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ルルシィ・ズ・ウェブログ  作者: イサギの人
最終章 斬滅のサクリファイス編
54/60

_◆ 30日目 ◆◆卍 その12

 

 ◆◆

 

 

「先輩これ見てくださいこれ見てください!」


 夏休み。

 初めての大学生活に、初めての寮生活を経験して。

 ちょっぴりオトナになったようなそうでもないような。


 まあそんな感じで。

 実家に帰ってきたわたしの元に、久しぶりの挨拶もそこそこに。

 瑞穂はタブレット端末を突きつけてくる。


「んー?」


 ベッドに寝転んでケータイゲームで遊んでいたわたしは、顔をあげる。

 クーラーの効いた涼しい部屋から出たくないと(わたしが)駄々をこねたので、ここはわたしの自室だ。

 だというのに瑞穂は満面の笑みを浮かべて、嬉しそう。


 きょうの彼女の格好は、キャンディピンクのキャミソールの上に、真っ白なブラウス。スカートにもワンポイントアクセサリー。足の爪まで目立たない程度の桃色マニキュア(ペディキュアっていうんだっけ)を塗りたくっております。こないだ会ったときとはまた違うお色。こまめに変えちゃってまあ。

 アップにまとめた髪は長いのに涼しげで、きっちりとサマースタイルのモテカワ風。


 全体的に、あらあらかわいい、といった感じ。

 うちの大学全体を見回しても、このレベルの美少女はひとりもいないだろう。

 離れてみて改めてわかる、瑞穂ちゃんのハイスペックっぷり。

 ていうか、歩いてこれるような距離なのに、そんなにオシャレしちゃってまあ。

 部屋着でタンクトップにショートパンツのわたしが、まるで女子力低いみたいじゃないか……(違わない)


