次期領主の憂鬱 4
お待たせしております。
先程はクロイス卿が今の最下層が22層だと言ったが、実際は24層まで攻略が完了している。
24層までの感想としては……ひたすら面倒臭く、忍耐が必要な階層だ。
俺は今までの傾向としてこれが続くと思われる25層までを勝手に”嫌がらせ階層”と命名したくらいに面倒くさい階層が続くのだ。いや本当に思い出すだけでも腹が立つくらい面倒なのだ。
21層はデスハウンドの速さとブラックイーグルがもたらす大量の増援に悩まされた。だが22層は別方向からの面倒臭さが襲い掛かるのだ。
「これは……なるほど、こりゃあ面倒だな」
「なんですかこの白いの? 見た感じは太い蜘蛛の巣みたいですね」
22層の全体に張り巡らされている巨大な白い網のようなものにバーニィが警戒しながら近寄る。
「不用意に触るなよ。この糸、間違いなくデーモンスパイダーの粘糸だ」
「あのデーモンスパイダーですか!?」
クロイス卿の警告を受けたバーニィが慌てて手を引っ込めた。
「これが一番解りやすいかな? よく見ててくれ」
俺は一層のドロップアイテムであるゴブリンソードを白い網の中に突き刺した。
鉄製でかなりの重量があるゴブリンソードが、落ちない。白い網に絡め取られて引き抜くことも出来なくなっている。
「これが粘糸だ。一度くっついたら最後、絡みつかれて取れやしない。ハマると抜け出せなくなるぞ」
問題はここからなんだが……あ、丁度来たな。俺は二人を物陰に隠し、<隠密>を使って壁際に寄った。これで相手からは気付かれないはずだ。
「くそ、キラーマンティスか。しかも粘糸との相性が最高じゃないか。あいつ等だけ糸の影響を受けないとか汚すぎるぞ」
するすると器用に網の上を通ってきた蟷螂型の大型モンスター、キラーマンティスがその鋼鉄のカマを振り下ろすと、目の前のコブリンソードが真っ二つに切断された。恐ろしい切れ味のその鎌は鋼鉄の盾さえも両断する。バーニィが先程手に入れた盾で試そうとしているが、それは後にしてくれ。
「うわ。鉄を両断かよ。身動きが取れない状況でキラーマンティスが来たら詰むな」
死角から放たれた俺の風魔法で頭を刈り取られて塵に帰ってゆく8匹のキラーマンティスを見ながら、クロイス卿は22層の組み合わせがもたらす脅威に戦慄しているようだ。
「ちなみにこれは見えている方の蜘蛛の巣です。問題は下の方にある見えない蜘蛛の巣です」
切断されたコブリンソードの柄を拾い上げ、下にある透明な糸を絡めると、まるで空中に浮いているように見えた。透明でありながら、粘度はさきほどの物よりも上だったりするのだ。
「うわ、マジかよ。ほんとに面倒くせえ! 見えてる奴を避けたら透明な糸に絡め取られるって訳か。そんで、もがいている間にキラーマンティスがやってくると。ちょっと意地が悪すぎないか?」
「難関ダンジョンと思えばこんなものかと。せめてもの救いはカマキリの数が少ないことですね。おそらく蜘蛛の糸を活かして動くには数が多すぎると絡まっちゃうんでしょう」
「それでもキラーマンティスは危険な相手だぜ? 格付けこそBランクだがそれは遠距離攻撃がないからだ。狭いダンジョンで鉢合わせしたら武器防具ごと真っ二つにされるのがオチだ。それでもここを踏破したってことは何か手を考えてあるんだろ?」
「そんな大したもんでもないです。蜘蛛の巣対策は魔法で切り裂くか、何故か中央には不思議なほど巣がないのでそこを通るかですね」
「魔力を大量に消費するか、陣形が崩れる上に明らかに罠が満載であろう中央か。ウィスカのダンジョンのパーティー構成なら前者だろうが、魔力が足らなくなるな。21層からマナポーションは出ないんだっけ? ああ、露骨な妨害型ダンジョンだな」
クロイス卿の言う通り、俺が踏破した24層まではいずれもこのようにこちらの戦力を確実に削ぐような嫌らしい構成になっていた。まだ見ていないが、25層もきっとこのようなものだろう。
