ぶっとい光明
しれっと続きます
折角取った休養日なんだから、普段行ったことのない色々な場所に行ってみたほうがいいよなあ。
と、そう意気込んだものの普段ダンジョンに入りっぱなしな上、自分のことをベラベラ喋るわけにもいかない状況で行きつけの場所、親しい人間など限られている。己の世界の狭さが恥ずかしくなってきた。
やはり、人間は人間と交わらなければ駄目だと痛感しちまうね。
まあ、それでも迷宮の中で冒険者の一団を感知するとそのまま隠れてやり過ごそうとしてしまう。事情を聞かれても説明できないし、もし説明しても納得してもらう自信はない。この強さの秘訣はバグチートですなどとは言えるはずもないしな。
そんなわけでまずはハンナさんの買い物を手伝うことにした。彼女も俺の値切りのウデは承知しているから喜んでくれた。
ウィスカの街の庶民は朝市と夕市を主に利用している。種類は朝市、安さは在庫処分する夕市という具合だ。八百屋や肉屋も店舗を構えてはいるが、どちらかといえば高級店に入る。俺らのような庶民は大抵、市で買い物を済ませてしまう。無論、店舗持ちの連中も市に参加し、店頭よりも割安で商売している。
客商売の人々は朝市に向かうので俺も同行した。リリィが目を覚ますのはもう少し後なので”いつもの場所”である俺の懐で夢の中である。
朝市は日が出る前にはもう準備が始まってるらしく、俺たちが到着した頃にはもう盛況だった。ハンナさんは矍鑠とした足取りで奥へと突き進んでゆく。慌てて追いかけると俺が膝を治してくれたから調子がいいと言っていた。年齢的にはとうにこの世界の平均寿命を越えているのだが、元気なことだ。
俺は<鑑定>で品質の良いものだけを選び、<交渉>でそれらを値引いてゆく。全ての商品を大体2から3割引で購入していった。やろうと思えばもっと値切ることもできるが、毎日使う場所でがっつり値切っていたらハンナさんが恨まれるし、市場で彼女が疎まれかねない。彼らも商売だから稼がねばならないし、程々でいいだろう。
それでも両手一杯の買い物をして銀貨2枚で済んでしまった。庶民向けの市だけあって安いのだ。これが街の東側、一等地に近い店になるとそれなり以上の金額で良い品が取引されているらしい。この買い物が終わったあとで冷やかしてみたら、俺が買ったものより品質の良いものが山ほど並べられていた。金額は倍以上だったが。
市から戻る最中、果実を売る店の前を通りかかった。山と詰まれた鮮やかな黄色の果実を子供が網目の大きい籠の中にどんどん入れて篩にかけているようだ。ああやって大きさを揃えて金額の違う商品として売り出すらしい。
「兄ちゃん、買ってってよ!」
見入ってしまった俺と目が合った子供が俺にせがんできた。幸い銅貨ですむ金額だったので二、三個購入し、一つ齧ってみる。猛烈な酸味が口の中で広がった。思わずむせ返り、咳き込んでしまった。
「うわ、兄ちゃん。レミンを丸齧りするなんて度胸あるなあ」
「――これは、特別に酸っぱいのか?」
「レミンを知らないのかい? ユウ。塩漬けにして調味料にしたり、輪切りにして水の中に入れて使ったりするんだよ。船乗りたちが良く食べてるね。酸味の中に甘みもあるだろう?」
ハンナさんの言うとおり、しばらくしたらほのかな甘みを感じられた。酸味と甘みが中々よい感じで美味いな。はじめが強烈過ぎたけれど。お貴族様の中には赤茶の中にいれる人もいるらしい。
別に俺はレミンに見とれていたわけではないのだ。篩にかけているところを見て、アイテム回収に使えないかと思ったのだ。別に篩を持ち込む話ではなく、モンスターの塵とドロップアイテムごと<アイテムボックス>に放り込んでしまえばいいのではないかと思うのだ。
俺の<アイテムボックス>は完全にチートスキルだから篩は勝手に行ってくれる。それは”恵みの森”の中の樹木で経験済みだ。解体したら枝や葉っぱまで勝手に区別してくれたからだ。
であるならば、スコップか何かで何もかもボックスにぶち込んで、分けられたくずだけ捨てればいいのではないか? これなら圧倒的に効率が上がるかもしれない。いけるかも!
