60日目(後日談) その1
と。
わたしはタイピングしていた手を止めた。
いやあ書いた書いた。
首を回して肩を揉む。
目がシパシパする。
30日目の日記がこんなに長くなっちゃうだなんて。
バランス悪すぎー。
いやでも、それだけ長く感じたわけですよ。
終わってみたら、ホントに楽しかったけどね。
うん。
あの一日はきっと、一生忘れることができないと思う。
「先輩ー」
聞き覚えのある声がしたと思ったら。
部屋のドアがノックもナシに開かれる。
わたしはこめかみを押さえた。
闖入者に苦言を呈する。
「キミね、プライベートな部屋に入るときには、せめて一言ね……」
「ねえねえ先輩先輩。これすっごく似合ってないですかー? ヤバくないですかぁー?」
聞いちゃいねえ。
その場でくるりと回る後輩。
ああ可愛い可愛い。革で作った帽子だね。
“ピンクの髪”にピッタリよ。
え?
クデュリュザを倒したから現実に戻ったんじゃ、って?
戻す……戻すが……
今回、まだその時と場所の指定まではしていない……
そのことをどうか諸君らも思い出していただきたい……
つまり……クデュリュザがその気になれば、現実世界への帰還は10年後、20年後ということも可能だろう……
ということ……!
などとクデュリュザさんが言ったかどうかは知らないけど(多分言ってない)。
わたしたちはまだ仮想現実の中にいました。
あれれー? なんでー?
なんでも知っている3年B組イオリオ先生に聞いてみた回答がこちらです。
『あれは仮の姿だったようだな。本体はどこか別のところに潜んでいるのだろう』
すっっっっごいアッサリと答えましたあの人。
つまり……
そう。
モモちゃんに誓いの言葉を吐いたのも。
小説書いてますと公言したのも。
全員で絶対に帰ると言ったのも。
全部、全部、茶番だったわけです。
死にたい。
「うう、具合悪い……」
しかもわたしは【犠牲】の代償で……
そりゃあもう弱ってます。
なんか、この衰弱三日間続くんだってよ……
スキルもステータスも相当下がったし、一期一振はないしブリガンダインはボロボロになってモモちゃんに一旦返したし……
テレビも無いし、ラジオも無いし、自動車もそれほど走ってないし……
白刃姫さま、見る影もない……
「でも」
瑞穂ちゃん……
もとい、ルビアがわたしに寄り添って、幸せそうに微笑みます。
「お互い、生きていて……ホントに、良かったですね♡」
うん、まあ……
うん、まあ……?
そうね……色々と腑に落ちないけどね……
わたしはベッドに寝転びました。
うーん。
結局、ルビアENDかー……
王道だけど、モモちゃんとかよっちゃんとかさー……
そういうルートがあったんじゃないかなー、なんて。
まあ、これから頑張ればいいか……
とゆーわけで、最終日(30日目)終了デス。
ルルシィさんの勇気が世界を救うと信じて……
「ご愛読ありがとうございました!」
と。
わたしはベッドから起き上がる。
起きた瞬間に、このガッカリ感ね。
わたしはうなだれます。
もしかしたらああいう未来もあったのかもしれないけど。
やるせない。
「……また『666』の夢見た」
あれから一ヶ月が経った。
シャワーを浴びたわたしは、髪を梳かながらケータイさんをいじる。
検索、しっくすしっくすしっくすざらいふ、と。
うん。
特に新しい情報はなし、と。
日課となった作業を終えて、伸びをした。
朝ごはんは、どうしようかな。
うん、テキトーにパンでもかじっていよう。
作るの面倒だし。
アイテムバッグから一発で取り出せないし……
歯を磨き、それから鏡の前に座って軽くメイクする。
『666』から戻ってきた直後なんて、あまりにもお化粧しなさすぎて、やり方忘れていたからね。
あるまじき乙女。
はー、便利だったなあ、ルルシィさんの体。
不便なことよのう、ニンゲンの体……
ぺちぺちと自分の頬を叩く。
鏡の前でため息。
小ざっぱりとした格好に着替えて、クリアケースを持つ。
さ、ガッコー行くかー。
扉を出てカギをかけたところで。
……あれ、瑞穂きょう出てないな。
気づく。
隣の部屋のドアノブに手をかけると、するっと回った。
うわ、あの子カギかけ忘れているし。
不用心だけど、わたしも人のことを言えない。
