仄暗い闇の中から 4
お待たせしております。
戦闘自体はものの2刻(2時間)程度で終わった。闘いに身を置いて鍛えている男達と只の犯罪者では相手になるはずもない。
それが解っていたから彼らに任せようと思っていたが、横着してないでお前も働けとミリアさんに怒られたわけだ。
王宮からは騎士団の一分隊が派遣されてきた。恐らくは不寝番の騎士を急派したんだろうが、彼等は近衛のアインが指揮を取るようだ。
彼らも出番が欲しいそうなので、連中の拠点の制圧を任せた。鍛えられた騎士が遅れを取る相手だとは思えないので心配はしていない。
事実、騎士団が出張る意義は大きい。これで俺達の行動は国の公認となった。錦の御旗ではないが、俺達が明らかな正義である証明になるので、こちらの士気は上がるからだ。とはいえ、彼らも国に中毒性の薬物を捌く他国の組織を看過できるはずもないし、そもそも彼らが取り締まるべき案件なのだ。
出張って当然で、遅すぎた感もある。
そして冒険者ギルドはやはり積極的な協力は難しいようで、それでもなんとか7人のスカウトを寄越してきた。偵察と連絡に使えるだろうとギルド側は思ったのだろうが、俺には<マップ>があるので必要ないんだよな。
だが、動かせる駒が増えるのは助かる話なので各地に散ってもらった。そして結果的に彼らは大変役に立ってくれた。当初俺は拠点に陣取って指示を出そうとしていたが、ミリアさんの言葉もあって最前線に立つことになったからだ。
その成果として一家の男達からの大きな信頼を得ることはできたが、細かい指示、つまり逃げ出そうとした敵や危機を伝えに飛び出した連中の対応が疎かになってしまう。
その穴を彼らには埋めてもらった。本当に役に立ってくれたので、予定外の報酬を出したほどだ。恐らくは高位のスカウトたちだろうと思っていたが、まさかその中にあの護衛依頼で一緒だった”ヴァレンシュタイン”のナダルさんまでいるとは思わなかった。
思わぬ再会に驚いたが、向こうはキナ臭い依頼に俺の影を感じ取ったとか、無茶苦茶な事を言ってたが今は戦いの最中なので深くは聞かなかった。
それでも彼等は間もなく王都を離れるそうなので、その前に一席設けようかと話が弾んでしまった。
それはともかく、掃除は順調に進んだ。
俺が描いた王都の地図には両組織の拠点全てが記入されている。<マップ>の敵反応を元に5ケツとかいうお笑い集団から吐かせた情報を整合させているから正確だ。実際にその拠点は例の店なんだが、不要だろうと思われるほど沢山の人間がいるので間違いない。
リノアの一家で集められたのは総勢41名だ。本当はもっといるが今は王都の外にいるらしい。
後は俺とユウナとバーニィの三名と予定外の二人を足して46名が戦闘要員である。
クロイス卿は不参加だ。彼は喧嘩を売られた当事者でもあるから当初は参戦を希望したが、俺がこの件に首を突っ込んでも突っ込まなくても利点はあると説明したら、それ以上言わずとも納得してくれた。
ここで参加すれば、その北部貴族に対してお前の悪事はお見通しだと明言するのと同じことだし、参加しなくても『あのときはどうも』、といつかの攻撃材料に使えるだろう。
俺にとっては業腹だが、元々が立証の難しい地味な嫌がらせなのだ。抱えている案件が多いクロイス卿としては身辺周りを一層注意しつつ、自らの力を蓄える方向にしたようだ。
いちいち関わってられないというのが正直な所だろう。
俺が全権委任された指揮官となったので、指揮所と化した先ほどの飯屋に全ての人員を集めた。
ミリアさんが完全装備で来いと命令してあったようで、集った男達は武装している。
まず俺は彼等の武装を取り替えさせた。既に俺達にとってはこれは殺し合いの戦争だが、国王のお膝元である王都の中で堂々と光り物は不味い。いくら騎士団が後ろにいるとしても、どこにでもいる口さがない奴等は後で文句をつけかねない。
