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11話

【老賢者の決意】

 少年が、一人の騎士と共に村を去ってから、数日が経った。

 その、寂寥感の漂い始めた開拓村に、一人の青年が訪れた。軽薄そうな笑みを浮かべた、こざっぱりとした容姿の冒険者。かつて、少年が騎士と街道を進むさなかに出会った、あの男である。

 彼の目的は、村はずれに隠棲する老人――かつて彼が師と仰いだ賢者を訪ねることだった。


「師よ、お久しゅうございます。この通り、冒険者稼業も板につきまして……」


 青年のもったいぶった挨拶を、賢者は皺だらけの手で遮った。


「本題を言え。お主が儂に会いに来るなど、碌な用ではあるまい」


「はは、手厳しい。ですが、その通り。これは、冒険者として受けた依頼なのです」


 青年は居住まいを正し、真剣な眼差しで告げた。王都にある高等魔術学府へ、師に戻ってきてほしいのだ、と。

 かつて、王国の魔術研究を牽引したその学び舎は、今や政治的な駆け引きが優先され、腐敗しきっていた。賢者は、誰よりも真理に近いと称されながらも、その政争に敗れ、飼い殺し同然の扱いを受けた末に学府を去った。青年もまた、その現状を嫌い、自由な冒険者の道を選んだのだ。


 だが、近頃になって風向きが変わった。学府の実質的な権力者であった伯爵が病に倒れたのを機に、国の魔術研究の停滞を憂う王家が、改革に乗り出そうとしていた。その象徴として、新たな学府の代表に白羽の矢が立ったのが、賢者その人だった。捜索と説得を任されたのが、かつての教え子である青年というわけだ。


「師よ。私も、王国で一番であったはずの学び舎が腐り果てていくことに、歯がゆい思いをしておりました。今こそ、かの場所に本来の役割を取り戻すべく、お力をお貸しいただきたいのです。かつて、他国に比して優位を保っていた魔術の発展速度は、ここ数年、見る影もありません」


 青年の熱のこもった言葉に、しかし賢者は興味なさげにこう返した。


「――あちらの事情にはすっかり疎くなっていてな。それより、ほれ、魔術の修練用幻想術式や、術式へ紛れ込ませて観測欺瞞に用いる混合疑似式の研究は、どの程度進んだ?」


 青年は、苦み走った顔で答えるしかなかった。


「……研究発表の内容を知人に聞きましたが、師が残した研究資料や覚書の内容を、さも自分たちの功績であるかのように小出しに読み上げているだけだったと……」


 その答えに、賢者は呆けた顔で、がらんとした小屋の天井を仰いだ。


「ああ……そうか。やはり、捧げられるものが少なすぎる」


 青年は、師が放った意味不明な言葉に首を傾げた。その視線に気づいた賢者は、どこか虚ろな眼差しを青年に向ける。


「なあ、本当に、真理への階(きざはし)を進むべき、素晴らしい御方がおられるのだ。どうすれば、儂はその方の礎(いしずえ)となり得るのだろうか。……小石のような儂では、まるで足りぬのだ」


 老人の瞳に宿る、常軌を逸した念。おそらくは崇敬にも似た執着。青年は気圧された。


 ――だが、ここが正念場だ


 そう悟り、声を振り絞る。


「――積み上げるしかないでしょう。一つ一つ、石垣を築くように。様々な分野の碩学たる者を再び育て、集めれば良い。それらを結集し、見比べ、統合する方がいれば、それは成るはずです。そして、それが出来るのは、この国広しといえど、貴方をおいて他におりません!」


 青年の言葉を、賢者は咀嚼するように、長い沈黙に浸った。


「うむ、うむ……」


 やがて、その口から、決意の滲む呟きが漏れる。


「……急がねばな。やがて、あの方とまみえた時に、少しでも多くを築き上げられているように――」


 その日、賢者と青年は、静かに村を後にした。


 ――――。

 あの少年のことを思い返さない日はない。あまりに凄まじい成長速度を目の当たりにし、老爺の内には畏敬、いや、崇拝の念すら芽生えていたのだ。自分の養子にとも考えたが、あの才能を正しく導ける自信がなかった。それでもせめて、彼が将来学ぶであろう魔術の道を、自分が切り拓いておく。学府の代表という地位は、その目的のために利用できる、またとない好機だった。