なんせ、『666』のプライベートルームは完全オートロックだった。
一ヶ月のVRMMO生活は人を堕落させる。
間違いない。ここに実例がいるのだ。
部屋に足を踏み入れてすぐ、わたしは顔をしかめた。
「……瑞穂ちゃん、いくらなんでもこれは」
ワンルームの部屋の中。
物が散らかり放題なのである。
コスメ、雑誌、携帯ゲーム機、雑貨……
これが、わたしが命を賭けて救った女子の末路である……
おお現実……現実ってやつはもう……
足の踏み場もない中、わたしは爪先立ちでベッドに向かう。
マジこういうの、百年の恋も冷めるってやつよね……
一応、瑞穂のために弁明をしておくとするとね。
本来はこの子、整理整頓は得意なほうでしたよ。
きれい好きだし。
一人暮らしにかなり憧れを持っていたからね。
そりゃもう気合入れて自分の部屋で、粘着テープの貼ってあるコロコロしてましたよ。
でもだめね。
絶対に散らからない環境に一ヶ月も身を置くとこうなっちゃうの。
だって全部アイテムバッグに詰め込めばいいじゃん、って。
そういう思考回路に陥っちゃうの。
この世界にはそんな四次元ポケットはないのである……
わたしはため息をつく。
ベッドでスヤァとお眠りなさっている瑞穂ちゃん。
にこにこしちゃって。
良い夢見てらっしゃるんでしょうね。
この辺りだけ切り取れば、どこぞのお姫さまですか?って感じなんだけど。
いかんせん、部屋の惨状を見た後だとね……
萌えないね……
っていうか目覚まし時計抱いたまま寝ているし。
「こらこら、遅刻するよ」
ぺちぺちと頬を叩く。
むにゃむにゃと口を動かしてえへへと笑う瑞穂。
うーん、この後輩。
お布団の上からでも明らかに主張している胸でも揉んでやろうかしら。
「ほーらー、みーずほー、起きてー」
キミ、朝弱いんだからいつも早く起きないとだめでしょー。
むにーっと頬を引っ張る。
「うぅ~ん……」
すると瑞穂が目をこする。
そのまま寝返り。
……また一眠りするつもりだコイツ。
ため息をつく。
仕方ない。
「ほら、ルビア、起きなさい、ルビア!」
少し張りのある声を耳元に飛ばす。
すると、彼女はぱっちりと目を開いた。
「ふぁ、ファッ? せ、先輩?」
がばっと身を起こして。
眼を輝かせて。
きょろきょろとあちこちを見回して。
徐々に表情を暗くして。
その視線がわたしの前で止まって。
顔を見て、胸を見て、再び顔を見た後に胸を見て。
大きな大きなため息。
「はぁぁぁぁ~~……ルルちゃんじゃありませぇん……ルルちゃんだったらもうワンサイズ……いや、ツーサイズぐらい……」
手で胸を掴もうとして、しかし空を切るようなジェスチャーを繰り返す。
「うん。上等だ、表に出やがれ」
笑顔に怒筋を引きつらせて、わたしは親指で部屋の外を指す。
「べっつにぃ、きょうの一時限目は、やらなくても良い日でしたのにぃ……」
「そんな日ないの。自分のお金で通っているわけじゃないんだから、真面目にやんなさい」
「ぶぅ~」
唇を尖らせながら下着姿で鏡に向かうルビア……もとい、瑞穂。
そこだけ見ると、テキパキとナチュラメ(ナチュラルメイク)をキメるメチャモテっ娘なんだけど。
いかんせん瑞穂。悲しいかな瑞穂。
「はー……きょうもまた、ドミティアにいる夢を見ちゃったんですよぉ……」
ため息で鏡を白くしながら、手を動かしています。
まあわたしもだけどね。
でも、そんなことはおくびにも出さず、腕を組む。
先輩の威厳ってやつよ。
「あれはもう一ヶ月も前に終わった話なのよ、瑞穂」
「わかってますけどぉ~」
瑞穂はクデュリュザに魂を食べられちゃったけれど。
結局、そのときのことはなにも覚えていないみたい。
わたしをとっさにかばったことすらね。
もしかしたら恥ずかしいから忘れたことにしているのかもしれない、けど。
この瑞穂だからなあ。
ナイナイ。
「でもでもぉ~」
彼女はぶりっ子のように肩を揺らす。
「今となっては、ホントに夢じゃないのかって思いますよねぇ~。どうして時間が経ってないんでしょうかぁ~」
「そうね」
そう。
わたしたちが経過した一ヶ月という時間は、なかったことになっている。
『666』に突入したのが5月の某日。
そして戻ってきたのも……
5月の某日。
わたしはパソコンモニターの前で一瞬気絶していただけだった。