そこで俺は人数分の鉄棒を取りだし、これを使うように命じた。男たちから反論はない、最初の集合時に若い跳ねっかえりがいたが(リノアの幼馴染らしい)、充分に『わからせ』てやったので、皆も文句なく従っている。
俺は今更人道に配慮する人間でもない。これも刃物を嫌がっただけで、防具も着けていない奴に鉄の棒で鍛えた男が殴りつければどうなるかなど言うまでもない。
刺殺できないだけで殺傷力は大して変わらないので、ゴミの死体は大量生産されるはずだ。
だが、もし警邏に咎められたとしても、酔っ払いの喧嘩ですで押し通せそうな武装にしておく事は意味がある。相手の組織の大きさからして王都の貴族と繋がっていないはずもない。俺達と繋がりのない貴族が横槍を入れた際の対応も考えておくべきだった。
しかし考えれば考えるほど、俺一人でこっそりやったほうが効率いいなと思ってしまうが。
その後で俺は5人の分隊を8つ作り、それぞれの隊長を決めた。その判断はミリアさんの意見を容れたが、任命は俺がした。責任を明確にするためである。
そして地図に書き込まれた奴等の拠点の一つ一つをしらみ潰しにしていく方針を伝えた。
まずはユウナの短剣があった”ウカノカ”とか言う組織からだ。
その”ウカノカ”の拠点の数は26個、それぞれにほぼ同数の構成員と思われる男達がいた。引き抜く連中は襲いかかるまで普段通りにしていろと伝え、背後から元仲間を叩けと決めているので間違いや同士討ちはないはずだ。
ウカノカの拠点は、娼館を兼ねている場所も多いので非戦闘員は決して傷付けるなと念押ししたが、彼等の士気は高いので言われるまでもないと言う顔をされた。
この世界ではじめて率いる部下は優秀極まりない。こんな贅沢はなかなかできないな。
リノアの一家も王都を拠点としているだけあって王都の土地勘があるのも助かっている。連絡用として通話石を渡したが、その通話先は指揮所で情報を管轄するリノアに繋がっている。
ある意味で一番重要な仕事なので俺がやるつもりだったのだが。
こうなっては仕方ない、リノアに任せる事にするが、ここで思わぬ援軍が加わってくれた。
暇をしていたセリカが統括として情報をまとめてくれるそうだ。どうやら二人は元から気安い友人のようなので有り難くお願いした。
アイン率いる騎士隊とリノア一家の8隊がそれぞれ2箇所ずつ襲撃する計画だ。単独で動くバーニィは距離の近い4箇所を担当し、残りの4箇所を俺達が潰す計画だ。
「作戦は以上だ。解っていると思うが速度が全てだ。嵐のように襲い掛かり、疾風のように撤退しろ。特に逃亡者を出すな。襲撃が他に漏れると余計な時間がかかる。敵の位置は全て把握しているからなにか動きがあればリノアから指示が出る。隊長格は指示を聞き逃すなよ」
皆を見回すが、作戦を理解していない奴らはいないようだな。夜の内に終わらせる事を重視しているのでかなり面倒な作戦になっているが、部下の能力の高さに助けられた格好だ。
俺のアイスブランドが奪われたと聞いたときは、俺一人で全ての敵を闇討ちして回るつもりだったからこんな計画だったのだが、他の人間を動員して動かす作戦としては中々危なっかしい。
かなり時間的にも余裕はない上に命の危険もある。男たちはともかく食材の納品などで大分顔見知りも増えている女性陣にすがるような視線を受けては仕方ない。
俺は騎士団を含めて各自にポーションを二個配布し、その上で<補助魔法>にある<守護の盾>を全体にかけてやる。これでよほどのことがない限りこちらの被害はないだろう。
<守護の盾>はその名の通り、対象の頑丈さをあげる補助魔法だ。そのほかにも<剛力の加護>や<破邪の護り>など様々な種類があるがここで使うのは一つで十分だ。俺は単独行動が多かったのと、既に<効果範囲拡大>と<効果上昇拡大>があるので、うかつに使うとどこまで範囲が広がるかわからなくてあまり遣い所がなかったので今回が初披露となる。
