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ルルシィ・ズ・ウェブログ  作者: イサギの人
最終章 斬滅のサクリファイス編
56/60

_◆ 30日目 ◆◆_ その14

 

 ――【犠牲サクリファイス】の効果時間、残り20秒。

 これがわたしに与えられた、最期の20秒。


 脳神経が灼き切れてしまいそう。

 

 

 わたしは姿勢を低くして突っ込む。

 クデュリュザは翼を羽ばたかせて、竜巻を繰り出してくる。

 風と風の隙間を狙い、飛び込む。

 一歩間違えば、当然即死。

 でも曲芸はお手の物。

 格子状に入り組んだ刃の中を、くぐる。


 わたしの体からドッペルゲンガーが分離した。

 彼女はわたしの行動を追従するだけではない。命令にも従ってくれるようだ。

 分身は怪物の翼を刻み、わたしもまたそれに続く。

 そのまま竜の体を蹴り、クデュリュザの背後に回り込む。

 わたしとその影は剣の嵐のようにクデュリュザの周囲を飛び回る。

 最終形態の邪神は完全に封殺されていた。

 クデュリュザのHPが少しずつ減る。


 だが、わたしには時間がない。

 このままじゃだめだ。

 チェインメイルの下に着ていた肌着があらわになってゆく。

 ついに耐久値が限界を迎えたのだ。


 レスターたちも旗色が悪い。

 彼らには《RD言語魔術》が次々と打ち込まれていた。

 残り二本の竜の首なのに。

 それでも弱ったファランクスを始末するだけの攻撃力はあるようだ。

 何人かがやられている。

 よっちゃんが自らの命を賭して一本の首を討ち取ったけれど。

 でももう、レスターたちに高火力を叩き出せるアタッカーは残っていない。

 まだ生きていられるのは、ギリギリ魔術師たちが持ちこたえているおかげだ。


 でも、それさえも風前の灯火で。

 イオリオの【叡智】が切れたら、わたしも彼らも全滅してしまうだろう。

 どこかでリスクを背負わなければいけない。

 もう残り十数秒もない。

 どこで。

 

 クデュリュザが向きを変え、わたしに拳を叩きつけてくる。

 ここだ!

 迷わず、踏み込む。

 跳んだ。

 竜の爪がわたしの頬をかすめる。

 髪が何本か宙に舞う。

 それでも目を逸らさず、飛び込んだ。


 その結果。

 ようやくたどり着いた。

 クデュリュザの急所。

 その頭部だ。

 両手で握りしめた一期一振を神の脳天に突き刺す。

 戦神の叫び声。

 クデュリュザのHPゲージが目に見えて減った。

 

 しかし、その一撃でついにわたしの愛刀は根本からへし折れてしまった。

 あと少しなのに!

 腰から引き抜いたソードブレイカーを同じように頭部に埋め込む。

 だがそれは、わたしのSTR値に耐え切れなかったようだ。

 たったの一刺しで短剣もまた砕けてしまう。

 クデュリュザのHPが減る。


 だめだ!

