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第四話 不思議の国と魔法。

 とても強欲な音が長々と響いて、私は目を覚ました。

 どんだけ長く鳴るよ、私の腹。そうかい、そんなにお腹が減ったのかい。しかし空腹を訴えすぎてやしないか。思わず耳も尻尾もしょんぼりと項垂れてしまう。

「すごく元気な腹の虫だね」

 囁かれた言葉に、私は寝ている体を起こした。

「おはよう、ルナ」

 微笑む木崎さんの顔は眩しすぎる! 美人が微笑むと神々しい。私もおはようの意味を込めて一鳴きした。

ちょうど起き上がってお座りしたすぐ横に木崎さんの顔がある状態だったので、寝起きであまり深く考えられなかったからか、私は木崎さんの頬をまじまじと見つめて、綺麗な肌だなあすべすべだろうなあなんて考えていたものだから、触れてみたいという衝動と好奇心のままに行動してしまった。

 ぽふ。

 頬に肉球を置いて痛くない程度にくにくにと押してみる。犬手……じゃなく前足ではあんまりよくわからないけど、肉球から伝わる感触は弾力があった。木崎さんて何歳なのかしら? ひょっとしなくてもけっこう若い? ぼんやりと頬に触れたままあれこれ考えていると、生温い何かを足先に感じる。

「ぎゃわっ!?」

 あまりの出来事に思わず上げた悲鳴。こ、この人……!

 しばらくそうやって彼の頬をふにふにしていた私も悪いけど、何を思ったのか、木崎さんが顔を少しずらすと、私の前足をぱくり、と口にくわえたのだ。あまりの事にしばらく固まっていたら、我に返った時にはぬめぬめとした生温かいものが自身の足裏を這っているではないですか。

 く、くわえるだけじゃ飽き足らず、私の足舐めたああああああああ!

「ルナ、落ち着いて」

 何が落ち着いてよ! 私は素早く自分の足を回収すると、ベッドから下りて部屋の隅で丸くなる。今気付いたけれど、この部屋、ベッドと小さな本棚しかないじゃない。いくらなんでもシンプルすぎないか? でも寝室みたいだからそんなにあれこれないものなの、かな?

 思わずきょろきょろと辺りを見回していると、私の体が浮いた。し、しまった!

「つかまえた。ほら、お腹がすいてるんでしょう? ごはんにしようよ、ルナ」

 ああ。そういえば、お腹の音で目が覚めたんだった。すっかり忘れてました。……そもそも、木崎さんがあんな事しなければ私だって逃げなかったのよ?

 じろり、と半眼になって彼を睨むと、木崎さんも意地の悪い笑みを浮かべる。

「ルナが最初に俺に許可なく触ったんじゃないか。だったら俺だってルナの可愛い足を堪能したっておあいこでしょ?」

「そういう問題じゃないわよっ! こっちは触っただけなのに、木崎さんはくわえて舐めたんじゃないの!」

 わんわん、と吠えて抗議すると、木崎さんは私を抱き上げたまま部屋の扉を開く。

「やりすぎだって言ってるの?」

 木崎さんの言葉に私が頭を縦に振って頷く。木崎さんは同じように笑顔だったけれど、今度は少し困ったように微笑んだ。

「わかったわかった。お詫びにごはんはルナの好きなものにするよ。一緒に選ぼう」

 む。好きなものとな。……そ、そんなに食い意地は張ってないのよ。そのくらいで誠意なんて伝わってこないんだから。

「ルナ、しっぽ揺れてる」

「!」

 くつくつと忍び笑いをもらす木崎さんに、私はしまった! と目を見開く。くそう、人間の時よりも気持ちを隠すのが難しくなったなあ。なんて素直なしっぽちゃんかしら。くすん。

「さて、そうは言っても俺は普段そんなに料理をしないから、申し訳ないけど天音の作り置きから今日は選んでもらうしかないけど」

 リビングのような場所には、キッチンスペースとこれまた端っこに本棚と応接室のようなソファとテーブルのセットしかない。食器類てどこに置いてあるのかな、と思ったけど、キッチンスペースにあった。小さいけれど食器棚らしいそれの中にちらちらとお皿やコップが見える。木枠にガラスが嵌めてある作りなんか、私の世界と変わらないのね。デザインの相違って考えたらほとんどないなあ。違和感なくて安心するけれど、だからこそ余計に魔法の存在が物凄く浮くんだよね。もっとファンタジックな世界ならばこう複雑な感情も抱かなかったのかしら。

ぐるぐると考えていると、木崎さんが黒い縦長で箱状の物の前に立つ。冷蔵庫かしら。一人暮らし用のシンプルなものに、かなり似ている……というかやっぱりまんま同じようなデザインだ。白い物が主流だけれど、黒い冷蔵庫は今の時代、珍しくもないもんなあ。思わず鼻面で匂いをかいでしまう。匂いで確認だなんて、私ちょっと犬っぽいんじゃない?