試しに鉄の棒で誰かを殴ってみたが、まるで金属鎧の上から叩かれたような衝撃はあっても痛みはないようなので、男たちの士気はさらに上がることになる。
こうして始まった王都の大掃除だが、想像以上に手早く進んでいる。皆にぶら下げた餌が美味しすぎたのか、俺達がまだ最初の襲撃を行う前に早い隊では二箇所目に取り掛かる所もあった。
実は一家の男たちもただ夜に呼び出されて戦うのは嫌だろうと思い、皆の意欲を引き出すため撃破数に応じて賞金制度を設けたのだ。
隊ごとにポイント制で競われ、一位の隊には金貨10枚が、二位でも金貨5枚が得られる。この金は既に指揮所の皆が見える所に置いてあるので、俺が嘘をついていると疑う奴はいない。それに初めて俺がリノアの店に乗り込んだとき、白金貨を出して依頼を持ちかけた事を多くの者が見ている。やはり支払い能力というのは大事である。
ただ、無軌道に暴れれば良いというものではないから、違反者には厳しい罰則が待っている。部外者を傷付けた者、怪我をしてポーションを使った者などは大きな減点となる。<守護の盾>を受けてさらに怪我をするような状況など、無謀な突撃でもしなければ起こり得ないだろうからだ。
一人のミスも隊としての連帯責任になれば、隊長は可能な限り急ぎつつも慎重に行動しているだろう。
「おい、先越されてるじゃんか! 急ごうぜ!」
リノア一家のはねっ返りこと、ナッシュ君15才が俺を急かす。この小僧も賞金の事を聞いて居ても立ってもいられないようだが、支払う俺の隊に賞金が出ると思っているあたり、思考回路がまだ可愛らしいな。
「落ち着きな。小さな拠点潰したとて得られる点は少ないさね。最後に討つ本丸で如何に稼ぐかがこの戦いの肝さ」
何故か付いてきた人その一であるミリアさんがナッシュ君をたしなめた。さすが年の功だけあって、この競争の大事な点を理解している。
各隊に割り振られた襲撃拠点にいる敵の数はばらつきがあるものの、最後の本拠の前には誤差に過ぎない。要は怪我なく急いでくれれば良いのだ。賞金は俺の持ち出しだが……金貨百枚もいかないだろう、たいした額でもない。
そんなことを話している間に第一目標の前についた。この組織は娼館を食い扶持にしているが、このような普通の民家をも拠点としていたりする。俺も<マップ>がなければここが拠点のひとつだとは思わなかっただろう。俺のすぐ後ろにいるナッシュ君も半信半疑のようだが、こんな普通の民家に女が5人と大の男が8人も居るのだ。間違いないだろう。
「ふむ、これでは判断がつかんな。兵士も取り締まりは難しかろう」
何故か付いてきた人その2であるドラセナードさんがその家を見て呟いたが、当然地元住民は気付いていた。今も何事だと俺達の様子をうかがっている気配は感じる。
だが、俺達の行動が変わることはない。そのまま件の家まで近づくと、扉の前から声をかけた。
「よう、やってるかい」
しばらく待つと野太い男の声が返ってくる。
「帰んな、ここはガキの来るところじゃねえ。筆下ろしならもっとシケた店に行きな」
はい、確定。俺はそのまま扉を蹴破り、向こう側にいた男ごと吹き飛ばすと、そのまま流れるように家に侵入する。
倒れた男の頭に容赦なく一撃を与えて絶命させたあと、衝撃的な出来事にアホ面で固まっているゴミ共をあの世へ送る。この間、一瞬の出来事であり、後ろのナッシュ君は反応さえしていない。
「おい、なに呆けてんだ。急いでいるんだろうが」
「あ、ああ。今行く」
「あ、あなたたちは……」
各部屋から女たちが顔を出しているが、当然だが皆一様に混乱と恐怖がある。
俺は女たちを落ち着かせるようにゆっくりと言葉を選んだ。
「今日はもう店仕舞いだ。明日には平穏な日々が戻ると思うが、あんたたちを縛るものは消えているはずだ。詳しくは後からやってくる男たちに聞いてくれ」
