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仄暗い闇の中から 5

お待たせしております。



「貴方が妹を助け出してくれた人か? いや、ですか?」


 俺が二つ目のウロボロスの拠点を潰して外に出たとき、近づいてきた男から声をかけられた。

 まだ若い赤い髪の男で20をいくらも越えていないように思えるが、その雰囲気は剣呑としたもので、命のやり取りに慣れている事を感じさせる。

 引き締まった体躯を持ち、浅黒い肌をした王都の兵隊でも通用しそうな男だった。


 一目見てその面構えを気に入ったが、人質関係は俺の管轄ではないのでユウナに対応させた。


「貴方の妹さん、カリンは私達が救出しました。王都のとある貴族家でメイドとして働いている所を拉致した格好ですが、本人も状況を理解していたため素直に従ってくれました。ザインさんでしたね、貴方も既にカリンさんに会って話を聞いていますね?」


「ああ、そうだ。あんたは俺達の恩人だ。この恩はどれだけかかっても必ず返しやす。俺の命はあんたに預けやす」


「いや、俺は別に恩に着せたくてやったわけでは……」


「ザイン! カリンが助け出されたというのは事実なのか!?」


「おお、ジーク! 本当だ、俺達がどれほど手を尽しても捜し出せなかった妹をこの人たちが助けてくれ、いや、くださったのだ。お前のお袋さんは?」


 新たに駆けつけたのは長い銀髪を持つ色男だった。ザインという男と同じ空気を纏っている事からも解るが、彼もこちら側に引き込んだ一人のようだ。


「ああ、無事だったよ。俺達は貴方の名前も存じ上げないが、心から感謝する。手紙をもらった時は半信半疑だったがカリンはザインにとっても私にとってもかけがえのない相手なのだ」


 恭しく頭を下げてくるジークに俺は手で制した。今は一寸(一分)も無駄に出来ない襲撃中だし、俺は他の要因で事を急いでいた。


「俺達も目的があって君たちを利用したに過ぎないから、そこまで感謝される筋はないが、もし恩に感じてくれるなら頼みたいことがある」




 この国最大の裏組織である”ウロボロス(相喰らう蛇)”はこの王都に12の拠点を持っている。先程の”ウカノカ”に比べて半分以下だが、組織としての形態の問題だ。一介の民家の体を持つ拠点もあったウカノカと違い、賭場を縄張りとするウロボロスは拠点すべてが大きな酒場や大店で構成されている。

 

 拠点が少ない分、詰めている男たちも多く、最低でも15人以上が確認されているし、全ての構成員が拠点に存在しているわけでもなかった。なので恐らく討ち漏らしが出ると思われる。


 俺達の追及を逃れた敵がどこに行くのかは色々な想像が出来る。こちらにとって都合がいいのはそのまま塒に篭もって震えてくれる事だが、それを期待するのは虫が良すぎるだろう。


 今日が幹部会で中枢が固まっているとはいえ、もし逃したのが下っ端ではなかった場合、増援はウカノカを先に潰したので、この次は国の警邏隊が出張ってくる可能性が高かった。

 

 こちらに騎士がいるとはいえ僅か6人では押し留められないだろうし、警邏隊ではなく組織と繋がっている貴族の私兵だった場合、最悪の面倒臭い展開になる。


 何しろここで戦っているのはリノアの一家なのだ。取り逃がしたウロボロスの残党は彼らに復讐を挑むだろうし、俺も無関係だというわけにはいかない。負けることなどありえないが、非常に時間を取られるだろうしこちらも損害が出るだろう。

 そんな展開は御免蒙るので、あの二人には見知らぬ一団が進入してきたらその足止めを頼んだのだ。

 先程のゼギアスと同様に二人も昔からの組織の頭だったので、己の手勢を持っているから時間を稼ぐくらいならどうとでもなる。

 それに彼らとしても組織を裏切っている以上、ここでウロボロスを叩き潰しておかないと困るのは同じだからだ。



「リノア、他の隊の状況は?」


「今のところ順調ね、拠点制圧も後二つだし、こちらの損害も皆無」


「順調な所悪いが、残念なお知らせだ。貴族街から数十人の団体さんがお見えだ。それに街の警邏隊もこっちへ向かってる。取り逃がした奴はいないが、向こうも非常時の連絡手段は持っていたようだな」


