次期領主の憂鬱 5
お待たせしております。
「王都の貴族連中の間じゃもう公然の秘密なんだが、俺は来年始めにも新たに家を興すことになった。さらに陛下の肝いりで領地まで賜る話が出ている」
「そりゃめでたい。おめでとうございます……なんでしょうけど何がそんなに問題なんです?」
「問題は与えられる領地だ。ここから北のフェリド平野の辺りが貰えるみたいなんだが、寄り親がレンブラント公爵なんだよ」
湖面を見続けているクロイス卿はそれ以上言わなそうなので、その奥にいるバーニィに視線で訴えた。
「レンブラント公爵は、なんというか貴族派の筆頭? みたいな方だね。臣下公爵なんだけど領地が王都から遠い北方で王家も無視できない一大勢力を抱えてるんだ。そして表立ってはいないけど王家とは仲はあまり良くないね。それはもちろん王家と深いつながりを持つウォーレン公爵家にも言えることだけど」
「そんな関係の相手のど真ん中に一切の支援なしで飛び込んで王家派の勢力を切り開いて来い、とのお達しなのさ。さすがに目の前が真っ暗になったぜ。現役の時だってここまでの無茶は流石になかった」
あらましを聞いて前から思っていのだが、ちょっと聞きづらい事なので今まで尋ねなかったことがある。
だが、これはそもそもの話なので聞かないわけにはいかない。
「答えにくいなら構いませんが、クロイス卿は何故公爵家を継がないんですか? 三男とはいえ、ご兄弟が夭折されたなら順番では貴方以外いないはずでは? シルヴィアが次期当主と宣言されたみたいですけど、普通に考えれば公爵閣下も周囲の方もクロイス卿が後継者になることを望んでいるはずでは?」
それを聞いた貴族ふたりがしまったという顔をする。やはり話の大前提を俺に伝えていなかったみたいだな。
「すまんすまん。そうだった、貴族間では周知の事実だったし、わざわざ喧伝する話でもないから敢えて言っていなかった」
そういうとクロイス卿は自らの腕を俺の目の前に見せつけるように持ってきた。よく見れば腕の中ほどに消えかかっているが傷跡があるのがわかった。
「俺は新大陸にいたとき、一度”輸魂”を受けている。相手は俺の一番古い仲間で俺の与り知らぬうちに全てが終わっていたんだが、そのことについてはもう過ぎた事だ。だが、”輸魂”は貴族においては無視できない案件でな。ああ、そもそも”輸魂”については知っているか?」
首を振る俺に、まずそこからかとクロイス卿がため息をついた。その脇でバーニィが本日5匹目のカジキを吊り上げた。俺はまだボウズなんだが、何故かバーニィだけ異常に食いつくんだ。
「修行僧の秘術だから、知っているやつは少ないはずだが効果が滅茶苦茶有名なんだよ。自分の命を相手に与えるのさ。使ったやつは必ず死ぬんだが、俺はそれを受けた。今の話と関係ないし話すと長いから省くが、要は血が交じるようなもんだから貴族としては絶対の禁忌なのさ。特に血統に五月蝿い高位貴族じゃ尚更な」
今話に出てきたその連中は特に煩く言ってくる連中のようで、後々突っ込まれるなら先に公表しちまえ、と家督を継がないと宣言したそうだ。
「なるほど、事情は理解しました。しかし、僧侶にそんなスキルがあるなんて初耳でしたよ」
「いや、僧侶じゃなくてモンクなんだが……まさか、まだ教会で職業選んで……なさそうだな。ああ、それも長くなるからあとでな」
クロイス卿は何かを言いかけたが、すぐに取りやめた。教会なんざ、ライルが村の教会に休日行っていた位しか思いつかないな。何かあるのだろうか?