その後ハンナさんと別れた俺はようやく起きだしたリリィと街を散策していた。本心ではさっき考えた方法を一刻も早くダンジョンで試したかったのだが、リリィが今日はしっかりと休むの!と釘を刺されてしまっては仕方ない。
このウィスカに来てからというもの、宿とダンジョンと冒険者ギルドしか往復していない生活が続いているからこその散歩である、というのか相棒の弁だ。全く持って正論である。
<マップ>スキルでどこに何があるか知ってしまったからそれで満足していたのもあるのだが――。
夜半に走り回っていて地理は頭に叩き込んであるが、実際に人々が生活する時間帯を眺めたことはなかったので、新鮮な驚きがある。
この街は中心にダンジョンと冒険者が利用する店が集中している。だがそのほかにも店で働く者の家族や街を管理、支配している人種が住む地域など、様々な人間が住んでいる。東にある王都行きの街道馬車も一日に3便ほど出ていて、物流も盛んなようだ。
この世界には人間以外にも色んな種族がいる。リリィのような妖精はもちろんのこと、亜人(差別的に使われるが獣人種を主に指す)やお目にかかったことはないがエルフやドワーフもいる。有名冒険者の中にエルフやドワーフが占めている割合は多く、魔法に親和性が高いとされているが、このガーラント大陸にはほとんど見掛けない。彼らは北のアスガルド大陸で主に行動するらしい。この大陸はほぼ人間が占めているといっていい。特有とも言うべき人間至上主義もかなりみられるが、差別される亜人たちがあまりいないの際立ったものはないようだ。
この街はギルドの資料によれば人口5万人ほどでランヌ王国の中でも3番目に大きな町らしい。一番は王都リーヴ。二番が魔都の異名を持つアディン。三番目に大きく引き離されてこのウィスカだ。共通点はどの街もダンジョンを抱えていることである。ダンジョンからもたらされる様々なアイテムが還元され、その都市の利益となり活発な物流にも一役買っている。
余談だが、ダンジョンで手に入ったアイテムは全てギルドで売らねばならないルールだ。要はダンジョンの利権をギルドが完全に掌握しているわけだ。過去の王国はこの制度を何とか改善しようとしたらしいが失敗に終わっている。
世界各地にある冒険者ギルドはその情報力、組織力で一国を完全に上回っている。彼らに対抗できるのはほぼ同規模の教会勢力だけだろう。その大きすぎる力を削ごうとしたようだが、壁は厚かったということだ。
ウィスカの街は上二つの町に比べて大きく規模、人口共に引き離されている。原因は前にも言ったダンジョンの異常な難易度である。それ故に冒険者の絶対数が少なく、街への還元は少ない。しかし、数が少ないからこそ好機が転がっていると考える冒険者も多くA級、S級の冒険者所属数は群を抜いて多いのが特徴だ。
街の外へのクエストではなくダンジョンに潜ることが一流冒険者の証明とされる中で一人ダンジョンアタックしている俺が彼らに見つからないようにしているのもそのためだ。ド新人が一人でほいほい入れるような気楽な場所ではないから、見つかったら絶対に面倒事になるだろうしな。
話が逸れたが、この街は大きく西、中央、東と分けられる。中央区は冒険者が多く、西区は商店や冒険者の家族などが住む下級層、東区が街長やこの街の貴族などが住む富裕層になる。周囲を円形の強固な城壁が覆っており、大門は北と南に二つある。
ライルは元貴族の端くれとはいえ、俺は富裕層には縁が一生ないだろう。中央区の武器防具屋を冷やかしていた。
やはり多くの冒険者が街の外の依頼をこなすせいか、周辺のモンスターの外皮を使った防具が多い。店の親父に話を聞いてみるとここ二、三日でダンジョン産のアイテムがいきなり出回るようになったらしい。そういった防具は高価だが、ダンジョンに篭るような冒険者たちはオーダーメイドで防具を依頼し、多くは持ち込みの素材を使うからあまり意味はないらしいが。
ダンジョン素材の供給源に心当たりがありすぎたが、顔には出さず驚いておく。じゃあその素材はどうするのかと聞いたら、他の街に売りにゆくのだという。ダンジョンでしか出ないアイテムは他の街では重宝されるらしい。ダンジョンがなくても”モンスター溜まり”と呼ばれるモンスターが密集する地域では冒険者の需要が高いため、魔法防御の効果が高いドロップアイテムは高値で取引されるんだそうだ。
感心していると、店の親父(ガロンと名乗った)は坊主も早く一人前になって自前の防具を買えるようになれよと励ましてくれた。俺の肩当てをみて駆け出しだと思ったらしい。新人なのは間違ってはいないが、俺稼いでいるぜ! 手元に残っていないだけだ! 悲しくなってきたから防具屋を後にする。
「ユウもいずれはいい装備を買わなきゃね! 自分の命を救ってくれるのはいい防具だけなんだからね。武器なんて最悪そこらの石でも投げてもいいけど、防具だけは惜しんじゃダメだよ!」
「お説ご尤もなんだがなぁ……やはり先立つものが手元に残らないとなぁ」
「もう、後悔するのはユウなんだからね! いくら私でも治せるものには限度があるんだから」
有難い話だが、俺の戦い方は遠距離から魔法乱れ撃ちだから、ほとんどモンスターと切り結んだりしないせいかどうしても防具の有用性が薄れがちなんだよな。よほど油断しなけりゃ怪我なんてしないし。
二人でさっき買った名も知らぬ果物を齧りながらいずれは伝説の金属と謡われるアロンダイトやオリハルコン、メッシーナ鋼やアダマンタイトさらには竜の鱗で防具を作ってやろうと遠大な夢を語ったが、俺はそんなことを言いつつもそれらを売ったらいくらになるんだろうと考えていたから始末におえないと自分でも思う。
武器屋も軽く眺めた後でふと立ち止まった。
「ユウ、どうしたの? やっぱりあの武器屋で掘り出し物探すの?」
「いや、だから見つけても買えないだろうに。そんな寂しいことはしないって」
リリィはしきりに<鑑定>パワーで逸品を探したいようだ――買えないってのに。
「いや、このあたりって確かあの魔導具屋があったような気がしてな」
「そうだっけ? この街似たような通りが多くてよくわからないんだよね」
同感だ。俺達は<マップ>があるからそうでもないが、似たような石畳で似たような家屋が密集しているから迷いやすい。それは俺だけではないのか目印と思われる立て札や色のついた棒などが刺さっている。
俺は<マップ>で周囲を確認すると、やはりこの裏通りに例のマジックアイテムショップ”八耀亭”があった。俺にはここにも知己がいたことを思い出す。いつでも来いといっていたし、手土産でも持って顔を出してみるのもいいかもしれない。あのセラという婆さんは只者ではないから色々知識を持っていそうだ。