 本当に残念な知らせだ。まさか両方来るとは予想外だ。


「ええっ、ど、どうするのよ。計画が崩れるじゃん」


「良い機会じゃないか、セリカと協力して計画を修正してみな。最初は助言なしな」


 まだ向こうで何か言っているが無視して通信を切った。

 闘いに相手がいる以上、全てこちらの思い通りになることなど有り得ない。

 どれほど綿密な作戦を立てても、頭に来るほどどうでも良い理由で破綻することだってある。

 大事なのはそれをどのように修正するかなんだが……恐らくミリアさんが俺と共に居るのはそれも理由だろう。孫にこのような経験を積んでもらいたいのだと思われる。


 この世界での(かしら)は色々な才能を要求される。人を納得させる腕っ節はもちろんのこと、指揮統率力、人を見る目や育てる目から果ては分け前の分配まで頭の能力で集団の力は変わってくる。

 

 今回、リノアを全体を見渡せる位置に置いたのも、それを養ってもらいたいというミリアさんの配慮なんだ思う。彼女が居ればどうしても頼ってしまうからな。


 それはそれとして、俺は自分の仕事(ゴミ掃除)を続けるとするか。今回は俺の担当が多かったりするしな。


 ウロボロスは賭場を縄張りにしているだけあって、夜は多くの人間で賑わっている。その最中に襲撃を仕掛けるので騒ぎが大きくなるのは仕方ないことだった。


 沢山いる人間の中で、客と敵を見分けるのは簡単だ。俺に向かってくるのが敵、背を向けて逃げるのが客だ。予め敵の人数を大体の位置を伝えてあるので大きな問題にはなっていない。


 むしろ逃げ出そうとした敵を住民がこちらに教えてくれたりしている有り様で、連中が回りからどう思われているのかよくわかる話だ。



 リノアの一家の男達にとっては敵を見つけ出すのは簡単な作業らしい。どんな世界でも同じような闇の職種の人間は”匂い”で解るらしい。だから俺の手助けなしでも敵を潰し続けている。



 俺が3箇所目の拠点を潰し終えた時、二つの勢力は北と東からこちらの南地区へと向かってきている。目立つのを恐れたのか、徒歩のようだが確実にこちらへ向かってきている。


「おい、リノア。団体さんはそろそろ南地区に来そうだぞ。どうするつもりだ?」


「ど、どうするってあんたね!! あんたが始めたことでしょうが! 最後まで責任持ちなさいよ!」


 ごもっともではあるが、俺の所にミリアさんがいることを忘れている発言だった。俺から通話石を奪い取ると、孫を叱りつけた。


「だからあんたは半人前だって言うんだよ。指揮所にいる奴が一番詳しい情報を持ってるんだ、あんたが指示出さなくてどうすんだい!!」


「そ、そんな……」


 リノアにしてみれば本人の意思の余地のないところで話が進んだ上に、面倒だけ押し付けられた気分だろう。声に元気がない。


 それに、ミリアさんの言葉ではないが、一番情報を持っているのは間違いなく俺なので、リノアを助けることにした。

 というか、セリカはどうしたんだろう。あいつの頭ならこの程度の問題はすぐに整理して正しい答えを導くと思っていたのだが。


「リノア。作戦に囚われすぎて目的を見失なっては意味がないぞ。今最優先すべきことは何だ?」


「あ、えっと。敵を倒すこと?」


「そうだ。だからこちらの襲撃がその前に終わるなら、そもそもあんなやつら放置したって構わないんだって」


「ええっ! そんな! だって対処しろって言われたもの!」


 敵にじゃなくて、状況に対処しろって意味なんだが……まあ、こればかりは場数踏まんと解らんよな。


「ミリアさんは、きっとそういう柔軟性を学んで欲しかったんだろう。と言うわけで、ボリスとジョンソンの隊の撤収を急がせろ。絶対に警邏と接敵させるな。それが無理ならバーニィと騎士隊を向かわせろ。奴らも貴族と騎士に無理強いはできないだろう。それと、どんなに不安でも声に出すな。指揮官の不安は兵隊に伝染する。心の中は不安で押し潰されそうでも、何事もないように振る舞え。今の声だと皆が不安になるぞ」


「わ、わかったわよ。それと、もう片方の集団はどうすれば良いの」


「それについては放置で構わない。あいつらは多分貴族の私兵で目的は俺達と戦うことじゃない。むしろ潰したウロボロスに用があるんじゃないか? こっちは剣を取り返して邪魔臭い奴等を消せればそれでいい。作戦を続行するぞ。各拠点を制圧し次第、本拠地に攻め込む」


