64日目(番外編) その2
生イオリオだ。
あの金髪長身鬼畜眼鏡エルフ魔術師ではないけれど。
黒髪で、わたしより数センチ高いだけで、眼鏡はかけているけれど。
だけどその目つきとか、立ち振舞とか、面影が残っていた。
うわあ。
感動。
「ほ、本物!」
「……見ての通りだが」
「さ、触ってもいい!?」
「なぜだ!?」
別に許可とかもらっていないけれど、立ち上がってペタペタ触る。
うわー、マジだー、マジモンだー。
これがイオリオかー。
彫りの深い、良い顔立ちをしているじゃないの。
割とイメージ通りかも。
「あれ、でもキミどうしてここにいるの?」
「レスターに呼ばれたんだよ。交通費まで支給してくれるっていうからな。休日を利用してやってきたんだ」
そういえばイオリオは用事があるって言ってたっけ。
レスターに呼ばれたってことは、多分マジメな類の話だろう。
『666』においては、『RD言語』の第一人者だもんね、イオリオ博士。
実際に会って意見を聞きたかった、ってところかな。
てか、それでシスくんはお留守番なのか……
か、かわいそうに。
「途中からはドリエさんに迎えに来てもらった。ていうかいつまで触っているんだ」
「えー。いいじゃんもうちょっと」
「離せ!」
「あ、イオリオの匂いがするような気がする」
「やめろ!」
イオリオに無理矢理振り払われた。
命令形でわたしになにかを言うとは、よっぽどのことだったようだ。
彼は微妙に顔を赤らめながらレスターの隣に着席する。
ああ、もうちょっとイオリオで遊びたかったのに……
名残惜しそうに眺めていると。
「……とりあえず座れ、ルルシィール」
レスターが半ギレのような口調でそう言いました。
ドリエさんに手を引かれて、わたしは渋々と席に座る。
イオリオ、レスターが奥側の席。
ドリエさんとわたしがドア側の席です。
ていうか、イオリオに会ってこんなにテンションがあがっちゃうんだったらさ。
モモちゃんとかよっちゃんに会ったら、わたしどうなっちゃうんだろうね。
アタシ体温今何度あるのかなーッ!ってなっちゃわないかな。
自身を自制できる気がしない。
うーん……
手錠に猿轡でもあらかじめつけてから、慰労会に出ようかしら。
まあそれはいいとして。
「悪ぃな、わざわざこっちまで出向いてもらってよ」
「いや、いいさ。家にいたってどうせシスやルルシィさんとゲームぐらいしかすることがない」
い、いいじゃん……
楽しいじゃん格ゲー……
男二人はなにやらPCを操作している。
「これがこないだ画像データで送ってくれた『RD言語』か」
「ああ。どうだ?」
「難しいな。この世界にはRD言語で描かれた文書がグリモア一冊しかないんだ。解読作業は捗らないだろう」
「そうか。せめて呪言さえピックアップできりゃいいんだが」
「発声方法がわからないからな。実用化はまだまだ先だ」
むむう……
男同士、なんかメッチャ楽しそう。
比べて見ると、さすがにレスターよりは若いかな、イオリオ。
物腰の落ち着きは、ふたりとも社会人レベルだけど。
あ、ふたりともスーツとか似合いそう。
営業マンのワイルド系エース、レスター。
開発部のエリート眼鏡系社員、イオリオ。
そんな感じで。
あ、やばい。
このままだとどっちが受けか攻めか妄想するところまで進んじゃう。
続きはおうちでしよう。いやしないけど。
今は今でしかできないことだ。
というわけで。
こっちは女同士で花を咲かせることにする。
「ねえねえ、ドリエさん」
「なんでしょう」
「つかぬことを伺いますが、レスターくんとはどのようなご関係でしょうか」
思わず顔が半笑いになってしまう。
今のわたし、ゲスい。
けれども、ドリエさんは泰然。
「ええと」
頬を染めたりしていない。残念。
彼女はぼんやりと視線を宙に漂わせて。
やや自信のなさそうな声で告げる。
「幼馴染、でしょうか」
「え、そうなんだ」
「昔は朝に起こしに行ってあげたり、していましたね」
な、なんだって。
「教科書通りの幼馴染だ!」
あ、朝に起こしにきてくれる幼馴染!
こんなに美人でスレンダーな子が!
天然記念物だ!
国が保護しないと!