「とにかく、俺は陛下の命令で孤立無援、いや周りに敵しかいない領地を貰うことになりそうでな、最近はそればかり考えていた。親父もなにも言ってこないし、どうしたもんかとな。第一、冒険者しかやっていない俺に貴族をやるのは無理があるだろうが」
水面を見つめながら呟くクロイス卿だが、純粋な本音が漏れていた。だが、彼の呟きに俺は疑問を持った。
「クロイス卿は確かに貴族としての経験は浅いかもしれません。ですが、それは貴方が何もしていなかったわけではないでしょう? ご自身が持っている手札で戦えばいいじゃないですか?」
「いや、だが冒険者としての経験が貴族、ひいては領主として役に立つとは」
「俺は冒険者が世間が見るほど卑下される職業だとは思いませんね。冒険者の世界だってちゃんと世の縮図ですよ。考えても見てください、貴族は爵位で序列ができますが、冒険者はランクで上下が決まります」
「いや、それはわかっているが」
「そこまでお分かりならこれ以上は必要ないと思いますけど……クロイス卿は確かに貴族としてはまだ何者でもないかもしれません。ですが冒険者としては二つ名持ちのAランク、間違いなくこの大陸でも有数の実力者です。貴族世界に置き換えれば伯爵、侯爵ランクといえるのでは?」
「そういう問題じゃないだろう?」
こう言えばわかって貰えると思ったが、彼にとっても気が重い案件のようだ。普段明晰な頭が全く働いていないな。面倒でも説明を続けるほかない。
「あえてそういう問題にするんです。それより貴族間の付き合いと領地経営、どちらがより厄介なんですか?」
「それは、領地だ。元々何か問題があって王家の直轄地に召し上げたみたいだが、その後宰相府から派遣された代官が相当苦労しているそうだ。現地の官吏が何かにつけて反抗するらしい。間違いなくレンブラントのジジィの差し金だろう。下手すりゃ領民も敵になっている可能性が、いや間違いなく敵だな。そのように言い含めてあるだろう。あのジジィはそれくらいの手は平然と打つ」
「つまり、単独で敵地に潜入するようなものですね?そういう時、冒険者ならどういう行動の指針をつくります?」
「そりゃあ情報を集める。水面下で仲間を募るのもアリだし、金で転ぶ現地協力者を作る手もある。そうやって少しずつ準備を……ああ、そうか。そういうことか」
「そうですよ。相手の土俵に入ったからって、同じ戦い方をする義理はないでしょう。冒険者は冒険者の流儀で戦えばいいんですよ。俺の見た所、冒険者は相当融通の効く都合の良い商売ですよ」
色々を考えをめぐらせているクロイス卿に、追い立てるように思いついた言葉を並べていく。
「領民が敵なら自分の味方になる領民を連れていけば良いんですよ。第二の人生を考えている最盛期を過ぎた冒険者は、何を一番望みますか?」
「そりゃあ、故郷に戻って畑でも耕したいか、店でもやりたいだろう。だが、冒険者になる奴は次男三男ばかりだ。故郷の畑は既に誰かが継いでいるし、商売なんて素人が手を出したところですぐに失敗して借金を山ほど背負うのがオチだ。仕方なくまだ稼ぐことができる冒険者を嫌でも続けている奴を山ほど知ってるさ」
「そういう奴に声をかければいい。俺の領民になれば土地をくれてやるとね。どうせ敵なら遠慮なく奪えばいいし、平民は非道さえしなきゃ力を見せつければ簡単に靡きますよ。現領主に命懸けで歯向かう骨のある領民がはたしてどれほどいるでしょうかね。そのレンブラントとかいう人が特に慕われているというわけでもないでしょうから、ある程度痛めつけてから慈悲を見せればこっちに転ぶでしょう」
敢えて口にはしなかったが、冒険者を手勢にすることはもうひとつ意味がある。命がけの戦闘を生業としていた彼らは有事の際には有力な戦力となりうるし、それは反抗的な領民の排除にも繋がるだろう。戦争の経験が最近ほぼない今のこの国では命のやり取りをする連中は強い影響力を持つ。特に村程度ではそれは顕著に現れるだろう。新参者でも場の流れを決定付けるほどの力を発揮できるだろう。
かなり冷たい、突き放したような言葉になったが、元々領主と平民の関係なんてこんなものだ。不文律はあるけれど、決して舐められてはいけない存在である事は間違いない。
それに実力主義の冒険者なら頭の方で使える奴もいるにちがいない。
全てをゼロから始めるなら、有能な奴は家臣として取り立てる道もある。麾下の騎士団の旗揚げ時に冒険者上がりが多く混じっていても別におかしくはない。どこもそんなものだろう。
楽しんで頂ければ幸いです。
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