2話
訪ねてきた人は、この地方を治める辺境伯様に仕える騎士だとか。
俺を迎えにきたと、そう言った。
鎧とかは着てないけど、腰に剣は帯びていた。
栗色の髪は短く刈られてて、体格はゴツイし、ちょっとゴリラ。
失礼ながら、そんな印象を抱いた。
それでも顔の造形は整っている、っぽい。
身なりはこんな田舎じゃまず見ないくらいには良い物だ。
シャツも上着も、きめの細かい上等な布地だ。
何となく、落ち着いてて育ちも良さそうな感じ。
そんな人がどうして俺に跪くのか、ぶっちゃけ逆だろうよおいおい。
慌てて跪こうとしたところ、なんか押しとどめられた。
話があるそうなので、びびりながら招き入れた。
居間の席に着かせ、茶葉が切れていたので自分用にブレンドした薬草茶を作る。
安く手軽にお茶を楽しもうと、安価な薬草を適当に数種類栽培して、乾燥させ適当に混ぜた物だ。
そのままだと味が薄いので、魔術を駆使して高圧掛けての成分抽出も最近会得していた。
この辺で常飲されるお茶――変な草で嵩増してる――でこれやると、かなりのゲロマズだが。
ちなみに、お湯はくみ置きの水を魔術で高熱の場に通して瞬間湯沸かし。
庶民の物がお口に合うか分かりませんが、と前置きして恐る恐る差し出した。
黒っぽいカップは、うろ覚えで作った上薬っぽいの塗って焼いた手製の陶器だ。
ゴリラさんは、なぜか恐る恐る口に含んでから、少ししてニカっと笑った。
「……なかなかのものですな」
おせじだろうが、どうもと頭を下げる。
そして本題に入る。
俺は、辺境泊――くらいのポジションと訳せば適当だと俺は認識している――の、弟の子供らしい。
父は俺が生まれる前に、鬼籍に入ったとの事。
ゴリさんは、俺の伯父の部下に当たるわけだ。
父の家は、東に隣接する帝国との国境を守り、北と南からやってくる蛮族やら魔物やらとの戦いにも参加する、武勇を誉れとする貴族らしい。
聞くだに俺とは肌が合わなさそうだ。
母は、そこに仕える侍女の一人だったとか。
俺の存在は、母が亡くなる前に手紙をしたためて、知り合いに送ったらしい。
そして、その知り合い経由で知ったゴリさんが伯爵様に報告したとか。
実は貴族の血を引いているだなんて、これはもう転生系主人公の王道っすねー!
――などと浮かれる事は出来なかった。
むしろ、いやーな予感がばりばりだ。
そりゃ、ついて行けば少なくとも食うには困らないだろう。
多分、きっと。
もしかすれば、まともな教育も受けて、ちゃんとした仕事にありつけるかもしれない。
けれど、庶子だ。
卑しい血のくせに――とか、貴族社会の方々からいびられまくったりするに違いない。
つか、迎えにきたとは言うが、俺の処遇に関しては触れられていないじゃないか。
いやそもそも、俺が本当に貴族様の血なんぞ引いているのか?
甘言で子供をだまして、変なところに売り飛ばすんじゃねーのか?
例えば、人がどんどん死ぬような過酷な労働場所とか。
……その方が現実味ある気がしてきた。
なので、幾重ものオブラートに包んで断ろうとした。
私の様な者に高貴な方の血が流れているなど、きっと何かの間違いでは?
――そんな感じの事を、丁寧にへりくだって告げた。
「いいや、貴方は間違いなく弟君の子息です」
断言された。
知らぬよそんなん。
DNA鑑定書出せ、ってあるわけ無いけど。
「血縁の鑑定屋に申請を出すまでも無い」
……あるんですか。
「貴方は、あの方に瓜二つだ」
通りで、母に似てなかった筈ですわ。
「銀に瞬く御髪と、左右の瞳がそれぞれ宿す青と赤の光は精霊に愛された証です。そして――」
今、なんかコケにされてる気がしてならない。
いろんな人に、噛ませ臭いとか言われている筈だ。
言い訳させてもらえるなら、精霊が見えないパンピーには鳶色ですから、はい。
と、羞恥で動揺し、現実逃避のメタネタに走ってしまうのだ。
「よく見れば、細やかな仕草の一つ一つが、あの方を思い起こさせる」
――血は争えませんな。
豪快に笑うゴリさんとは裏腹に、俺の頭は冷えていった。
……違う。
それはきっと、母が俺にそうするよう強いたからだ。
母が俺に、どうした意図で父の模倣をさせたのか。
代わりを求めた、というのは穿ちすぎな考えでも無いだろう。
ゴリさんに好印象だし、結果的に良しとすれば良いのか。
――悪いようにはいたしませぬゆえ、お屋形様へのお目通りを。
拒否できる雰囲気では無い。
この人が貴族なのは、家の外でヒソヒソする人たちの会話で聞き取れる断片から考えれば事実なのだろう。
貴族の身分証がどうたら言ってた。
村に迷惑がかかれば、どのみち居づらくなる事は必至だ。
お世話になります。