 もっと耐久力の高い武器じゃないと。

 竜巻に狙われて、わたしは飛び退かざるをえない。

 絶好の機会を失ってしまった。

 武器耐久値を犠牲にしたからここまで減らせることができた。

 武器耐久値を犠牲にしたからここから減らすことができない。

 二律背反がわたしの脳にアラームを響かせる。

 武器だ。

 武器がほしい。


「白刃姫!」「マスター!」「ルルシィール!」


 レスターとシスとイオリオが同時に叫んだ。

 視線はクデュリュザに固定したまま。

 わたしには彼らがなにをしたかわからないけれども。

 きっと彼らならこうしてくれると信じて両手を伸ばした。

 腰を低くして、飛び込む態勢を作ったまま。

 待つ。


 来た。

 少しだけ背中が濡れたような気がして。

 手のひらに張りつくような感触もして。

 わたしは握り締める。

 左手にレスターの振るっていた超大剣。

 右手にシスの使っていたスレッジハンマー。

 彼らは投げてくれたのだ。

 なんて乱暴なトレードなのかしら。

 でも、本当にありがとう。


 左からレッドドラゴンの腕部が迫る。

 一本一本がバスタードソードのような長さの爪。

 わたしは逆手に持っていた超大剣を突き出す。

 まるでパイルバンカーのように、だ。

 超大剣はクデュリュザの手のひらを貫いた。

 そのまま、渾身の力で投擲。

 スキルなんてないけれど。

 力づく。


 肩が外れたような感触がした。

 スキルもないのに無茶をするから。

 自嘲気味にわたしの中のわたしが笑う。

 だけど完全解放(オールベット)の【犠牲】はそれすらも許してくれる。

 超大剣は壁に突き刺さる。

 深く刺さって、そうは抜けないだろう。

大破ブレイク》がこのマップの壁面に作用したのだ。

 クデュリュザの右腕は縫い止められた。

 代わりにわたしの左腕も動かなくなったけれど。

 クデュリュザのHPが減った。


 間髪入れず。

 右方から再びクデュリュザの拳だ。


「ドッペルゲンガー!」


 わたしをかばうように影が現れる。

 彼女はすでに片腕でスレッジハンマーを振りかぶっている。

 まるでトラックのような圧力で迫る腕に。

 ハンマーを叩きつけた。

 ミサイルを撃ち落としたような轟音と衝撃が空間に伝播する。

 神の拳は地面にめり込んでいた。

 スキルなどもはや意味を成さない。

 STR値(サクリファイス)だけのデタラメな一撃。

 クデュリュザのHPが減る。


 あと少し。

 本当にもう少し。

 だが、このHPをレスターたちはもう削れない。

 彼らにとってはとてつもなく遠いHPだ。

 わたしが殺さなければならない。

 わたしとクデュリュザの頭部の間にもはや障害物はない。

 駆けて、このハンマーを振り下ろすだけ。

 ウサギを狩るより簡単だ。


 だが。

 走り出した瞬間。

 手の中にあるスレッジハンマーが音を立てて割れた。

 砂のように細かく砕けてゆく。

 これでは役に立たない。


 どうして!

 ドッペルゲンガーが振るったことで耐久値が失われた?

 いや、違う。

 わたしのHPとMPの消費も“加速度的”に増えている。

 耐久値は武器ごとではなく、わたしを基準に減少していっているのだ

 これではもう、どんな武器を扱ったところで同じだ。

 等しく役に立たない。


 残り時間は数秒。

 クデュリュザは口を開く。

 ファイアブレスでわたしを滅ぼそうとしている。

 もはや退路はない。

 進むしかない。


 あと他に。

 わたしになにがある?

 なにを犠牲にできる?

 どうすればいい?

 クデュリュザはもう目と鼻の先。

 なにか。

 なんでもいい。

 なんでもいいから。

 まだなにか残っているのなら。

 魂を捧げてもいいから。

 あと一撃。


 気づく。

 MPが残っている!

 でもなんで。

 ハッとする。

 そうか。

 わたしが両手を伸ばしたあの時に。

 レスターは剣を、シスはハンマーを。

 そしてイオリオはMP回復薬を投げてくれていたのだ。

 なら魔術でトドメを。

 今のわたしならできるはず。


 いやだめだ――


 アイテムバッグが失われた!

 触媒がない。

 他に何か。

 踏み込みながら自問を繰り返す。

 風魔術の触媒を。


 羽飾り。

 もうない。

 初期バッグ。

 駄目だ、システムロックで外せない。

 渡航免状。

 貴重品は触媒に使えない。

 微量の風。

 地獄の底では吹いていない。


 触媒がない。

 触媒がない。

 触媒がない!


 あと数秒――

 

『“風術”は攻撃と補助が半々だ。水術との組み合わせで強力な“雷術”が使えるようになるらしい。主な触媒は、植物や鳥の羽などだな』

 

 以前に教えてもらった言葉。

 イオリオの声が頭に響いた。

 鮮烈に。

 脳に閃く。

 植物。

 そうだ。

 あった。

 あったじゃないか。

 眼前にレッドドラゴンの頭部。

 もはや触れられるほどに近く。

 アイテムバッグに手を伸ばす。

 植物。

 紙。

 大量の紙がさ。

 あったじゃない。 


 日記。



 ――ルルシィ・ズ・ウェブログがさ。


 

 片腕が動かないから。

 ドッペルゲンガーが右腕で竜の上顎をこじ開けて。

 わたしが下の顎を押さえこんで。

 腕を突き出す。

 もう狙いなんてどこでもいい。

 とにかく。

 口の中だ。

 ぶち込んでしまえばいい。

 残り時間は数瞬。

 炎に照らされながらわたしは日記を掲げる。

 正真正銘これが。

 最後の一撃。


 吹き飛べ。

 この世界から。


「――ヴァユ・グランデラ・エルス!」


 翠の塊がクデュリュザの口の中で膨れ上がった。

 今まで見たことがないほどの巨大さだ。

 これならいける。

 

 同時に日記が輝いて。

 わたしは発動のキーを叫ぶ。

 

「《ウィンドバースト》!」

 