【同居人が見た“器”の横顔】

 千人斬りに魅入られた子供は、奇妙な奴だった。

 あれだけの力を持ちながら、まるで自分には価値がないとでも言うように、いつも俯いている。

 だが、今思えば、あの卑屈さこそが異常の証だったのかもしれない。


 そもそも、あの剣はただの呪われた剣ではない。魂を喰らい、転生を繰り返すことで己を変化させ続ける、生きた武具だ。そして、このダンジョンこそが、奴の揺り籠であり、鍛冶場そのもの。担い手は狂気に呑まれ、力を求めた果てにダンジョンを目指す。そして、その奥で担い手の魂と命を糧に、奴は生まれ変わる。


 “千人斬り”は、そうして幾度となく転生を繰り返した果てに生まれた、一つの到達点だった。


 男の一族は、代々この仕組みを研究し、やがて封印することに成功する。だが、先代がしくじった。力を求める高位貴族に唆され、封印されていた剣は持ち出され、多くの血を吸った。王都を巻き込む大事件となり、先代辺境伯の尽力で何とか再封印にこぎつけたが、責任を問われた一族は没落した。


 その千人斬りが、なぜ再び封印を破ったのか。おそらくこうだ。アレは、更なる転生に行き詰まっていた。しかし見つけてしまったのだ。停滞を打ち破るに足る糧を。


 調査して分かったが、あの少年の魂の在り方は異常だった。千人斬りは、間違いなくその魂に根付いている。それなのに、平然としている矛盾。一つの器に二つの魂を宿しているような異質さ。千人斬りは、こいつを丸ごと喰らって至高の存在へ至るため、再び世に現れたのだ。


 だから、男は少年を引き連れてここに来た。その精神が完全に喰われる前に、奴がこの場所で転生する瞬間を狙う。そして、一族の研究の全てを注ぎ込んだ儀式で転生を妨害する。それが、男に課せられた役目のはずだった。


 ――そして、結論を言えば、それは失敗したはずだった。



【彼が忘れた一幕】

 気づけば、俺は荒野に立っていた。

 赤錆びた大地がどこまでも続き、空には紫色の雲が渦を巻いている。ここはどこだ。俺は、同居人と一緒に、ダンジョンにいたはずじゃ……。


「ねえ」


 不意に、背後から声をかけられた。

 振り返ると、そこに少年が立っていた。俺とそう変わらない背格好。銀に瞬く髪と、片方が青く、もう片方が赤い不思議な瞳。

 なぜだろう。初めて見るはずなのに、どこか懐かしい気がした。


「行かなくちゃいけない場所があるんだ。この先にある祭壇に」


 少年は、少し申し訳なさそうに言った。


「お願い。途中まででいいから、一緒に行ってくれないかな?」


 断る理由は、思いつかなかった。俺たちは並んで、何もない荒野を歩き始めた。


「ねえ、君はどうして、自分のことをそんなに悪く言うの?」


 唐突に、少年が澄んだ声で尋ねてきた。


「……事実だからだ。前世でもパッとしなかったし、今世でもこのザマだ。母親には疎まれ、貴族の家に引き取られても、結局は厄介者扱い」


 自嘲気味に言うと、少年は悲しそうに首を横に振った。


「そんなことないよ。お母さんはね、君がお父さんにそっくりだから、どうしたらいいか分からなかっただけなんだ。本当はね、誰よりも君のこと、心配してたんだよ」


「……なんで、君がそんなことを」


「辺境伯のおじさんも、教えてくれたお姉さんも、君がすごすぎて、びっくりしてたんだよ。弟子の子もね、君が大好きで一生懸命なんだ。もっと構ってあげてよ」


 少年の言葉は、俺の知らない『本当』を優しく紡いでいく。まるで、ずっと隣で俺の心の中を覗いていたかのように。


「……君は、一体、誰なんだ?」


 俺の問いに、少年は答えなかった。ただ、前方を指さす。

 地平線の先に、巨大な何かが見えた。石をうずたかく積み上げた、歪な祭壇。その頂には、黒く、ぽっかりと空間が口を開けていた。まるで、夜そのものを切り取ったような、絶対的な虚無の孔。