もちろん、瑞穂も。
まるで集団催眠のようだった。
『666 The Life』の扱いは世間的には、公開と同時にバージョンに致命的なバグが発生。そしてやむなく稼働中止という発表がされていた。
期待していた人も多く、だがしかし新たな会社の第一作ということもあり……
『666』について語るスレッドは最初こそ落胆と消沈、罵倒のコメントであふれていたものの、それらもすぐに忘れ去られていった。
世間ではアーキテクト社と『666』についてはもう終わったことになっている。
だが。
わたしはケータイを意識する。
まるっきりおかしなことがなかったわけではない。
瑞穂には言ってないけどね。
「いいから手を動かす、瑞穂」
「ふぇ~~~ん……」
パンパンと手を鳴らす。
瑞穂は泣き真似をしながら急いで、桃色の唇にグロスを塗る。
依然として『666 The Life』についての続報はない。
アーキテクト社の行方についてもだ。
世間的に『666』についての関心もない。
当然だ。
わたしたちは一瞬の間に30日間の体験をしただけだ。
そこにはなんの事件性もない。
閉じ込められた人間は5000人以上いたようだが。
それでも、やはりなんの騒ぎにもなっていない。
だって、電脳世界に閉じ込められた! なんて言ってもねえ。
2chでもTwitterでもSNSでも、まともに話を聞いてもらえるわけがない。
だからわたしたち『666』プレイヤーは新たなコミュニティを作っていた。
本物のプレイヤーだけが集まるSNSだ。
その名前は<キングダム・コミュニティ>。
うん、まあ、もうわかるよね。
そうです。あのレガトゥス(軍団長)さまが立ち上げたSNSです。
あいつ、ホントなんでもできるのな。
理工系の大学生って言ってたけど。
まあいいや。
ちなみに現在コミュニティメンバーは500名強。
どう見ても、地球版<ゲオルギウス・キングダム>のギルドです。
本当にありがとうございました。
『666』時代の友人といえば、イオリオとシスは夏休みにこちらに遊びに来ることが決まっていた。
最初は電話でもお互い緊張していたものの、何度かスカイプを繰り返すうちに堅さも取れてきて。
元々ドミティアでもボイスチャットをしていたみたいなものだったしね。
今では一緒にFPSや手頃なアクションゲームを協力プレイして楽しんでいます。
モモちゃんやよっちゃんも招待して、慰労会を開く予定ですからね。
会える日が楽しみです。
瑞穂とともに大学への道を歩む。
女子寮から大学までは歩いて10分ほどの距離だ。
途中大きな道路を通るけれど、この時間に辺りを歩いているのは学生ばかり。
「ふー、最近お天気いいですよねぇ~」
日差しを手のひらで遮りながら、瑞穂。
彼女とわたしは約13-4センチの身長差があるのだけど。
ルビアちゃんが瑞穂よりさらに10センチぐらい小さかったからなあ。
体型がほぼ同じわたしと違って、しばらくの間歩くことに難儀していたそうです。
高さ10センチのヒールを常に履いているようなもんらしいしね。
その間、杖の代わりにでもなれればってさ。
ずっと手を繋いだり腕を組んだりしていたから。
ほらもう、視線。
外に出ると、学生たちからの視線が……
あの人たちソッチ系なのね、的な。
ああ、アッチ系のあのふたり、きょうも仲良しそうね、的な。
やめてください、わたしはノーマルです。
ていうか完全に瑞穂のせいなんです。
この子があることないこと構内で振りまいているから……
「先輩はわたしの彼氏ですよぉ」とかそんな。
「あたし将来先輩と結婚して養ってもらうんです。日がな一日ゲームばっかりしていい専業主婦ですぅ」とか。
それを聞いた周りの人の反応ね。
『ああ、あの人ソッチ系だったんだ……』とか。
『やっぱりねえ』とか。
『そうだと思ったー』とか。
やっぱりってなんだよオイ。
ジト目で睨んでいると、瑞穂と目が合う。
「えへへー」
髪をくるくる指でいじりながら、微笑み返された。
時々思う。
この子、あえてそういう噂を流すことによって、わたしを男性から遠ざけているのではないか、と。
合コンの誘いとか前はチラホラあったのに、この子がうちの大学入った今年度からゼロになっちゃったし。
いや、さすがに考え過ぎか。
考えすぎ……か?
