異世界人召喚 2
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元はダンジョン用に取得したスキルでも、他に応用できるものは数多い。<構造把握>もその一つだ。最初はダンジョン攻略にあれば有用かなと思って取得したのだが、実際は殆ど活用されずに<魔力操作>で階段を探している有様だった。
だが、本来は<マップ>でも補いきれない室内の構造や間取りを把握できる非常に優れた技能だ。初期のスキルポイントがバグっていた頃は、今しか取れない貴重そうなスキルを全部取ろうと思っていたので不要に思えるものも結構取っていたはずだ。
正直に言えば数が多すぎて全く活用できておらず、もてあましているばかりだが、こういうときに役立つというわけである。
<隠密>を使い廃墟に近づいていく。元は城砦であったようだが大昔の戦争で破却されたらしい。現地の貴族は全く関心がなかったようだが、知らぬ内に暗黒教団の拠点として利用されていたというわけだ。
それを知って、現在貴族側は己の領地の建物全てを改めるように王命が下ったという。グレンデルが作り上げた拠点がここだけであるという保証はない。そしてそれは恐らくこの国に留まらないだろう。あらゆる国に深く根を張っていると考えておくべきだった。
地上は廃墟なので、拠点は当然地下にある。地下室であった空間を掘り進めて巨大な地下拠点を作り上げたようだ。数十人、正確には46人の人間がいるが、それぞれが十分な生活空間を確保できるほど大きい。
規模から見て人が出入りする数も相当なはずだが、周囲に人は住んでいない。一時間程歩くと寂れた村がひとつあるくらいなので怪しい研究をするのにはもってこいの環境だ。
必要とする大量の物資などマジックバッグがあれは簡単に事足りてしまう。異世界人召喚を行うほどの奴等がマジックバッグ程度を用意できない筈がないと公爵たちは考えていた。
地下への入り口は元は炊事場らしい場所にあった。巧妙に隠蔽工作がされているが<構造把握>を持つ俺には無意味である。なにしろまだ入る前なのにこの地下拠点の隅々まで把握しているのだ。
しかし、ここで問題がひとつ。
これどうやって中に入るんだ? 入り口らしきものはあるが、それを開ける何かが見当たらないのだ。
「扉の向こう側はどうなんだろ」
相棒の呟きに同意した俺は<魔力操作>で、扉の反対を探ってみた。完全に密封したら内部の空気がなくなるので少しの隙間が空いているし、これくらいの隙間かあれば魔力を潜り込ませられる。
「まさか、そういう構造だとはな」
「秘密基地っぽいね。開くのは向こう側からだけだなんて」
この扉は内側からしか開くことが出来ないようだ。外部から中に入るには内側から開けてもらう他ない。通話石を待つ彼等ならではの仕様といえるな。誰がが常に内部にいる必要があるが、これで外部から簡単に侵入されるということはないだろう。
もちろん俺には関係ない。<魔力操作>で扉を開けると思われる取手を引いた。その前に油断せず<消音>を周囲にかけている。俺の回りには音が届かないが、かなり大きな音をたてて地下への扉が開いた。
「この音。多分防犯装置か何かだね。あまりにもうるさいもん」
「持ってて良かったスキルだな」
元はダンジョンでモンスターに気付かれずに静かに行動をするためのスキルだったが、階段を見つけるために<魔力操作>を使って階層をくまなく調べているので、嫌でもモンスターを刺激してしまうのだ。
敵がいると解ってしまえばモンスターは動き出す。<消音>でこっそり動く意味がないので死にスキルとなっていたがここでようやく日の目を見たわけだな。
日常生活で<消音>を使う場面などないし、もしあるとしたら人には言えない仕事をしている人種だけだろう。
静かに拠点内部へ侵入した俺はまず人気のない場所へ移動した。時間的には深夜なので人の動きはない。中にいる教団信者は普通の人間しかいなかった。グレンデルが連れていたような『亡者』の成れの果てもいない。あれは睡眠も必要とせず昼夜構わず動くような文字通りの化物だったが、グレンデルだから連れ歩けた特別製だろう。
構造は解っているから、まずは起きている人間のもとへ向かうとする。こんな時間なんだから、まず間違いなく宿直だろう。そして間違いなく暇をもてあましているはずだ。誰も来ないであろうこんな場所で宿直を維持しているだけ良くやっているといえる。たとえ彼らにとって大事な異世界召還を行ったとはいえ既に召還は行われた後だ。妨害が考えられたそれまでと違い、どうしたって気は抜ける。
俺は当直室の近くに来ると中の会話を<盗み聞き>することにした。
「あぁーー、暇すぎる。見回りまでまだ二刻はあるぞ。おい、なんか面白い話をしろよ」
