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仄暗い闇の中から 3

お待たせしております。



 俺がユウナから連絡を受けて王都へ急行した頃にまで時間は遡る。



「あちらですか?」


「ああ、間違いない。君のアイスファルシオンはあそこにある。あるが……なんで娼館に?」


「あの店は”ウカノカ”の息の掛かった店です。強盗犯だと思っていたら思わぬ大物が出てきました。正面から突入するのは厳しいかと」


「何故だ?」


「”ウカノカ”は王都に根を張る組織です。大きさこそ二番手ですが、その経済規模、抱える人員の多さは他の組織の比ではありません、特に純粋な戦闘員の多さでは一番ではないかと」


「そうか。大したことないな」


 物陰からその特殊な夜営業の店を窺っていたが、正面から突入することにしよう。


「ユウ様、私の話を……」


「聞いた。その上で判断するが、その程度で俺の敵になるのか?」


 ユウナは一瞬考え込み、すぐに返事をした。


「物の数ではありませんね。固まっていれば一刻とかからず殲滅可能です」


「理解したのなら裏口に回れ。何か起こっているようだが、一人も逃がすなよ」


 直ぐに駆け出したユウナを見送ると俺は<隠密>使って店に近づく。人間を表す<マップ>の点は2つを取り囲むような位置に7つの点がある。どうせ碌なことではあるまい。




「約束が違うではありませんか! 借金はまだ待ってくださるはずでは!?」


「そんなことは知らねえな。どうせ昨日までの話だろうよ? 今重要なのはお前達が俺等に金貨15枚の借金があるってことだけさ」


「そんな、借りたお金は金貨10枚のはずです!」


「利子ってもんがあるだろうが! それに証文を買い取るのだってタダじゃねえんだ。それなりの経費ってもんが掛かってる。金貨5枚はもらわにゃ割に合わねえ」


「あまりに横暴だわ!」


「御託はいらねぇんだよ! 今すぐ金を払えって訳じゃねえんだ。稼げる仕事を世話してやるさ。なに、ウチで2年も働きゃあ完済できる。姉妹揃って上玉なんだ、すぐに売れっ子になれるってもんよ」