「うっせえよ」
ひとりテンションをあげていると、レスターに突っ込まれた。
わたし声に出ていましたか。
失礼しました。
「莉子も余計なことは言わなくていいぞ」
「? 余計なこと、とは?」
「……うっせ」
「大和くんの中学校時代のお話、とかですか?」
ギロッとこちらを睨む。
だけれど、ドリエさんは涼しい顔。
いつものことだと言わんばかり。
なんだこの夫婦……
『666』世界では、あくまでもギルドマスターと副マスターって感じだったのに。
こうして現実世界でのやり取りを見ると、やけに生々しいっていうか……
見ているこっちが恥ずかしくなる。
うう、羨ましい……美人系で清楚な幼馴染……
こんな子をはべらせていたのか、レスター……
一緒にネットゲームでキャッキャウフフしているとか、完全にカチグミじゃないかよぉ……
そばに置いて、様付けさせて……
ロールプレイっていうか、もう完璧にプレイじゃないの……
こいつ、実はハーレム系主人公かぁ?
いやらしい。
「ひわいだわ……ひわいだわ、レスター」
「てめえ、いい加減にしねえとここでデュエルしてやるぞ……?」
ビキビキと怒筋を立てるレスター。
そろそろガチギレしそうなので口をつぐみました。
現実じゃ勝ち目がない(確信)。
というわけで、ドリエお嬢様と談笑タイム。
話題はもっぱらレスターのことだったけれど。
それはそれは素敵な時間を過ごしました。
「そっかぁ、わたしの一個上だったんだね、ドリエさんとレスター」
「そのようですね」
「もしかして、もうひとりの副マスターのベルガーさんも幼馴染だったりした?」
「いえ、あの方はゲームの中で知り合いました。大和くんは今でも連絡を取っているみたいですね」
「そうなんだー」
いいよね、清楚系の美人。
なんだか、心が洗われるっていうか……
話しているこっちまでお上品な気持ちになってくるっていうか……
ハッキリと言うと、瑞穂とは違うよね。
品性が違う。
ああ、いいなあドリエお嬢様いいなあ。
おねえさまって呼んじゃおうかしら。
とかなんとか言っている間に。
「というわけで、『666』世界に突入するのか」
「ああ。俺とドリエ、それにルルシィールが手を挙げてくれた」
「はい!?」
急に名前を呼ばれたので。
慌てて振り返ると、イオリオがこちらを見て眉根を寄せている。
うわあ、まんまイオリオだ。
あれドミティアでやられていた表情そのものだー。
「マスターが……? 本気か?」
「いや、あの、その」
「今度は戻ってこれない可能性だってあるんだぞ」
え、そうなの?
脱出の呪文とかはないの? あ、ないの。
いやあ、さすがにネタのために死にたくはないなー、なんて。
「いいや、俺のカンではあいつらはまだ『666』に隠れていやがる。神を一匹一匹ぶち殺してやるぜ、なあルルシィール」
いや、あのー。
「こいつはきっと本質的なことを気づいていたんだろうな。バケモンみてぇなカンだぜ」
レスターがなんだか嬉しそうに言う。
なんだか大変なことになっていませんか。
イオリオはメガネを指で抑えてつぶやく。
「……そうか、そんな覚悟があったのか」
う、うん……まあ……
ルルシィ・ズ・ウェブログを出版したいなーって覚悟なら……?
結局、ほとんど話を聞いていなかったのだけれど。
魔術思想を説いたエリファス・レヴィの六弟子――六魔術師は、『666 The Life』の中に隠れている可能性が高いらしい。
なんでかは知らないけど。
ていうかドリエさんとお喋りしていて、話を聞いてなかったからだけど
レスターとイオリオの会議は、数時間ぐらいでとりあえずの結論が出たらしい。
「助かったぜ。また呼ぶかもしれねえが、よろしくな」
「いや、こちらこそ有意義な時間だった」
別れ際、ふたりは握手を交わしていました。
サヨナラ。ユウジョウ!
