冒険者登録 3
お待たせしております。
ダンジョンを昼前に出た俺はまず常宿である”双翼の絆”亭にもどった。普段なら客の居ないその宿にはハンクとハンナ夫妻の他にもう一人若い男が働いていた。
「師匠、下拵え終わりました!」
「師匠じゃねえってんだろ。ふん、基本は言う事ねえな。なんでまた俺のことに来る必要がある」
「ここでしか学べない事があるからです。師匠の味を盗ませてもらいます!」
「どうせ継ぐ奴もいない老い先短い身だ。勝手にしやがれ」
「あざっす!!」
「おお、やってますね」
「あれ? 今日は早いんだねぇ。あの子がここに来るようになってからウチが賑やかになったよ」
喧々諤々とやっているハンク爺さんと玲二を見ているハンナ婆さんは楽しそうだ。
「あまり煩いなら自分に言ってください。何とかしますんで」
「いいんだよ、あの人も口はああだけど一言も帰れなんて言ってないもの。アレで嬉しいのさ」
俺に聞こえないくらいの小さな声で、あの子が帰ってきたみたいじゃないか……と呟くのが聞こえた。
人づてに聞いた話だが、この老夫妻には二人の息子がいたという。一人は昔の戦争で失い、もう一人は冒険者になると出て行ってもう20年も帰ってこないという。おそらくは、もうこの世にはいないのだろうが、夫妻がそれでも客の来ない店を開けているのは……そういうことなんだろう。
「おい、ユウが戻ったぞ。用事があるんじゃねえのか?」
「いや、でも師匠の技を間近で見られる機会をフイにすることは……」
「別に隠すようなモンでもねえよ。またやってやるから行ってこい」
俺達がウィスカに戻ってから既に二日が経過している。俺の主だった知り合い、ソフィアやクロイス卿、セラ先生たち等には挨拶を済ませている。俺が”くれぐれも”よろしくと伝えてあるし、何をしに出かけたかは伝わっているだろうから二人の正体も解っているはずだ。
クロイス卿は現地の騎士団を率いてあの地下拠点を襲撃し、現場指揮官としての手柄を得た。巧妙に隠された様々な仕掛けを次々と見抜いて僅かな負傷者だけで敵拠点を陥落させた戦上手として王都では大人気だ。
本人は俺が伝えた情報を元に行動しただけで持ち上げられるのが本当に嫌そうだが、これもこれからの領地経営には必要な事である。戦争に強い領主というのは領民にとって、そして近隣の領主にとっても有難く、そして怖い存在だからだ。従う者は安心するし、歯向かう者は躊躇する。評判はあって悪いものではない。
それと玲二たちの他にも異世界人のいる可能性はあるので、その捜索も頼んでいる。もうこの国にはいなさそうであるけれど。
叩き出される様に追い出された玲二と共に、ホテル”紺碧の泉”へ向かった。レイアやセリスたちがいるホテルだが、今はそこに雪音と玲二も部屋を取っている。宿泊料も俺が出しているので、最初は俺と一緒に”双翼の絆”亭に泊まろうとしていたが、玲二はともかく年若い女である雪音があの部屋に泊まるのは無理だ。玲二は部屋を見るなりドヤ街以下だなと呟き、俺と離れる事を嫌がった雪音も渋々ホテル行きと相成った。
しかし、解っていたが、二人ともかなり裕福な生活をしていたようだ。”双翼の絆”亭は部屋こそ狭いが、一食付き鍵付きの完全な個室であの値段(銀貨一枚)は相当に破格なのだ。王都で銀貨一枚で泊まろうとしたら馬小屋か、食事抜きかつ、危険が一杯の大部屋で雑魚寝がせいぜいだ。
立地の問題もあるが、二人が商売する気が全くないからこの値段で成立している。それに客が俺しか居ないから居心地もよいので、俺は感謝の気持ちで環境層のドロップアイテムを二人にお土産として渡している。
宿泊こそ諦めた玲二だが、めげることなくハンク爺さんに弟子入りを申し込んだ。すげなく断られるも、見た目からは想像もできない粘り強さをみせて押しかけ弟子になることに成功して今に至る。
「弟子入りが上手く行ってよかったな」
「ああ、絶対に師匠の技を盗んでみせるぜ、ユウキがとりなしてくれたおかげだな」
玲二は俺が渡した弁当を食べて密かに衝撃を受けたという。出会った頃はそれどころではなかったので聞く事はできなかったのだが、王都へ向かう道中でこの料理を作った人物の話をした所、話が止まらなくなった。
曰く、料理に使われているのは塩だけで他の調味料を一切使っていない。
後は塩と調理の方法だけで素材の旨みを全て引き出しているなど、ハンク爺さんの事を絶賛していたのだ。
先程まで大人しかった玲二に俺とバーニィは驚いたが、そばにいた雪音が玲二は料理の道で生きていくつもりだったと聞いて納得した。そういえば最初から彼には<料理>スキルが存在していた気がするし、食いはぐれのない仕事とは料理人の事を指すのだろう。たしかにそれならば賄いで飯は食えそうではある。
「大したことはしてないが、料理人と冒険者の両立は大変じゃないのか?」
「うっ……そうなんだよな。だけど、手に職を持っておけばどこでも生きられるってのは事実だしなぁ。とりあえず冒険者はほどほどにして今は師匠の技を盗む方向で頑張るわ」
冒険者ギルドの登録は身分証の発行が主な理由だから、急いで冒険者稼業をする必要もないのだが、そうするとアレも後回していいのかな?