手土産といえば定番の菓子折りだろう。何か気の利いたものはないかと周囲を探すと焼き菓子の屋台があった。芋を甘く焼いたものでそれを一通り包んでもらう。自分用も買ってみたが、焼くことにより非常に甘くて美味かった。隣で俺をじっと見ているリリィの分も買ってやった。ここで食べるなよ、芋が宙に浮いているように見えるからな。さっきの果物はいちいち透明化してやったのだが、非常に面倒だったのでもうやらない。
手土産を持参して”八耀亭”に向かった。数日振りの店内はやはり怪しげな空気で満ちており、『魔女の庵』という形容がじつにふさわしい。この時間だからなのか俺の他に客はなく、店番をしていたお下げの髪の女の子は俺をしっかりと睨んできている。ううん……俺は何もしていないだろうに。
そういえばここは魔道具屋だった。今の俺の大問題を解決する画期的なアイテムがここにないだろうか?階段の位置を占う奴とか。いくら高くでも分割払い何かできない交渉してみたいな。
下の層に降りれば降りるほど価値のあるアイテムがあるのは解っている。蜂のような罠も仕掛けてあるが、それを差し引いてもどんどん下に下りたほうが結果として利益は大きいはずだ。そのためにもこんな場所で躓いているわけにはいかないんだ。
そんなことを考えながらリリィ共に様々な商品を眺めていたら、目当ての人物の声がかかった。
「気になった魔力を感じたと思えば、お主かい――調子はどうじゃて?」
「ボチボチですよ。近くを通ったもんで、一つご挨拶をと思いまして」
手土産をチラつかせると、セラはその皺だらけの顔を更に皺だらけにした。
「全く、暇な年寄りの扱いを解っておるの。まあ、茶でも飲んでゆけ」
そう言って奥に引っ込んだセラを追っていく途中で後ろを振り返ると先ほどの店番の子が俺を呪殺しかねない勢いで俺を睨んでいた。おいおい、若い娘っ子がそういう顔をするもんじゃないぜ。
前に通された居間兼リビングのような場所にて俺らは座っていた。包みを差し出すとセラは笑みを深くした。どうやら気に入ってもらえたようだ。俺とリリィの分の茶を入れてくれた。香りで判断できなかったが<鑑定>したらかなり高等な茶葉だった。疑ったことを心中で謝罪しありがたくいただくことにする。
しかし本当にリリィは他人の前では借りてきた猫だな。普段からは考えられないおとなしさで俺の方に座っている。何か目的でもあるのかもしれない。
「本当に爺婆の扱いが旨いの。どこで覚えたんじゃ?」
「さあ、生まれつきですよ。これも土産の一つです」
最近贈答用の価値のほうが高くなりつつある蜂蜜を二、三個卓の上に転がした。セラの目が見開かれた。
「おやおや、借金持ちでこんな高価なものをどうしたのじゃ?」
高価? はずれアイテムなんだがな……。
「迷宮の蜂が落としますでしょう? 大して価値がないので世話になった人に配っているだけですよ」
あ、婆さんカップを落とした! と思ったら途中でカップが止まり、ゆっくりと卓に着地した。この人今何やったんだ?
「お、おぬし、本当に一人でダンジョンに潜っておるのか!?」
「そうですよ。そうでもしなきゃあの借金をまとも返せないでしょう。まあ、まだ利息さえ返せてませんけども」
この婆さんにはもう魔約定を見せているから気兼ねする必要もない。利子も知っているはずだから俺の現状が理解できるだろう。
「ううむ。確かに一週間で金貨千枚ほど稼いでいる計算じゃの……」
論より証拠だ、魔約定を見せたら素直に納得してくれた。ダンジョン以外にそこまで荒稼ぎできる場所はないからな。
「それにこの蜂蜜はダンジョンでとれたものじゃろ? そこいらの店では金貨一枚以上の値がついとるよ。ワシはうれしいが本当にもらってよいのじゃな」
「金貨一枚ですって!? ギルドの買取は銀貨一枚でしたよ」
ギルドは相当暴利を貪っているらしい。聞けば通常の蜂蜜と違い魔力の品なので調合素材として適しているそうだ。<鑑定>でも書いていなかった事実だ。それが知られたのは最近のことだそうだが、情報は更新されないのだろうか。
それにしても冒険者ギルドもやってくれるな。知らなかったこっちか悪いとはいえ売値が金貨一枚なら卸値は銀貨6、7枚が妥当だろうに。相当マージン抜いてやがる。ちょっと怒りがわいてきた。
「ならば今度からウチに直接持ってくればよかろう。銀貨5枚で買ってやるわい」
マジか! ありがたい。これで収支はだいぶ改善されそうだが、ギルドを敵に回して大丈夫なのか?
「そうしてくれりゃあこっちはありがたいですが、ギルドに睨まれませんか?」
「フン、ジェイクの小僧が何を言ってこようがワシの知ったことではないわ。文句があるなら言ってくればいいのじゃ」
すげえ、この婆さん何者だよ。多分ギルドのお偉いさんっぽい人を敵に回しても全くかまわないどころか昔からの知り合いっぽいぞ。
「助かります。最近だいぶダブついてまして、毎日40個近く手に入るものですから」
セラはその皺の深い顔を険しくした。老いてなお鋭さを感じさせるその眼光は全てを見通さんばかりにギラついている。
「……おぬし、自分が何を言っておるのか解っておるのか?ドロップアイテムじゃぞ!? 百回倒して2、3個手に入れば上等といわれているアイテムをそう簡単に――――あるのう」
無言でずた袋に手を突っ込むフリをしながら蜂蜜をドカドカ取り出す俺を見て、セラ婆さんは黙ってしまった。だが、険しかったその瞳は幾分和らぎ、むしろ面白がるような光さえあった。
「そうか、お主はそうやって稼いでおるのか……危険じゃな、冒険者ギルドが黙っておらんだろうに」
「ぬ………」
痛いところを突かれてしまった。今の俺を取り巻く頭痛の種は3つある。ギルドの対処、アイテム回収、地下への階段だ。なるべく無表情を繕ったつもりだが、ある程度事情を知られている相手には通用しなかったようだ。それともこれが年の功だろうか。
「図星のようじゃな。さてはこのワシに相談でもと思って来たのか? まあよいわ、年寄りの役目などは若者を導くことと相場が決まっておるしの。良い土産をもらった礼じゃ、話してみい」
この際だ。全て話してしまうことにした。一通り話すとセラは途端に黙ってしまった。はやり荒唐無稽だっただろうか。
「どうですか?」
「どうといわれてもじゃな……お主、本当に新人か?そんな贅沢な悩みは聞いた事がないわ!」
「贅沢でしょうか?こちらは切羽詰っているのですが…」