「了解、伝達します」


「それと、セリカはなにしてんだ? 隣にいるのは解るんだが」


「さっきからずっとどこかと会話中よ。お陰で私が大変な目に遇ってるの!」


 セリカはどこかと連絡ね、さて、どう幕引くのやら。




「まったく、なっちゃいない孫だよ」


「そう言わんでやってくださいよ。あいつこういった経験はまだ殆ど無いんじゃないですか? これからに期待すればいいんですよ」


「そういうお前さんはずいぶんと手慣れているね、とても素人の指揮じゃないよ」


 やれやれ、この婆さん、さてはそれを聞く為に敢えてリノアに厳しくしたな。

 

「この世界に来る前は、そういった仕事してたのかもしれませんね」


「お前さん、その()()が意味する事を解って言っているのだろうね」


「記憶のない稀人なんて何の価値もないでしょう、俺はただの田舎者ですよ」

 

 この後に及んで俺も稀人ではないと口にする気はない。玲二たちとあれほど日本語を口にした上、彼らが書いた日本語をきちんと理解したのでは納得する他ない。


「やはり稀人じゃったか。なるほどのう……」


 何か考え込んでしまったミリアさんに代わってドラセナードさんが聞いてきた。


「稀人といえば黒目黒髪というのが決まり事だが、君は違うようだな」


「ええ、俺はなりそこないなんです。お決まりのユニークスキルもないですし、異世界の記憶もない。ただの田舎生まれの新人冒険者ですよ」


 俺の言葉に二人は盛大なため息をついた。


「どこの世界に新人冒険者が一党を率いて裏組織を潰して回る奴がいるかね? その指揮といい、私から見ても熟練の手際だ。特に迷いなく命令する姿がいい、下の者はそれだけで安心できるというものだ」


「ここにいますよ。それより、この後王都のギルドマスターであるドラセナードさんに相談したい事があるんですが、ジェイクさんから話は聞いてますか?」


「モンスターの異常発生の件かね? それは私も認識している。後で情報を共有しようか」




 <マップ>で全ての拠点の制圧を確認した。あとは本拠であるメイラードを残すのみだが、敵も俺達を待ち構えており、総勢165人で迎撃するつもりのようだ。

 こいつを正面から攻略するのは骨が折れるな。だが<マップ>を見る限り客を追い出して店を手勢で固めているようだ。

 こいつら俺に優しすぎだろ、なんでこういちいち簡単にしてくれるんだ。こっちが店の損害なんぞ一欠片も気にしていないと思っていないんだろうな。


 普通は乗っ取ってすぐ使えるようになるべく無傷で手に入れたいと思うのだろうが、俺は余所者だからどうなろうが一切気にならないんだなこれが。


「火事だあぁぁーー!!」


 さて、皆と合流して面倒な連中が来る前に片付けようと思った矢先、急報を知らせる叫び声が届く。


 火事だと? 俺らの仕業じゃないよな? 派手に暴れちゃいるが、火を使った覚えはない。ないが、暴れているのが俺達なので誰がやったのかと問われれば誰もが俺達のせいだと思うだろう。


 流石に火付けは絶対に不味い。いくらなんでも極悪人すぎるわ。俺達は掃除屋であって英雄になるつもりは毛頭ないが、いらんことで怨まれるのも勘弁だ。

 予定を変更してでも消火を、と思っていると二人の男が駆け寄ってきた。あれはさっき会ったザインとジークだな。


「頭、こちらでしたか!」


「俺は頭ではない。余所者だが、縁あって彼等を率いているだけだ。名はユウキというが、火事は大丈夫だったか?」


「では、ユウキの頭と呼ばせてもらいやす。俺達は頭に忠誠を誓いましたんで。他の方々のご助力は恩に着やすが、従うのは頭の言葉だけです」


「喧嘩屋ザインと私、(くろがね)のジーク、共に頭に従います。それと、あの火事は我等の仕業です。周辺は大混乱ですから、外部からの干渉は多少時間を稼げるはずです」


 あの火事はお前らの仕業かよ! 王都の建物は石造りの立派なものも多いが、庶民が住まう南地区は木造の建物も数多い。そんな訳で放火はかなり罪が重い。どうあがいても死罪は免れんぞ。


