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ルルシィ・ズ・ウェブログ  作者: イサギの人
第一章 始まりのヴァンフォーレスト編
8/60

◆◆ 7日目 ◆◆

 

「魔術を唱えるために必要なものは、三つある」


 草原にて講義の時間です。

 わたしシスルビアの前に立つイオリオが三本の指を立てる。


「【呪言マジックワード】。

 それにマジックポイント。

 そして最後に【触媒】だ」 

「はいせんせいー。マジックポイント(MP)はわかるけど、他のってー?」

「今説明する」


 そっけない! 


「まず呪言。これはいくつかの単語から組み合わされる魔術発動のキーだ。

【火のファイアボルト】なら……火を意味する“アグニ”、真っ直ぐ飛べ“デア”、命令完了の言葉“エルス”。

 つまり、“アグニ・デア・エルス”」


 イオリオが杖を掲げると、その先端から火の矢がほとばしる。

 それはウサギの体に当たって弾けた。

 ルビアが「皮っ」とウサギに向かって走ってゆく。

 この子はもうだめだ。


「呪言から“デア”を抜くと、手のひらから炎を放つ【火手フレイムハンド】となる。

 このように、魔術は様々なワードの組み合わせから、いくらでも応用が効くんだ」


 すげー。

 めちゃめちゃ奥が深そう。

 いたく関心して隣を見ると、シスはこっくりこっくりとうたた寝をしていた。

 まったく興味がないんだな、こいつ……


「……で、最後は触媒だ。そもそも、魔術は六系統にわかれている。

 四大元素の火水土風。それに光と闇を加えた六つだ。

 それぞれ、魔術を唱えるためには触媒が必要でな……」


 イオリオはアイテムバッグから小さな革袋を取り出す。


「火の魔術だと、店売りで一番手ごろなのは【硫黄】だな。

 まあ実際は、火の系統に属するものならなんでも良いらしい。

 炭や鉱物、香辛料の種とか。

 変わったところでは陶器を消費しても魔術が唱えられるらしいぞ。

 威力の減衰は間違いないだろうがな」


 ふーん、とわたしはうなずいた。


「でも、色々と制約が強いんだね。

 MP使って、触媒使って、さらに呪言を覚えて、でしょう?

 それでスキルも上げなきゃいけないなんて」

「だな」


 シスがウンウンと頷いている。

 いやアンタ寝てたでしょ。


「敷居が高いのは、きっと戦士と魔術師の垣根がないゲームだからだろうな。

 僕は威力上昇のために杖を持っているが。

 基本的には誰でも使えるから、あまり簡単にはできなかったんだろう。

 便利なのも間違いない。攻撃、回復、補助に便利系、なんでもござれだ」

「なるほど……」


 それならちょっとだけやってみよう、って気になるかな。

 すると、途中から熱心に聞いていたらしいルビアが勢い良く手を挙げた。


「せんせぇ! あたし、“術師”になりますぅ!」


 ええっ、急だねキミ!


「ホントは前々から思っていたんですぅ」


 ルビアは真剣だった。


「だって前で戦うの怖いですし、結局、皆さんの足を引っ張っちゃいますから……」

「ルビア……」


 キミ、そんな風に思っていただなんて。


「なら後ろで回復魔術を使って感謝されたり、『おひめさまー^^』とか言われて、

 みんなから ち や ほ や さ れ た い で す ぅ ! 」


 あ、コレいつもの後輩だ。

 




 動機はともかくとして。

 回復魔術の使い手が増えるのは喜ばしいことだと思ったのか、イオリオくんはわたしたちに魔術を教えてくれることになった。

 ちなみにシスくんは遠くの方でモンスターと戯れてます。

 公園で放し飼いにされている犬のようだ。


「先生はどの系統の魔術を覚えようとしているの?」


 イオリオに尋ねると、彼の眼鏡が光ったような気がした。


「全部」


 えっ?


