた。さっきまで学校の図書室の喫茶スペースにいたはずなのに。


 そして玲もいるのが解った。姿は見えないけれど、私たちは双子だからいるかいないかはなんとなく解るのだ。別に一卵性というわけではないんだけど後で聞いたら玲のほうも私がいる事を理解していたようだ。


 いったいここは何なのか、何故こんな所にいるのかを考え始めたころ、不思議な声が聞こえた。


「貴方たちに選択肢をあげる。()()か、生き直すか、どっちがいい?」


 その声は中性的なもので、少年のようでもあり少女のようにも聞こえた。レイはあれは女だと言っていたが、私は声変わり前の男の子のように聞こえた。まあ、そんな声だった。


「貴方達は選ばれた。それが良い事なのか悪い事なのかは自分達で判断して。あと、とにかくどちらか選んで。貴方たちの時間はもうあまり無いよ」


 この声の前に色々と質問をしていたんだけど、全部無視された。私たちの声を遮って話し始めた声に苛立ちや不快さとか何の感情も含まれていなかったので、もしかしたら聞こえていないのかもしれない。



「私は機会を与えるもの。善悪も正邪もなくただチャンスをもたらすもの。貴方が何者でも関係ない。選ばなければ元の世界に戻すだけ。それでいい?」


「行くわ!」


 私は一切迷わなかった。今この声の主は元の世界といった。となるとまさか異世界に連れて行かれるのかしら。生き直すということは転生でもするのかな? 

 言葉では想像するしかないけども、どんなに厳しい環境だって日本に戻るよりはマシに思えた。見知らぬ男の玩具になって生きる未来より、自分の人生を自分の力で切り開いてみたいと思ったのだ。


 玲も同意見のようだ。学校では余計な詮索を避ける為に没交渉を続けていたけど、会話なら他の手段はいくらでもある。最近は面倒な奴に係わられて美味しい仕事がダメになりそうになったようだし、あの子が勝手に引き受けた借金問題もある。異世界に行けば全てが変わるかもしれないと考えたのは同じだろう。

 こういうところはさすがに双子だった。基本的な考え方が同じなのだ。


「貴方たちの選択はわかった。では、ようこそアセリアへ」





 気がつけば私たちは薄暗い石造りの広間の中央にいた。周囲にはどうみてもまともには見えない怪しげなフードを被った男たちが私たちを取り巻いている。

 玲が側にいてくれてよかった。私だけだったらへたり込んでいたかもしれない。


 そこからの扱いもひどいものだった。フードの一人が私たちの前に歩み出ると聞きなれない言葉を喋りだした。


「おいおい、異世界転移で言語サービスなしとか鬼畜すぎるだろ……」


 玲二が呟くが、私も全く同意見だ。引き篭もりは時間がたっぷりあるので最近の流行は追いかけていた。異世界系のネット小説もかなり読み込んだけど、生活の基盤ができてない状態で言葉の壁はあまりにも高すぎる。

 照明が篝火だけという状況を考えても、文明レベルは高くないだろう。

 これは……マズイかも。この見た目で奴隷コースはかなりありそうだけど、元々日本でもこの先に似たような人生を送る羽目になるならあまり変わらないかも、とどこか冷静に考えていた。



 そんな事を思っていると、周囲が騒がしくなっているが状況はあまり好転していないみたいだ。

 日本でも散々感じた気配、失望や落胆といった怒りの気配が伝わってくる。言葉など通じなくても相手の意思は伝えることができるのだという証明ね。全く嬉しくないけれど。


「うわ、なんだよこのスキル。使えなさすぎだろ!」


 レイは周囲に状況の変化に気付きもせず、スキルがどうこう言っている。スキル、ということはまさか自分の能力を確認したのかな? 戦力把握は確かに必要だし、向こうも話し合っているだけでこちらに向かってくる気配は無い今のうちにチェックしておかなければ。



 私のスキルは<<アイテムクリエイト>>というものだった。なんでも魔力(意味は解るけど理解はむずかしいわね)で何でも創れる凄いスキルだけど代価がとんでもない。文字数の10倍にさらに二乗したMPを要求されるようだ。

 例えば一文字の『酢』でも10×10の100MPを必要とするみたい。そして今の私のMPは9しかなかった。


 ゲーム世界にでも紛れ込んだのかと思うようなステータス画面だけど、この世界は本物だった。石畳はちゃんと冷たいし、制服の膝下は素足だから今の態勢では足に触れて熱を奪われているし、篝火も時折薪が跳ねて音を立てている。仮想現実などではありえない。

 私たちを連れて来た存在が慣れ親しんだこの方式に変えてくれたと思うほうが自然だけど……この全く役に立たないスキルは何とかならなかったのだろうか?