「お前達が街に火を放ったってのか?」


「ご安心下せえ。俺らのアジトに火を放ちました。値の張る家財は全て持ち出してありやすし、元はあの糞組織の建物です。綺麗サッパリ燃え落ちてくれた方が良いってもんですぜ」


「周辺には我等の手の者が延焼のないよう周囲の建物に水を撒いています。ご心配には及びません」


「ならいいが。ご苦労だったな。この騒ぎで邪魔者も簡単には俺達に近付けなくなった。次が最後の大喧嘩になるぞ」


「お言葉ですが、まだウロボロスには奴がいます。バーラント、”暴虐”の異名を持つ奴がいる限り、連中は滅びたことにはなりません」


「あの野郎は俺達で相手をしやす。倒す、とは言えやしませんが、頭達が敵を潰すまでは時間稼ぎをするつもりでさあ」


 そのバーラントとやらに深い因縁があるのだろう、固い決意を感じさせるが、ここにそんな強いやついたっけかな?


「ユウ様、バーラントとは色々な情報を吐いてくれたあの大男です。やはり興味がなくて覚えていなかったのですね」


 ユウナが耳打ちしてくれるが、あいつがそのバーラントだったのか! 昼間の内に事情を知っていそうな幹部を拐おうとして、一番偉そうにしている奴を拉致ってきたのだが、そんな組織を代表する強者だとは思わなかったな。そういや5ケツ(笑)だっけ?



「お前らに足止めをしてもらう必要は無さそうだ。だいたいお前達の情報を誰が教えてくれたと思う?」


「そんな……まさか!?」


 忠誠心が低くて信用が置けず、人質を取ってようやく従えた相手の情報なのだ。ましてやその人質の居場所など最高幹部ほどでないと知り得るはずもない。


「あのバーラントが……信じられねぇ。いや、頭を疑うわけじゃねぇですけど」


「気になるなら後で本人と会うといい。もっとも、二人の知る男はもうどこにも居ないかもしれないがな。だが、まだゴミは沢山残っているそ、二人も潰したいゴミが山程あるんじゃないか?」


 そう問いかけると二人の顔に復讐の炎が灯った。ウカノカのゼギアスといい、元々地元の組織だった彼等は散々な扱いをされていたようだ。




「ユウキの頭、差し出がましいかとお思いでしょうが、ひとつお耳にいれておきたい事が」


 最後の締めと言うことでリノアやフードで顔を隠したセリカも合流したあとで、おもむろにジークが口を開いた。


「聞こう」


「ありがとうございます。我等と同様に身内を人質に取られて否応なく従った男がもう一人いるのです。既に頭の手によって人質が助け出されているのは確認済みなのですが、そのゾンダの親爺(おやじ)も手下に加えられては如何でしょう。頑固者ではありますが、男気のある人物です。手下(てか)も多いてすし、必ずや大きな力になってくれるはずです」


 そういえば”説得”した奴等が挙げた人物は5人だった。ウカノカで2人、ウロボロスで3人だから、あと一人がそのゾンダの親爺さんらしいが。


「ここまで出会ってないな、それらしい男を誰か見たか?」


「見てませんね。ゾンダの親爺は昔からここの顔役で顔も名も売れてましたから、見失うことも見間違うこともないはずですか」


 リノアの配下で全体の取り纏め役をしている(実際にリノアの補佐らしい)ベイラーが答える。他の皆も知らないようだ。


「まさか、あの親爺、一人で突っ込んでやしないだろうな……いや、だが……」


 ザインがまさかそんなはずはと口にするが、自分でも有り得ると思ったのか、表情は呆れ顔だ。


 一人で突っ込んで負けたとなると……<マップ>で調べると、ああ見つけた。地下室のような場所に一人だけで反応がある。丁度いい具合に俺のアイスブランドも近くに置いてあるようだ。


 後で両方とも回収しよう。


「どうやら地下室みたいな場所に監禁されてるな。後で助け出してくる」


「すいやせん頭。しかしあの親爺、そこまで考えなしかよ。マリーさんも大変だな」


 ご新造さんらしき人の名前がきこえてきたが、確か人質は娘さんだったかな。



「で、方針は固まったようだけど、じっさいどうすんの? 相手は店に籠って徹底抗戦よ。ウチの男達をあの中に突っ込ませるのは承服しかねるわよ」


「心配ないさリノア嬢、大丈夫だろう。あのユウがそんな非効率な事を選ぶはずがないよ。敵がむしろ固まってくれて都合が良いと思っているはずさ」


 先にバーニィに言われちまった。まあその通りなんだが。


「総員そのまま聞け。これから最後の仕上げに入る。敵は総数165人、拠点であるメイラード店内で籠城している。このまま警邏が来るのを待っているのだろうが、こちとら明日も仕事なんでな、それに付き合ってやるほど暇じゃない。さっさと終わらせるぞ」