うーん……
腕を組んで悩んでいる最中だ。
わたしは首の後ろにピリッとしたものを感じた。
別になんだってわけじゃないけど。
車道を見やる。
信号のない交差点だ。
ひとりの女子が横断歩道の前に立っている。
今年入ったばかりの新入生だろうか。
とりあえず見たことがない顔だ。
彼女は右を見て左を見て、さらに右を見て渡ろうとした。
うん、模範的な態度で好感が持てる、のだけど。
「先輩、どうしたんですかぁ?」
わたしの肩越しに、にゅっと顔を出すつま先立ちの瑞穂。
なんだろうね。
「いや別に、どうってわけじゃないけど」
なんとなく気になっちゃったんだ。
すると後輩はなぜか頬を膨らませる。
「へー、かわいい子ですよねー。へー。へー」
「う、うんそうね。って何? 急に何?」
「べっつにぃ~?」
あら腹の立つお顔。
でもかわいい。悔しい。
内心、そんなことを思って。
うん、まあいいや。
わたしは最後にもう一度だけ振り返ってから歩き出そうとして。
交差点。曲がり角からトラックが突っ込んできていた。
まるでヘッドライトを浴びた猫のように、女の子は固まっている。
ぶつかる。
わたしの体はとっさに動いた。
クリアケースを放り投げて、駆ける。
「あっ、せんぱいっ!」
あれこれ考えている余裕はなかったけれど。
でもいくらなんでも無茶だ。
靴はスニーカーで、短距離走には自信もある。
けれど、この距離を一瞬で縮めるのは物理的に不可能だ。
ドミティアでもなければ――
わたしは地面を強く蹴った。
体が軽い。
視界が目まぐるしく動く。
気がついたときには。
わたしは女の子を抱えていて、車道に仰向けに倒れていた。
なにがどうなったのかはわからなかった。
とにかく無我夢中だったんです。
多分、トラックがぶつかる寸前に女の子を抱き締めて道路を転がったんだと思うけど……
これが火事場の力ってやつかしら……
と、トラックが平然と走り去ろうとしているのを見て。
ハッと我に返る。
「あのやろ」
ケータイを取り出し即座に写メを起動。
しかし時既に遅し。
くう、ひき逃げ犯め。
ブレーキすらかけないとか、どういうつもりだ!