 あの男たちを蹴散らせるような解りやすいチートなんて玲にもなかったようだ。その後近づいてきた男たちに連れられて私たちはある部屋に監禁されることになる。



 あれから二日も経過した。彼らは私たちの扱いに難儀しているようだが、こちらも限界が近い。

 一日に一度、申し訳程度に食べ物が差し入れられるが手を付ける様な馬鹿な真似はできない。手荷物は有無を言わさず取り上げられたけど、私の鞄はダイアル式の鍵だから壊さない限り中身を取り出すことはできないし、レイは買出しの最中だったようで調味料くらいしか入っていないようだ。

 部屋の僅かな調度品をみても文明レベルはお察しだから、上手くやれば調味料は金に買えることが出来るかもしれないが……言葉の通じないひ弱な現代人二人だと交渉さえできずに奪われるか、命の代金として使うくらいしか考えられない。食料はレイが隠し持っていたシリアルバーと私が制服の中に常備しているお菓子類だ。何故制服の中なのかは想像にお任せする。一言言えるのは女同士は本当に陰惨だよ。


 私たちは極力動かず体力の消耗を抑えることにした。私たちをこのままにしておく可能性は低い。周囲に集っていた人数からしてもかなり大掛かりな召喚儀式(レイとも話し合ったけど、あれは所謂異世界人召喚だろう)だった。掛かった費用も相当なものだろうし、連中の視線から感じる侮蔑の感情は私達が彼らの期待に応えていない事を意味するだろう。勝手に呼んでおいて失望するとか知った事ではないんだけど。


 どのような未来になるにせよ、今私たちに出来ることは体力を温存する他なかった。レイのスキルは身体能力を倍加させるものだが、常人の能力を倍化させても数人で取り押さえられる事は間違いないだろうから今は無謀はできない。チャンスは一度だけ、この扉が開く瞬間を待つしかない。



 私達が彼に出会ったのはその緊張も疲労によって薄れ始めた時だった。何時訪れるか解らない瞬間のために気を張り続けていたためかなりの疲れが出ていたのだ。


 夜の内に事態が動くことはないと思いつつ、緊張が途切れないようにしていたつもりだけど、意識が途切れ途切れになっていた。だから敏感だったはずの他人の気配に気付けなかったのだ。もっとも、後で聞いたら彼はスキルを使って気配を消していたようだけど。



 私たちは石扉を叩く音で目を覚ました。二人とも飛び起きたが、同時に混乱もした。なんで扉をたたく必要がある? 連中なら閂をずらして扉を開ければいいのだ、わざわざ知らせる必要はないのに。


 その後、何度かこの世界の言葉で呼びかけが行われたが、私たちは当然何を言われているのか解らない。しびれを切らしたレイが叫ぶのも理解できる。


「くそっ、何言ってるのかわかんねーんだよ! 日本語喋れっての!」


「これでいいか? お前が召喚された異世界人で合っているか?」


 この世界で始めて聞いた日本語に驚くと同時に安堵してしまう。あれほど戻りたくないと思った日本の言葉がこうまで安心させられると思うと、私はつくづく日本人なのだと思う。



 私は運命の出会いを信じない。白馬の王子様が現れるには遅すぎた。だけど、私達が大当たりを引いたのは間違いない。

 この世界に飛ばされる間際に、あの声の主から変わったアドバイスをを貰っていたのだ。


”もし変わった妖精をつれた人間に出会ったら、よろしく言っておいて”


 初めは何のことかと思ったけど、今目の前にいる彼と一人はまさにそれだろう。この世界でどうなる事かと思ったけど、私たちは最高の出会いを得たのは間違いない。



 ユウキさんは最高の男だった。特段イケメンというわけではなけど、私達の事をきちんと慮ってくれたりして優しい所もある。

 性格が大人な所も良い。玲がお子様だから余計にそう感じてしまう。既に弟は彼を慕っているし、地下拠点だったあの場所から逃走する際、力尽きて寝こけてしまった玲は彼に背負われながら小さな声で親父と呟いた。確かに見た目は私たちと変わらないのに、包容力があるのは認めるけどあの男と同列はユウキさんに失礼だと思う。

 