戸締りをしっかりするように頼み、その後は各隊に渡してあるマジックバッグに死体を放り込んで行く。俺達は一つの死体さえ残さずに撤収することを命令してある。俺はこの組織を"消滅”させるのだ。痕跡さえ残すつもりはない。
さて、次だ次。ミリアさんとドラセナードさんは完全に傍観者に徹していて、ユウナは周囲の警戒をしているから動くのは俺とナッシュ君だけなのだ。二人は何しに来たんだか。
「俺だ。一つ目を潰した。これから北側の店に向かう」
「解ったわ。ちなみに、暗黒騎士様はもう三つ目を攻略中よ、さすがというか、とんでもないというか」
ヤバい、このままだとアイツがぶっちぎりの首位だ。王都民とはいえ、下町の土地勘がないのでスカウトの一人を案内につけたが、それでもこれかよ。この件の報酬に加え賞金まで取っちゃったら他の連中のヤル気がなくなりかねんぞ。
俺達は今、ウカノカの拠点の中でも最大の規模を誇る娼館の前にいる。昼間ユウナと共に訪れたフレシアという大店だ。奪われた短剣も捕らえた幹部もここにいたから、やはりここが本拠地だった。
今日は幹部会ということで営業はしていないことは内部の離反者からの情報で判明している。もし手間取って女たちを人質にされたら面倒だったので都合がいい。
その分、店の前にはいかにも堅気ではないと主張している男たちが7人ほどたむろしており、俺の指揮下にある男たちはフレシアが見える範囲で分散配置している。
俺の指示をリノアが伝え、一気に襲撃をかける予定だが、ここは大人しく接近しよう。
ド派手にいってもよいのだが、俺の愛剣があるウロボロスとかいう本命組織が控えているのだ、ここで派手に動くと兄弟組織の異変に気付いて向こうが対応を整えてしまいかねない。今日中に終わらせるにはこのウカノカを静かに制圧する必要があった。
といったところで何か変わった事をする訳でもない。傍目には子供にしか見えない俺がいかにも『初めて来ました』という雰囲気で近づけば向こうが勝手に想像してくれるのだ。普段は侮られることが多いこの外見だが、タダで敵の油断を買えるという代えがたい資質も持っているということだ。
俺はいかにも自信なさげな演技をして店の前に近づいた。当然気付いた三下どもが近づいてくるが、その顔に警戒の色はない。
「おいガキ、今日は営業してねえよ。女たちだって別件の仕事さ」
その別件とやらに興味はないが、大体想像は出来るな。だが、処分が優先だ。<アイテムボックス>から取り出した血に濡れた鉄の棒が周囲にいた7人の男たちの命を一瞬にして刈り取った。
悲鳴さえ上げずにこの夜から別れを告げた男たちをそのまま<アイテムボックス>に収納する。周囲は暗いから配下の男たちも、俺が何をしたのかよく分かっていいないだろう。
そのまま店の扉を開け、散っていた皆を呼び寄せる。俺の<マップ>情報はリノアから各隊長に伝わっているので、店内の間取りとどこに何人の敵がいるかは頭に入っているはずだ。中にいる離反者は一目でわかる格好をしていると連絡を受けているので、同士討ちは避けられると思うが顔さえ満足に知らないのでここは運を天に任せるしかないな。
「ここは前哨戦に過ぎない。本命はウロボロスだ。さっさと片付けるぞ」
俺の言葉を聞いた男たちは建物内に殺到した。暗殺を生業としている集団だけあって迅速かつ何より静かに行動する。これが慣れてない男たちだったら蛮声を上げて突っ込んでいるだろう。
ここにいるナッシュ君のように。
「うおおおおおおっッッ!!」
本当に彼は暗殺を生業とする一族の人間なのだろうか? 他の男たちが静かに対象を殲滅しているのに対し、彼は目立つことこの上ない。今までの制圧もこれだったので、<消音>を周囲にかける必要があったほどだ。