 周囲を見渡すが、誰一人戦意に欠けた顔をしていない。戦いはじめてしばらく経つが、<補助魔法>お陰で体力も時間経過で回復しているはずだ。


「それに作戦というほどのものはない。俺がデカいのを1発カマすから、そのあとは好きに叩き放題だ。王都のゴミを纏めて掃除しろ。ゴミ相手に遠慮も容赦も要らん! 奴等に生まれてきたことを後悔されてやれ!」


 配下の誰かが応じる大声を挙げると全ての人員がそれに呼応し、夜の王都に戦士達の気合いが木霊した。

 リノアは本当に良い配下を抱えているな、羨ましいほどだ。




 メイラードという店舗に150人以上は入りきらないので、数十人は店の外に出てこちらを威嚇している。


「しかし、周りの見物人は何とかならんのか? 明らかなご同輩までいるじゃないか」


「そりゃ仕方ないでしょ、この王都の5大組織の内の一位と二位がボコボコにされて一刻も経たずに消えようとしているのよ。他の組織だって見に来るでしょ」


「覗かれるのは気分が悪いが……精々見物人の度肝を抜いてやるかね」


 俺達が臨戦態勢を整えたのを感じ取ったのか、敵側も警戒の度合いを高めたようだが、これはそんなものでどうにかなるもんじゃないぜ。


 俺はここにいる魔力持ちたちがどんな馬鹿でも解るように時間をかけて魔力を練り上げてゆく。

 周囲からざわつく声が聞こえるが、無視を決め込んでとある魔法の準備を終わらせる。


「な、何を始めるつもりかね? その尋常じゃない魔力、この王都を覆いつくさんばかりだぞ?」

 

 魔力と親和性が高いエルフの血を持つドラセナードさんが俺の魔力に気付いて慌てているが、俺は特に珍しい事をする気はない。


「俺が放つのはただの最上級魔法ですよ」


 ただし、<魔力融合>と<魔力暴走>で威力と属性を崩壊させているがな。


 <魔力融合>と<魔力暴走>を取得したのは恐らく一番最初だ。なんとなく強そうだからという理由で取ったはずだが、<鑑定>の説明を見ても良く解らなかった。暴走させて属性崩壊させるだとか、融合させて限界をなくすとか、共に威力を高める事は確かなのだが、何故同じではないのか疑問だった。


 その疑問は訓練で実際に使ってみたときに氷解した。要はこの二つが組み合わさると魔法を合体させる事が出来るのだ。ダンジョン探索では威力も範囲も無駄に大きいので一度も使えない代物だったが、ここで初お披露目と相成ったわけだ。


 そのとき、メイラードの中から一人の男が飛び出してきた。格好からすると魔法使いのようだな。


「なんなんだお前は! この魔力、王都を地獄へと変えるつもりか! お前のような人間が居ていいはずがない、この俺以上の魔法使いなど認められるはずが!!」


 何か喚いているが、もう遅い。これぞ初公開、とくと御覧(ごろう)じろ……!


「風と土の合魔、名付けて”タイタンフォール”!」


 耳をつんざく轟音と共に、大店メイラードは文字通り、物理的に『潰れた』。



「…………」


 皆、声もなく静寂が支配した。すぐ近くでは火事を知らせる騒ぎ声が届いていたのに、今は隣のリノアの吐息まで聞こえてきそうなほど静かだ。全ての人間がありえない光景に絶句しているのだろう。


 メイラードは三階建ての大きな店なのだが、正面の扉、壁と言わずすべてが破壊されていて、どこからでも侵入できる状態になっている。

 周囲にいた人間も全員が地に伏しているが、ちゃんと手加減しているから死んではいないはずだ。


「う、ああ……耳が、耳が聞こえねぇ……」


「な、なにがあったんだ……」


 次々と敵が壊れて瓦礫と化した壁の中から立ち上がってくるが、その姿は頼りない。魔法の範囲内にいた連中は天地がひっくり返るほどの衝撃を叩きつけてやったので、まともに立ち上がることすら一苦労のはずだ。