本当に困っているのだ。どれだけ動いても利息分さえ稼げないのだ。これじゃ借金が増えるだけじゃないか。
「いや、すまぬすまぬ。事情は人それぞれじゃからな。それでのう、ここは相談なんじゃが、おぬしの〈鑑定〉をさせてはもらえんかのう。何ができて何ができないのかを知らねば助言も出来んしのう」
「それは、セラさんが自分の絶対的な味方になっていただけるという条件でのみお受けしますが、お勧めはいたしませんね。自分の”運”は相当低いことはわかるでしょう?」
<隠蔽>を解除しろということなんだろう。彼女の目的の裏にあるものを感じ取った俺は条件をつけたあの条件なら<誓約>が発動できる。約束を互いの命をかけて守らせる<誓約>は商人の上位スキルだ。魔約定の別バージョンともいえるが、これは相手がいないと成立しない。他人にいえない秘密を持った相手を試す試金石とも言える。それに『面倒事に思いっきり巻き込みますよ』と暗に含めてやったら、すぐに提案を引っ込めた。個人的には彼女の力が借りられれば大きな助けにはなると思うが、秘密というのは共有する相手を選ばなければ簡単に露見するし、<誓約>も万能ではないとリリィから聞いている。いかにも商人スキルらしく便利なのだが、相手を出し抜くための技も言葉尻を捉えて<誓約>そのものを無効にする術も大量に存在するらしい。商人こわい。
「わかったわいわかったわい。そのままでええ、そのままでええから<鑑定>させてもらうわい」
俺のステータスを確認しているセラ婆さんの表情が苦渋に満ちたものになってゆく。そんなにひどいかな。スキル欄はリリィに言われてほとんど<隠蔽>してはあるからいたって普通だと思うのだが。
「その、大丈夫ですか?」
「大丈夫でないのはお主のステータスじゃ。あの討伐数は何なんじゃ! 本当の本当にダンジョンに潜っていたのじゃな」
街の外であの数のモンスターとは出会えない。そういう意味で信じてくれたのだろう。
「で、どうです? なにかわかりました?」
「おぬしが色々と滅茶苦茶だということくらいじゃ。時に、モンスターはどうやって倒しておるのじゃ? 剣かの? 魔法かの?」
「魔法ですが、敵に近寄られたら最後はナイフですね」
俺の答えにセラさんは満足そうに頷いた。
「よしよし。やはり魔法よな。この街のダンジョンで剣などという効率が悪いものを使っていてはこちらが倒されてしまうでの。ならばワシも少しは手を貸せそうじゃ」
セラ婆さんは近くの羊皮紙に何かを書き込むと卓の上に置き、自身は奥に引っ込んだかと思うと何か棒のようなものを持ってきた。
「ちょいと遠くに行くが、魔道具の力を受けるからすぐじゃ、ついてまいれ」
その皺だらけの手で自身を中心に円を書くとその中に俺も入るように促した。すごい魔力の流れを感じたので強力な魔道具だと思うが、一体何をするんだろう。
「”疾く 行け”」
輝きに包まれたかと思うと、次の瞬間には岩ばかりの土地に移動していた。すげえ!何だこれ、まさか瞬間移動だとでもいうのか!?
「驚いたであろう。これぞ魔道具の極致のひとつ。『転移』じゃよ。おぬしにもそんな顔をすることがあるのじゃな、それだけでも甲斐があったというものよ」
本当に瞬間移動なのか! <マップ>を確認するとウィスカから200キロ先の岩場、名をカタリナ岩山という場所らしいので疑う余地はないな。
これのほうがよほど凄い気がするし、そんなものを持っている婆さんも非常に気になる存在だが、今はいい。俺をここに連れてきたその目的が知りたいな。
「まず、おぬしには謝らなければならぬな。先ほどは相談に乗るなどというてはみたが、何も力になってやれそうにもないのでな。せめてワシの得意分野である魔法を少し教授してやろうと思ってのう」
いやいや、何を言ってるんだこの婆さん。今の魔道具の効果は俺の最大の悩みを一発で解決してくれそうなんですが。
「おぬしは今、この魔道具を貸してほしいと思っただろうよ。だが、何事もそう都合よく行かないものじゃ。この魔道具の銘は”矢渡り”というのじゃ。名の通り、矢の刺さった場所と場所をつなぐアイテムなのじゃよ」
セラが指差した場所には魔力が輝く矢が刺さっていた。あの矢とセラが持っている棒、というかあれは矢羽と鏃を落とした矢だな、をつなぐのか。まあ確かに無理だわ。
「理解したようじゃな。この矢渡りは過去栄えた魔法文明では中々に便利でかなりの数生産されたようでの、数は結構現存しておる。そして今のお前と同じことを考えた冒険者がかつておっての。大枚はたいて購入し、ダンジョンの壁に刺したそうじゃ。結果はいわずともわかろう」
そんな魔力あふれる目立つものをモンスターが放っておく訳がない。魔方陣のように地面に書いちまえば何とかなるかもしれないが、刺すだけじゃ壊されて終わりだ。ダンジョンで人工物とわかる特徴的なものはまだ見たことはない。迷宮なら誰かがつけた目印や何かあってもおかしくはないし、多くの冒険者が通るであろう低層でそうなのだから、恐らくダンジョンに何かあるのだろうと思う。
「そういうことでな。冒険者には不人気なのじゃ。色々試した様ではあるがの、地中に埋めても掘り返されたようじゃ」
「心当たりがあります。連中はダンジョン以外の異なった魔力に反応するきらいがありますね」
よく目が合うのは多分そういうことなのだろう。いきなり振り向かれるとことが多くて野生の勘だとばかり思っていたが、謎が一つ解けた気分だ。
「そこでじゃ、ワシが一つ魔法の手ほどきをしてやろうと思うての。お主、どうせまともな私塾も出てはおるまい。基本中の基本でよければわしが手ほどきしてやるというておるんじゃ」
いいのかな、だとしたら本当にありがたい。相棒にきちんとした指導なんて期待できなかったからイメージだけで無理矢理押し通してきたからな。(懐でおとなしくしている我が相棒は『魔力をドバッと』とか『そこで流れをシュパーンと』などという独特な語彙力をお持ちであり、矮小かつ低脳は俺は理解しがたい点が多かったのだ)
それに呪術師だったはずのセラ婆さんが魔法も使えるというとこはやはり転職しているのか。俺もいつか転職したいもんだ。多分まだ村人だし。
「その、いいんですか?俺は魔法の素人ですし」
「そんなのは見ればわかっておるわ。さっきワシが動かしたカップを見て驚いておったからのう」
さすがに逐一見られていたか、お互い細かく探りを入れてるな。
「師匠と呼んでもよろしいでしょうか」
「やめとくれ。この程度のこと教本でも読めばいくらでも書いておるわ」
少し照れているようなセラ婆さんは短く詠唱すると近くに土魔法で標的のような土の塊を4つ作り出した。