「おー。新作MMOの話ね」

「ご存知でしたかぁ?」

「ううん知らなかった。最近コンシューマーばっかりで」

「ふふーん、これ、あたしが目をつけたとびきりすごい情報なんですからねぇ」


 正直、瑞穂情報はあんまりアテにならないことも多い。


「ほー、どれどれ」


 身を起こし、タブレット端末を受け取ってページをスライドさせる。

 それは企業が運営している某ゲームサイトの記事のようだった。

 タイトルよりもまず、開発会社が目に留まる。


「アーキテクト社。聞いたことないね」

「なんでも、このゲームのために設立された会社らしいですよぉ」


 瑞穂が隣にやってきて、ベッドのスプリングが軋む。

 なんだかとても女の子の良い香りがして。


「あれ瑞穂、香水つけてきた?」


 そう指摘すると、彼女は驚いたような顔でこちらを見る。

 ぎこちなくうなずく。


「え? ええ、まあ、はい」


 なんか微妙に照れてるみたいだけど。

 センスの良い香り。ほのかに甘い感じね。

 前はそんなの使っていなかったのに。

 ははーん、そういうことか。


「わたしが大学生活している間に彼氏でもできたのね?」

「いいえちっとも」


 あれ、外れた。

 ていうか今度は頬を膨らませているし。


「じゃあ気になる男の子とか」

「女子高でどう知り合えっていうんですか。いいから次のページからが大事なんです次のページからがぁ」


 わたしの脇から手を伸ばしてきて、勝手にページをスライドさせる瑞穂。

 その声には若干苛立ちが含まれているようだ。

 一体なんなの。

 まさに瑞穂心と秋の空。


 まあいいや。考えたって仕方ない。

 記事に目を向ける。


「ふーん、1万を越えるありとあらゆる“スキル”が存在する新作MMORPG、来春サービス開始予定……いや、すごいねこれ」

「ふふぅ、でしょうぉ~?」

「記事に書いてある通りのクオリティだったら、だけど」

「こらこらぁ、疑り深いですよぉ」


 いや、でもこれ結構すごいかも。

 記事にはプロモーションムービーも貼りつけられていた。

 動画を再生する。美麗なグラフィックの世界に、素敵なキャラクターが立ち回りをしている。スキル欄には実に様々な名前が並んでいる。


 今、国産MMOでこれほどのレベルの作品は、そうそうないだろう。


「へえ、いいんじゃないかな、これ」


 ムービーの中ほどでタイトルが現れる。

 ――『666 The Life』

 獣の数字? なんとも不吉なタイトルだけど、その後の部分はシンプルだなあ。


「どうですかぁ?」


 動画再生が終了し、こちらに感想を求めてくる後輩に。

 わたしはうなずいた。


「うん、面白そう」

「じゃあ決まりですねっ」


 瑞穂はきゃいきゃいとはしゃいでいる。

 わたしも指折り数えながら、計画を立て始める。


「それまでにバイトして、PC新調しないと……」


 一体いくら必要なんだろう。

 10万円ぐらいあれば足りるかしら……


「あ、でも瑞穂はその前にお受験があるんでしょ」

「ぎくう」


 わかりやすい悲鳴をあげて固まる瑞穂。


「もう志望校決まったのよね。どこにしたの?」

「ええ、まあ、それが……あたしにはちょっとレベルが高いというか、少し頑張らなきゃいけないところでしてぇ……」


 もじもじしてスカートの裾をいじる。

 基本的に高望みしない瑞穂ちゃんにしては、ずいぶんと思い切ったもんだ。


「ゲームばっかりしちゃだめだよキミ」

「ちゃんと予備校通ってますしぃ!」


 こちらに身を乗り出しながら叫ぶ瑞穂。

 しかし意気消沈する。


「でも……夏を我慢したとしてもですね……年末は、クリスマス商戦は、とっても素敵なゲームソフトがたくさん出るんですぅ……あの大作ゲームの続編とか、あの会社の新作ソフトとかぁ……」

「諦めなさい」


 わたしも去年通った道だ。


「うう」


 身も蓋もないわたしの言葉に、彼女は頭を抱える。

 まあでも、その代わりといったらアレだけど、大学入ったらしばらくは楽できるからさ。


「いいじゃない。大学合格して、それで新しい気持ちで春の新生活を始めようよ」

「……新生活。※ただしネットゲームに限る。ですね」

「どんだけ『666』を楽しみにしているの。大学生活も同じぐらい楽しみにしなさいよ」

「けっこー楽しみにしていますよぉ? えへへぇ」


 ぱちぱちと瞬きをするたびに、ふんわりとしたまつげが揺れて星が飛ぶようだ。

 なんだろう、その意味ありげな眼差しは。

 しかも顔近いし。


「えっと、瑞穂」

「はぁい?」


 彼女の細い肩を押し返す。

 距離を取りつつ、つぶやく。


「……わたしがいなくなって、さぞかし寂しい高校生活を送っているのだね」

「なんかしみじみと言われると悲しくなってくるんですけどぉ」


 半眼で睨まれて、わたしは彼女の肩をポンポンと叩いていた――

 


 

 _◆



 

 どうして今、そんなことを思い出しているのだろう。

 わたしはその場に崩れ落ちていた。

 散々みんなに偉そうなことを言っておきながら。

 仲間がひとりいなくなっただけで、わたしはこのざまだ。


 いつの間にか、涙が頬を伝い落ちていた。

 どれくらいの間、自失の体だったのだろう。

 本来ならそんなの、戦闘中に絶対やっちゃあいけないことだったんだけど。


 数秒か、あるいは数十秒の間だったか。

 沈んでいたわたしを引き上げたのは、決死の呼び声だった。


「……っかりしろ! しっかりしろ!」


 誰かがわたしに叫んでいる。

 イオリオだ。


「まだ大丈夫だ! ルビアさんはきっと助かる! だから今は!」

「……あ……」


 漏れた声はまるで白痴のようだ。

 拳を軽く握り締める。

 

「クデュリュザを倒せばいいんだ! 僕たちならきっとできる! 戦うんだ、マスター!!」

「あいつを……」


 そうだ。

 わたしの目に光が宿る。

 両足に力を込めた。


 大丈夫。

 戦える。

 精神状態なんて関係ない。わたしのパラメータはHPもMPも全回復だ。

 なら立ち上がれ。

 刀を持ち、相手を見据えろ。


 そうだ。

 殺せ。

 殺せばいい。


「ありがとう、イオリオ」


 意識が澄んでゆく。


 状況はひどい。

 まずレスターだ。

 ギリギリで一命を取り留めた彼は手当を受けているが、前線に復帰するにはまだかかる。

 その間にも更にひとりの死者が出ている……


 残るタンクはシスくんを含めて残り三人。

 たった三人でクデュリュザの猛攻を受けて止めているから、魔術師たちも全員で《ヒール》に回っている。


 皆、MPに余裕がない。

 それなのにクデュリュザのHPは残り三割弱も残っている。

 このままでは全滅してしまうだろう。

 けれど。


(だからなに?)


 わたしは己に問いかける。

 ここでクデュリュザを見逃す?

 ありえない。

 口元に笑みが浮かぶ。

 ありえないでしょう? そんなの。


 わたしの大切な後輩の魂を奪っておいて。

 わたしたちを皆殺しにして逃げるつもり?

 許すものか。

 

 わたしは【ギフト】のメニューを開く。

 指を動かして操作する。


 もうなにもいらない。

 瑞穂以上に大切なものなど、ない。

 

 >【武器耐久値】をベット。

 >【防具耐久値】をベット。

  

 720時間。

 ドミティアを生きたこのデータを捧げて。


 >【全所持金】をベット。

 >初期スロット以外の【アイテムバッグ(しょじひん)】をベット

 >【名声】をベット。 

 >【修得した全てのスキル】を限界までベット。 

 

 この世界に。

 引導を。

 

 わたしは立ち上がり、刀を付き出して。

 赤き竜レッドドラゴンに、吠えた。



「――【犠牲サクリファァァァァァァイス】!!」

 

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