「その話ももう三回目だぞ。そろそろネタ切れだし、こっちだって聞き飽きてるんだよ。助祭様たちに言って当直制を取りやめてもらおうって話ももう充分だぞ」
「そう言うなって、このままじゃ眠っちまうんだよ。こんな穴倉でメシ抜きの罰則なんて地獄過ぎんだよ。なんか付き合えって、そうそう例の失敗作の召喚者の話でもしてくれよ、お前は助祭様の側にいたんだろ?」
「他言無用だって知ってるだろ? バレたら命はないんだ、誰が話すかよ」
「誰が聞いてんだよ? こんな時間だぞ? 俺ら以外は寝てるって。まさか侵入者がこのド田舎に来るってのか? 来るならとっくに来てなきゃ駄目だろ。あれだけ警戒して空振りなんだからな」
「まあ、そりゃそうなんだが……最下層の牢にいる召喚者は助祭様には不満みたいだな。今日だって顔を見に行かなかったし話題にさえしなかった。もう見捨てる気なんじゃないか?」
「おいおい嘘だろ? 召喚は高司祭様の悲願だって話じゃないのか? あれだけ熱心に取り組んでたじゃないか」
「他で大当たりが出たみたいな事を言ってたからな。ここの召喚は失敗だと割り切ってるんじゃないか?」
「だったらこの当直も止めていいだろうに。こっちは教団に来れば毎日飯が食えると聞いて入ったクチなんだ。怪しい教義なんぞにカケラも興味はねえっての。もう眠らせてくれよ!」
壁に張り付きながら<盗み聞き>を終えた俺は、有力な情報に感謝しつつ召喚者がいるとされる最下層に向かう。
「でも、気になる事を言ってたね。失敗作とかなんとか」
「一番やばそうなのは他でも同時に召還をやってたっぽい事だな。グレンデルがいないなら中断でもすればいいのに、まさか強行するとはな」
「多分星の巡りの関係だと思う。二日前を逃すと周期的に次は8年後だから急いだんでしょ」
リリィが言うには異世界人を召喚するにはそれに相応しい天体の運行が必要不可欠らしい。だからグレンデルがいなくてもせっかく準備した召喚を行わないわけにはいかなかったようだ。
それにここ以外にも召喚者がいる可能性があるのは見逃せない。公爵に報告して至急調べてもらう必要がありそうだ。
だがまずは、ここにいるという召喚者への接触が先だ。良い扱いはされていないみたいだから、上手くこちらへ引き抜ければいいのだが、最悪の想定も一応してはいる。
だが、気になる点が他にもある。最下層にいる人間は<マップ>で見たところ2人いるのだ。まさか監視者でも置いているのだろうか。そうなると非常に面倒くさくなるな。
そうして召喚者がいると思われる部屋の前に辿り着いたのだが……これじゃ、監禁状態じゃないか。
なにしろ扉の外側から石造りの閂が掛かっている。これじゃまともな扱いされてないな。今日で2日目か、まだ気力は持つだろうがなかなか辛い環境だな。
<マップ>で確認しているので中に二人居るのは間違いない。
近づいて頑丈そうな石扉をドンドンと叩いた。粗末な石扉に蝶番など気の利いたものはないので力を入れて叩かなくては聞こえないし、それでも音など響かない。
「おーい、聞こえてたら何か返してくれよ」
中で何かが動く音は聞こえたが、返事はなかった。
「聞こえているんだろ? 返事くらいしろって!」
『くそっ、何言ってるのかわかんねーんだよ! 日本語喋れっての!』
日本語? なんの言語だっけか? だが、不思議と懐かしい感じがする。理屈ではなく感覚で喋れる気がするぞ。
『これでいいか? お前が召喚された異世界人であっているか?』
『うおっ! マジで日本語かよ! とりあえず敵じゃないならここを開けてくれ! もう2日も閉じ込められてるんだ』
<鍵開け>もスキルとして持っているが、構造の単純な閂なのですぐに外す事が出来た。ただ、この閂は特殊な金属で出来ているのか、非常に重かった。恐らく一人では扱えないシロモノだろう。これも脱走防止策なのかもしれないが、俺には無意味だったな。
重い音を立てて扉を開く。まともな光源を与えられていない狭い部屋の中には二人の男女がいた。男女別だが揃いの服を身に付けた(装飾から見て制服だな)若い二人だった。顔つきは薄暗くて良く解らないが、魔力の流れというか親和性が二人とも似ているから、兄妹かあるいは双子かもしれないな。
『あんたは……』
楽しんで頂ければ幸いです。
お解りかとは思いますが、作中の会話で『』の内容は日本語で話しています。
お約束の異世界チートの一環である言語理解はイレギュラーであるこの双子の召喚者にはありません。
双子で呼ばれたのが想定外だったということです。一人に割かれるリソースが分割されてしまい、教団は失敗作と判断しました。この二人の真価を理解できないとそういう判断になります。




