◆◆ 30日目 ◆◆卍 その11
わたしが死んでも戦えと。
わたしの代わりに仲間を守れと。
わたしは確かにそう伝えた。
やはり彼女の大きな瞳には、動揺が広がっている。
「そ、そんな、先輩がやられたらって、そんな不吉なこと言わないでくださいよぉ……」
「大丈夫。誰かひとりが生き残って、クデュリュザを倒せばいいのよ。それで、今まで魂を奪われてきたみんなが救われるはずよ。だから、ね」
ルビアは首を振る。
「む、無理ですよぉ……一発でやられちゃいますよぅ……」
彼女の頬を掴んで引っ張る。
「だらしないわよ。勇気出しなさいよ。しっかりしなさいルビア。女の子でしょ」
正面から目と目を合わせて、じーっと彼女を見つめる。
「あなたここまでなにをやってきたの。できるくせにやりたくないなんて、一番かっこ悪いよ。キミの脳みそはなんのためにあるの。あざとさを追求するためだけのものじゃないでしょ」
「む、むー……」
わたしの見え見えの挑発にも、ルビアは乗っかってくれる。
ほら、徐々にその瞳にふてぶてしさが戻ってきた。
「だからあたしはあざとくないですし……」
「でも、『あざとい』という言葉には小利口という意味があってね」
「え、そうなんですか?」
「ただその代わり、思慮が浅いという意味も含む」
「じゃあだめじゃないんですかぁ!」
「だめっていうか、それこそそのままルビアにピッタリだと思うんだけど……」
わたしがうなっていると、ルビアは頭を抱える。
「ううぅ……でも、でもぉ……」
「生き残りたいんでしょ。この世界から脱出するんでしょ!」
「そりゃもぅ生き残りたいですけどぉ……なにがなんでも、ひとりでも……靴を舐めたら見過ごしてやるっていうんだったら、喜んで舐めますけどぉ……」
「そこまでか!」
指をもじもじと絡ませながら『靴舐める』とか言ってんじゃないよ、うら若き女子が。
ていうかレッドドラゴンさん、靴はいてないから素足だよ。
ドラゴンの鱗とかザラザラしてて舌痛くなりそうだよ。
「ま、まあそこまで生にすがりついているなら大丈夫よ」
すると再びルビアはわたしの手を握り。
「だから先輩頑張ってくださいね! あたし、先輩の分まで立派に生きますから……」
「うおい! ヘンなこと言うんじゃないよ!」
彼女の手を引き剥がす。
「そこは『大好きな先輩が死んだらぁ、あたしも後を追いますぅ~……グスングス~ン』って泣いてわたしのヤル気をだね!?」
「先輩、可愛い系の声も結構似合いますね。ルルちゃんって呼んでもいいですか?」
「そこだけ冷静!? 恥ずかしいから嫌だよ! さっきまであんなに怯えてたのにな!」
「ル~ルちゃん♡」
やめろ!
わたしは物理的にルビアの口を塞ぐ。
噛まれた! 痛い!
ぎゃあぎゃあ騒いでいると、medi(MP回復)をしていたイオリオがうなる。
「緊張感がない、って前までは思ってたんだが……」
あ、はいスミマセン。
「戦闘中ですら、馬鹿馬鹿しいことを真面目に騒いでいるそのかしましい姿が、なんだか段々とクセになってきたよ」
うわあ。
イオリオがルビアに毒されてる……
しかし当のルビアちゃん。
「イオリオさんが、先輩に毒されてますぅ……」
あれ!? どういうこと!?