「何でも挑戦すべきだが、同時に全てに手をつけてもしょうがないしな。気に入ったものから始めていくべきさ。それにしても、雪音はまだホテルにいるんだな」
「あれ? ああやっぱりユウは気付いていないんだね。稀人の真骨頂が発揮されたんだよ?」
俺の独り言をリリィが拾ったのだが、その中身は俺を驚愕させるに相応しいものだった。
「なんだと? また何か思いついたのか!?」
「ああ、<念話>の対象を個人に絞ってみた。これも無理かと思ったけどやれば何とかなるもんだな」
「あ、ああ。そうか……」
俺は内心の動揺を気取られないようにするのに精一杯だった。
これが世界が異世界人をなんとしても確保しようとする理由だ。俺の最近思い知ったのだが、彼らは本当に固定観念というものがない。その点で俺はもう駄目だ、我ながら頭が固すぎる。
今の話にしてもそうだ。玲二は<念話>を不便に感じていた。<共有>によって<念話>を持つ全ての人に会話が届いてしまう点だ。例えば男同士の気の置けない会話も雪音やレイアが聞いていると思えば不用意には出来ない。
さっきすれ違った女の子は可愛かったな? なんていう若い奴なら必ずやっているだろう会話でもしようものなら凍りつくような視線を向けられてしまうだろう。
そもそもそんな話をするな、<念話>でやるなよ、で終わってしまう話ではある。俺自身は便利な能力なんだからそれくらいの穴はあっても当然だよな、と納得していた。
だが、彼らは違う。もともと便利な道具に囲まれていたからか、『もっともっと便利に出来るはずだ』『自分の持っていた道具と同じ使い方ができるんじゃないか?』という考え方で今あるスキルの改良に余念がないのだ。
俺にはない発想力だ。スキルはこういうもの、この能力はこれができるが、これ以上は無理、という発想で凝り固まっているが、この二人は違う。これが出来るんだからこれも出来るんじゃないか? という発想の飛躍で次々と改良の糸口を見つけているのだ。
俺が商人なら彼らのありとあらゆる所で金の匂いを嗅ぎ取っただろう。各国が絶対に手放さないと言われた理由がわかった。彼らはまさしく歩く宝箱だった。
俺は既にその恩恵を大いに受けている。今の<アイテムボックス>は俺、玲二、雪音、レイアと”タブ”が付いている。<共有>で<アイテムボックス>を使おうとしたときに、誰がどのアイテムを使ったかいつか揉めそうだなと思っていた。だがそこは仲良くやっていくしかないといずれ来るであろう未来を諦めて受け入れたが、二人はタブで切り替えられないかな? と真面目に話し合っていた。なんか出来るなら頼むわ、とあまり期待していなかったが、翌朝にはレイアも含めて4人分のタブが出来上がっていた。
俺のアイテムと混在する事を恐れて<アイテムボックス>を使っていなかったレイアの分まできっちりと用意してくれた事に感謝しつつ、俺は固定観念にとらわれて幾つもの事を見逃してきたのかと自問した。
この<アイテムボックス>の改良で特筆すべきはリリィをも驚かせた点だ。一応全てを知る存在であるらしい彼女をして予想外の出来事、つまり異世界の人間ならではの発想だという事だ。
どうやってこんな事を思いついたのか尋ねても、これくらい出来ないと不便でしょ? といわんばかりの顔をされると、これが世界の理の外からやってきている証明か、と妙に納得してしまった。
それからは彼らに俺のスキルの取得を任せることにした。<鑑定>の練習になるし、俺の考えでは至らないこともあるだろうと思ったからだ。
そしてまず二人が新たに取得したのは<頑健>だった。消費ポイントは50とかなりの高ポイントだが、取得理由を聞いて納得した。
<頑健>の効果は文字通り体が頑丈になることだ。副次効果として病気になりにくいこと、先天的な病魔を消滅させることだ。副次効果が地味に凄いのでそこばかり見ていたが、二人がそれを取った理由は単純だった。
「異世界で水が合わないと体を壊すじゃないですか」
そりゃそうだ。俺は自分基準で物を見すぎて、彼らの見方で全く考えていなかった。水魔法で水分を取ればいいと言う意見の前に、二人に配慮を全くしていない事実に少々落ち込んだ。異国で水が合わないと悲惨極まりない事はいちいち語る必要もないだろう。
自分のダメさ加減を思い知った俺はもう完全に二人とリリィに好きに取っていいと任せることにした。
喜び勇んだ二人が次に取り掛かったことが、俺が大量に持つスキルの非稼動化だった。
特に<並列思考>は慣れない人間には疲れるどころか苦痛らしい。絶対に便利であるスキルだが、常時起動している俺の頭はどうかしていると言外に言われ少しへこんだ。
二人は少しずつ特訓して身につけるつもりだが、今は外させて欲しいようなので任せてみたら、あっさりと非稼動化に成功してみせた。改めて稀人すげぇと思った瞬間だった。
楽しんで頂ければ幸いです。