「い、妹は関係ないでしょう」


 姉らしきまだ年若い少女の奥にまだ子供のような少女が怯えていた。


 説明なんぞ聞かなくても大体事情は解る。良くある胸糞悪い話だが、大の男が女を囲んで威してんじゃねぇよ。



「こ、来ないで」


「ウチで働くにしてもまずどんなもんか“味見”しねえとな。なに、妹の方も直に商品になる。おとなしくしてれば優しくしてやるぜ」


「い、嫌」


「おいおい、順番だって話だろうが」


「嬢ちゃん、大変だな。初日から7人が相手かよ」


 下卑た野郎共の声が響き渡った。上階にいるはずの女たちも助けに来る気配はなかった。あるいはかつての自分に、重ね合わせて絶望を受け入れているのかもしれない。




 ところで、獣欲に駆られた男というのは笑える共通点がある。


 全員が猿以下になっているので、その欲望の対象以外目に入らなくなるのだ。だから、俺が屑どものすぐ背後に立っているのに誰一人気づいていない。


 俺は背後から既に臨戦態勢にある股間をまあまあ優しく蹴り上げた。


「ひぎゃあアアアアあああ!!!」


 慈悲深い俺は下衆にも優しい。潰すのは『片方』だけにしてやった。これからの事を考えると慈悲に意味があるのか疑問だが、問答無用で両方潰すのは同じ雄としての配慮だ。


 股間を押さえてのたうち回っている男を蹴り飛ばして黙らせた後で、硬直して動けない男たちに向かってひどく気楽な口調で問いかけた。


「サカっている最中に悪いんだが、この中に偉い奴いるか? まあ、いないか。どうみても下っ端のカスっぼいしな」


「な、何だテメェ、ここを何処だと」


「もういい。ゴミが口を開いてんじゃねえよ、黙って死んでろ」


 お決まりのセリフを吐きそうになった三下を殴り飛ばすと、背後で獰猛な殺気を撒き散らしているユウナに指示を出した。


「好きにしていい。だが、血はあまり流すなよ。痕跡を消すのが面倒だ」


「心得ております」


 心外だと言わんばかりの反応だが、だってユウナは本気でキレているんだぞ。

 ここまで殺気を駄々漏れさせていては不安にもなる。


 残りをユウナが文字通り()()している間に、先程『片方』の息子と別れを告げた男に近寄る。こいつからは使えなくてもある程度は情報を吐いてもらわないと。幹部の名前と姿くらいは知っているだろう。



 尋問はすぐに終わった。はじめの頃は俺たちを誰だと思っているとか寝言を息巻いていたが、すぐに泣きながら命乞いをして来た。それにやはりたいした事は知らなかった。

 だが、もうすぐ幹部が帰ってくると解ったのは収穫だな。


「い、命ばかりはお助けを」


 俺は構わずユウナの方に蹴飛ばした。ヤツの運命など知ったことではないが、背後から断末魔の叫びが聞こえた。


 7つの死体を<アイテムボックス>に放り込む。汚い死体なんぞ入れたくはないが、一瞬で処理できるので便利なのだ。

 解体すれば持ち物まで一瞬で分別できる。そういえば、玲二がスキルの履歴閲覧機能を発見したのだが、<アイテムボックス>と<マップ>はそれぞれ4桁以上のポイントを注ぎ込んでいたようだ。だからこその多機能、高性能なんだろうが、リリィが取れるだけ取ったという言葉が嘘ではないことが証明された訳だ。


「あ、あの……」


 そこにいた被害者の姉妹の事を忘れていたわけではないが、固まったまま微動だにしなかったので、放置していたのだ。

 

 この姉妹は俺と同じ借金持ちだが、わざわざこんな連中から借りるとは思えないから、クズどもが彼女を働かせるために金貸しから証文を買い取ったのだろう。


 そのクズどもの所持金を調べれば、約金貨一枚だ。口止め料と迷惑料と見舞金で金貨一枚を放り投げた。


「き、金貨なんていただけません!!」


「口止め料だ。こいつを持ってここから離れな。出来れば俺達の事は伏せてくれると嬉しい」


 姉妹は何度も礼を言って店から出た。俺は暴れた痕跡を消しているユウナと共に目的の短剣がある上の階に向かう。


「美人には優しいのですね」


「元はあいつらの所持金だ、俺の懐が痛んだわけでもないしな」



 

 ユウナの短剣は事務所らしき部屋の隠し金庫の中にあった。一応隠してはあったが、スカウトのユウナと<鍵空け>を持つ俺の敵ではない。


「ようやく私の手に戻ってきました」


 感慨深げに短剣を抱き抱えるユウナだが、俺はその金庫にあったとある品が気になった。嫌な予感がして<鑑定>をしようとしたとき、背後に気配があった。気付かれる前にユウナを外へ出す。顔を見られる危険は俺だけでいい。


「あ、あんたたちは」


 そこにいたのはここで働いている女だろうか、美人のはずなのに疲れた顔ばかり印象に残る女だった。

 


