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ルルシィ・ズ・ウェブログ  作者: イサギの人
最終章 斬滅のサクリファイス編
52/60

◆◆ 30日目 ◆◆卍 その10

 

 多分、みんなも同時に気づいたんだと思う。

 唐突なデスゲームの始まりに。


 レスターが「そういうことかよ……」って言ってたし。

 人間強度が鬼強いルビアですら、泣き声みたいなものを上げているし。


 やばいね。これは心が折れそうになるね。

 死んだらおしまいとか、そんな状態でタンクなんてできる? まともな精神状態じゃないよ。


 わたしたちの体は急に動きが鈍くなる。

 先ほどまで完璧だったはずの連携が乱れてゆく。

 不協和音は徐々に拡大して、このままでは手遅れになってしまう。


「お嬢様、大丈夫です、大丈夫ですから……」

「だ、だだだだってぇぇぇぇ~~……」


 特に<楽団>がやばい。

 リーダーのお嬢様が先ほどからガクガクと震えており、その世話のためにひとりのギルドメンバーがつきっきりで宥めている。

 デズデモーナお嬢様、豆腐メンタル……っ!


 気合を入れるために殴りに行きたいけれど、今はちょっと持ち場を離れられない。

 この状況でひとりでもタンクがいなくなれば、一気に瓦解してしまう可能性すらある。


 ていうかbuffないのきっついなあ!

 やばいやばい。実際ヤバイ級。


「てめえら余計なことを考えてんじゃねえぞ! 手ぇ動かせ、手!」


<キングダム>はレスターの号令でなんとか立て直したが、それでも動きの堅さは取れていない。

 クデュリュザの攻撃は相変わらず熾烈だ。

 わたしたちの勢いが弱まったから、余計にそう感じてしまう。


 イオリオとドリエさんが《ヒール》やbuffを飛ばす。デズモ嬢が役立たずになっているからだ。

 その間、攻撃術は途絶えている。よくない展開だ。


 死んだら終わり。

 その言葉が重くのしかかる。

 

 が。

 叫ぶ。


「大丈夫! みんな、あと半分でしょ!」



 結局のところ、わたしたちはひとりでは勝てない。

 だから仲間が必要なのだ。


「できるって! やれるって!」


 クデュリュザの拳を避け、その頭の一本を斬りつける。

 翼から放たれた竜巻がわたしの体を切り裂く。水薬を含みながらも、わたしはあえて前線にとどまった。


「あと一息じゃん! 倒せば問題ないんだって!」


 戦いにおいて勇気など必要ではない。

 MMORPGで大事なのは、スキルと装備だけ。


 でも、今だけは違う。

 わたしはこの行動が未来を切り拓けると信じて、一期一振を振るった。


「みんなで一緒に帰ろうよ! そうだよ、一緒に帰るんだ!」


 いつの間にか、わたしの横には【狼化】したよっちゃんがいた。最後の追い込みに、接近戦でカタを付けに来たのだ。

 さらにレスター、シスくんもポジションを押し上げてくる。


「ンなの当たり前だ。あのクソ竜だけは、ぶっ殺す」


 ジャベリンを投げつつ、レスター。

 シスくんはハルバード、ナックル、スピアに大剣、ハンマーと多彩に武器を変えながらレッドドラゴンの頭部のひとつを執拗に狙っている。


「いいじゃんか、死んだら終わりでもさ! これが俺の望んだ世界だー!」


 ……ちょっとアッパーな感じにキマっちゃっている戦闘狂シスくんは置いといて。


 ハッと気づく。

 どうやら、途絶えていたbuffの供給も復活したようだ。

 肩越しに振り向けばデズモちゃんは――イケメンに体を支えられながらも――立っていた。

 うわーよかった。

 デズモちゃんが復活しなかったら、本気で全滅するかと思ったよ。


「は、はやく倒しておしまい! ルルシィールさん、レスターさん!」


 ビシっと指差す彼女。

 レッドドラゴンに睨まれて「ひっ」と声を上げたりして。

 ……うん、魔術師で良かったね、デズモちゃん。

 多分前線だったらこんなに早く戦線復帰できなかったと思う。

 まあいいさ、それがパーティー内分業ってもんさ。


 わたしは渾身の力で刀を振り回す。


「あいあいさー! デズモちゃん!」

「だから、その呼び名はっ……も、もう、なんでもよろしいですからぁー!」


 おお、なし崩し的に許可をもらってしまった。

 よーし、おねーさん張り切っちゃうぞー。

 いや、張り切り過ぎました。

 みんなを奮起させるためとはいえ、わたしはひとりでヘイトを稼ぎすぎた。


 そのツケがきた。


 クデュリュザさんの攻撃の中で一番食らっちゃいけないやつね。

 彼が吐き出す天も地も海をも干上がらせてしまうようなファイアブレス。

 これをいかに発射前に止めるかが今までのカギだったわけだけど。

 さすがに、うん、無理みたい。


 わたしは後続を巻き込まないため、全力でクデュリュザの側面に駆けてゆく。


「《クッション・ヒール》!」

「《バブル・アーマー》!」

「《ミスト・ウォール》!」

「《マックス・リバイヴ》ですぅ! 先輩がんばってぇ!」


 四種類のbuffが一瞬にしてわたしの体を包み込む。ありがとう魔術師勢!