それをみたリリィは顔を出していた懐にさっと潜った。くすぐったいから何か言ってから入ってほしいのですけど。
「どれ、まずは腕を見せてもらおうか。この的を打ち抜いてもらおうかの」
「撃てばいいのですね。わかりました」
「そうだの、まずは順番に撃ちぬいて―――」
その言葉は最後まで続かなかった。言い終わる前に俺が作った風と炎の矢が土塊を完全に打ち抜いていたからだ。
「―――――は?」
「如何でしょうか、自分ではまあまあではないかと思うのですが」
プロの判断は素人とは違うから不安が募る。
「今のは何じゃ……」
「はい、初級魔法の風と炎ですが……」
セラ婆さんは顔色をなくしている。ヤバイ、まずったか――。
「それは属性を見ればわかった。じゃが、詠唱も聞こえないしウインドカッターとファイアボールはあのような形はしておらんはずだがのう」
「<魔力操作>と<無詠唱>と<多重魔法>と<連続魔法>を使いました」
「ほ、ほう……そうか、なるほどのう」
婆さんの反応がなんだかまずいな、やり直すか。俺は土魔法で先ほどよりの強固な目標を作り直した。
「土魔法も使えるんじゃのう。トリプラーかいの」
「は、はい……なにかまずかったでしょうか?」
これは怒ってるぜ、細かく震えてるし、どうしよう。あ、リリィが笑ってるのを感じた。あいつめ、あとで覚えてろ。
「これだけの魔法が使えて――――なんで初歩の初歩の〈魔力操作〉が出来ないんじゃあ!!!」
なんか正座させられてめっちゃ怒られました。なんか悪いことしたかな、俺。
怒られました。なんかもう一杯怒って、俺の方をパタパタ叩いてそのまま昇天しかねない勢いだったのだが、落ち着いたのだろう。しばらくしたら肩で息をして黙ってしまった。あとなんか動きがちぐはぐだったというか、この婆さんも見かけどおりじゃない気がするな。
俺は何で怒られているのか解らず、不思議な顔をしていた。その間リリィが爆笑しているのが気になったが。
本当に落ち着いたのだろう。精気が抜けてしまい幽鬼のような顔をしたセラがこちらを見た。本当にあの世に行っちまわないか心配なんですが。
「お主、魔力ってどういうものと捉えておるのじゃ?」
「え、特に何も。気付いたら体の中にあって、使えるようになった便利なものくらいです」
俺の答えに特大のため息をついた婆さんは、まずはそこからかと呟いた。
「魔力というものはな、この世界に満ちている”大気”と呼ばれるものの中に含まれているのじゃ」
「はあ」
「まあよく解らんのも無理はない。事実、全てか解明されたわけではない。だが、何人もの魔法使いが実験して検証した事実だ、受け止めよ。
大気の中にあるのは魔素と呼ばれておる。そして鼻や口で吸収した魔素を体内で魔力に変換し、その変換能力が高いものを貴族とかつて呼んでいたのじゃ」
「貴族の中でどのようなことがあったのかはわかっておらんが、彼らはその魔力を変換するシステムを血脈の中に封じた。だから魔法を使えるのは基本貴族の血を受けしものだけじゃ。
そしてその機構が出来上がったのが大体さっきの魔道具などが作られた魔法文明の頃とされておる。
魔法文明の衰退と共に、血を薄くさせないために禁じられていた貴族同士以外の婚姻も行われるようになり魔法使いの頭数も徐々に増えていったのじゃ。今では20人に1人は素養があるといわれておる」
「話を戻すわい。そして我々は体内の魔力を詠唱という形で練成し、呪文という型にはめて打ち出すのじゃ。それが基本じゃが、詠唱という方法で練成する前の魔力はどうなっているのかというと、それはただ無駄に体の外に放出されておるのだ。人間溜め込める容量には限界があるからじゃ。溜め込む分と外の放出する分があるとされておる。それは内部の容量が空でも満タンでも同じじゃ。必ず一定量は体外に放出しておる。その捨てる分を自在に操ることこそが、全ての魔法の基礎となるのじゃ」
「そうだったのか……」
衝撃だった。俺は万人と全く逆の方法で魔法にアプローチしていたのか。
ステータス上で見れるMP表示は溜め込んでいる魔力を現しているわけか。そんで空気を吸い込むことで徐々に回復してゆくのか。これは魔法を使える奴も殆ど使えない奴も一緒で、できる奴は余剰分と体内に溜め込んだ魔力で魔法を使っているわけらしい。始めから少しづつ魔法を覚えてゆけばわかったことなのかもしれないが、いきなりスキルをとりまくっていたおかげで逆に理解できなかったようだ。
「おぬしのような突然変異はおらんよ。もともと魔力を練成し、決まった形にして打ち出すのが非常に難しいのじゃ。その感覚を学ぶために普段から体外に出ている魔力で練習し、コツをつかむのじゃが…」
おぬしは真逆だがな。セラは珍獣を見るかのような目をしていた。
そんなこといわれても、わからんものはわからんしリリィも”全てを知る”とはいえ、理解しているわけではない。
料理の作る手順を知っていても、全ての人間が美味い料理を作れるわけではないのと同じだ。理解度には差が出るしな。
「とりあえず目を閉じてみて己の魔力を感じてみよ。体内で渦巻くものと外へ向かって出て行くものを感じ取るのじゃ」
言われたとおり目を閉じる。初めは何も解らなかったが深呼吸して<瞑想>を使ってみると体内の魔力が爆発的に高まっていった。自分の中に内燃機関が出来たように、力の奔流が螺旋を描いてとぐろを巻いてゆく。そしてその流れの中に確かに体外にでてゆくものの存在も感じられた。
「み、見つけたようじゃな。それを忘れるでないぞ」
目を開けると周囲の岩がまとめて吹き飛んでいた。<瞑想>の結果なのだろうか。<鑑定>では傷を癒したり魔力を増やすとあったんだが、周囲に影響を与えるものではなかったと思うのだが。
セラ婆さんは自分の周囲になにか魔法のようなものを纏っている。俺、何かやっちまったかな。
「そこまでできたのならば後は早い。その流れを操るのじゃよ。己の魔力なのじゃから容易かろう」
言われてみるとその通りだ。今まで意識していなかっただけでかなりの量の魔力を垂れ流していた。<魔力操作>で漏れ出す魔力を抑え、細い糸のように束ねて動かしてみる。
おっ、結構いけそうだ。そのまま魔力を伸ばしてみるとまだまだ伸びそうだ。MPが減っている感覚はないから、多分魔力総量で伸ばせる距離が決まってくる気がした。
そのまま目を閉じての伸ばせるだけ伸ばしてみた。速度はかなり速いと思う。地面の凹凸や丘などを越えて水の中に着水したのを感じる。あれ?湖とかこの近くにあったっけかな?