そう頭を下げて、馬車でドナドナされる事となった。
屋根付きの、なかなか見ない立派な馬車だ。
引く馬も、この辺じゃ滅多に見ないご立派な筋肉質。
芦毛ってのが貴族っぽくていいね。
ベロベロ舐められ、トラウマになりかけたが。
「こやつが初見の人間にそこまで懐くのは、初めて目にしました」
知らんがな。
ゴリさん曰く、昔は結構な暴れ馬でって、そんなんで迎えに来るなよ。
あああ、獣くさい。
この世界のおける魔術とは、精霊と人との契約だ。
詠唱や精霊の配列は、契約に基づく申請であり、発生する現象はその結果に過ぎない。
遙か太古、神が記した魔の法に則り、古の大賢者が法の力を借りるための式を編み出した。
魔の王率いる人外の軍勢と戦うために、神は精霊と人との間に交わされる契約の場に立ち会い、これを永遠不変の物とした。
――などと言われているらしいが、そう教える偏屈じーさんの授業は魔物も使うとか矛盾ぶっこくし信憑性に薄い。
人間が一番魔術を発達させているとか言うが、精霊に注ぐ契約の対価――すなわち魔力が他の種族よりも少ないから工夫してるだけだろ。
そんなこと言えば怒られるだろうから、じーさんの授業では素直に頷いたが。
つまり人間っていいね、と覚えておけば良いだけだろう。
自分の種族を賛美するのは当然だと、他人事のように思ってしまうのは中二病だからなのかなぁ。
と、知識を脳内で反芻しながら魔術の基礎練習。
精霊を並べて陣を編み上げる。
これがどうやら三次元以外の方向にも並べなくてはならないようで。
そういった感覚をつかむ、つまり高次元に意識を置く事が出来るか否かが、魔術師の前提条件だ。
思うだけで並べ替えが出来るのだが、ついつい指先が踊ってしまう。
これがまた、パズルみたいで時間つぶしに良いんだわ。
馬車でゴリさんの隣に座っているが、どうも気まずいくて、別のことに意識をやってしまう。
時折こちらに話を振ってくれるが、当たり障りの無いことだけ返して、すぐ会話が止まる。
会話を発展させられない、典型的なコミュ障である。
事務的な会話なら、すらすら出来るんだが……。
貴族って、おべんちゃら使って人付き合いやらも器用にこなさなくちゃならないイメージだが、俺にやっていけるのか?
そもそも俺がまともな貴族として認知されるかも解らない状況で無駄に頭抱えたりしていると、急に馬車が止まった。
……行く先に、倒れている人発見。
馬がいななきつつ踏んじゃおうか、みたいな雰囲気を醸し出しているが、ゴリさんがドウドウと手綱を引いて抑える。
倒れているのは皮鎧なんか着た、でも荒事似合わなさそうな、こざっぱりした容姿のお兄さん。
水がほしいとか、唸っていた。
ゴリさんはその人の顔を見て、苦い顔をしていた。
「顔見知りです。ここで捨て置くのもばつが悪い」
知り合いの冒険者らしい。
……冒険者?
その単語を聞くだけで、これぞ異世界って感じがしてくる。
実態は、浮浪者に危険性の高い仕事を割り振って治安悪化を防いだり口減らしを兼ねている派遣を言い換えたようなブラック職だけど、ワクワクするね。
……いやまあ、解るんだよ、その辺が大人たちの会話からうかがえて。
だから、冒険者って響きが良くとも、実際になろうとは微塵も思わない。
本当はS級並の実力なのに、面倒ごとに巻き込まれたくないってB級かC級で甘んじているとか、A級あたりの美少女助けてコッソリフラグたてるとか、超憧れるけど。
ゴリさんは行き倒れさんを乱暴に馬車に放り込んだあと、吸い口の着いた水袋を渡す。
ものすごい勢いで水が飲み干されていく。
「あざーっす」
先ほどまでの衰弱ぶりが、まるで嘘のような調子の軽さだった。
ゴリさんに旦那マジパネェとかまくし立てている。
冒険者ってか、チャラ男じゃね只の。
ゴリさんは中身無いことぶちまけられているが、涼しい顔で流している。
ふーん、ふーんって感じで。
まあ、手持ちの水をこぼした言い訳とかどうでもいいよ。
賢者と言われた魔術師に会いに行くとかも言ってたが、居心地悪いのでどうでも良かった。
さっさと先進みましょうよ。
「んで、あんたは何なんだい坊ちゃん?」
こっちに意識が向けられた。
放っといて放っといて。
スルーしたかったけど、旦那の隠し子っすかパネェパネェとかウザイんで、スルーしきれなかった。
俺の両親が亡くなって、父が生前にゴリさんと縁が会って引取先を面倒見てくれる事となったと、嘘では無いがぼかしの入った説明でお茶を濁す。
「旦那が、わざわざ直々にねぇ」
――余計なこと言ってもうたかもしれん。
ゴリさんは騎士階級とか言っていたが、俺が思う以上に貴族と庶民の壁は高いのか?