「あんたは、ここの女か?」


「ああ、そうさ。ここではマリサで通ってる。それよりあんたたちは何者だい?」


「まあ、侵入者だよ。怪しい奴だな。目的は済んだからすぐに出ていくが」


 このマリサとか言う女、疲れているというよりむしろ……。


 俺は無言で金庫の中にあった物を目の前に置いて見せた。一見すると水タバコの葉のように見えるが、これは違うはずだ。


 女の反応は劇的だった。目を見開いたかと思うと襲いかかる勢いで奪い取ろうとしたのだ。


「後生だ、お願いだよ、それをおくれ! もう三日も吸えてないんだ」


「これが何か知っているか?」


 所詮は鍛えていない女だ、背後をとって腕をひねりあげるのは簡単だった。だが、この女は腕がちぎれようとも構わないと言わんばかりの力で振りほどこうとした。

むしろ俺がマリサに遠慮する羽目になった。

 だが、これで確定だな。


 中毒者に回復魔法が効果があるのか甚だ疑問ではあるが、ごくごく弱い<ヒール>をかけてやった。すると、マリサの強ばった体から力が抜けて行く。


「この感じは、癒しの力? あんた偉い僧侶さまなのかい?」


「まさか。そんな奴が黙って不法侵入なんかするかよ。俺はモグリだよ、それより調子はどうだい? 魔法は効いてるか?」


「ああ、大分楽になった。ありがとうよ」


 こっそり<鑑定>するとまさかの健康体になっている。回復魔法は薬物中毒患者をも治療するのか! 一体どういう理屈なんだか。



 落ち着いたマリサに話を聞くことにした。自分が中毒症状から抜け出した事は伝えないでいいだろう。彼女を薬漬けにした連中から怪しまれるだろうしな。なに、夜までの辛抱だ。明日の朝にはすべてが終わっているさ。


「この”カナン”は始めは店から与えられたんだ。『仕事』をする前に服用すると客が喜ぶって触れ込みでね、初めの頃は客の受けも良くてみんな使った。でもそれが間違いだった」


「強い中毒症状が出るんだな?」


「ああ、そうさ。気付いた時には私を含めてみんなカナンを欲しがっていた。ここの連中は始めからそれが目的だったのさ。私達が中毒者(ジャンキー)に堕ちたのを確認した組織の連中は、カナンを法外な値段で売り始めた。金が足りない奴は容赦なく借金を背負わされた。その結果、みんなひどい借金を負ってこの店に縛り付けられているってわけなのさ」


 私もあと10年は足抜け出来ないようにされちまったのさ、と暗い顔でマリサは呟いた。


 この店は抜け出せない蟻地獄に捕らわれた女性たちの檻というわけか。むしろこの組織が持つ全ての店がこんな罠によって絡め取られているのかもしれなかった。


「現場の彼女たちはそう言っているが、売り捌くあんたの意見は?」


 俺は部屋の入り口に視線をやった。その先には身なりの良い商人風の男が立っていた。だが、その酷薄な目付きが全ての印象を裏切っている。<鑑定>ではイブラムと出たその男は待ちに待ったこの組織の幹部様である。


「イ、イブラムだ。組織の序列4位にあたる大幹部だよ。いくらあんたが腕が立ってもこいつには勝てない」


「説明ありがとう、マリサ。そしてコソ泥の君、先程の質問に答えようか。我々は商売をしているのだよ。欲しい人に商品を提供し、その正当な対価を得る。それだけのことさ」


「薬漬けにした女たちに法外な値段で売りつけて苦しめ続ける事も?」


「数が限られた品物を買いたいと思う人が増えるほど価格は値上がりするものだ。これは自然の摂理だよ。さて、死ぬ前に望む答えは得られたかな?」


「ヤバいよ、イブラムは5傑の一人なんだ。これまで何十人も殺してきている妖術師だよ!」


「ふふ、我が幻惑魔法の餌食になるがいい。お前のようなガキの話にいちいち付き合うと思ったか? 魔法の準備は既に終えている。お前がどこの誰かは死体から探るとしよう」


 俺はショボイ魔法で悦に浸って調子に乗っている馬鹿の肩に手を置くと、その()()()()()握り潰した。


 こちとら集団で群れると街を壊滅させるといわれてるような魔物と毎日闘りあっているんだ、この程度のチャチな魔法で何とかなると思うのか。<重魔法障壁>を発動させるまでもないし、結局何の魔法だったのかも解らなかったな。


