◆◆ 8日目 ◆◆
シスとふたりでヴァンフォーレストのクエストを進めていると(イオリオとルビアはギルドで魔術のお勉強中です)、ライエルンが新たなクエストを発行してきました。
それはこれまでに受けてきたチュートリアルの流れを汲む、いわば最終試験のようなもので。
『草原を南東に進むと、オークの隠れ家的洞窟があるんだけどー、
やつらが辺りの村を荒らしまくってて、ちょーめーわく!
そこで貴様たちには、オークの親玉をぶっ殺してきてほしいんだよねー。
メーッチャ危険な任務だってのはわかっているけど、
これができたら執政院の人に認められるしちょーハッピーみたいなー?
よろよろー☆(意訳)』
女子高生風おヒゲさん。マジ鬱陶しい(自分でやっておいて!)
しかしともあれ。沸き立つ心は抑えきれない。
「ダンジョン攻略だ!」
両手を突き上げ、黒髪の青年シスくんも叫ぶ。
「ボス退治だー!!」
「明日にしよう」
今にも飛び出しそうなわたしとシスを制止して、イオリオは冷静に言い放った。
「遠出となると、一日準備が必要だ。野営することもあるかもしれない。
万全を整えて出発しよう」
なんというお手本のようなメガネキャラ……
憎たらし……いやいや、頼りになる!
「なんだよー! お前は我慢できるのかよー!」
騒ぐシス。
まるで駄々っ子である。
イオリオが咳払い。
「僕だって今すぐに冒険に行きたい気持ちさ。
でも、洞窟で力尽きたら、リスポーン(復活)地点はこの都だ。
再合流するのは難しいだろう。
そんなことになったら、クエスト攻略は次回に持ち越しだぞ?」
諭す姿はまるでお兄ちゃんである。
理路整然と告げられ、シスは納得したようだ。
「そうだね……イオリオの言う通りだ。
はぁ。まったく、お前にはかなわないよ」
小さなため息。
イオリオは首を振る。
「暴走しそうになった君を止めるのが、僕の役目だからな。
正直、損をしていると感じことも多々あるんだが」
シスが笑う。
「いつも助かってるって。頼りにしているよ相棒」
お、おお……男の友情……!
握手とかしているよこの子たち! 素敵!
わたしはルビアに微笑みかける。
「ルビアも不安だろうけど、心配しないでいいよ。わたしが守ってあげるから」
こっちは女の友情を見せてやろうぜ。
「はぁぁぁ~?」
すっごい目で睨まれた。
「なにを言っているんですかぁ? “あたしが”先輩を守ってあげますよ」
胸に手を当てて、貴族のワガママ令嬢みたいな顔をされる。
「先輩は、あたしのためにせいぜいダメージを受けて、回復魔術スキル上げの礎となってくださいねぇ~」
こ、こいつぅ。自信が変な方向にネジ曲がってやがる!
「ちょっとぐらい魔術が使えるようになったからって、チョーシ乗らないでよねぇ!?」
「うふふ、前衛さんはあたしの魔術がないと生きてけないんですもんねぇ? うふふ」
バチバチと火花が飛び散る。
それを見て、イオリオが一言。
「これが女同士の友情か……」
そうじゃない。
そうじゃないんだよ……
さてここらで、説明入りまーす。
退屈? じゃあ今すぐブラウザ閉じろよぉ!(泣)
プレイヤーがアイテムを売買するためには、NPC売り、あるいは手売りの他に、もうひとつシステムがありまして。
場所代と売り子さんの雇用代を支払うと、特定のエリアでお店を開くことができるのです。
人、これを【昼夢市】と呼ぶ!