そして改めて思う。
ここにシス坊がいたところで、やることはまったくなかったのだろうな……と。
ドリエさんとメアドを交換し、わたしとイオリオは駅に向かうことにした。
せっかくだから送っていこうと、わたしが提案したのだ。
レスターとドリエさんは逆方向らしい。
大股でズンズン歩くレスターのやや後ろを、ドリエさんが早足でついていく。
『666』で山ほど見た光景だ。
ああ、ドリエさん……
あんなのが好きなのかなあ。ただ世話を焼いているだけなのかなあ。
前者だとしたら、きっとこの先苦労するんだろうな……
そんなことを思いながら、わたしはふたりを見送った。
辺りはもうすっかり日が落ちている。
きょうは天気がいい。
ちらちらと星が瞬く夜だ。
さすがにドミティアみたいに、満天とは行かないけどね。
「しかし、あの店に長居しすぎてしまったな……」
「いいのいいの。誰かしらお客さんがいたほうが、開けている意味もあるってものだよ」
「……だが、あれだけ長くいたのに、誰も入って来なかったぞ?」
「いつもは閉店まで働いていたら、3人か4人は来るんだけどねえ」
「閉店までいてもその人数なのか……」
イオリオはなぜか釈然としない顔だったが。
「しかし、本気か?」
「え、なにが?」
「『666』にもう一度戻るってことだ」
「あ、えーと、それは」
頬をかく。
だって、ルルシィ・ズ・ウェブログ書き終わっちゃったし……
これから先、ネタをどっかから拾ってこないといけないし……
いや、オリジナルで勝負してもいいんだけどね?
いいんだけど……
でも、少なからず。
あの世界への憧れはある。
それはわたしの中で、日々強くなってゆくものだ。
わたしは彼を見つめる。
「イオリオは、戻りたくないの?」
「……」
イオリオは目を逸らした。
答えなかったけれど。
その意味だってわたしにはわかる。
うん。
そうだよね。
あれはだって、ゲーマーの夢の世界だもの。
レスターは本気でイスカリオテ・グループを潰したいと思っているんだろうけれど。
わたしたちは、そうじゃない。
うーん、不真面目。
けれど、生きているわたしたちは大真面目。
駅への道は十分少々。
ふたりでのんびり歩いても、もうすぐで到着する。
駅へと向かう人たちはまばらで。
並んで歩く帰り道。
「それにしても、一晩ぐらい泊まっていけばいいのに。明日も休みでしょ? わたしとルビアで観光案内ぐらいするよ?」
「明日は予備校がある」
「あらそう」
「それにシスに悪いしな」
「ああ、ひとりぼっちにしちゃって、って?」
「いや」
彼はわたしを見た。
『666』の時と同じ、知性溢れる瞳だ。
不覚にも。
ちょっぴりドキッとした。
「抜け駆けするわけにはいかない。夏に会うまではな」
それはわたしと彼らの決め事だ。
<ウェブログ>メンバー四人で会って。
そうして、そのときにも彼がわたしのことを想っていたら……ごにょごにょ。
「だからきょうは、この爆弾は持って帰るよ」
それもわたしが言ったことだ。
恋は爆弾と一緒。
着火したらあとは弾けるだけ。
だから彼は、きょうは胸に秘めたまま帰路につくのだと。
やばい。
ここは現実世界なんだ。
わたしが恋愛を禁じているネットゲーム世界じゃない。
だから、その。
とにかく、やばい。
いつもとなにかが違う。
わたしが言葉を探していると、彼は夜空を見上げる。
「だけど、とりあえず、やりたかったことのひとつは叶ってしまったな」
「え? な、なにが?」
「キミと星を見るつもりだったんだ。作り物じゃない星をな」
「そ、そうなんだ……」
な、なんだこいつ。
急にムード作ってきやがって……
なんでこんなに畳み掛けてくるんだ。
なんの目的があるんだ……
「さっきから、様子がおかしいな」
「べ、べつにぃ? わたしはいつもと一緒でしょ」
「いや、なんだか……しまったな、また怒られるかもしれない」
「……な、なにさ」
い、言いかけてやめないでよ。
気になる……
さすがに照れたのか。
彼は足元を見つめながら。
つぶやいた。
「……なんだか、きょうのキミは、可愛く見える」
その瞬間。
漫画でよくあるみたいに。
湯気が、わたしの頭からボンッと出ました。
う。
う。
う。
うあああああああああああ。
うあああああああああああああああああああああああ。
「《爪王牙》!」
「ごふあ!」
という名の腹パン。
行動を起こしてから我に返る。
ハッ、わたしはなにを。
完全に無意識だった。
思わず手が出た。
「あ、ご、ごめんイオリオ! つい殴っちゃった!」
「ぐ……な、なぜだ……」
腹を押さえながら苦悶にうめくイオリオ。
裏切られたような顔をしている。
……実際その通りだった。
「だ、だいぶ痛かったんだが……」
おろおろ。
わ、わたしはなんてことを。
そ、そうか。
ぺろんと服をめくる。
「か、代わりにわたしのことも殴っていいよ!」
「できるかっ!」
お腹を見せるけど、一喝された。
そ、そうかだめか……
しょんぼりしながらシャツをしまう。
「だ、だって! 急に変なことを言うから……」
拳を胸の前に持ちあげて訴えるものの。
イオリオは腹を押さえながら、表情を歪める。
「キミを褒めると腹パンされるのか……?」
「そ、そんなことはない……と思う」
もしそうだったらただの暴力系ヒロインだ。
そうなってしまっては、わたしの好感度もだだ下がりである。
誰かからの好感度かは知らないけど。
「けれど……でも、イオリオが!」
「僕が悪いのか?」
彼の目がわたしを刺す。
うっ……
肩を縮こまらせて、そそくさとちょっと距離を取る。
「いえ、わたしが悪うございます……すみません……」
「……そんなにしおらしくされると、逆になんだかやりづらいな」
わ、ワガママなやつめ……
っていうかわたしだって意識してそう振舞っているわけじゃないから!