「ここに居るのは下っ端ばかりで待ちくたびれたぜ。お偉い幹部サマなら少しはマシな情報持っているよな?」


 その日の娼館フレシアには珍しく男の絶叫が響きわたった。




 とまあ、そんな事があって俺は幹部から情報提供を受けたって訳だ。


「ちょっと待って! イブラムってあの夢幻のイブラム!? 本当に5傑の一人なの?」


「そんな大層な二つ名付きなのか? 雑魚過ぎて話にならなかったから別人かもしれないな」


 何せ一通り尋問したらなんでもするから殺さないでくれ、としか言わなくなったからな。



「外から確認しておりましたが、本人で間違いないかと。ユウ様とは実力が隔絶しすぎておりましたので、そう判断されても仕方のないことかと」


「ああ、あれで本物かよ。まぁいいや、これが例のブツです。吐かせた情報によると、どうやら新大陸産らしいですが」


 これまで新大陸にいたクロイス卿がカナンを手に取って確認した。


「新大陸奥地の部族が儀式に使っている薬と似てるな。向こうにしかない葉だと聞いてたが、あっちとの通商ルートが確立したからこういう物も裏で入ってくるようになるんだな」


「国では規制してないんですか?」


「まだないな。教会の秘術に似たような薬を扱う奴がたくさんあるそうで遠慮してると聞いたが、もうそれどころじゃなさそうだ」


「ええ、ウチの二人に聞いたんですが、異世界にはそういった薬が大量にあるみたいですが、全て厳重な管理の元にあるか、取り締まりの対象だそうです。この話を聞いた二人は口を揃えて今すぐ対応しないと手後れだと言ってましたよ」


 後は偉いさんたちの問題だ、俺は対策をとれる立場ではないし、危険性は伝えた。これ以上は俺の手に余る。

 精々があの屑どもを消滅させるくらいしかできないな。


「俺がここに呼ばれた理由が解ったよ。確かに俺が話したほうが早そうだ」


 カナンを手に取りながら言うクロイス卿であるが、さっきも言った通り彼が今回の中心人物なのだ。


「いやいや、クロイス卿を呼んだのはそんな事と違いますよ。まあ、詳しい話はこいつからさせましょう」


 俺は店の奥に放り込んであった二つの長い皮袋を皆の前に引きずり出した。


 ()()()人間が入っていそうな大きさの袋であるから、皆が微妙な顔付きになる。それに構わず俺は大きい方の袋を裂いた。


「暴虐のバーラント……!!」


 ユウナからの情報だと、人並外れた豪腕を持つ隻眼の男で多くの犠牲者を出している乱暴者だそうだが、今は死を待つ囚人のように怯えきった顔をしている。


 こいつも5傑などという恥ずかしい称号を持っているようだが、何でもこの王都には5つの反社会的組織があり、そのなかで特に力の強い人物をそのように評しているようだが、ゴミはどれほど粋がってもゴミでしかないんだがな。


 既に心を再起不能なまでにへし折っているので、暴れる気配さえない。先程まで自慢の腕()()()()が無かったわけだが。



 俺は無駄な暴力は嫌いだ。尋問もしたが、俺には<洗脳>という無茶苦茶なスキルもあるので情報を吐かせるのは容易い。


 だが、身の程を弁えない度しがたい馬鹿はどこにでもいる。少し現実を教えてやったら、あれほどやかましかったこいつもすぐに従順になった。

 俺も趣味が悪かったと思わなくもないが、こういう暴力の世界に生きている輩ほど力の摂理に従うものだ。



「ほら、話せ。情報を吐いている間だけは生かしておいてやるっつてんだろ」



 かつては裏社会で名を馳せたらしい現、残骸を促すとすっかり観念している男は喋り出した。


「お。俺達は強盗の依頼を受けた。内容はある店を襲って品物を盗んで来ることだ。強盗に見せかけろというよくある話だ。だが、好きなだけ被害を出しても構わねえという。こんな大雑把な依頼を出すのは貴族に決まってる。下民が何人死のうが興味などねえからな」