 本来の魔法は巨大な岩を天空から落とす隕石召喚魔法なんだが、ここは圧縮した空気の塊を叩き付ける魔法に改変し、人は一人も殺さないように注意した。

 もし魔法で皆殺しにすると他の皆が点数を取りはぐれて恨まれかねないからな。


 幽鬼の如くフラフラとしている敵を見逃す俺達ではない。直ぐに突撃の命令を下した。


「俺に続けぇ!!」


 魔法による衝撃のせいで満足に動けない敵に俺達は襲いかかった。事実、戦いにさえならず、蹂躙という言葉さえ相応しくない。これは敵を狩るただの作業だな。


「ここは任せる。ポイントの稼ぎ時だぞ」


 俺は敵の始末を配下に任せ、本来の目的である愛剣の回収に向かった。ついでにゾンダとかいうおっさんも助け出してくる予定だ。


 俺の愛剣の反応は地下にあることは解っているので、<マップ>を確認しつつ地下への階段を探す。敵が散発的に襲い掛かってくるが、脅威を覚えるほどの相手はいなった。先程、『先生』と呼ばれていた男を倒したが、いくら腕に自信があっても足元がおぼつかない相手に苦戦などしようがない。


 ほどなく地下への階段を見つけて降りると、そこには縄で縛られた満身創痍の男がいた。手酷く痛めつけられたようで、両手足の骨は折れているし、口から血も吐いている。恐らく内蔵がやられているな。


 放っておいたら死にかねないので、ポーションをぶっ掛けて回復させた後で縄の拘束を解いてやった。


「お、俺はいったい……」


「あんたがゾンダさんか? 俺はユウという者だ。あんたには手紙を送った奴といえば解りやすいかな?」


 40がらみの筋骨たくましい男であるゾンダは俺が何者かを知ると目を見開いた。


「あ、あんたが娘を助けれくれた男か! あ、ありがてぇ! 恩に着る、この通りだ」


 ゾンダは頭を下げてくるが、俺はその前に聞きたいことがある。


「ザインとジークに聞いたけど、あんた一人で乗り込んだって? 手紙には慎重に行動しろと書いてなかったか?」


「面目ねぇ、娘が助け出されたのを見たら周りが見えなくなっちまってよ、真正面から乗り込んで返り討ちさ、体中に怪我を……って、傷が消えてやがるぞ!」


「ああ、治しておいた。最後の大喧嘩に不参加じゃ締まらないだろ?」


 地上での喧騒は聞こえているはずだから、今何が起こっているかも解るはずだ。


「何から何までかたじけねぇ。この借りは必ず返すからよ」


「ああ、そうだ。これも持って行った方がいい。みんな持ってるからないと不便だぞ」


 俺の手にあった鉄棒を渡した。多くの血を吸った鉄棒はこれまで何がなされてきたのか一目瞭然だ。


「これで、ガイエンのドタマをカチ割ってやらぁ。あんがとよ!」


 ガイエンとはこのウロボロスの序列2位の男だ。どうやらこの組織は今頭が不在のようで、実は序列3位だったらしい俺が潰したバーラントと跡目争いを繰り広げている真っ最中なんだという。バーラントが消えた今、この組織の暫定的な頭は奴らしいな。


「そのガイエンとやらは最上階の部屋から動いていないぞ。幹部連中には俺が賞金をかけたから仲間も殺到してる。急いだ方がいい」


 最初は隊ごとのポイントだけでいいかと思ったのだが、バーニィが完全な一人勝ち状態になってしまって盛り上がりに欠けることこの上ない。

 主催としてこれではいかんと思い、これまでの競争に加え幹部にそれぞれ金貨5枚の賞金をかけたのだ。

 これまでの道程で俺の力を知っている配下たちは、誰が幹部を殺ったか把握できる事を解っているので手柄を奪われる恐れもない。文字通り宝の山と化したゴミどもを殲滅せんと猛烈な勢いで襲い掛かっている。