今のところ、イオリオだけが雇っている模様です。
わたしたちは彼に集めた素材を渡して、まとめて売り払ってもらっている感じ。
で、きょうはルビアが新たに売り子さんを雇おうとしているので、手続きをしにふたりで行政区にやってきたわけです。
「バッグが余っちゃって余っちゃってー」
海外旅行三昧のセレブ主婦のようなことを言う。
全員分のバッグを作ってもなお、彼女の革細工への情熱は収まらなかったようだ。
「あといくつ残っているの?」
「えーとぉ、9つですねぇ」
ずいぶん成功率あがったのねえ。
ルビアは受付の人と話しながら、メニューを操作している。
後ろから覗きこむと、どうやらお店(と言っても露天だけど)と売り子の外見をセレクトしているようだ。
「へー、色々種類あるのねー。あら、女の子も可愛いじゃない」
半眼を向けられた。
「勝手に見ないでくださぁい。プライバシーの侵害ですよぉ」
厳しいじゃないか。
「それに、あたしひとりで平気だって言ったのにぃ……」
ルビアは頬を膨らませる。
むむ、自立心が芽生えてきたのかな。
「確かに、エンブレムがついてからは、声をかけてくる人も激減したみたいだけどねー」
肩を竦める。効果があったのはいいことだなー。
ふふふ、首輪をつけられたこの子はわたしの所有物……!
「不吉なことを考えている予感がしますぅ……」
心が読まれている、だと……
ことさら大きなため息をつかれた。
「先輩はホント、もげてしまえばいいのに……」
「なんのことを言っているのか知らないけど、元からついてないからね!?」
清らかな乙女になんてことを叫ばせるんだ、この子は……
シッシッ、とあっちいけをされてしまう。
うーん、うちの娘、反抗期に入ってしまった。
せっかくなので、わたしも昼夢市をちょっと覗いてみることにしました。
皮や安い触媒でもあれば、仕入れてみようかな、なんて。
ミニマップを見ながらなんとか辿り着く。
おおー、さながら収穫祭で賑わう市場のようですなー。
左右に立ち並ぶ露天と、あるいは品物のメニューを手に持っている売り子さんたち。
お人形さんみたいに綺麗だなあー。
ひとりひとり覗いてゆくが、実用的な装備を売っている人はまだほとんどいなかった。
そりゃ自分で使うしね。
店売りのチェインメイルがこんなに強いなんてなあ。
と、売り子さんと目が合った。
ニコッと微笑まれる。可愛い……!
「あの、おひとついかが、かな?」
シ ャ ベ ッ タ ア ア ア ア ア ア ア ! !
すぐに気づく。
ターゲッティングした名前の横にエンブレムが見える。
はっ、こ、この子、プレイヤーキャラじゃないか!
たばかったな!
耳が斜め下に垂れ下がった褐色肌の種族【ピーノ】の女の子。
栗色の髪はボブスタイル。可愛い。
あざといロリ巨乳のルビアとは違って、正統派?のロリロリキャラの彼女は、頭を下げてきた。
「あ、ご、ごめんなさい。驚かせるつもりはなくて、ごめんなさい、おねえさん」
「い、いえ大丈夫」
少女の名前はモモ。
美味しそう。いえ性的な意味ではなく。
「どうかな? 少ししかないけど、一生懸命作ったの。良かったら……」
「ほほう」
この子もクラフトワークスの中毒者か。
メニューを除くと、そこには小瓶に入った【アオの水薬】が3つ。
へー、この街で回復アイテムなんて作れるんだねえ。
「しばらくこうしているんだけど、誰も買ってくれなくて……」
「回復アイテムなんて使うぐらいなら、今の時期はみんな装備買うだろうしねえ」
ほぼ原価なのだろうが、決して安くない。水薬3つで十分武器が買える値段だ。
「もう二時間もこうしているの」
モモちゃんは陰のある笑顔を見せる。
「買ってくれるまで、帰ってきちゃだめって言われてて……えへへ……」
この子、不憫だな!
「お店は売り子さんに任せておけばいいのに……」
と言うと、彼女は目を伏せる。
「それが、人を雇うお金もなくなっちゃって……このままだとごはんも」
不憫!
「あっ、でも大丈夫。わ、わたし今ダイエット中だから。
いらないんだったらムリしないでね」
「えーと……」
頬をかく。
「ただ、その、おねえさん強そうな装備をつけているし。
この人だったらもしかして、って思って……」
勇気を出して声をかけてみたのだという。
二時間もずっとNPCの振りをして……
なんだこの子、マッチ売りの少女か……?
「……よし、わかった、モモくん。ちょっと待ってね」
「あ、はい、大丈夫ですっ。何時間でもっ」
そんなには待たせないよ!