「六系統、全部」


 えーっと。


「それ、すっごい大変じゃないの?」


 そりゃそうさ、と言われた。


「普通に考えても、六倍の勉強時間を使うからな。

 スキル上げの手間だって六倍だし。正直、アイテムバッグなんざ触媒でほぼ埋まっちまう」

「その割には、ファイアボルトしか使っている姿を見たことがないんだけど……」

「攻撃魔術ではアレが一番手っ取り早いし、威力も十分だ」

「えー色々見たいですぅ~」


 ルビアがねだると、イオリオは吐き捨てるようにつぶやいた。


「触媒がもったいないだろうが……!」


 工面に苦労しているんですね、わかります……


「ま、新しく始めるなら、属性のどれかに絞って育てるのが一番楽だろうな。

 覚える呪言も少なくて済む」


 自分のことは棚上げして、彼はわたしたちに系統を説明してくれた。


「“火術”はほとんどが攻撃魔術だ。

 剣に炎をまとわせるようなbuff(強化術)もあるから、戦士にもオススメできる。

 “水術”は逆に、回復ばかりだな。

 このふたつは触媒代が非常に安いのが利点だ。

 水術なんて極端な話、水道水でも代用できるからな。威力は期待できないが」


 ちゃんと運用コストまで説明してくれる辺り、親切だなあ、と思う。


「“風術”は攻撃と補助が半々だ。攻撃速度のあがる術などがあり、投射術の威力も高い。

 水術との組み合わせで強力な“雷術”が使えるようになるらしい。

 主な触媒は、植物や鳥の羽などだな。

 “土術”は回復と補助が半々だ。

 相手のダメージを軽減する魔術や、時間ごとに徐々にHPを回復していくものなど、用途は広いだろう。

 ただこのふたつは、まともな効果を出そうと思うと、少々触媒の値が張る」


 ほーほー、風術結構いいなあ。わたしに合ってそう。


「最後に“光術”と“闇術”。

 このふたつはほとんど呪言が解明されていないようだ。

 恐らくは上級術という扱いだろうな。

 触媒だって冥闇石や輝光石とかいう、見たこともないものだ。

 簡単な光術なら、太陽の光程度でも唱えられるが……まあ、オススメはできない」


 というわけで、わたしとルビアは覚える系統を選ぶことにした。


「あたしは水術にしますぅ!」とルビア。

 ヒロインっぽいもんね。


 どーしよっかなー、とわたしが悩んでいると、向こう側からシスくんが駆けてきた。

 いい笑顔を浮かべている。


「ハハッ、たくさんの皮を集めてきたぞ!」


 ああ、うん……

 偉いね……

 なでなでしてやりたい。





 触媒を分けてもらい、簡単な呪言を教えてもらい、いざ魔術師への道!

 被験体はいつものウサギさん。

 いつものやつすぎてなんかもう背中に哀愁が漂っている気がするよ、ここの子たち。

 ごめんね、これもわたしたちの愉悦のためなの……(最低)


「アグニ・エルス!」


 叫ぶとともに、わたしは右手を突き出した。

 次の瞬間、手のひらから火炎が噴き上がる!

 うおおおお!

 か、かかかかかかかっこいい……


 こ、これはすごい。(ダメージは微々たるものだけど)

 わたし、魔術に目覚めそう……


「いい、いいじゃない……魔術戦士ルルシィール……全世界を統べる大魔術師……」

「妄想が口からダダ漏れだぞ」


 イオリオに突っ込まれようとも、わたしはくじけない。


「キミも我が帝国のしもべにしてやろうじゃないか……イヒヒヒ……」


 苦笑いされた!


 その一方、シスルビア組。

 ウサギの前で半裸になって佇むシス。

 じーっと待って、殴られるがままになっている彼の表情はとても複雑そうだ……


「……俺は一体、なにをしているんだろう」


 回復魔術の実験台、かな……

 ルビアは怖い顔で両手をワキワキしている。


「もっとダメージを食らってくださぁい……フヒヒ、あたしのイケニエとなるのですぅ……♡」


 それはさながらマッドサイエンティストのようで。

 キミの目指すヒロイン像とはずいぶん違うんじゃないかな……!


 イオリオがつぶやいた。


「なんだかんだで、君たちそっくりだよな……」


 マジで!?





 ウサギ相手では物足りなくなってきたため、クエストを消化しつつも、魔術の勉強に勤しむ途中。


「ルルシさん、これを見てもらえるか?」


 イオリオが本を差し出してくる。


「んー? 魔術の本? いつも読んでいるやつじゃない。これがどうかしたの?」

「どうかしたわけじゃないんだけど、気になっているんだ。

 この本には呪言の他に、魔術の歴史の成り立ちや、高名な魔術師の修行成果。

 今は滅んだ魔術大国の盛衰。そういったものが書き込まれている。

 まるで実際にあった出来事のようにな」

「まあこの『666』の世界では、実際に合ったことだしね」

「そうだな。だが、問題はそこじゃない。

 これが元々ゲームの中に用意されていた資料だとすると、文量がありすぎると思わないか?

