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焼肉の妖精

作者: 瀬川潮

 久々に焼肉店に行ったのだが、何の気まぐれか今まで頼んだことのない特上国産和牛カルビを頼んだ。炭火焼の店で、味をこだわってみたかったのかもしれない。あるいは、仕事に疲れ、景気減退のせいで働けど働けど豊かにならない生活に疲れ、メタボリックシンドロームに蝕まれるわが身に疲れ、そして時代に疲れていたのかもしれない。

「……まあ、いいか」

 連れの友人はちょっと眉をしかめたが、注文を止める事はしなかった。いつも空気を読み取ってくれる、良い友だ。

 早速運ばれた肉を網に置く。じゅう、と響く音は特上だろうが店名を冠した並カルビだろうが、同じだ。話は逸れるが、肉の序列は特上・上・並の三種類。いつも思うのだが、これは比較対象の表現としていかがなものか。三種類なので、上・並・下でいいのでは?

「アホか」

 連れはそれだけ言ってキムチを食べビールをあおる。アホかはいいが、なぜアホなのかの説明をしようとしない。そういう意味で、この男もアホである。

「下は、仕入れてないだけだろう」

 私の無言の視線の意味を感じ取ったのだろう、連れが言った。……なるほどね。私がアホでした。それはともかく特下ってのはないのかな、アホかそんなもんあるかと、さらに雑談。

 さて。

 そろそろ下の面が焼けたのではないかと箸を伸ばす。肉汁が上の面にぶわっとあふれ、こぼれんばかりになっているのだ。

 と、ここで私は箸を止めた。

 な、なんと。

 特上カルビの上に、小さな妖精のような女の子が立っていたのだ。

 そんなばかなと目をこする。

 が、いる。

 じゅうじゅう焼ける音に乗り、つんとあごを上げて夢見るように目を閉じ、心地よさそうに右に左にステップを刻んでいる。和服を着て、ふわふわ浮かぶ羽衣をまとっている。髪の毛は黒く肌は若干黄色掛かり、開いた目の瞳は黒かった。

「おい」

 連れの顔を見ると、奴は「そういう事もあるんだろう」と面倒くさそうに一言。

「酒が見せる幻覚だよ」

 そう言いながら、ひょいと妖精がいない肉をひっくり返した。

 妖精が上で踊る肉も、いいかげんひっくり返さないと焦げてしまう。私は仕方なく、箸で肉の隅をつまむと、くるりとひっくり返した。妖精はその瞬間、ひょいと浮かんだ。肩にまとった羽衣のせいか滞空時間が長い。やがてまた肉の上に戻った。

 ほほう。

 では、これなら。

 今度は、ひょいと肉を取った。片面が生焼けだろうが、レア好きなので問題ない。

 すると、ふわりと浮かんで別の肉に乗り移った。じゅうじゅう焼ける音に乗って、またも右に左に揺れるようにステップを刻み始める。

 連れがその肉を乱暴に網から上げると、またほかの肉に移った。

 では。

 ひょいひょいひょいと、網にあったすべての肉を取る。

 すると彼女、声はないがぷんすか怒り始めた。

「とっとと次の肉を焼きなさいよ」

 と言っているような気がする。

 仕方ないので、新たに肉を網に乗せた。彼女はうれしそうに、またもじゅうじゅう焼ける肉の上に乗って踊りはじめた。

 世の中不思議な事も、あるものである。


 後日、別の焼肉店に行った時。

「またかよ」

 連れ友人はしかめっ面をして不快感を示した。

 私がまたも特上国産和牛カルビを注文したからだ。別にいいじゃんかよう。こちとら仕事とか生活とかメタボとか、時代に疲れてんだよう。

「ま、いいけどね」

 結局、特に止める事はしない。いつも空気を読んでくれる良い友である。というか、基本的にコイツも旨い肉を味わいたいだけじゃんかよう。

 それはそれとして、早速特上国産和牛カルビを焼く。炭火の上で、じゅうと心地良い音がする。

 すると、この店でも肉の上に妖精が現れた。

「って、あれ」

 私はきょとんとした。

 妖精は妖精なのだが、今度は金髪蒼眼で肌の色は白い。和服ではなくふわふわしたワンピースで、背中には羽がある。ツンとあごを逸らして踊っている。

「そういうこともあるんだろう」

 連れはまったく気にするふうもなく、肉を焼いてはぱくぱく食べる。

 私も負けじと食べた。

 妖精はやっぱり、肉がなくなるとぷんすか怒るのだったが。

 それはともかく、その日も特上国産和牛カルビをおいしく味わったのだった。


 世の中、不思議な事はあるもので。

 それからさらに後日。私はニュースで二店目の焼肉店の醜聞を耳にした。

 どうやら産地偽装をしていたらしい。具体的には、外国産の肉を国産と偽っていたのだそうだ。

 なるほど。

 妖精が洋風だったわけだ。




   おしまい

ふらっと、瀬川です。


「牛の妖精」とともに丑年に年賀小説として書き、自ブログに発表した旧作品です。

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