 風の魔術は荒れ狂う竜巻となり。

 レッドドラゴンの口内で炸裂した。

 もうほとんど風術のスキルも残っていないはずなのに。

 凄まじい威力だった。

 でも、どうして。

 


 あるいはそれは、わたしが30日間かけて書き綴ってきた想いを触媒(ぎせい)にした結果だったのかもしれない。


 

 クデュリュザの頭部が滅裂すると同時に。

 わたしの手の中から日記が弾け飛んだ。

 

 日記はほどけてバラバラになって。

 細かく砕けた紙片は高く高く舞い上がった。

 ひらひらと、そよそよと。

 雪のように、花びらのように。

 わたしの冒険そのものだった日記の欠片は宙を舞う。

 ああ……、とため息が漏れた。


『なんと……これが、人の子の、力か……哀れなり、愚かなり……覆滅の時は、終わらぬぞ……終ワラヌゾォオォオオオオオオオオオオォ――』

 

 残っていた二本の首が同時に言葉を発して。

 そのまま塩の柱に変わってゆく。

 クデュリュザの体が力を失って地面に沈み込んでいって。

 その前で、わたしは天を仰いでいた。


 

 勝った。

 勝ったんだ。

 わたしたちは勝った。

 だからもう、お別れだ。


 耐久値を失った日記はわたしの手のひらに落ちることもなく。

 空中で光の粒となって消えてゆく。


 わたしを突き動かしていた熱情が霧散してゆくのを感じる。

 なにもかもが体から抜けてゆく。

 立っていられなくなって、わたしはその場にへたり込んだ。

 左腕を抑えながら、広場の空を見上げる。

 世界は遠く。

 はらはらと舞う紙片だけがわたしの目に映った。



 終わったんだ。

 そう思った。

 

 終わっちゃった。

 そう感じた。


 

 初めてのクエストで稼いだお金で買った初めての日記帳。

 それが気持ちよさそうに空を漂っている。

 

 少しずつドミティアが遠ざかってゆく。

 眠りに落ちるようにあらゆる感覚が薄れてゆく。

 ああ、待って。

 もう少しだけこの光景を。 

 もう少しだけ見せていて。

 胸が締めつけられて。

 苦しくなるようなこの光景を。

 あと少しでいいから。

 

 わたしは手を伸ばす。

 だけど、紙片は掴めない。

 

 もう届かないのだ。

 あの日々には。


 どうしてだろう。

 涙が溢れて止まらなかった。

 

 ページに記されたその一文字一文字が。

 わたしの滲んだ視界に飛び込んでくる。

 それはまるで走馬灯のようだ。

 記憶が駆け抜けてゆく。

 


 キャラクターをクリエイトして。

 なにもわからないままこの世界に飛び込んで。

 初めてのクエストでウサギに手こずって。

 オークに絡まれて。

 シスとイオリオに助けられて。

 瑞穂を見つけて。

 ギルドを作って。

 初めてのダンジョンを冒険して。

 モモちゃんと海を渡って。

 新たな土地に感動して。

 ゲームの中で人を殺めて。

 ゲームの中で告白をされて。

 レスターと知り合って。

 この世界から抜け出す手助けをして。

 いつしかそれがこんなところまで来て。

 クデュリュザを倒して。

 

 感傷や哀感じゃない。

 この感情の名は“離愁”だ。



 立ちすくむわたしの前、クデュリュザの体が崩れてゆく。

 それを見送るわたしの指先も、また。

 

「ルルシィール!」


 イオリオかシスか、あるいはレスターか。

 生き残った彼らがこちらにやってくる。

 彼らの体はまだ実態を保っている。

 どうやらわたしだけ先にお別れのようだ。

 HP残量はゼロだったが、それでも寺院に戻るような素振りはない。

 この世界の法則(システム)が変わったのだ。

 ということは、わたしの生き返る先もどこになるのかわからない。

 寺院か、寮の椅子か、病院のベッドか、あるいは魂の牢獄か。

 願わくば、元の世界に戻りたいけれど。

 戻れるよね。

 信じるしかないよ。

 信じよう。

 

 うん。

 良かった。

 良かったよ。

 きっとこれでルビアも助かるよね。


 

 わたしはゆっくりと立ち上がる。

 寂しいけれど。

 きっと悔いはないよ。

 だって、別れは寂しいものでしょう。


 だからわたしは振り返ってさ。

 笑顔で手を振るよ。

 さようなら、『666 The Life』。

 さようなら、ルルシィ・ズ・ウェブログ。

 


『――ルルシィール!』



 そして。


「ありがとう、みんな」

 

 

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