騎士階級って下っ端なイメージだったが。
専門学校行けばなれる的な先入観があったんだが。
この世界では就職率120%とはいかないのか。
チャラ男は思わせぶりに薄笑いを浮かべた後、俺らが向かう方とは逆へ走り去っていった。
俺の村の方に、賢者がいるのか?
更に向こうの開拓村かもしれんが。
開拓は半端で止まってるらしいが、開拓村だ。
そして気まずい空気のまま、馬車は再び動き出す。
ゴリさんの小さく舌打ちする音が聞こえて、居心地の悪い旅路だった。
道中で雑用を買って出ても、何もさせてもらえないのがまた心苦しかった。
二日掛かって、大きな町に出る。
煉瓦の町並みは、いつかテレビで見た古い西洋的町並みを連想させた。
町に近づいたあたりから、街道も石畳とグレードアップしているし。
村は木造建築ばっかだってのに、儲かってまんなぁ。
この辺を納める男爵様がいる町らしい。
ここで会館を間借りして、視察中らしいの辺境伯様とのご対面と相成った。
通された部屋では、豪奢な卓に着いたダンディなおじさまがいて、じろじろ俺を睥睨した。
俺と若干似ているかもしれない。
先入観のせいかね。
とりあえず跪いたが、顔を上げるように言われた。
おじさまと目が合ったが、なんか怖い。
目をそらすとなんか言われそうで、そのままフリーズしていた。
自分の肩に力が入るのが解った。
「――よろしい」
何がよろしいのかさっぱり解らないが、俺の処遇は決まったらしい。
淡々と渋い声は、有無を言わさぬ圧力を持っていた。
そもそも逆らう気力など微塵も無いが。
その後言われた内容を要約すると、俺は正式に辺境伯家の一員として認知されることはないようだ。
継承権とか、そういった物は一切与えられない。
養子よりも下の扱い、のような物だろうか、貴族に準ずる者としての戸籍登録はしてくれるらしい。
伯爵家預かりの下、ある程度の教育を受け軍役の義務を課せられるとのこと。
大過なく義務をこなしていれば、貴族の一員として家に仕える事を許そうと、そう言われた。
凄い上から目線であるが、話だけ聞くとかなり上等な待遇では無いかと思われた。
軍役ってのがいやだけど。
きっと、一兵卒として鬼軍曹にウジ虫とか罵られたりするんだ。
俺なんて既にウジ虫以下の気がするからワンランクアップだ、やったね。
……嫌だ、怖い、鬱だ。
いかにも体育会系的な、怒鳴られまくりのイメージしか無いじゃないか。
俺なんて、しかられたらその日の晩まで引きずる方だからね?
だからって同じようなミスをしないだとか、そんなお利口な方でも無いからね?
「最後に、一つ発言を許そう」
おじさまにそう言われて、我に返った。
え、なにそれ?
面接で、最後に言うことありますかみたいな無茶ぶり。
いや、まんまそれ?
ここで何もありませんだとか言ったら、かなりポイント低いぞおい。
うーんと……質問でお茶を濁すとしよう。
御社に関心がありますよ、みたいな。
これもポイント高くは無いだろうが。
とりあえず思いついたことを言ってみた。
「父の事を、教えてください」
――今更だ。
凄い今更な質問だ。
言って直ぐに後悔した。
ゴリさんに幾らでも聞く機会あったやんけ。
おじさまも俺の今更な質問に面食らった顔をしていた。
ややあって重々しい口調でこぼした。
「あやつは、ただの愚か者よ」
哀愁の漂う様はダンディだった。
憂いを帯びた表情が俺を眺めるばかりで、父に関しては分からず終いだった。
「いずれ語らう機会を設けよう」
最後にそう言われ、俺は退室を促された。
後にゴリさんから聞いたが、父は劣勢の戦場にて率いた部隊の殿を務めて逝ったらしい。
自ら、僅かな手勢と共に。
その中には、若かりし日の自分も居たと、ゴリさんは言っていた。
「一人おめおめ生き延びた恥とはいえ、貴方には真っ先に告げるべきでした」
お父上は、貴方の誇るべき御方です。
そう付け加えられたが、どうでも良かった。
顔も知らない父は、こんな俺を決して誇りに思いはしないだろう。
そして、俺はゴリさんにまた馬車で運ばれる。
辺境伯のお屋敷に住み込み、家庭教師で最低限の教養を身につけた後、学校へ通うのだと言われた。
そしてそこで、出会いがある。
「お前を僕の子分にしてやろう」
お屋敷の一角、俺が住まう事となった離れの小屋は、彼の遊び場の一つだったらしい。
爛々と輝いた、自信に満ちた茶色い瞳。
整った顔立ちは、高慢な所作を嫌みに感じさせない。
反対に、所在なさげに視線を彷徨わせる隣の少女は、儚げな美しさがあった。
――辺境伯のご子息と、ご息女だった。
続くかもわからん
基本的に、固有名詞は出さない方向で行きます。