「俺の持ち物を狙うたぁ、いい度胸をしている。どうなるか覚悟はできているんだろうな」


「ひぃッッ!」


 俺の殺気に当てられて大男が悲鳴を上げて縮こまった。

 リノアは信じられないものを見ている顔だが、今日はこんなもの序の口だぞ。


「続けろ」


「は、はい。俺達は依頼人の裏を洗いました。中継されたいくつかの商人を辿っていくと、馴染みの相手にぶつかりました」


 バーラントはとある商会の名を告げた。俺には馴染みのない名前だったが、セリカは知っていた。そしてそれがもたらす意味を理解して顔色を変えた。


「この件の絵を描いたのはシェーブル伯爵家だということね」


 ユウナに聞いて俺も知ったのだが、シェーブル伯爵家は北部の有力貴族らしい。恐らくはどこからか俺の剣の情報を聞きつけたのだと思われる。


「つまりこういうことか? 俺がユウから剣の依頼を受けた事をどこからか嗅ぎ付けたシェーブル伯爵家が俺に嫌がらせをするために強盗を装って盗み出したって訳かよ……」


 相手側からの先制攻撃ってとこだろう。強盗されたとはいえ依頼された剣を盗まれたクロイス卿は貴族として大いに面目を失うし、俺との関係にもヒビが入ると踏んだのだろう。

 俺とクロイス卿がどのような関係なのか向こうも掴みきれていないだろうが、高価な魔法剣を無くされたとあっては、どうなるか。先程のクロイス卿の顔がそれを物語っている。

 あるいは、これから巻き起こるであろう貴族間の暗闘のなかで交渉品のカードとして使われる可能性もある。


「ええ、なのでクロイス卿にもお出で願ったわけです。これはもう俺の喧嘩ですが、クロイス卿にも関する事なので話を通しておこうかと」


「情報提供を感謝するぜ。既に戦いは始まっているということだな。油断はしていなかったが、後手に回った事は否めないな。伯爵家のことはこちらに任せてもらっていいか?」


 貴族間の問題はそっちに任せるに限る。俺も戦えるがどうやったって血を見るし、必要のない恨みまで買った結果、俺以外の周りの人間に被害が及ぶに決まっている。

 それを防ぐためには本当に徹底的に叩く必要があるのだが……死ぬほど面倒そうだし、借金以外に余計なものを抱え込みたくない。舐められたままでは居られないが、今俺が叩くのは実行犯でいいだろう。



「話はわかったけど、なんでユウナさんの剣が違う組織の拠点にあったんだろうね?」


 バーニィの疑問は俺も不思議に思っていたので、その点も尋問してある。既に使い物にならなくなっている大男を適当に投げ捨てる。


「どうもこの二つのは兄弟組織らしいぞ。だからでかい仕事をする時は半々で人間を用意するらしい。それでユウナの短剣がそっちにあったんだろ。しかも組織の後ろにはどっかの国の影があるな、本人達にも知られてないみたいだが、こいつらの金の流れがいかにも怪しい」


「やっぱりそうなのね。勢力の拡大があまりに急だから怪しいとは思っていたのよ。僅か5年足らずでここまで成長するなんて普通じゃ考えられないもの」


 リノアは薄々予想していた様な口振りだが、それもどうなのか。


「じゃあ、お前たちは余所者が一国の王都で幅を効かせているのを黙って見ていたということになるのか」


「う、わ、私達は正確にはこの連中とは()が違うから注意はしていたけど、そこまで目の敵にはしてなかったのよ。でも本人の証言があればこのままにしておけないわね」


「よし、ひねり潰すぞ。明日の朝までにこいつらが存在した痕跡を全て消す」


 俺としては裏で繋がっているこの二つの組織さえ潰せれば怒りは収まるのだが、壊すだけ壊して後は知りませんではあまりに無責任だろう。こいつらを潰しても、どうせ他のならず者がその縄張りに進出するだけだ。


 であるならは、リノアの一家に牛耳ってもらった方がいいだろう。知らぬ仲ではないし、彼女も暗殺稼業に限界を感じていた。そもそも殺しの経験のない暗殺者なんていくら才能があっても向いてないだろう。リノアは楽しく店をやっている方が絶対に向いている。