なんかもうわけがわからないよ。
これだから人間(の体)は……
先ほどの《爪王牙》の一撃で仕留めきれば良かった。
それができなかったのが敗因だ。
そういうことにしておこう。
……うん。
そんな風に騒いでいたら。
駅についていた。あっという間。
ホントに10分も経ったのかな、ぐらいの勢いで。
まるで一瞬の出来事のようだった。
「えっと」
「うん」
彼は駅を背に。
わたしは彼を見つめる。
「じゃあ、ここまで、だね」
「ああ」
「……えと」
「うん?」
通りすぎてゆく人波の中。
わたしと彼だけが立ち止まっているようだった。
……なにかしら、この雰囲気。
流されてしまいそうになる。
「ど、どうしようか。ハグでもしておく?」
「なんだよそれ」
笑われた。
お、欧米のコミュニケーションを否定された。
「もしキミが『666』に潜るときには、僕も向かうさ」
「あ、うん」
「そのときは、呼んでくれよな。マスター」
「うん。ありがとう」
……わたしは完全にわたしの欲のためなんだけど。
悪い気がする。
「あ、もう、電車が来るみたい」
「そうだな」
「じゃあ、また夏に……だね」
「ああ。それじゃあな」
彼は歩き出そうとして。
一度振り返ってくる。
わたしはその場から離れずに彼の背中を見送っていた。
すると、彼はもう一度近づいてきて。
「そういえば、ずっと謝りたいと思っていたんだよ」
「え? なにが?」
え、いや。
近い近い。
ほ、ホントにハグする気?
や、やだー。
なんて、わたしが怯えていると。
彼はゆっくりと手を伸ばしてきて。
「……男らしいだなんて、言って悪かった。キミはこんなに女の子らしかったんだな」
わたしの。
あたまを。
なでなでした。
「じゃあ、またな」
そう言って、彼は去ってゆく。
一方、わたしは固まっていたままだった。
通行人は頭を押さえたわたしを怪訝そうに眺めて、通りすぎてゆく。
う、うおおおお……
こ、これが、あれか。
これが噂の。
頭を撫でる→ポッ、でお馴染みの……
ナデポってやつなのかあああああ……
……ああああああ、もう。
わたしはこの身長だから。
撫でられたことなんて。
ほっとんどないから。
うわあなんだこれ。
恥ずかしい。
恥ずかしい。
なんだか知らないけど。
すごく、恥ずかしい。
しんじゃう。
だめだ。
今すぐベッドで。
ベッドでゴロゴロ悶えないと。
わたしは走り出そうとして。
一歩を踏み出して。
それから腕に急激な重みを感じた。
えっ、なにこれ!