だが、腕そのものは悪くない。バーニィとは比べ物にならない(比較する方が可哀想だ)が、それでも鉄の棒を剣のように扱う様はかなりの腕前だ。それは後ろで見学していたギルドマスターであるドラセナードさんも認める所であり、彼は兵士や冒険者を志すなら上手くやれば大成するかもしれなかった。
あんなに大声をあげて突貫するのは、何度言っても直らない悪癖のようでこのせいで彼は未だに”実戦”を経験していないという。いっそのこと向いているであろう他の道を進めばと思うが、ナッシュ君はミリアさんの大のお気に入りのようで彼女が許さないと通話石の向こうでリノアが面倒くさそうに答えてくれた。
フレシアの店内は阿鼻叫喚の地獄と化していたが、いわばその獄卒である俺は目当ての幹部共が集っている会議室のような場所を一直線に目指している。俺のそばにはユウナが付き従うのみだが、特に敵が大挙して襲い掛かるということもなく目的の部屋に辿り着いた。
勢い良く扉を蹴破るとそこには13人の幹部が揃っていた。いずれも俺の登場に驚いていると思ったが、一人だけ即座に立ち上がった奴がいる。
「死ねやオラァ!」
そのまま卓の上にあった丸い鈍器(灰皿だった)を自分の隣の中年男に力の限り叩き付けたのだ。
「ゼギアス! てめぇ血迷ったか!? この裏切り者が!」
鈍器で頭をカチ割られた男は微動だにせず己から出た血の海に沈んでいる。ゼギアスと呼ばれた男はいまだ衝撃の中にある幹部連中を次々に襲いかかっている。
たぶんあいつが報告のあったこちらに靡いた男なのだろう。元々は小勢を率いる頭だった様だが、相当卑怯な手段で傘下に加えられたようだ。
その際に人質同然で身内を捕らわれ、意に沿わない糞仕事を散々させられたようで、俺が人を使ってその人質とやらを解放してこっちに加われと促したら即座に配下に加わる事に同意したと聞く。
そちらはスカウトギルドに近いユウナの担当だったので、俺は人質が囚われている場所の情報を提供しただけで詳しいことは知らないのだ。
だが、俺も見ているだけでは仕方ないので攻撃に参加する。幹部は使える色んな情報を持っているだろうが、俺には大して関係ない。元々この組織は捨て置けない薬物をバラ撒いているから潰しにきたというのが大きい。
ユウナの短剣を持っていたが、これは依頼の目的の品である俺のアイスブランドがウロボロスの獲物だったので、代わりにこちらを貰ったというのが正しいようだ。
ユウナは血も凍るような殺気を振りまいて敵を殺しているが、俺は精々逃げ出そうとする大ボスの足をへし折って逃げ出すことが出来なくさせる程度だ。すぐさま殺しても別に構いはしないが……。
俺は制圧した会議室でただ一人生き残っている幹部、ゼギアスに問うた。
「ボスの身柄が欲しいか? 望むならくれてやるが、条件がある」
「そいつには仲間の積年の恨みがある。寄越してくれるなら有難いが、俺は既にあんたたちへ忠誠を誓っているが……」
「お前がこの組織の残骸の面倒を見ろ。潰すなり立て直すなり好きしていいが、店の女たちの扱いは気を遣ってやれ」
豚のような肥え太ったボスの首を掴んで放ってやる。激しく咳き込んだボスは憎しみの篭もった目でこちらを睨みつける。
「くそ、イブラムさえいればこんな事には!」
「どうして腕の立つ幹部が今日に限っていないと思う?」
俺の言葉に最悪の想像を働かせたのか、豚の顔から血の気が引いてゆく。
「こ、こんな事をしてただで済むと思うなよ。すぐに各地から手下が集まってくる。それにウチに手を出せば……」
お約束の台詞を最後まで聞いてやる義理はない。折れた足を踏んで黙らせた後、ゼギアスの元へ蹴り飛ばした。
「この組織の手足は既に潰してあるし、俺達はこれからウロボロスも潰しにいくんだ。豚が余計な心配をする必要はない。あんた、ずいぶんと好き勝手して恨まれているようだし、これから中々楽しそうな将来が待っていそうじゃないか」
「俺の仲間もあんたには挨拶したいと心から思ってるんだ、簡単に死ねると思わないことだな」