 裏組織と暗殺一家、どちらがマシかという問題になるが……別にリノアが全てを管理する必要もない。そういうのが向いてる奴に任せればいいだけだし、暗殺稼業を一切やめるというわけでもない。要は、経営の多角化という奴だな。全てを傘下に収めつつ、配下に裁量を持たせるが頭はこちらである事をしっかりと理解させればいい。


「少し待ってくれ。事が事だけに上にも話を通しておきたいんだが」


 クロイス卿が手を上げて制するが、本人も立場上発言している感がありありだ。彼も好機は今だと解っているのだろう。


「すぐに話を通してください。明日の朝には全てを終わらせますので、事後承諾にしたくなければ今すぐに」


 俺の言葉を聞くや否や、クロイス卿は通話石で連絡を取り始める。


「冒険者ギルドはどうします?俺の邪魔をしないと誓えるなら一枚噛ませてあげますよ」


「たいした自信だな」


 俺の傲慢な発言にもドラセナードさんは真面目に考え込んでいた。

 例え一人でも王都の冒険者を参加させれば、この作戦にギルドも関わったと泊がつくのだ。利益と不利益を天秤にかけているんだろう。


「ただの事実ですから。それとバーニィ、これから一仕事しないか? 報酬は明日の朝までで金貨5枚だ」


「良いよ。随分と楽そうだし、王都の浄化は貴族の義務だしね」


 よし、これで完全に勝った。負けるつもりなど全くなかったが、僅かな敗北の可能性さえ今消え去った。


 はっきり言ってバーニィの参戦は過剰殺戮であるが、剣ではなく鉄の棒でも振り回してくれれば、それでも十分すぎる。彼の腕はそれほどのものだし、今彼に必要なのは己に対する自信だ。雑魚狩りではたいした自信にはならないかもしれないが、ないよりはマシだろう。


「よし、大体話はまとまったかな、早速行動を……」


「で、肝心な話があるんだけど……婆ちゃんを、説得するの手伝ってくれない?」


「なんだい、面白そうな話をしているじゃないか。あの五大組織を二つを今日の内につぶすだって? そんなことができるもんかい」


 リノアの背後には祖母にして一家の最高権力者であるミリアさんが立っていた。


 このミリア婆さんには俺の力を見せていないから、俺が大言壮語を吐いていると思われているようだ。


「今晩は、ミリアさん。貴女は出来ないと仰るが、その理由を伺っても?」


「ああいいさね。まずは連中の総数さ、二つ合わされば500以上の大組織だよ、それに大幹部はおろか、頭だって一日と同じ場所に居ないんだ。そんな奴等を相手にどうやって一日で潰すって言えるのかい?


 俺はミリアさんの懸念を一つ一つ説明してやる事にした。


「まず、敵の総数は500もいません。全部で484人です。第一、ゴミは何万人集まろうがゴミでしかないですよ、戦士足りうることは有り得ません。そして今日は月に一度の幹部会議だそうで、全ての幹部が勢揃いです。下っ端も大体おんなじ場所に固まってますし、兄弟組織のせいか、2つとも同じ日に集まるそうです。こりゃ狙うしかないでしょう」


 俺が今日に拘った理由のひとつだ。最大の理由は明日もダンジョンに挑むから余計な時間をかけたくなかったことだが、それ以外にも愛剣をこれ以上屑どもの元に置いておきたくないし、なにより今日なら相手が油断しているだろう。

 今だって幹部らしい二人を拉致しているのに<マップ>上で慌しい動きはない。おそらく俺の手に落ちたと思っていないのだろう。


 情報源である人の姿をした残骸に視線をくれると、婆さんもこいつらが元は名のある連中だと思い出したようだ。


「ふん、イブラムとバーラントかい。5傑の二人を生捕りとは恐れ入るね。情報は確かなんだろうさ。ふん、クロイスの坊や!」


 あのクロイス卿を坊や呼ばわりは大したもんだが、言われた本人も苦笑交じりに答えた。


「坊やは止めてくれよ、ミリア婆さん。もう俺は30中ばなんだぜ」


「あんたがいくら歳をとろうが、どれだけ偉くなろうがアタシにとっちや坊やのまんまだね。依頼でやらかして、身ぐるみ剥がされて震えてたのをアタシが助けてやったのを忘れた訳じゃないだろうね」