「せーんぱい!」
って瑞穂ちゃんだった。
よそ行きのお洋服を着た可愛い瑞穂ちゃんだ。
びっくりさせやがって。
「もう、いきなり出て来ないでよ! さすがに驚くでしょ!」
「えへへぇ、ごめんなさぁい。でもどうしたんですかぁ? あたしを迎えにきてくれたんですかぁ?」
「あ、いや、別にそういうわけじゃ」
「えへへぇ~、て~れやさぁん~」
ぷにぷにと頬をつっつかれる。
うん、うざい。
「あんまり外でひっつかないでって。みんな見ているでしょ」
「まったくもぉ、ツンデレなんですからぁ」
瑞穂はわたしに腕を絡ませてくる。
っていうか、その割には。
握り締めてくる手が、結構強い。
っていうか痛い。
「ところで、先輩」
「……うん?」
まだ頭を撫でられた感触が残っていて。
わたしはちょっと呆けながら返しちゃったんだけど。
なんか、腕に……
ネイルしたばかりのキミのその綺麗な爪が食い込んでくるんだけど……
「さっきの男の人は、どちらさまですか?」
「えっと……」
見られていたのか……
底冷えのするような声を出す瑞穂。
つい謝ってしまそうになる気持ちを抑える。
わたしはいつものように彼女をたしなめようかと思ったけれど。
いや、いいや。
もう知らない。
我慢なんかしないわ。
だって、あんなに素敵な気分だったんだもの。
わたしは意地悪そうに笑う。
「ナイショ」
「ええーーーーーーーーーー!!」
瑞穂ちゃんの悲鳴が駅前に響き渡る。
うわあ、恥ずかしい
人の目をもうちょっと気にしろっ。
「だめですちゃんと言ってください!」
「なんでそんな義務があるの!」
「年収は!? 家族構成は!? ご両親はなにを為さっている方ですか!? 健康状態は!? 友人からの評価は!? 趣味や特技は!? 前科は!? 借金の有無は!? 今までお付き合いしてきた方々と別れた原因はなんですか!?」
「知るかっ! キミわたしの姑サンかなにか!?」
びっくりするよ。
ぎゅ、ぎゅっと腕に胸を押しつけるようにしてひっついてくる。
これがあててんのよ、ってやつか。
別に嬉しくはないけれど。
「うー、うー!」
瑞穂はうなりながら、手を伸ばしてくる。
「な、なにさ」
「あたしが、あたしが撫でますからぁ!」
「えー? やめてよ、こんな外で」
誰かに噂されると恥ずかしいし。
「だ、だって! さっきの人には、撫でさせていたじゃないですか! この尻軽ビッチ! ちょろイン!」
「アンタねえ……」
外でなんてことを叫ぶんだ。
爪先立ちでぷるぷる震えながら、なんとかわたしの頭を撫でようと苦心する瑞穂。
「ううううぅぅぅぅぅ先輩のばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
わたしが避けると、今度はぴょんぴょんと跳び上がる。
なんだか涙目になってきているし。
うん、かわいそうになってきた。
「……はぁ、わかったから」
「ファッ!?」
「わかったわかった。ただし寮に帰ってからよ。ここじゃ恥ずかしいし」
「……あの男の人にはヤラせてましたのに」
「あれは不意打ちだったし」
目を逸らす。
瑞穂ちゃんの機嫌がさらに悪くなってきたように感じるけれど。
知らない知らない。
これ以上、譲歩はしません。
「ほら、早く帰らないと置いてくよ」
「う~、待ってくださぁい、せんぱぁい!」
スタスタと先を行くわたしの後ろを、慌ててついてくる瑞穂。
幸せだった気分も、なんかいつも通りになっちゃったな。
まあでも、いいか。
この気持ちは、夏までセーブしておこう。
最初の最初に前置きしておいたし。
恋バナが読みたいんだったら他を当たってください、って。
それなのにわたしが恋バナとか語ってたら、ね。
本末転倒、よね。
誰もわたしにそんなの求めてないだろうし。
瑞穂ちゃんに手を伸ばす。
「はい?」と首を傾げる彼女に。
わたしは誘う。
「ほら、手でも繋いで帰ろうよ」
やっぱりわたしには、女同士の友情がお似合いかな。
なんて思ったのだけど。
瑞穂はぷいって横を向く。
早足でわたしの横を通り過ぎた。
「……あたしは二位じゃダメなんですからね。一位じゃなきゃヤなんですから」
なにその事業仕分け感。
いや、全然意味がわからないんだけど。
「どういうこと?」
「知りません」
「何の話?」
「教えません」
「けちー」
「先輩のせいですぅ」
「うーん、わからない」
「……こうなったら寝ているときにでも無理矢理……」
「え、なにが?」
今なんだか、物騒な言葉が聞こえてきたような。
まあ、よくわからないのだけど。
とりあえず、うん。
夏が来るのが楽しみ、ってことで。
この世界はMMORPGじゃない。
人はヒーローになれないし。
わたしだって物語の主人公じゃないけどさ。
けれど。
現実世界だって、悪くないかもしれない、なんて。
そんなことを思いながら、わたしたちは帰路につくのでした。