「魔石がそろそろ切れてしまう頃だったかな……」

 呟いた木崎さんの言葉に耳がぴくりと動く。魔石とな。ひょっとして、ここではそれが電気の代わりなのかな。

 冷蔵庫らしきものを木崎さんが開く。私は興味津々で彼の腕から首を伸ばして中を覗き込んだ。おお、ひんやりした空気。やっぱりこれ、冷蔵庫なのね。

「ルナ、冷蔵庫が珍しい?」

 え、名前も同じなの。びっくり。私は木崎さんを見上げて首を振った。冷蔵庫自体は別に珍しくないです。ただ……。

「ああ、魔石が珍しいの?」

 今度は頷く。冷蔵庫の奥の壁に窪みがある。それは私の世界の冷蔵庫にはないものだ。そこにはめこまれていた石のような物――魔石だっけ――を、木崎さんが取り出した。大きさはちょうどスーパーボールくらいのものだ。……スーパーボールって言って、何歳まで通じるものなのかとふと思った。至極どうでもいい事ではあるけれど。

「うん、ちょっと危なかったね」

 魔石? を眺めた木崎さんの掌から、水色の光が漏れたと思うと、石にどんどんその光が吸収されていく。先ほどまでは濁ってほとんど黒くなっていた魔石は、やがて済んだ青い色の石に変化した。すごーい、バ×スって言ったら何か起きそう! いや、ごめんなさい。

「さて、これでまた一ヶ月くらいは大丈夫かな」

 元ある場所へ魔石を置くと、木崎さんは冷蔵庫の中を漁り出す。

「ルナの故郷には魔石がないのかい? 俺の魔力をあの石に注ぐと、あれがこの箱の中でずっと涼しい風を流してくれるんだ。さっき、ルナに石をあげただろう? まあ、少し違うけど似たようなものかな。でも、魔石食べちゃ駄目だよ」

 似たようなものっていうのがどういう事なんだろう。続きが気になって私はじっと木崎さんの顔を見るけれど、木崎さんは苦笑する。

「とりあえずごはんにしようか」

 ああ、そうでした! あれこれと説明して欲しい事ももちろんあるけれど、知的好奇心を満たす前にまずはごはん! 私は思わず首を縦に何回も振ると、木崎さんは堪えきれないといわんばかりに噴出した。

「ルナ……わざわざ頷かなくても尻尾が高速で揺れてるからごはんが欲しいのはよくわかったよ」

「わふん!?」

 木崎さんの言葉に思わず吠える。言葉としては、ええっ! と発していたのですが、やはり相変わらず吠え声になるのですね。……食い意地はってるのはもう認めるから、ごはん食べたい。

「どれがいい? 確かこっちが煮魚だったかな。その隣は鶏肉のトマト煮込みって言ってたっけ……」

 木崎さんが指をさす先にあるのは、かちこちに固まった調理済みの食材らしきもの。冷凍保存がしてあるらしいそれは、剥き出しで冷蔵庫にしまわれている。普通、器に入れると思うんだけど、直に置いてしまっていいものなのか?

 疑問を抱きつつも、そこを突っ込むとまた説明を聞く事になるので、とりあえず後回しにして、私は鶏肉の方が良いと前足で指し示す。木崎さんはそんな私に頷きつつ微笑むと、食材を手に掴んだ。ってええ!? 直持ちですか! いいのか!

「目には見えないけれどね、食材をこうして冷凍状態に保存する時、魔力の層が周囲を包むんだ。薄い膜みたいなものかな……だから直接触ってるように見えても、そういうわけではないよ」

 あ、私が目を丸くしてるのに気付いてしまいましたか。説明ありがとう、木崎さん。ラップに包まれてる上体と同じだと解釈すればいいのね。考えている間に、お皿に鶏肉の煮込みを冷凍状態のままで木崎さんがのせる。……しかしそれだと、冷蔵庫に入れてなくてもいいんじゃあ?

「その人の能力にもよるけれど、冷蔵庫に保管しておくとこの状態を長く保てるんだ。だから大体はこの状態にしてみんな冷蔵庫に入れているよ」

 なるほど。魔石から流れる一定量の魔法をもらえるから、長く保てるって事なのかしら? しかしさっきから痒いところに手が届くというか、絶妙なタイミングで説明してくれるのね。勘が良すぎて怖い。

 あ。今度は木崎さんがお皿を電子レンジっぽいものに放り込んだ。

「温熱庫も見たことがあるかな?」

 あ、さすがに電子レンジとは言わないか。そうよね、きっと電気がないって事だもんな……。でも形状はやっぱり似ていて、長方形をしたそれがぱかりと開く。あ。取っ手は上にあるんだ。こっちは白い。ターンテーブルらしきものはなく、下部分の中央にやはり石が付いている。色は赤で、先ほどの冷蔵庫とは違いほとんど濁ってはおらず、だからか木崎さんは特に何をするでもなくそのままお皿を温熱庫の中へ入れる。

