7話
弟子が出来た。
弟子に直ぐさま追い抜かれそうになっている。
中途半端なプライドが、結果的に俺を訓練へと集中させている。
ケツに火が付いて、だ。
現在二歳も下の子供相手にな。
前世だったら、年長さんだよこの子。
「先生、あそぼ」
本当に、ただの可愛い子供さ。
黒髪は最近俺が梳いてあげている。
身だしなみに気を遣わせてみたら、これまた結構めんこいのさ。
温水で頭を洗って上げたり、かつて村で狩人のおっちゃんから学んだ薬草知識で簡単な整髪料とかも。
売り払って金儲けしたかったけど、この手の薬品は資格を取らねば売ってはいけない。
自分で消費して、残りはご近所にお裾分けがせいぜいだ。
効果だって、ぶっちゃけ気休めだ。
ちょっと身ぎれいにして、この子が女の子だと確信した。
調子に乗って、服まで引っぺがすところだったよ。
幼いとは言え、身内でもない男がやって良い事ではない。
この国は貞操観念がきっちりしてるのだから。
性欲はこの世界に生を受けて以来、湧き上がった覚えも無いけれど。
それに、ガチのペドに欲情はさすがにしない。
あのゲームやそのゲームに登場する人物は、みんな十八歳以上なのだから。
……説得力が落ちた。
しかし親戚の幼児に懐かれて欲情する奴なんざ、そうはいなかろうて。
親御さんにも挨拶した。
木こりの下働きで日銭を稼ぐおじさんは、目元が娘と似た優男だった。
うちの子をよろしく頼むよと、しきりに頭を下げられた。
まあ出来る限りはと、中途半端な回答しか出来なかった。
だってここ最近、弟子がめっちゃはしゃぐ。
最初は、おっかなびっくりな態度だったのになぁ。
俺に心を許してくれているのだろうか。
稽古する時の木刀による打ち込みも、比例して容赦が無くなってきている。
俺は反比例して気が滅入ってくる。
必死で避けて、逃げ回る俺。
必死だ。
もう俺じゃ敵わない、と思ってから更に半月たったが、案外やれてはいる。
弟子に無様な敗北をせずに済んでいる。
時間の問題な気もするけど。
この子、天才なのでは?
将来この子が有名になったら、ワシが育てたとか言っちゃうか?
それならばいっそと、ついでに魔術を教えようと試みた。
弟子は魔術師の才能がそれほどではないようだが。
空間に満ちる精霊をうまく操れない。
だが、俺は魔術による簡単な身体強化を納めている。
大人げないが、これで優位を保ってやろう。
そう思っていられたのは、少しの間。
弟子は、魔力はそこそこあるようで。
武術をある程度納めると、その集中力が精霊との無意識の交信へ繋がる。
トランス状態的なヤツ?
貴族のように幼い頃から魔力の使い方を学ばずとも、一流と括られる武芸者は自然と肉体強化の魔術を得る、らしい。
お屋敷にいた時に、家庭教師のお姉さんが言ってた。
――そして我が弟子は、その領域に一月ちょいで片足を突っ込んでいる。
これもう、十で神童、二十過ぎればナンチャラいうアレじゃない。
モノホンや。
「先生と、おなじだー」
なーんてはしゃぐ弟子を見て、自分の手に負えない弟子だと再度実感。
細やかで有りながら、一挙一動が力強さを増していく。
武芸者としては、きっと天才なのだろう。
基礎を積み重ねて、剣術に適した強い体が出来上がるまで、とてつもなく長い時間が掛かるんだろうけど。
魔力による身体強化だって、俺ほどじゃない。
でも、要所要所でセンスが良いんだ。
村で魔術を学んだという下地があった俺と違って。
鍛錬も遊びと楽しんでいるからか、よく集中できている。
そんな子供に負けないよう、魔術と剣術のコラボレーションを実現せんとする。
最近試しているのは、光と音を操って対象の五感を微妙に惑わすセコい技。
傍目にはあんまり気付かれないように、というのが目標だが、それを立証する第三者がいない事に気付く。
り、りろんはかんぺきのはずだし……。
後遺症とか無いか、一度自分に試してるし。
距離感が狂ったり、知覚に死角が発生したりするし。
――しかし弟子には通用しない。
「先生、またイジワルするー」
ほっぺを膨らませる弟子は可愛い。
でも、五感を狂わせようが足運びに一切の淀みが無い。
恐るべきソルジャーだ。
俺が駄目なんだろうか。
しかし弟子曰く、間合いが遠くなったり狭くなったような、変な感じがするとの事。
「先生が教えてくれたとおりに、ちゃんとやってます」
だとよ。
感覚が狂っても、修練通りに誤差無く体は動かせる。
しかも、妨害の魔術を仕掛ける直前の両者の構えから、相手が次にどう仕掛けてくるか反射的に予測している。
弟子がやっているのは、つまりそういうことだろ?