「僕が行くのは、あそこ」


 少年は、寂しそうに笑った。

 祭壇にたどり着いた瞬間、その黒い孔が脈動し、凄まじい引力で周囲の空気を吸い込み始めた。そして、その引力は、俺の隣にいる少年を捉えた。

 少年の体が、ふわりと宙に浮く。


「おいっ!」


 俺は咄嗟にその腕を掴もうとした。その指先が、少年の銀髪に触れた瞬間――すべてを、理解した。

 脳裏に、この世界に生まれ落ちた時の記憶が、閃光のように蘇る。


『正しき心を持つ者よ。貴方こそ、その美しき器にふさわしい』


 誰かの声を、思い出した。

 誰の声かを今、気づくに至った。


『受け取りなさい、受け入れなさい、運命を』


 それは精霊達の声なき思惟。俺の感性が、言葉のように汲み上げた祝福の囁き。

 精霊たちはいずこからかやってきた俺の魂を愛し、この世界で生きていくために、最もふさわしい、最も美しい器を与えてくれたのだ。

 それが――目の前にいる、この少年の肉体だった。


 千人斬りが求めていたのは、その純粋で強靭な魂だったんだ。


「ダメだっ! 行くな!」


 孔に吸い寄せられていく少年の腕を、俺は必死で掴んだ。


「生贄になるなら、俺の方だろ! この体は、元々君のものだったんだ! 俺が、君から奪ったんだ!」


 そうだ。俺は侵略者で、異物だった。彼の人生を、体を、才能を、知らず知らずのうちに奪い続けてきた。その彼が、更なる理不尽に飲み込まれていく。そんなこと、あっていいはずがない。


『でも、君がいてくれて、楽しかったよ』


 その瞬間、俺たちの体に、凄まじい亀裂が走った。

 世界が、真っ二つに裂けるような、絶叫と喪失感。

 意識が、遠のいていく――。


「――おい、起きろ! しっかりしろ!」


 体を揺さぶられ、俺はうっすらと目を開けた。

 薄暗い洞窟。松明の光が、同居人の険しい顔を照らしている。

 ……そうだ、俺はダンジョンの奥に。


「……記憶は?」


 記憶? どこからだ? 途切れ途切れで、よく思い出せない。


「自分の名前は言えるか?」


「……ああ」


 俺は、今世で与えられた名前を口にした。

 その時、ふと、脳裏をよぎる。


 ――俺は、どっちなんだ?


 だが、その疑問が何を意味するのか、俺自身にも分からなかった。何か、とても大切なことを忘れてしまったような、胸にぽっかりと穴が開いたような感覚。それさえも、すぐに薄れていく。


『ありがとう』


 万感のこもった一言が、なぜだか胸の内から湧いてきた。

 傍らには、一振りのナイフが転がっていた。黒檀の柄に、鈍く光る短い刃。あの刀とは似ても似つかない、ただの粗末なナイフだ。


 俺は、そのナイフをぼんやりと見つめていた。


 ――――。

 転生は、成功のはずだった。

 しかし取り込めたのは、不完全な魂の欠片が二つ。

 担い手の肉体にも、同様に欠けた二つの魂が残存している。

 不可解な事象、最適化の終了までにかかる時間は――。


続くかもわからん

 胸郭出口症候群による慢性的な手指の重だるさにより、執筆のモチベがまるで上がりませんでした。底辺WEB作家なのでちっぽけなプライドは捨て、これからはAIとかも躊躇なく使っていこうと思います。今回、Geminiとかで出力した文章に加筆修正しております。ただし、いっぺんに長文を書かせようとすると、わりかし初期に入力した設定を忘れるようなので、ご使用をお考えの際はご注意を。

 実験作として、AIにて以下の短編も作ってみたのでよかったらどうぞ。


・悪の令嬢と婚約破棄したい〜俺の婚約者がガチの外道だったなんて〜

 ttps://ncode.syosetu.com/n5514ko/

 悪役令嬢?が単にガチの悪逆非道な、婚約破棄もの。

 そして彼女は、異国の皇子と結婚して幸せになります。

 不条理ブラックコメディー。


・大往生間際に前世の記憶を思い出した転生者〜現代知識でチートしたかったけどもう遅い〜

 ttps://ncode.syosetu.com/n6739ko/

 死ぬ間際に前世の記憶を思い出し、転生者ムーブができないまま死にゆく男の走馬灯的な短編。

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