「これにはけっこう高度な術式が組み込まれていてね。あ、術式ってわかるかい?」

 私はふるふると首を振る。

「うーん……簡単に言うと、ただ風を起こすだけなら子どもでも出来る簡単な魔法なんだけど、その風を一定の強さを保たせたまま一定の場所にずっと吹くようにしたいと思ったら、ただ魔法を行使するだけでは駄目なんだ。それには時間に関与する力と、制御に関与する力が必要だ。それらを反発させないようバランスを保って組み合わせた物が術式。それを生み出すにはたくさんの知識や力、そして大いなる好奇心が必要になる。レシピがわかれば料理を共有出来るように、術式はそれを行使出来るだけの魔力さえあれば誰でも使えるようになる」

 木崎さんの言葉に、ふんふんと頷く。コンピューターを生み出したような人達って事だろうか。私、そっちの知識はからきしだからよくわからないけれど、恐らくそこまで的外れではないのだろう。

「で、これは中に入れた物の温度を感知して、元の状態に戻す術式が組み込まれてるんだよ。ほら、出来上がりの状態と同じになった」

 ほわー。解凍されただけというよりも、お鍋でちゃんと温めましたよって感じの仕上がり! すごいなあ。魔法って便利なのねえ。

「さあルナ。食べようか」

 微笑む木崎さんに鳴いて応えて、私たちはやっと朝食にありつけた。


 ごはんを食べ終えた私に、木崎さんはこの世界の事を色々と教えてくれた。なんだか、講義を受ける生徒のようだ。

「この世界は言うなれば生活の全てが魔法によって成り立っているんだよ。生まれてくる子はすべからく魔力を持ち、それぞれ特性はあるものの、生活に必要な最低限の魔法知識を六年間学校で叩き込まれる。卒業する頃には適正試験というものがあってね、そこから皆、職業を決めていくんだ」

 木崎さんの話では、適正試験の結果は将来を決める上で絶対ではないらしい。あくまでも基準のようなものだそうだ。それでも、適正がゼロであればその職に就きたくともほぼ不可能らしい。そこから物凄く努力をすればなれる人もいるようだけど、それでもやっぱり狭き門なのだそう。私の世界でもそれはまあ、同じだよね。誰もが何某かのプロになれるわけではない。努力だけでは覆せない物というのはあるのだから。

「俺が就職した国立魔法研究所も、様々な適正が必要だよ。課にもよるけれどね」

 木崎さんの話を聞いて知ったのは、彼が日本で言う所の役場に勤務しているという事だった。そしてこの国は王城というものがあるものの、それは国会議事堂のようなものであり、決して専制政治や、身分制度が行使されているのではないのだそう。むしろ、日本よりも上の人間は機能していると言っていいようだ。現代日本で例えればだけれど、王城は基本的に開放されており、市長――みたいな役割の人の事ね――やら知事やらがそれぞれの地域で起きた問題を持って訪れると、たらい回しされる事もなく迅速に議題として取り上げてくれるらしい。もちろん優先順位はあるけれど、小事や大事はきちんと振り分けられて、それぞれの課で問題を取り除く努力をしてくれるんだって。だから、王様にってわけではなくても、自分で解決出来ないなと感じる問題が起きれば、相談窓口のような所に足を運ぶ人が多いのだそうだ。だからか、国民の国に対する信頼は厚く、治安も良好で、貧富の差はないわけではないけれど、一部の富裕層以外はほとんどないんだって。すごいね。

「戦争が起こせないというのも、世界の治安が著しく改善された要因かなあ」

 戦争が……起こせない? 起きないのではなく?

 首を傾げて木崎さんを見つめると、木崎さんは微笑んで、私を抱き上げる。膝に抱っこですか、眠くなってしまいますが。

「実際に見てもらうほうが早いからなあ。そのうち、散歩がてら聖域を見に行こうか」

 せいいき? って、聖域って事かな。それって、何かの象徴みたいなものかしら。この世界の信仰って、どうなっているのかな。

「一気に知識が増えて疲れたろう? 少しおやすみ……ってもう眠そうだね」

 くすくすと笑う木崎さんに背中を撫でられて、私はうっとりと瞼を下ろしていく。ああ、眠い。

 お言葉に甘えて……おやすみなさい。

「君もあの不思議な場所がもたらしたギフトなのかな? ねえ、ルナ」

 目を細めてとても幸せそうに微笑む木崎さんを視界に入れたら眩しすぎて目が潰れていたかもしれないけれど、幸い私は夢の中なので無事でした。ぐう。



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