 でも何より最高なのはその強さだ。あの痺れるような強さが私をどうしようもなく惹き付ける。


 私の言う強さは腕力だけ話ではない。粗暴なだけの男、腕力で全てを解決しようとする男はこれまで何度も見てきたし、力で人を好きにできると思っている奴は死ぬほど嫌いだ。

 だけど彼は根本から違う。その力を振るうとき、同時に知性が働いているのがわかるからだ。私達を閉じ込めていた連中の処断においても過激な判断をしたけど、あれは私達の安全を考慮してくれたからだし、何より判断を私達にさせてくれた。

 その結果として自分の身も危うくなる危険もあったのに、私達の考えを尊重してくれたのだ。

 

 その時の玲はかなり甘い判断をしたけど、私に言わせれば皆殺しでも良かった。私の自意識過剰ではなく、男達の絡み付くような視線を四方から感じていたのだ。私はグラビアアイドルみたいな体をしているわけでもないのに、世の男どもはなんでこんな薄くて細いモノに興味を持つのか。


 後になって事の顛末を知らされた。元々この場所には彼が得た情報を元に地元の戦力による襲撃が予定されていて、どのみちあの男どもの運命は決まっていたそうだ。

 玲はそうなら初めから言えよ、悩んで損したと怒っていたが、私は彼の考えをちゃんと解っていた。

 彼はこの世界で生きる覚悟を聞いていたのだ。人権など貴族以外は皆無のような命の安いこの世界で暮らすことは、人を害する事もあるぞと暗に教えてくれていたのだ。


 やはり彼は優しいだけの男ではない。己の中で確固たる信念を持ち、冷酷な判断さえも行える男なのだと知って、ますます好きになっていった。強さの伴わない優しさは惰弱の同意語だ。日本でも優しい言葉をかけてくる男はいたけど、辛い現実の前には何の助けにもならなかった。

 甘くて優しいだけの男は弱肉強食の世界では餌にしかならない、私達が共に前に進んで生きるには確固たる信念に基づいた強さが必要だった。

 もう搾取されるだけの人生を歩む気はない、あの声の主も”生き直す”と言っていたし、文字どおり全く新しい人生を歩いてみたくなったのだ。



 その後、私達は自分達の幸運を痛感する。そして同時になんとしても彼の側に居続けるために努力を怠らないことを己に誓った。

 玲も私もこれまでの人生は流される事が多かった。まだ子供だから、大人の言うことに従ったほうがいいから、と考えていたこともあるがここはせっかく来た異世界なのだ。


 彼も好きなことを好きなだけやった方が良いと言ってくれたし、これからは前を向いて精一杯人生を楽しんでやろうと思う。

 一人ではちょっと不安だけど私の隣にはユウキさんがいるし、玲もまあ役に立つこともあるでしょ。今回のスキルみたいに。


 それから私達はこの国の王都に向かい、様々な人に出会った。


 そこで様々な人に出会って私の考えはより強固なものになる。



 彼は礼儀を知りそれを重んじる男だけど、誰かに媚びへつらうことはない。何故なら強いからそのような振る舞いをする必要がないのだ。


 彼には己で求めずとも勝手に人を引き付ける磁力のようなものもある。何故なら強いから人が嫌でも集まってくるからだ。


 それでも彼は徒党を組もうとせず、一人で行動することを好む。何故なら強いから徒党を組む必要がないのだ。


 彼は地位も名誉も必要としない。何故なら強いからだ。本当の強さの前ではその二つは後から勝手についてくると誰に言われずとも理解しているのだ。



 あのお人形のような美しい、この世のものとは思えないお姫様に対する態度を見ればわかる。あのお姫様への深い信頼と友愛は傍目からでも解るし、お姫様の方もユウキさんに対して女ならば一目でわかるほど甲斐甲斐しく一心に愛情を向けている。

 事情を聞けば国を追われた隣国のお姫様だという。かつての私のように失意の中で生きていても不思議はないのに、あの輝くような笑顔は誰がもたらしたのかなど聞く必要さえないだろう。



 彼は”力”の意味と価値を知り抜いている。

 そして使う場所とタイミングも完璧だ。何故なら強さの意味を正しく理解しているから。時には知恵やお金が武力では解決し得ない問題で力を発揮する事を知っているのだ。

 

 だからユウキさんは強いのだ。私が憧れる己の思うままに生きる事に必要な力を全て備えているのだ。<鑑定>で見た年齢だからなのかその見た目からは考えられないような周到な、悪くいえば老獪な手段を取ることに全く躊躇が無い。