あー、すっごいキラキラした目でこっちを見ているなー……
おねーさんキュン死しちゃうかもなー……
イオリオにコールする。
すぐに回線が繋がった。
短く言葉を交わして通話を切る。話のわかる男だ。
わたしはモモちゃんに向き直った。
「よし、全部もらおう」
彼女はきょとんとした。
「えっ?」
言い直す。
「全部全部。あるだけ全部」
「ええー!?」
口に手を当てて大声で驚く少女。
「えっ、ど、どうして!?
えっ、あっ、だ、だめだよ! モモ、売るのはお薬だけだよ!?」
コラコラ。
「なにを想像しているのか知らないけど……
明日ちょっと遠出するんでね。回復アイテムは多くあったほうがいいっていうのが、パーティーの創意。
それで、いくつあるの?」
「えっ、3つ、だけど」
不安げに瞳を揺らす彼女に不敵な笑みを見せる。
「違う違う。全部だってば。材料はまだあるんでしょ? いくつ作れるの?
全部買うから、ほら、おねーさんに任せなさい」
「え、ええ!? め、女神さまっ!?」
違います。
とりあえずモモちゃんとフレンドコードを交換し、買い出しを続ける。
雑貨店をめぐり、人数分の寝袋、テント、保存食、水筒、ロープやランタン、さらにマッピングのための方眼用紙も買いました。
回転床だけは勘弁ね!
フフフ、昨日クエストで稼いできたのに、もうお金が底を尽きそうだよ……
何本あるのかな、水薬……
5ダースとか持ってこられたらどうしようかな……
しかし、バッグのスロットはまだまだ余っている!
拡張していたかいがあったなあ……
って、
あ、あ、あ……?
あれ? 足が前に動かない? どゆことどゆことー?(混乱)
わたしは久々のパニック状態に陥っておりました。
だって体調は万全なのに、一歩も進めないんですよ。
自分の脳に障害が発生して、ゲームとの通信が途切れてしまったのか!?
とか、そりゃもう色んな想像をしましたよ。
最初からログを開いていればね……
『重量制限オーバー。VIT(生命力)の最大値を越えたため、移動不能状態』
シスくんに迎えに来てもらいました。
わたしは迷子の子供か……ッ!
待ち合わせは居住区近く、蛍草の広場。
ここから見上げるプランティベルが、紫色に光って綺麗なんだなー。
息を切らしてやってきたモモちゃんは、道具袋を差し出してくる。
「作って来たよっ。は、8本あるから……ど、どうぞ、お納めくださいませ」
わたしゃ年貢の取り立て人かなんかかね。
ニッコリと微笑み、受け取る。
「ありがとう、モモちゃん。このお薬で、わたしの命も救われるかもね。
そうしたらキミは命の恩人だ」
「えあ……」
モモ嬢はなぜか頬を赤らめる。
「そんな、モモ……」
ううむ、なんだか視線がこそばゆいような……
わたしが革袋を覗くと、そこには8本の青い薬に紛れて、1本だけ赤い薬瓶が混ざっていた。
「この赤いのはなぁに?」
「それは【アカの水薬】だよ。MPを回復できるの。1本しかできなかったけど……」
「この分のお金を払ってないね」
とわたしが財布を取り出そうとすると、モモちゃんは両手でわたしの手を掴んできた。
「う、ううん! これ、サービスだから! サービス!」
「あ、そ、そう? ならありがたくもらおうかな。うちの魔術師もきっと喜ぶよ」
「えあー」
弾かれたようにパッと握っていた手を離すと、モモちゃんは大きく頭を下げた。
「わ、わたし、無事を祈ってますから! 頑張って、女神おねえさん!」
すごいあだ名だなあキミ!
いやうん、まあ……
悪い気はしないよね?
「先輩、きょうはずいぶん可愛らしい子と一緒にいましたねぇ」
寝る前に廊下で後輩とすれ違った際、そんなことを言われた。
昼夢市にいたのならやり取りを見ていたのかも。
モモちゃんの話をしようとすると、後輩はさっさと行ってしまう。
ぼそっと聞こえてきた。
「……先輩のバカ。ろくでなし。
女 道 楽 者 … … 」
あんまりじゃないか?
わたしがなにをしたって言うんだ。