だが、俺はそこまで悲観していない。どんな階層も必ず攻略法があったからだ。21層は鳥を最優先に排除して、犬は死中に活路を見出だして接近すれば、ここにいる冒険者たちの力量なら十分に踏破できる。
22層も大量のマナポーションでゴリ押せばかなり安全に探索できる。11層からかなりの数のマナポーションが落ちるのはここで使えと言っているように思えてならない。
「それはお前だからじゃないのか? デーモンスパイダーはダンジョンのような閉鎖空間では糸を使って縦横無尽に動き回る強敵だぞ?」
「そうなんですか? でも、ここでは違う役割を持たされているみたいですよ」
俺が指し示す先には、3匹のデーモンスパイダーがいた。二人は変わらず隠れているが、俺は通路の真ん中に立ったままだ。
俺に気づいていないはずもないが、デーモンスパイダーはこちらを見向きもせず新たな蜘蛛の巣を張り始めたのだ。
「こんな感じで俺より巣の作成を優先するんですよ。攻撃役と補助役が完全に別れているんですかね?」
「ダンジョンで生態が変わるケースはあると聞いていたが……マジか。攻撃を受けても巣の優先かよ! 攻撃し放題じゃないか。どうなってんだ?」
「さあ、本当に生態が違うとしか言えませんね。近寄って剣を振れば流石に反撃するでしょうけど、俺は遠距離主体だからそこまでやってないです」
俺は攻略が楽ならなんでもいいや。
22層では階層主だけ倒して帰ることにした。とてもではないが蜘蛛の巣が張り巡らしてある通路を全て魔法で排除して宝探しするのは労力に見合わない。たとえこういう場所に良いものがあるのが相場とはいえ、今日はやる気はない。
実はこの蜘蛛の巣を掃除するための専用アイテムなのではないかと思う魔導具が24層でかなりの数をドロップするのだが、どのみちあるのが24層では1度はこの層を正面から突破する必要はあるということだ。
階層主はその巨大さから通路よりも部屋にいることが多く、あまり移動しない。階段を探す途中で大抵は見つかるので探す途中で迷う必要はない。
22層の階層主はキラーマンティスだった。だが、遠距離攻撃の手段がない相手では所詮バーニィの相手ではない。取り巻きもろとも逆に斬られて塵に帰ったし、バーニィはキラーマンティスのカマと新たに得た盾で勝負するほど余裕のある戦いだった。ちなみに階層主の攻撃も跳ね返す強力な盾である事がわかった。
そこには帰還石とドロップアイテムである、蟷螂の鎌と複眼と呼ばれる宝石が落ちていた。レアドロップが宝石になる。
そのあとは18層に戻って釣りを楽しんだ。王都の職人に作らせた造りの良い釣り棹を用いた釣りは、他に外敵が存在しないせいか面白いように爆釣だった。
やはり釣りは魚獲りとは違った面白さがある。
そして探索では話せないような話も釣りの時間の間にすることもできるからだ。
「どうです? 少しは気晴らしになりましたか?」
「色々と気を遣ってもらって悪いな。おおいに気分転換になったよ」
「それは何よりです。相当追い詰められた顔してましたからね。クロイス卿ならなんでも笑ってこなしそうな印象がありましたんで驚きましたよ」
俺の言葉にクロイス卿は少しだけ押し黙ったあと、静かに話し出した。
楽しんで頂ければ幸いです。
気付けば100話になっていました。感慨はないですね、なにしろ3年エタらせてた拙作ですので。
むしろストックの厳しさにひいこら言ってますが、一応の区切りという事にはなります。
これも読んでくださる皆様のお陰様でごさいます。
閲覧、ブックマーク、評価感想など、多くの反応をいただけたことによって自分の中で投稿を続ける大きな理由が出来ました。
飽きっぽい自分を繋ぎ止めてくれるのは間違いなく皆様です。
この場を借りて厚く御礼申し上げます。
これからも頑張ってまいりますのでよろしくお願いいたします。