「そいつはいけねえな。そんじゃ俺はこれで。礼はまた後でゆっくりとな」


 地下室から駆け出していったゾンダの親爺を見ながら俺はようやくアイスブランドの捜索を始めた。

 位置は解っているのだが、どうやら隠し部屋にでもなっているようで<マップ>を見ても入り口が解らない。


「面倒くさいな」


 考えるのをやめた俺は壁をぶっ壊して進む事にした。方向は解っているのでまっすぐ進めば見つかる計算だ。

 土魔法で壁やら土やらを抉り取って進んでいくと、小部屋に突き当たった。そこで俺はようやく念願の愛剣と再会する事になった。


「ようやく会えたな。俺のアイスブランド……!」


 他にも金貨や宝石の山があったが、そんなもの俺の目には入らなかった。久々に手にした愛剣は俺の魔力に呼応して冷気を迸らせた。この全てを凍りつかせる冷気さえ心地いい、さすがは我が愛剣だ。


 さて、俺の用事はこれで終わった。盗んだ実行犯は存在自体が消えかかっているし、天罰覿面だな。


 あと残すは後片付けだけなんだが……ここにあるお宝どうしようかな。間違いなくこの組織の隠し財産だろうからザインたちに権利があるし、俺は強盗する気はないから取る気はないが……ここに置いておくと無関係の奴が取っていきそうだな。この組織は相当恨まれていたようだし、俺達の後は地元の民が瓦礫を漁りに来るかもしれない。

 俺が回収して後で分配すればいいか。しかし連中め、相当溜め込んだな。良く見れば白金貨まであるじゃないか。


 ダンジョンでやっている<範囲指定移動>で全てを<アイテムボックス>に突っ込むと、俺は外に出た。戦闘はほぼ終結しており、死体を回収しているところだった。

 ザインたちが付けた火も消し止められたようで、向こう側からの街のざわつきも大分収まってきたように感じる。

 だがこちら側は……無理だな。ウロボロスの壊滅を見た周辺の民衆がお祭り騒ぎになっている。今はこの周囲だけで済んでいるが、それが南地区全体に広まるのは時間の問題だな。


「ユウキの頭! こいつがガイエンです。始末をつけてくだせえ」


 ザインたちが細身の男を引きずってきた。自分の足で歩けないように両足を叩き折られているようだ。もっとも、すぐに怪我の心配などしなくてもよくなるが。


「あんたがガイエンか。糞の親玉にしては貫目が無いな。こりゃバーラントのほうが大分マシだな」


「精々いい気になっていろ。バーラントの野郎が戻れば手前らなんざ……」


 減らず口を叩く馬鹿を()()()蹴り上げて黙らせる。


「跡目争いの敵に期待してんじゃねぇよ。それに奴は二度とここに戻って来れない。意味は解るな?」


 そう言い含めてやると、ガイエンが力なく項垂れた。


「くそ、なんでこんなことに。俺達が何をしたってんだ!」

 

 そう愚痴る奴の手に俺は愛剣を突き刺してやる。迸る冷気が奴の手をたちまち凍らせた。


「人の物を盗るために随分と面倒な真似をしてくれたな。お前が命じて殺させた細工師の恨みだ、たっぷり味わえ」


「その剣、まさか今日の依頼の!? ただの強盗(タタキ)報復(カエシ)でここまでやるのか!」


 いや、人死んでるし、お前らが撒いた薬の処理でもあるが……いちいち説明する意味も義理もない。


「その『簡単な仕事』の代償は高くついたな。冥府で後悔するがいい」


 奴の後ろで膝をついていたザイン、ジーク、そしてゾンダの親爺に告げた。


「好きにしろ、始末は任せる。だが時間をかけすぎるなよ、この騒ぎで国が動いたようだ。警邏よりも上の連中が来そうだぞ」


 へい、応じる声を背中に聞いて、俺は始末を終えた配下に向き直る。遠くからは笛の音が聞こえるからやはり大勢が近づいてきている。潮時だな。


「よろしい、直ちに撤退する。今宵の地獄はここまでとしよう」


 よく訓練された配下たちは音も無く闇に消えていった。俺も後で店で合流するとしよう。既にミリアさんやセリカ、ドラセナードさんは姿を消している。


「終わったね」


「そうだな、助かったよバーニィ。お前のお陰でかなり捗った」


 俺はバーニィと闇夜を走り抜けながら帰途に着いた。


 後に”一夜の大掃除”と呼ばれた王都の浄化作戦はこうして幕を閉じたのである。





楽しんで頂ければ幸いです。


おかしい、直ぐ上げるといった俺はどこに行ったのだ(汗)。


まさか前編より話が長くなるとは思いませんでしたわ。許してクレメンス。


この話はまだ続きます。大掃除はある意味オマケなので。


次こそ急ぎます。というか、毎日更新時のように3000字にしておけば更新できた可能性が……。



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