「先生、魔力の先が水に当たったんですが、近くに何かありましたっけ?」
「その方面に百キロも行けば海じゃが……本当に水なのか?」
セラ先生の表情は無表情だ。もうどんなことにも驚かないと決めたらしい。
確かめるために細くしていた糸に魔力を乗せ、枝分かれさせてみた。湖底か海底か知らんが確かに水の感じと砂地を感じた。水場なのは間違いないだろう。
コツをつかんできた俺は今度は全周囲に糸を飛ばしてみた。難易度は上がったが、<多重詠唱>の理屈で簡単に出来てしまった。岩場を越えると森林が広がっているようだ。視覚がないの残念だが、目を閉じて魔力を感じてみると木々の形や木の実などを感じられる。
木の実を取ることができないかと悪戦していると、ふと疑問に思った。
これが魔力ならば、魔法に変換出来るはずだな。
やってみた。木の実をもぎるので風魔法でいいだろう。伸ばした魔力を変換して魔法を撃つと成功した。アプルの実が落ちてきた。それも<魔力操作>で受け取る。他の糸たちはどんどん伸ばすがアプルの実を持った糸だけはこちらに引き返させた。
ほどなく、空中に浮いたアプルの実がやってきた。やはり<魔力操作>は無限の可能性を持っているな。
「それは、魔力で持ってきたのかい?」
セラ先生が震える手で指差してきた。その果実を先生に手渡した。
「全方向に糸を伸ばしたら、この岩場の南に森が広がっていて、そこで取って来ました」
「そうかい、20キロは先なんじゃがの――おぬしのことで驚くのはもう止めにしたわい。老いぼれの心臓に悪いでな。さっき、イメージを糸にしておるといっておったな、慣れて来たら波をイメージしたほうが効率が良いぞ。普通、駆け出しの魔法使いにはそうやって練習させるんじゃ」
セラ先生は手のひらから水を出して地面に落とした。周囲に満遍なく水が広がっていくのを見て、納得した。確かにこの方が便利だな。
言われたとおりにやってみた。イメージしたのは杯からあふれる水だ。卓にぼれた水はあっという間に卓から地面へと広がってゆく。
そのようにイメージして魔力を広げると、入ってくる情報量の桁が跳ね上がった。より精密な地形が解ってくるととたんに鮮明になる。<地形把握><空間把握>のスキルが働いているのだろう。岩場の中に紛れる鉄鉱石や他の貴金属の原石なども魔力に反応しているのか、どこにあるのか解ってしまう。もちろんこちらに引き寄せた。
魔力の波はまだまだ広がりそうだ。糸ほど距離はないがおそらく10キロ圏内は網羅できると思う。
「またよう集めたのう…」
周囲には拾い集めた様々なものが転がっていた。石が中心だが、薬草や果実なども見つけたのだ。
だが、俺の心はそれどころではなかった。一筋どころかぶっとい探照灯が指した気分だった。
間違いなくダンジョンの探索に役立てるからだ。一番時間のかかっていた下の階層への階段探しに最適すぎるのだ。降りた入り口で次の階段を探し、そこから一気に走り出してしまえばいいのだ。信じられないほどの時間短縮になるだろう。
「だが、顔を見れば解るわい。何か掴んだようじゃの」
「はい、先生のおかげで光が差しました」
「あたしゃ、何もしてないよ。いつだって答えは自分の中にあるもんだ。それを忘れないようにの」
答えは自分の中にある、か。本当にその通りだな。
「お礼といっては何ですが、こちらを好きなだけお納めください」
反応したものを片っ端から引っ張ってきたたため、かなりの量になっている。だが、セラ先生はこちらをじっと見て動こうとしない。くそ、あの婆さん間違いなく俺が<アイテムボックス>持ちと確信してやがる。
確かに持ちきれない量だと思うが、そう易々と自分の情報を渡せない。せいぜい匂わせるくらいしておかなくては。
結局、一旦”八耀亭”に戻り、ずた袋を持ってくるという方法を取った。集めたアイテムはそこそこの価値を持っていたが、セラ"先生"を喜ばせたのは魔力草と呼ばれる薬草の一種だ。ポーションの原料になるので価値は薬草の20倍以上するという。今の俺には宝の持ち腐れだからと全て進呈し、他の宝石の原石も先生に差し上げることにした。おそらく金貨数枚の価値はあるだろうが、俺が先生の授業で得たものはそんな小さなものではない。正直感謝してもしきれない。
改めて店に戻り、新しい茶をいただいていると先生がばつが悪そうに言った。
「こんなにしてもらって悪いねぇ。こっちが得してしまったようじゃないかい」
「気になさらないでください。先生にご指導いただかなければ全く気付かないことでしたので」
本心だが、先生は俺の秘密を探ろうとしたんだと思う。別に何が何でも隠し通すわけではないし、いつか時期がきたら話せばいいと思っている。先ほど拾ったアイテムは半分以上を進呈した。残りはしまったが、主に鉄鉱石ばかりで正直換金する当てがなく、持ち腐れることになりそうだ。防具屋に持ち込んだら買ってくれないだろうか?