 さーて、これでどうなるかしらね。

 刀を突きつけ、迎え撃つ。


「やってやろうじゃん! 来なさいよクデュリュザ! 翼なんて捨ててかかってきなさいよ!」


 レッドドラゴンの三つ首がぱかりと口を開き、そのノドの奥から火炎の粉を漂わせる。

 それらは当然、全てわたしを狙っており……


 あれ、三方向からの同時ファイアブレス?


 そんなの今までしてこなかったよね?

 第三形態になって、本気のやつですか?

 そして紅蓮が放たれた。

 渦巻く火炎流はわたしの小さな体をたやすく飲み込む。


 熱い。やばい。これやばい。熱い。死ぬ。

 あれ、これわたし死ぬんじゃね? やばくない? だめじゃない? 終わりじゃない?

 視界が真っ赤に染まった。

 走馬灯とかそんな感じのは、別になかったけど。

 ただ、ただ、わたしの魂は蹂躙されていた。

 

 


 生きてた。


 ブリガンダインとbuffがなければ即死だった。

 いや、割とマジで。

 震える手で水薬を飲む。

 はー……

 生きているって素晴らしいね。うん。


 すかさずルビアが走ってきて、わたしに《ヒール》をかけてくれる。ありがとうありがとう。

 一方、戦線では抜けたわたしの代わりにシスがカバーに入っていた。


「【加速フリングホルニ】! かかってこーい!」


《タウント》とともにハルバードを構えたシスくんの体から、赤い闘気のようなものが立ちのぼっている。

 己のあらゆる行動速度を倍化することのできる【ギフト】だ。


 目にも留まらぬ速度でハルバードを振り回し、竜の頭部を切り裂く。さらに回転しながらの二撃目。三撃目。

 武器をチェンジし大剣を叩き込んだかと思えば、すでに竜の上空に飛んでいて、巨大なハンマーをその頭蓋にめり込ませている。

 次の瞬間その手には二刀の短剣が握られており、竜を滅多刺しにしながら地上に降り立つ。

 着地した彼は片手剣に盾を構えており、まるで騎士のような姿で竜の攻撃を受け止め、あるいはその有り余る機動力で回避していた。


 まるで舞踊のように美しく、それでいてスタイリッシュな連続攻撃に、わたしは目を奪われてしまう。

 すごいなあ、シスくんは。

 パーティーのために今なにをするべきか、本能で把握している。

 戦っている時の彼は、本当にかっこいい。


 と、シスくんの活躍を見つめている――回復待ちだから見ていることしかできない――と。

 わたしの腕がぎゅっと掴まれた。

 その手は震えている。


「ルビア?」


 振り向く。

 驚いた。あのルビアが涙ぐんでいる。


「せ、先輩……」

「ど、どうしたの、なになに、ルビアちゃん」

「あたし、こわいですよぉ……」

「え、そんな」


 逆らうやつには鉄槌。自分より可愛い娘はこの世にいらぬ。あざとさこそが正義。


「あたしを好きにならないやつは邪魔なんだよォ、でお馴染みのルビアちゃんが……」


 声に出てる声に出てる、とイオリオ。

 聞かれていた。

 けれど、ルビアちゃんはそんな冗談にも乗ってこないで。

 マジメな顔をして、潤んだ瞳をこちらに向けています。


「先輩が炎に巻かれたとき、あたし、先輩が死んじゃったらどうしよう、って思っちゃって……」

「え、あー……そ、そっちかぁ」

「こわくて、こわくて……そんな、ホントに死んじゃうだなんて……」


 ルビアは握ったわたしの腕を離そうとしない。


「……ルビア」


 以前にもルビアが泣いていたことがあったっけ、と思い出す。

 そのときだって彼女はわたしのことばかり考えていて。

 彼女が心配しているのは、いつだってわたしのことだ。

 まったく、先輩思いの後輩で。


 まあね、きっついよね。

 これまでずっとお気楽にやってきたのに、急に「死ぬよ」とか言われてもさ。

 可愛い顔をくしゃくしゃにして、めそめそしちゃってさ。

 そんなのを見ていたら、今すぐ彼女を抱きしめてあげたくなってしまう。

 頭を撫でて、心配いらないよ、とその耳に囁いて。

 気が済むまで、娘をあやすように背中を撫でてあげたくなる。


 でもね。

 ここは戦場なんだ。

 戦場なんだよ。

 わたしは彼女の腕を振り払った。


「あっ……」


 すがりつくような視線を、断ち切るように見返す。

 わたしはルビアを慰めない。

 その両肩を痛いほどに強く握り、言い聞かせる。


「しっかりしなさい、ルビア。わたしがやられたら、次はキミがタンクだよ」


 わたしたちは勝つんだから。

 絶対に、勝たなきゃいけないんだから。

 

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