本物の憎悪からくる底冷えのする声と共にゼギアスに引き摺られて行く豚がこちらに命乞いを始めた。
「の、望みはなんだ。金でも女でもいくらでもくれてやる! だから……」
それに対する俺の答えはひとつしかない。この喧嘩の最初から決めている事だ。
「この世から消えてくれ。存在自体が害悪だ」
絶望の呻き声を上げて消えてゆく豚を見送った後、俺は目当ての品を見つけに奥の部屋に向かった。既に昼間来たときに見つけてあったので回収は簡単だった。戻るとミリアさんとドラセナードさんが会議室で待っていた。
「また派手にやったねぇ。こりゃあ片付けが大変だよ」
「ギルドも協力は惜しまんが、骨が折れるな」
「兵隊を出してくれたミリアさんには贈り物がありますんで、これで許してくださいよ」
先程回収した分厚い紙の束を見たミリアさんの顔色が変わる。これは持つべき人が持てば強力な武器になるからな。
「こ、これはウカノカの顧客名簿かい? それにこっちはカナンの取引一覧まで!?」
短剣を回収したときにこれを奪っても良かったが、組織にとって命に等しい二つが消えては大騒ぎになるだろう。どうせ後で来るんだから場所だけ把握して手をつけずにいたのだ。
「上手く使ってください。特に中毒症状が出ている女も回復魔法で治癒するはずです。治癒師ギルドのマスターならきっと快く協力してくれるでしょう」
「確かに、本来金貨5枚は取る治癒魔法だけど、名高い治癒ギルドのマスターがここの売れっ子の大得意様とあれば協力しないはずがないねえ……これはいい物を手に入れたよ」
「これは……名簿の人間は運がなかったな」
意地悪く笑うミリアさんに、ドラセナードさんが肩をすくめる。高い地位にあればあるほど醜聞は致命的だし、だからこそウカノカのような高級娼婦の需要があるのだが……組織が潰されて情報が流出してしまえばもうどうしようもない。
ここの用事は済んだ。次は本命のウロボロスだ。三下はともかく幹部の死体は放置する。現実を認めたくない諦めの悪い者がいても、これを見れば嫌でも理解するはずだからだ。
店の前に戻ると、皆が集合していた。その傍らには20人ほどの白い上着を着た男たちの姿も見える。彼らがゼギアス配下の男たちなのだろう。確かに目立つ格好で、両手を挙げて降参の姿勢をみせたので攻撃の対象から外し、逆に共に襲撃を行ったという。仲間という意識も全くなかったようなので、この組織が彼らをどう扱っていたのか良くわかる話だった。
「第一段階は終了した。続いて第二段階に移る。経過は順調だが、油断せず任務を遂行しろ。作戦通達時に申し伝えたが、8隊を4隊に統合し強襲をかける。各隊の隊長は連携に留意して行動しろ。集合地点は奴らの本拠、メイラードだ」
訓練された男たちは返事一つなくすぐさま割り当てられた襲撃箇所へと散ってゆく。残されたのは俺達とゼギアスの下にいる男たちだけだ。
「君たちの頭はここのボスである豚と楽しい時間を過ごしているはずだ。彼に合流して指示を仰ぐといい。いずれまた会う機会があると思うから、詳しい話はそのときでいいだろう」
男たちは頭を下げて店の中に入ってゆく。あちらはあちらで任せよう。
「そういえばユウナ、聞いた話ではウカノカで使えそうな男は2名じゃなかったか?」
「いえ、もう一人は幹部ではありませんし、それに女性です。この動きを伝えてありますので、働く女性たち被害が及ばないように纏めてもらっています」
なるほど。もしかして途中で殺ってしまったかと思って焦ったぜ。
楽しんで頂ければ幸いです。
一話で終わらなかったので分割します。次は短いかも……なので目指すは明日です。
ちなみに王都には5つの闇組織が存在しますが、リノアの一家は業種が違うので含まれていませんでした。この件で業態が変わるので仲間入りですが、そのころには5大ではなくなってます。