さすがに悪いとでも思ったのか、先生が気に入った魔道具を一つ貸してやると言ってくれた。正直な話売り払って金に変えたい気分だが、それを見越して貸すといったのだろう。
貸してくれるといっても何を借りればいいものか。大体は魔法で事足りるしな。
それよりも問題なのはさきほど事情を説明したお下げ髪の少女、姉弟子になったアリアさんだ。年齢は見た目で俺よりも1、2歳上だろうか。17歳ほどに見える。俺というかライルの年齢は15歳だから年上だとおもう。
挨拶をしたのだが、非常にそっけない。セラ先生がたしなめたので会話はしたが敵愾心丸出しだった。あまり関わらないとは思うが、これはどうなることやらだな。
選んだ魔道具は亜空間を開き、その中で一晩過ごせるという”超豪華夜営用機構”とでも言うべきやつを借りることにした。大昔の大貴族が愛用していた謂れを持つ金貨500枚以上の価値があるシロモノでアリアは非常に反対したが、俺はどうせ売れてないんだろうと返すとだまって涙目になってしまった。実際埃をかぶっていたし、こんな微妙な機能の魔道具をほしがる貴族がいるとは思えないし、冒険者なら喜ぶだろうが金額が高すぎる。
ためしに入ってみた俺は、その贅沢さに驚いた。貴族用とはいえ、そこそこのテントだろうと高をくくっていたが、目に入ったのはまさに大豪邸でベッドは水鳥の羽を用いた天蓋つきのベッドだった。優雅に生活できるようにこの時代としては完璧なキッチンもあり、さらには遊戯室や書庫、書斎、食堂、大広間、地下室、メイド用の部屋まで完備している。正直、今日からここに住みたいくらいだ。
セラ先生に聞いたら、内装はこれで固定させているようだ。超高価な理由がわかり、同時に売れ残る理由もわかった。お互いいい買い物をしたと思えばいいのだろう。
最後にもう一つ贈り物が出来ないかと考えた。最近宿で評判の風呂である。ここいらでは貴重らしいが、魔法使いでもあるセラ先生なら作れるだろう。
「最後に裏庭でもお借りできれば風呂でも作っていきますよ。宿で評判でしてね、よろしければですが」
「ほう、風呂か! ワシもあれは好きなのじゃが、魔法で作れるものなのか?」
意外と食いつきがいいな。やはり風呂の力は偉大だな。
「ええ、土魔法で形を作り、火魔法でガチガチに焼き固めれば土台が出来ますから」
あたしゃ土魔法が苦手でねぇと呟きながら裏庭に通してくれた。一般家庭には基本的に裏庭があり、ここには家庭菜園があったが、風呂と脱衣所などを作っても十分な大きさだ。
「すぐに出来ますよ」
言うや否や直ぐに風呂と脱衣所を作成し、超高温で焼き上げ、そのまま熱々の湯を風呂に入れた。時間にして30秒ほどだろうか。
大いに喜ばれたと思う。俺に厳しいアリアでさえ、これには文句を言わなかったからな。
その後、何度も礼を言って店を辞した。ようやくリリィが顔を出した。
「さっきの魔力の波すごかったね! 私あんなやり方知らなかったよ!」
「ああ、やはり専門家に相談するってのは正しいな。リリィもありがとな、俺一人だったら今日もひたすらダンジョンに篭もってうだつの上がらないことをしてただろうよ」
小走りに俺はある場所に向かっていた。確かめずにはいられないからだ。
「ちょっと待ちなさいよ!」
背後から聞き覚えのある声がした。さっき聞いたような声だな。振り向くとアリア姉弟子がこちら
に走ってきていた。体力ないなぁ、もう肩で息をしている。
「姉さん、どうしました?」
「誰が姉よ! そんなことよりあんたが弟子ってどういうことよ!」
「いや、そのままの意味です。話をしていたら俺の魔法を見てくれることになって、教えを受けるからには先生かなと」
「”偉大なる”セラお師匠様の弟子にそう簡単になれると思わないで―――妖精?」
よく見れば今日の彼女は眼鏡をかけている。前回来たときにセラ先生がかけていたものと同じだろ
う。ということはあれは精霊なども見える魔道具ということか。
「はい、相棒のリリィです」
「うそ………妖精なんてはじめてみた。伝説じゃなかったんだ。すごいかわいい――じゃなくて!」
怒ったり呆けたりと忙しい子だな。前見たときはもっと物静かなイメージだったが、こっちが素なのかな。
後リリィ、可愛いっていわれたからってまんざらでもない顔をするな。面倒くさいだろ。
「とにかく! 私はあんたがお師匠様の弟子なんて認めないんだからね!」
言うだけ言ってさっと|踵≪きびす≫を返してしまった。思わずあっけにとられていたが、リリィが何故うれしそうにツンデレツンデレ言っているのはどういう意味だろう。
まあいいや、俺には向かわねばならぬ場所があるのだ。
「ユ~ウ~。今日は迷宮に行かない日って決めたはずよね~」
「さっきのをダンジョンで確かめたいんだ。もしうまくいけば信じられないほどの時間短縮になるぞ」
リリィは一度決めたことを覆すのは嫌だったようだが、これがもし駄目だった場合に他の手を考えなければならないのだ。一日期待して待ったあとで明日失敗でもしたら、俺は立ち直れないかもしれない。
確認したら直ぐにダンジョンから出ることを約束させられた。番兵はいつものことと諦めているようで何もいってこなかった。
相変わらずダンジョンの空気は冴えている。嫌でも気が引き締まるが、今日は戦いに来たわけではない。入ってすぐモンスターが現れることは少ないので深呼吸して先ほど教えてもらった<魔力操作>を行ってゆく。
本当に賭けだったが、この賭けは俺の大勝利だった。第一層の隅から隅まで俺の魔力が走査し、開始から一分経たずに階段を発見できたのだ。思わず快哉を叫んでしまう。
「よっしゃあ!」
<マップ>に階段を表すマークが出現していた。それを見てリリィも俺の賭けが成功したことを理解したようだ。
「やったねユウ! これで探索が捗るね!」
それだけではない、隅々まで魔力を飛ばして怪しいものを根こそぎ持ってきていた。大抵は壁の中に埋め込まれているが、そんなもの火魔法で壁をぶっ壊せば問題ない。
当然、第一層なのでモノは良くない。銀貨数枚と冒険者の遺品と見られる鉄のグリーブ、青銅のナイフだった。