「もちろんさ。あの時の飯の味は一生忘れられないさ。あん時はギンさんにも世話になったなあ。ああ、ギンさんが生きていればこんなことにはならなかっただろうが」


「ギンの字の話は止めな。それよりあんたの目から見てこのネタはどうだい?アタシはこの子の力を人伝に聞いただけでイマイチわかっちゃいないんだ」


「婆さん、俺に言えることはただひとつだ。ウォーレン公爵家はユウに返せないほど大きな借りがある。だが、それを抜きにしてもこいつが持ってくる話なら何でも乗るぜ。絶対に面白いし、なにしろ最高に儲かるからな」


 俺の話が上手くいけばリノアの一家は最大勢力の縄張りを手にすることになる。確かにそこから得られる利益は莫大だ。


 だが、婆さんは旨い話に飛びつくほど容易くはない。


「連中の縄張り(シマ)を手にしたってこっちには技術も経験もない。持て余すだけさね」


 もちろんそこも考えてある。さすがに無計画で後よろしくとはいえないからな。


「この二つの組織派は大小の既存の組織を吸収して大きくなりました。その中で無理矢理従えた組織も多いそうです。ここに裏切らないように人質をとっている奴等の名前があります。そいつらをこっちに引き込みます。もちろんこちらの下に付く事を納得させた上で、ですが」


 俺の言葉にユウナが補足した。


「この情報はスカウトギルドの裏取り済みです。元の情報源か()()なので間違いはないと思いますが」


 既に人質扱いになっていた人たちは救出して安全な場所に確保している。場所は俺らが滞在したのホテルサウザンプトンだ。あそこなら変な連中は場所が場所だけに手出しできない。

 この事はスカウトギルドの人間を使い、既に仕方なく従っている男達に連絡済みだ。今ごろ感動の再会の最中だろうか。


 そういった男達は元が吸収された組織の長だった者ばかりだ。その下にいる男達を含めて即戦力として使えるだろう。今のところ、その数は60人ほどと認識している。


「全てはお膳立て済みってわけかい。お前さんが天下取ればいいじゃないか」


「俺はここの人間じゃありませんから。明日には消えますし、そんな奴が頭じゃ直ぐに空中分解ですよ。その代わり準備は万端に整えてあります。後は俺に賭けるかどうかですね」


「全く、顔に似合わずやることがえげつないね」


「すみませんが、時は金なりですよ、今ここで決めてください」


 俺が彼女達に申し出ているのはある意味で厚意からのものだ。最悪、俺の剣に手を出した奴等と薬をばら撒いている連中さえ潰せれば俺の目的は果たせるからだ。彼女達に獲らせるのは正直どうでも良かったりするが、リノアが意に添わない仕事を続けさせるの忍びないからな。人生の転機になればよいとは思っているが、上手くいくかは神のみぞ知るということろだ。


「やれやれ、この年で裏社会の勢力図の激変に出くわすとはねぇ」


 未だに迷っている婆さんにおれはトドメの一言を口にした。


「今決めてくれれば、()()責任をもってあの二つの組織を叩き潰します」


「ほう、()()()()()やってくれるんだね?」


 俺はこの場では今まで積極的な関与は明言していなかった。他人にあれやこれを指示して準備はととのえたものの、最後は人任せのように取られる様に誘導してきた。

 だからこそミリアさんも渋っていたと思うが、ここで言葉にすることで一気に心が傾いたはずだ。

 

 深く頷いた俺を見たミリアさんは声を張り上げた。


「アイーダ! 今動かせる男衆は何人だい?」


「かき集めても40人いくかどうかですが……」


「集められるだけ集めな! これから名高き”(シュトルム)”サマが面白いものを見せてくれるってさ、特等席で観戦しようじゃないか!」


 こうしてすべてが動き出した。





楽しんで頂ければ幸いです。


また日付が変わってしまった。次は急ぎます。

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