 私は参加しなかったが、王都で犯罪組織を一夜にして叩き潰した時の方法を聞いた時は私は自分の男を見る目の確かさを褒めてやりたくなったほどだ。


 もし私と同年代の男が彼と同じ力を有していたとして、あの状況でどう行動しただろう。組織自体は単純な暴力で叩けるかもしれない。

 それでも大組織がなくなった後の影響と起こる混乱をどう最小限に抑えるのか、その方法までちゃんと考えて行動できたかどうか。ユウキさんはそれをたった一夜ですべて成し遂げてしまう人なのだ。



 私は理想の男に未だ出会えていない。それでも私は彼がいい。むしろ彼以外は絶対に嫌だ。

 幸いにして私達は<共有>によって特別な関係になっている。彼の秘密を知るのは私たち双子と魔族のレイアさんと最近<誓約>をかわして部下になったユウナさんだけ。その<誓約>を交わしていない私たちはさらに特別だと思いたいけど、信頼という形の無いものよりも<誓約>という繋がりで結ばれた彼女たちを少々羨ましい気持ちもある。


 今のところは彼から私達に恩恵を与えられるばかりだが、ユニークスキルのレベルさえ上がれば私も玲もユウキさんに貢献出来るようになるだろう。いや、彼の隣に居続けるためにももっと力をつけなければならない。


 ユウキさんは、二言目には好きにしろという。誰も束縛したくないと言う本心からの言葉だと思う。

 だけどそれは逆に言えば居ても居なくても構わない存在でもあるということだ。

 それは嫌だ、私は彼に必要とされる存在になりたい。たとえ私に振り向いてくれなくても、側にいて有用な存在だと思って欲しい。

 こんな気持ちになったのはこれが初めてだった。いまだに経験した事のない恋とも違う気がするが、自分での制御の利かないもっと強い感情に突き動かされている。

 それは彼の周囲にいる沢山の女性たちも同じなのだろう。皆が気付けばユウキさんを自然と視線で追っている。


 そこには先行有利も後発不利もない。現状だって横並び状態なのは不本意ながら皆が認めている所だ。


 私から見ても有力なライバルは……。

 まずはソフィア王女様ね、彼女はユウキさんの懐に自然と入ってゆける強みがある。ユウキさんに会うとその腕をとって隣に座ろうとするし、隙あらば彼の上にも乗ろうとする。これは私にも真似できそうにないけど、ユウキさんとしては歳の離れた妹としか見ていない証明でもある気もする。色々と振り回されているみたいだけど、傍から見れば我侭な妹に付き合ってあげる優しい兄のようだし。


 次に”腹心”レイアさん。押しかけ部下だとユウキさんは言っているが、私たちの救出作戦にも同行させているあたり重宝するほど有能なのは間違いない。何より魔族は人間とは比べ物にならない寿命があるというから私たちの闘いが決着ついた後に参戦してくる可能性も……ということは今は安牌なのかしら。


 そして最近正式な部下になったユウナさん。あの正気を疑う借金を冒険者ギルド側で最初期から認識していた事もあってユウキさんとしては今更面倒な説明をしなくてもいいから、と言う理由で部下を認めたらしいけど、ユウナさんのあの瞳は本気度が違う。近頃はレイアさんに忠誠心では負けないとばかりに様々な点で張り合っている。ユウキさんも彼女の職業上の利点やスカウトとしての情報収集能力に大いに期待を寄せているから、適材適所で力を発揮するに違いない。


 セリカさんもかなり怪しい。元々はあの借金に関する代理人だったそうだが、何故か彼の側にいるのだ。同じホテルに泊まっているし、朗らかで明るい性格だから私たちとも良好な関係を築いているが、ユウキさんと何故一緒にいるのか本人も明確な説明が無い。

 本人も良く解っていないようだが、ユウキさんは何かあるのかセリカさんにかなり甘いように思える。それでも彼女の存在があったからこそ、私の計画も前に進んだのだから悪く言う気もない。

 彼女の立場を一言で表すなら『同盟者』という所だろうか。


 あと私が油断できない強敵と踏んでいるのがリノアさんだ。なにしろあのユウキさんに平然と文句を言える間柄はソフィア様でも無理だからだ。セリカさんも似たような事はするけれど、ちゃんと一線を引くしあくまで”お願い”の範疇だが、リノアさんはあれしろこれしろと要求してくる。

 それに対してユウキさんは怒ったり笑ったり言い返したりして、彼女だけに見せるような純粋な表情をするのだ。私にはいないけど『悪友』のような感じといえばわかってもらえるだろうか。