最大の価値は俺は一歩もここから動かずに時間も一分少々でこの状況を作り出せたことだろう。この階層のモンスターなんて無視すればいいのだ。最短距離で突っ走ればいいから10分かからないかもしれない。
俺たちは集めたアイテムを拾い集めながらダンジョンを後にした。その後、武器屋と防具屋を回って鉱石と武具を売り払った。ドロップアイテムはギルドで売らなければ店が睨まれるから拒否するが、冒険者が遺した武具ならば足などつかないから、こういう方法も取れるのだ。もちろん価値は微々たる物だ。全てあわせて銀貨3枚にしならないが、タダで銀貨3枚と考えればよいほうだと思う。
これで今日は美味い物でも買っていこう。どうせ銀貨など借金の利息にもならないのだ。
俺たちは屋台で買い物をした後、そそくさと部屋に戻った。空は既に星が瞬いている。
セラ先生に言われたことを思い出したのだ。先生は答えは自分の中にあると言っていた。俺の場合は当然スキルだろうということで急いで部屋に戻ったのだ。
思えばはじめにスキルを取ってからあの画面を一度も開いていなかった。リリィに一々『システム』を開いてもらうのが面倒ということもあったし、今得ているスキルで十分だとも思っていたのだ。
ここはもう一度確認の意味でもスキルを確認してみたい。スキルそのものに数が多すぎてダンジョンに必要そうなものしか取ってこなかったという事情もあるにはあるが、気軽に頼みにくいというのもあった。
他人の目のない個室に篭もり、二人でスキル欄を眺める。取得には慎重にならざるを得なかった。ステータス欄を見ればとうとうスキルポイントが正常の数値である、180/180に戻っているからここからはバグの恩恵は受けられない。
ふたりでふむふむとスキル欄を眺めること数十分、俺は気になるスキルを<鑑定>してみた。
<範囲指定移動> 消費ポイント 10
文字通り、範囲を指定した全ての物体を移動するスキル。移動先は任意に指定できる。
単品では何だこれなスキルだが、これをアイテムボックス中に指定させればどうだろう。一気に問題が解決する気がした。直ぐにでも試してみたいが、今は候補に留めておく。他に良いスキルがあるかもしれないし、スキルポイントは今はもう有限である。
「これなんていいんじゃない?」
リリィが示したスキルは<等価交換>というものだった。意味は解るが、どういうことなのか。まあ、なにはなくとも<鑑定>だ。
<等価交換> 消費ポイント 15
アイテムを同じ価値の物と取引できる。取引先は任意に指定できる。
ふーむ。これをリリィはどのように活用するつもりなのだろう。アイテムを金貨に換えるスキルならありがたいんだが、そう都合よく行く話もないだろうし。
「ユウ、借金は物納する方法もあるはずだよ。取引先を魔約定に指定出来ればギルドに行く必要もなくなるんじゃないのかな?」
それだ!!! リリィ冴えてるな。全てがうまくいくとは限らないが、考え方の方向性は俺と同じだったようだ。全部あわせても25ポイントだし、ここは思い切って二つとも取得してみよう。
まずは試しに<範囲指定移動>を使ってみよう。裏庭に出て<アイテムボックス>から様々なアイテムをばら撒いた。そしてスキルを使うと、ウインドウ共に半透明な球体が現れた。この球体を色々な形に変化させてアイテムを移動させるに違いないと考えたが、どう動かしたものかさっぱりわからない。途方に暮れかけた俺の横でリリィがこうするんでしょとウインドゥを弄っている。俺には魔法よりも不可解な物体を難なく操って俺の望むような形を作り出してくれた。
丸い球体が変形してアイテム類を覆いつくすように広く、平べったくしてもらう。そして<アイテムボックス>に収納するように設定したら、その球体が一気に小さくなり消えていった。
ちょっと焦って<アイテムボックス>を確認すると確かに移動していた。俺とリリィは手をたたきあって喜んだが、ボックス内を見るとやりすぎな感もあった。
円の内部にあった土や小石、草まで入っていたからだ。だが、これは範囲指定を細かくすれば対応可能だろうと思う。選択してそのまま捨てればいいだけだったけれども。
続いて<等価交換>の実験を行った。先ほどと同じようにウィンドウとやらが出てきたので、リリィ先生の出番だった。
まずはスキルの設定先を魔約定にしてみた。これが一番難関かとおもわれたが、意外とすんなり指定できた。こちらからの干渉は基本通らないのだが、魔約定の不利益とならなければ魔法効果などは通るのかもしれない。それはそれですごい技術だが。
さて、本番である。言い出したリリィは心配そうな顔をしているが、俺は正直どちらでもいいかとも思えた。借金は取立てが来るわけでもなく、ただ額が増えるだけなのでいつかまとめて入金できればいいとも思えた。むしろ取立てが来てくれればそこから金主をあぶりだしてやるつもりでいたくらいなのだが。
ギルドの問題は残るが、最悪他の街に行って売ってもいいと考えていてる。王都とかなら冒険者も多く、そこまで派手にならないかもしれないし。
取り出した蜂蜜を魔約定に近づける。前に他のアイテムを押し付けたが反応せず、残念な思いをしたが今回はすんなりと通った。
そして魔約定の借金額が銀貨1枚分減っていた。大成功である。
俺らはまたも飛び上がって喜んだ。やはりリリィの意見に耳を傾けたことは正解だった。まさか一日休んだだけで全ての懸案が解決するとは思わなかった。夢だとしても信じてしまいそうだ。
迷宮の探索、アイテム回収、ギルドへの換金、この3つが解決されればもう俺の野望を遮るものはない。
今日は宴会だ! そして明日からが本気でダンジョンを攻略する日になるのだ!
残りの借金額 金貨 15001224枚 銀貨7枚
ユウキ ゲンイチロウ LV48
デミ・ヒューマン 男 年齢 75
職業 <村人LV67>
HP 1175/1175
MP 1047/1047
STR 157
AGI 144
MGI 145
DEF 136
DEX 137
LUK 103
STM(隠しパラ)280
SKILL POINT 155/180 累計敵討伐数 2057
楽しんでいただければ幸いです