くっそう、誤解が渦巻いている……
と言いつつ二本目の特製水薬を一気飲み。
ていうかそんなことをしている間に、前線がやばい。
そろそろお遊びの時間は終わりのようだ。
<楽団>のタンク役がそれぞれ【ギフト】を使ってしのいでいたけれど、その効果ももう切れてしまうようだ。
ただでさえ<キングダム>の人がやられちゃったから、タンクがひとり少ないんだもの。
「こうしちゃいられない」
わたしは立ち上がり、慌てて参戦しようとした――が、ルビアに首根っこを掴まれた。
「まだ回復終わってませぇん!」
痛い痛い首締まるって。
「いやいや、そんなこと言っている場合じゃないでしょ!?」
今はとにかく人手が必要な場面だ。
このままではメインタンクのレスターが先に死んでしまう。
それだけは絶対に避けないと。
って。
レスターが大盾を構えた防御の姿勢のまま、こちらにふっ飛ばされてきた。
クデュリュザの尻尾でのなぎ払いを正面からガードしたのだ。HPの減りはそれほどでもないが、まずい。
「すぐに散開して!」
わたしは叫ぶ。イオリオやドリエさん、魔術師の方々に。
ターゲットになっているのは引き続きレスターだ。放射攻撃が来た場合、後衛が全員巻き込まれてしまう。
「ルビア、キミもほら! ここは危ないから! わたしが相手よ、クデュリュザ!」
みんなを逃がし、わたしはクデュリュザに《タウント》を仕掛ける。
クデュリュザの目がこちらに標準を合わせる。
ほら、やっぱり。
やっぱりきたよ。
クデュリュザが再びブレスをこちらに向かって吐き出そうとしている。
今度の頭はふたつ。だが、わたしのHPとbuff状況では耐えられるものではないだろう。
でも。
あれ、これって……
ターゲット、わたしとレスターどっちだ……?
クデュリュザと距離が開いてしまっているため、判別がつかない。
もしわたしが狙われていた場合、わたしが走ったら後衛が巻き込まれる。みんなを救うためにも、動くわけにはいかない。
では、レスターが狙われているとしたら……
どうだろう、巻き込まれるかどうか。ギリギリのところだけど……
火線がわたしたちに向かって伸びてくる。光のように早く、それでいて真綿で首を絞めるようにゆっくりと。
狙いはレスターだった。
だけどもう遅い。逃げられない。
あ、巻き込まれるなコレ。
そのときのわたしはまるで自分自身を斜め後ろから見ているようで。
あー、うん。
これは、今度こそ死んじゃう。
死んだね。
あとは頑張って生きて、ルビア。
どん、と軽い衝撃を感じる。
誰かに突き飛ばされた、のだと気づく。
え?
体をひねって振り返る。
ルビアだ。逃げていなかったんだ。
なにかを叫んでいる。
わたしの目にはその光景がスローモーションで映っていた。
彼女の唇が小さく動いている。
なんだろう。なんて言っているのだろう。
手を伸ばす。
――が、まるで踏切に阻まれるように。
――視界を地獄の炎が塗り潰す。
指先に炎がかすめている。
わたしはわたしのつぶやきを、まるで遥か遠くから届いてくるか細い声のように聞いた。
「瑞穂……?」
ファイアブレスが通り過ぎた後。
そこに立っているものはいなかった。
なにも動いていない。
レスターが地に伏せて。
すぐそばで、瑞穂がうつ伏せに倒れていて。
彼らの表情は見えなかった。
心臓の音が痛いほどにうるさい。
慌てて駆け寄ろうとして。
瑞穂の小さい手に。
ぽっ、と蛍のような光が、その指先に灯る。
雪のように白い輝きは、手の先から全身へと広がってゆき、彼女の桃色の髪まで包み込む。
戦場に倒れた乙女の全身は光に満ちて、まるで雪が溶けるように少しずつ分解されてゆく。
いや、ちょっと待ってよ。
どういうつもりなの、それ。
キミ、さっきまで言ってたじゃない。わたしの分まで生きるって。
キミだったら、わたしを盾にしてでも生き残ろうとするんでしょ。
だって、さっきそう言って。
わたしの分まで生きるって、さぁ。
ねえ、瑞穂、起きなさいよ。
ねえってば。
次の瞬間、まるで砂の城をぶち壊すように。
少女の体が砕け散った。
ガラスのように割れた彼女の欠片は寺院に帰ることなく――世界を破壊する戦神に引き寄せられて、その凶暴なあぎとに吸い込まれてゆく。
大事な彼女の魂が。
残らず、“喰われて”いる。
なんて邪悪な光景なんだろう。
わたしは、手を伸ばして、叫ぶ。
「――瑞穂――!」