 バーニィさんの女性版ともいうべき不思議な関係を築いているし、王都の大掃除も彼女の為になることと聞いた。あれほどの大掛かりな仕事を彼女のために行う関係と思うと、とても悪友で済ませられない。


 他にも私が知るだけでソフィア様の騎士であるジュリアさんに冒険者ギルドの受付嬢も警戒を怠れない。だけれど、皆と行うお茶会(意見交換会)で出る意見は常に一つだ。


 あのリリィ一強の体制をなんとかしないとどうにもならない。


 ユウキさんの相棒のリリィが全ての面で最高権力者である事実は覆しようがない。彼を側で見続けいるとよく解るのだけど、ユウキさんはリリィのお願いを最優先に行動するのだ。リリィの言葉に反論も意見も言うけど、決して否定はせずに何とかその通りにならないか行動をしようとするのだ。


 リリィに関してはユウキさん自身が己の半身だと言っているし、”私のユウ”だとはっきり宣言するあたり、最強のライバルなのだと思うが……妖精とはいえ<鑑定>で出たあの文章からすると私たちを呼んだ存在と関わりがあるのかも知れない。


 謎解きはともかく、ユウキさんのリリィより私たちに目を向ける時間を増やそうというのが総意見だ。



 お茶会は色恋の話だけしているわけでない。主に私とセリカさんで始める商売のモニターもやってもらっている。間違いない手応えを感じているのはスイーツ類と美容関係だ。様々な客層であるメンバーに試してもらい、その効果を周囲に教える事をお願いしている。その対価として製品を無料提供しているのだが、こんな事になるならもっとそっちの方を勉強しておけば良かった。スマホは既に新品充電器の創造に成功したけど、ただの高性能機器でしかない。

 電卓アプリの存在はセリカさんたちの度肝を抜いたけど、スマホアプリを売るわけにも行かないし、そろばんに似た道具はこちらにもある。


 本当に今更だが、学校の数少ない友人の一人がメイクアップアーティスト志望だった。芸能界で夢破れたけど新たな道を見つけた彼女を内心羨ましく思ったものだけど、今はその技術を習っておけばよかったと後悔している。

 簡単なケア商品でもこの世界ではありえない効果を生むそうなので、なんとか利益を出してユウキさんに貢献したい。

 彼は決まってそんなことはするな、稼いだ金は自分のために使えというだろうけど、気にしない。


 私のスキルが有能なのではく、私自身を必要としてもらうために。





 レイジ ハラダ LV158


 ヒューマン  男  年齢 16


 職業 召還者(転職前のため職業レベルなし)


 HP  16584/16584


 MP  10887/10887


  STR 14248

  AGI 14080 

  MGI 15176

  DEF 14152

  DEX 14875

  LUK 8654

  ※スキル<共有>の効果でHPMP以外はユウと同等ステータス

   HPMPは別計算のため、レイジのみユニークが発動してこの数字となる。

 SKILL POINT 244/688


 ユニークスキル


 <<オールステータス増加lv4>> 全効果8倍アップ レベル5にするにはポイントがあと6(2レベル)必要。



 ユキネ ハラダ LV175


 ヒューマン  女  年齢 16


 職業 召還者(転職前のため職業レベルなし)


 HP  2021/2021


 MP  1654/1654


  STR 14248

  AGI 14080 

  MGI 15176

  DEF 14152

  DEX 14875

  LUK 8654

  ※スキル<共有>の効果でHPMP以外はユウと同等ステータス


 SKILL POINT 45/739


 ユニークスキル


 <<アイテムクリエイトlv5>> レベル5までの累積効果 消費MP20%ダウン 類似品表示 マルチタスク(同時並行作成)2個 レベル6までにはあと235ポイント必要。



楽しんで頂ければ幸いです。


タダでさえ時間が空いた上、次から王都編といっておきながら幕間になってしまいました。

ここで挟まないと次何時になるか解らなかったもので。

何故急いで挟む必要があるのか、もうお解りですね。


なお分量が姉と弟で全然違うのは、考えている内容が違ったからです。弟は無邪気に異世界を楽しんでやろうと思っています。男は余計なこと考えずに単純な方が人生楽です。


 あと現時点のステータスも載せましたが……主人公と同じなので意味はないですね。ユニークスキルがこの先どのように壊れていくのかを楽しんでいただければと思います。


 次こそ王都編です。そんなにはお待たせしないかと思います。


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