いや、おかしいって。
素直とか、飲み込みが良いってレベルじゃ無い。
やってらんねー。
俺要らねー。
もう無理。
超無理。
そう言ってやりたいけど、言いにくい。
小心者ですから。
……そして、修練の時間を減らした。
その時間は、お勉強に当てる。
ちょっとした読み書き計算、マナーも。
ぶーぶー言ってた弟子も、教えれば素直に聞く姿勢をとる。
体を動かさなければ、弟子は普通の子供だった。
教えても、なかなか覚えない。
何度も何度も繰り返し教える。
そのもどかしさが、気楽だった。
そう、教育とはコレが普通なのだ。
そして不満げに、弟子は言う。
「勉強なんて、役に立つの?」
はい出ました、不真面目な子の常套句。
役に立つのか?
そうだね、役に立ちゃしないね。
俺も、お屋敷で獲た教養の殆どは生かせないまま忘れ去り、人生を終えるだろう。
意味の無い事でも、嫌な事でも頑張ってやれるかどうか。
勉強ってのは、そんな理不尽への耐性を身につける訓練なのさ。
だと、俺は思ってる。
弟子にそう言い聞かせながら、自覚した。
俺が今弟子にやっているのは――。
つまりは、単なる嫌がらせ?
自分が、嫌な奴になっている。
心がささくれ立ってるんだ。
癒やしが欲しい。
弟子は、もはや癒やしにならない。
なんせ俺の性根が卑しいから、なんつて。
ペットとか?
でも、養う余裕もないし、妙な病気とかも怖いしなぁ。
例えば狂犬病のワクチンなんぞ、この国には無かろうて。
そういうリスクばっかり気になってしまう。
「先生、コレ見てー」
悩んでいた傍から、弟子が小鳥を拾った。
私と小鳥と弟子と。
弟子は剣の才能があるけれど、俺は無能一直線。
みんな違って格差社会のくそったれ。
……パクリ詩を読んだところで、改めて小鳥へ目をやる。
青い羽根が鮮やかな、小鳥だ。
幸運が欲しくなる。
幸運のスターを丸ごと、無限な感じで。
具体的には、貴族のお嬢様を悪漢から助けて、ポッされて護衛として拾われるフラグとか。
刀のせいで無理だろうけれど。
クソ、刀の呪いによる浸食が強まってきやがったぜ……。
本当に脳内の声が喧しくなってきたので、へし折るぞ、小声で脅す。
いや、子供の力じゃ折れないけど、静かになってくれた。
ヘタレだな、呪いの刀。
弟子は、小鳥を優しく両手で包み込むように持ち上げた。
「……この子、助けて上げてください」
小鳥は、体の所々に傷があった。
息はあるようだが、随分弱っている様子だ。
人間の応急処置ならまだしも、鳥はねぇ。
もしも骨とか歪んでいたら、手の施しようが無い。
無理っぽいなぁ
……焼き鳥のヒナとか、食べたくない?
いや、タレが作れないし、やらんけど。
弟子が目をウルウルさせるので、仕方なく治癒促進の魔術を掛ける。
それっぽく詠唱して。
『癒しの光よ、希望を灯せ――施光』
ボンヤリ光る手のひらで、小鳥を撫でる。
普段は詠唱短縮とか、息遣いやイメージ、重心の置き方を駆使する代替儀礼だけれど。
通常詠唱が一番効果あるし、ちゃんと治してますよアピールだ。
冬場に水仕事する時は便利だった、この魔術。
その程度なんだけど、体が小さいし大丈夫かな、きっと。
むしろ過剰な細胞増殖でボコォ、パァンとか弾ける心配が……。
嫌な想像をした。
怖いので、数日に分けて治療する。
鳥の雰囲気から、危ない領域は脱しただろうし。
さっきまでプルプルしてた。
弟子が、張り切って面倒見ると言っている。
そこら中の石をひっくり返し、大量の虫を餌として捕獲したくらいだ。
固形物をドカ食いさせたら内蔵にダメージ行きそうだったから、石ですり潰してペースト状にしてやった。
そして数日後。
なんということでしょう。
あんなにも弱々しかった小鳥さんが羽ばたいて舞っています。
弟子から逃げ出す様子も無く、傍を飛び回っているのです。
その羽はメラメラと蒼く燃えさかり、その爪には自分より大きな角兎を捕らえて放しません。
――コイツ魔物だ。
魔物とは、魔力を放つ生物の事である。
魔法とか使えなくても、体を守ったりする力を発生させる。
あの炎で、空を飛ぶ補助をしているのか。
兎を捕らえる小鳥にツッコミは無いのとか、お前の動物への博愛精神って何処から何処まで適用されるのとか、弟子にもの申したい事は山ほどあります。
コレはコレと割り切っているのか、弟子は小鳥の捕らえた兎を食べたいと俺に差し出してきました。
へいへーい。
兎の大半は弟子の親御さんへのお土産に、残りは二人と一羽でおやつとして。
魔術で薬草共々あぶった肉に、むしゃぶりつく。
小鳥も猛禽っぷりを垣間見せ、クチバシでつついている。
……拾った動物が魔物とか、弟子が順調に主人公ポジショニングな今日この頃。
鳥を治したし、もうしばらくは弟子の尊敬も維持できるだろう。
そう安堵していた日の晩の事でした。
夕食の時、薄いスープを下品にすすりながら、同居人は唐突に告げました。
「明日はダンジョンに行く。付き合え」
……そろそろステータス制導入かな?
つづくかもわからん