 こんな本が何百何千とあるんだぜ」

「確かにねえ。

 実際は読む必要もなく、wikiを見れば呪言も一発で網羅できるだろうし……」


 MMOの設定作りとしてはちょっと大掛かりすぎる。

 一体何人のライターが何年の月日をかけて描いたものなのだろうか。

 魔術ひとつ取ったってこの力の入れようだ。

 各国の歴史や文化、風俗について描かれた本や、劇中劇なんてのも山ほどある。引くぐらいある。

 おまけに新しい言語まで作っているんですよ。古代語、みたいな。

 日本で行なうネットゲームにしてはちょっと採算合わないんじゃないかなー。

 と、そこでわたしはイオリオがなにを言いたいか気づいた。


「いや、でも、ちょっと発想が飛躍しすぎじゃない?」


 イオリオは眼鏡の位置を直す。


「そうかね?

 もし『666』が最初からVR(Virtual Reality)MMOとして設計されていたのなら、辻褄が合う。

 ここは新たな世界で……僕たちの『The Life(現世)』なのかもしれない」 

「理屈は合ってても、現代の科学力では実現できないと思うんですけどねえ……」

「あるいは、本当に魔術でも使ったのかもな」


 ハハハ、なんでそんなに楽しそうなんですかねえ、イオリオくん……





 ルビアの進歩は思わしくなかった。

 魔術を使っても、実用レベルの回復量が発揮されないのだ。


「うう、なんでぇ~」


 やっぱりアレじゃないかな、邪念が渦巻いているから。


「戦闘スキルと同じように、回復魔術にも色んなスキルが影響を及ぼすんだよな」


 イオリオが指摘する。


「ファイアボルトの場合、《遠隔》スキルや《空気力学》スキルを使うんだ」


 む、難しそう……

 ルビアとか、この世の終わりみたいな顔しているし!


「回復魔術も、《人体学》、《医学》、その辺りのスキルは必要だろうな。

 といっても、本を読んで簡単なテストを受けるだけで段階的に取得できるスキルだから、あまり大変では……」


 ああっ、そのフォロー、ルビアには全然効果がないー!


「あたし、回復魔術諦めますぅ……」


 くじけるの早い! 豆腐メンタルか!?


「たった一日も経ってないんだからキミ、もうちょっと続けてみたら……」

「いえ、いいんですぅ……

 あたしに清楚でおしとやかなお姫様役だなんて、似合わなかったんですぅ……」


 チラチラこっちを見ているけど、絶対にフォローしないからね?


「まー、本人に合ったものをやればいいんじゃねーの? 無理しなくてもさ」


 代わりにシスが優しい言葉をかけてくれた。

 でも、ルビアが求める言葉はそれじゃないんだよねー。


「いいからやんなさいよ、ルビア。

 キミが回復魔術を使えるようになったら、みんな助かるんだから」


 ルビアは口を尖らせる。


「ええぇ~~~……」


 不服感がにじみ出ておる。


「っていうか、なんでもそんなに簡単に上手くいったら、つまんないでしょーが」

「それはそうかもしれませんけどぉ~……」


 ルビアは目を背ける。


「はぁ……先輩が瀕死の状態のときに『お、お願いしますルビアさま、わたしに回復をください。なんでもしますから!』って言わせたかったなぁ……」


 はっはっは、こいつぅ。


「いたいいたいいたいですぅ~~」


 こめかみをグリグリと拳で圧迫する。

 わたしはシスとイオリオに説明する。


「この子が弱音を吐くときは、甘えているだけなんだから。

 いちいち真に受けなくていいからね。『はいはい』っつってればいいの」

「ちょ、いくらなんでも先輩、それは言い過ぎなんじゃないですかぁ~!」

「はいはい、はいはい」

「早速実践してますぅ!?」


 ルビアが驚くと、シスとイオリオは笑っていた。

 う~……と、うなるしかないルビア。

 年下の前で自分のカッコ悪さを自覚したね?

 さすがにもうワガママ言えまい。

 へっへっ。





 その日、夜遅くまでルビアは回復魔術の本を読み込んでいた。

 差し入れのお茶にも口をつけず集中して。

 ただ、勉強しながらもつぶやいていた言葉が気になったけれど……


「 こ れ で 先 輩 に 、 一 泡 吹 か せ て … … 」


 この子のやる気は、どうして黒い方向にしか発揮されないのだろう……

 可哀想な子だ……

 

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