ナンバープレートを覚える時間もなかった。
あとでじっくりと目撃証言を調べあげてやる。
それよりも、今は。
わたしは女の子に向き直る。
「あ、キミ、大丈夫?」
女の子はわたしの腕の中で、まだ凍りついていた。
よっぽど怖い思いをしたんだろうな。
わたしは彼女を軽く抱きしめる。
背中を撫でた。
「よしよし」
するとようやく彼女は反応をしてくれて。
「あ、えと、あの、はい」
軽く腕をタップされたので、離す。
小柄で華奢な子だ。
わたしぐらいの身長があったら、助け切れなかったかもしれないと思う。
良かった。
「怪我とかはない? 平気?」
「あ、その、ええと……お、おかげさまで……?」
「そっか、良かった」
なんとなく彼女の頭を撫でる。
すると女の子は顔を赤くして目を逸らす。
あら、なんか間違ったかな。
「にしても、危ないよね。ここの交差点は信号がないからたまにああやって突っ込んでくるやつがいるんだ。気をつけて」
「は、はい……ありがとうございます、先輩……」
「うむ。後輩」
偉そうにうなずく。
すると彼女はわたしの手の中にあるケータイを見て表情を変えた。
「あ、そ、それ」
「うん?」
見やる。
そこにはわたしのPCが映っている。
なんの変哲もないPCだ。
だけど画面に映っている文字が特殊だ。
あの日、『666』からこの世界に帰ってきた直後。
PCに表示されていた文字列である。
プログラミング言語ではない。
それどころがこの地球上のいかなる言語とも合致しない。
それは《RD言語》だった。
それもまるで紙を破ったように中央に亀裂が入っているのだ。
なにかの手がかりになればと思って、とっさに写真に撮っていた。
これはまだレスターやイオリオなど、数人にしか見せていないものだ。
そんなもの、普通の子が見てもどうも思わないだろうけれど……
「これがどうかした?」
「い、いえ、その」
彼女は頬を赤らめながら、いやいやするように両手を振る。
それから慌てて鞄の中からメモ帳取り出す。
なにかを書き込むと、その紙片をちぎって渡してきた。
「そ、その、これ、わたしの連絡先で、その、今ちょっと急いでて、その、すみません! でもあとで、あとでぜひぜひ、お礼をさせて、お話聞かせてくださいー!」
まくし立てると、彼女は猛烈な勢いで頭を下げて。
そのまま走り去っていってしまった。
うーむ。
嵐みたいな子だ。
でも元気そうで良かったな。
ぼけーっと車道に座り込んでいると。
後頭部をひっぱたかれた。
しかもかなり強めに、だ。
「痛い」
「先輩……あんまり無茶しないでくださいね……」
腕組みをした仁王のような瑞穂ちゃんである。
あれ、呆れられている?
良い事したのに。
「この世界じゃ、死んだら死んじゃうんですから……寺院とかないんですからぁ……」
「常時デスゲームとは恐ろしいよね」
「まったく、向こう見ずなんですから……」
「面目ない」
首根っこ掴まれて、歩道に引っ張られてゆく。
瑞穂はわたしにケータイを見せてきて。
「はい、こちらです」
「おー」
ばっちりとトラックのナンバープレートが写ってます。
パチパチと手を叩く。
さすがやればできる子(けどめったにやらない子)の瑞穂。
彼女は目を伏せて口元だけで笑う。
「まったく、先輩をこんな危ない目に合わせるだなんて……ケーサツさんに突き出すだけでは足りませぇん……あたしが個人的に追い詰めて、それからじっくりと家庭を破壊してやりますからぁ……」
「瑞穂ちゃん、顔がこわい、こわいですよ」
冗談だろう。
うん、きっと冗談だろう。
深く考えると怖いのでそれはいいとして。
わたしは立ち上がろうとして。
「あ、いつっ」
顔をしかめた。
さっき跳んだとき、足をひねっちゃったのかも。
やはり瑞穂が大きなため息。
「もー、あんな無茶苦茶な動きするからですよぉ……」
「そ、そんなに変だった?」
「そりゃもぉ、サーカスの曲芸師さんみたいでしたよぉ」
「そっか……不思議だなあ」
バク転はおろか、側転だってまともにできないわたしなのに。
わたしの脳にかけられていたリミッターが解除されたのか……
これからわたしは未知の力に目覚めて……
はいはい、妄想妄想。
瑞穂はちょっと迷った挙句、ひざまずいてわたしの足をさする。
「痛めたのって、こっちの足ですかぁ?」
「うん、そうみたい」
「えっとぉ……」
瑞穂は唇に指を当ててから。
それから、つぶやく。
「パール・イリス……《ヒール》ですぅ」
お、おお?
瑞穂の手に触られたところが、じんわりと温かくなってきて……
って、さすられているんだから当たり前だって。
「残念ながら、わたしのHPゲージは回復しないよ、ルビアちゃん」
「むむぅ」
瑞穂は訝しげに首をひねり。
ぽん、と手を打った。
「なるほどぉ、触媒がありませんでしたぁ」
そういう問題じゃないと思うよ、ルビアちゃん。
諸君、これがゲーム脳の恐怖ってやつです。
一ヶ月間のドミティア生活は、わたしたちに深刻な影響を与えていたのです……