◆◆ 30日目 ◆◆卍 その9
どんなに努力しようとしても、生まれ持ったギフトだけはどうすることもできない。
ちなみにわたしは自分以外の【犠牲】使いを見たことがないのだけど。
まあそれはいいとして。
数少ない【守護】を初期に選択した冒険者の中で、さらに【聖戦】を使用出来る者をレスターは集めて鍛えあげていたのだ。
まさにずっとわたしたちのターン。
100秒間わたしたちのターン。
鬼畜。
四枚目の辺りでついにクデュリュザの頭は三本が切断され、残り半分。HPも五割を切りました。
再び戦神がうなり声をあげる。
すると今度は浮き上がっていた瓦礫が次々と地上に落ちてきます。
態勢を崩しながらもなんとか地面に着地すると、クデュリュザも飛翔を止めて地に降りてきます。
その眼に燃えるのは、怒りか憎しみか。
『あくまでも屈せぬか、人の子らよ。ならば我が真の力にて、完全に世界から消し去ってくれよう。永劫の監獄で、絶望とともに朽ち果てるが良い』
真の姿!
第三形態だー!
三つ首のレッドドラゴンはより洗練された姿に変わった。
ごちゃごちゃした悪魔のようなデザインだったのが、今は太古から存在する偉大な竜神のようだ。
一対の翼。三つ首。尻尾はトカゲのように雄々しく、四肢は大地を強く踏みしめている。
クデュリュザのその顔は知性を帯びているようで、目だけが爛々とピジョンブラッドのように赤く光っていた。
確かにそっちの姿のほうがかっこいいけど。
すぐに降りてくるんだったらさ。
なんのために飛んでたの? って感じ。
ぷぷ、神様かっこわるぅ。
ニヤニヤ。
「ここからが本当の地獄ってことだな。望むところじゃねえか」
レスターはそんなことを言っているけれど。
まだ【聖戦】の効果は続いている。
さらにあとひとり使っていない人が残っているから、20秒も無敵タイムの猶予があるのだ。
その後にもシスやイオリオたちの【ギフト】も残っているし。
これやっぱり勝ちフラグじゃない?
うへへへ、やったね……
モモちゃん、おねーさん約束守ったよ!
帰ったらふたりで幸せに暮らそうね……
うふふ、パインサラダを作って待っていてくれるかな。
さらば戦神! クデュリュザ、暁に死す。って感じ。
フラグ立てすぎ? うん、わかっている。
でもね、しょうがないじゃない。
これぐらい言わないと盛り上がらないでしょ。
だって余裕なんだからー!
やっぱりこのゲーム攻略のカギは、紛れもなく神様たちからの【ギフト】だったね!
おーら、《爪王牙》ぁ!
はー、防御も気にせず一方的に斬りまくれるなんて、なんて気持ちが良いんでしょう。
でも逆に、歯ごたえがないかな、なんてね?
ぷぷ、もしかしてクデュリュザさん、倒されたくないからこんなところに引きこもっていたんですかぁ?
やだなあ、それならそうと言ってくださいよ。
わたしたちがあっという間に引導を渡してあげるからさぁー!
刀を振るうたびに血が飛び散る。
スキルを使い尽くしたわたしがバックステップしたところに、レスターの超大剣による《インパクト》がスマッシュヒットする。まるで蛙のような悲鳴を上げるクデュリュザ。
そこに更なる追い打ち。駒のように側転しながら放たれるシスくんの炎のハルバードが、竜の鱗に火炎傷を刻む。すかさず武器を《スイッチ》した彼は重い打撃を2,3繰り出して、再び陣形の中へと戻ってゆく。
側部からは<楽団>のタンクがレイピアを振るい、一方的に神を攻め立てている。
アーチャーとよっちゃんは絶え間なく投射武器を当て続け、メンバーでトップのDPS(秒間ダメージ)を叩き出している。
イオリオとドリエさんが同時に放った炎の槍は広場を引き裂いて飛翔し、クデュリュザの翼に着弾する。爆炎が飛び散り、火の粉が辺りを照らす。
「オーッホッホッホ、いいわいいわ! わたくしの描いた通りですわ! 《オール・イベイション》! 貴方たち、キリキリ働きなさぁい!」
なぜか軍団長気取りのデズモちゃんが前衛に再びbuffを唱え、光の衣を授けて回る。
わたしたち15名は、互いに足りない部品を補い合う一個の群体のようだ。
たったひとりでは立ち向かうことのできない巨悪の城を、何十人もの力で貫く破城槌のようだった。
思いっきり振りかぶったレスターの隙を、わたしが《タウント》をして引きつける。
わたしが竜と単独で対峙する場合には、必ずシスくんが横についてサポートに入る。
後衛が強烈な一撃を放ち、クデュリュザがわずかに動き出そうとしたその瞬間には、すかさずレスターが《インパクト》を叩き込んでいる。
【聖戦】の効果が及んでいるものの、だからといって誰も手を抜いていない。
まるで15人それぞれの脳細胞が混合シナプスで接続されているように、わたしたちはお互いの役割を知り尽くしている。
それはとてもとても心地良い瞬間だった。
だったのだが。
亀裂は唐突に入る。入ってしまった。
第三形態になって、クデュリュザの防御はさらに薄く、そして攻撃力はさらに高まっていたのだ。
腕に攻撃を仕掛けていた<キングダム>のタンクが、真正面からゴッドパンチを食らう。
直後、彼の体は光の粒となって弾けた。
「な、ナイトが即死ぃ!?」
思わず叫ぶ。
だって、アレだよ、アレ。レスターと同じようなフルプレートアーマーを着用した正騎士装備の人なのに!
最大HPの9割以上の攻撃を受けてしまえば、【聖戦】はもはや意味を成さない。
だけど、そんなことをやってくる相手がいるなんて思わないでしょう普通!
ゾッとした。
わたしはともかく、シスくんですら一撃死があり得る範囲だ。
こ、こんな化け物と戦えるか! わたしは部屋に戻るぞ!
と、ここまでは普通の寺院送り。
わたしもおちゃらけていた余裕がありました。
違っていたのは――騎士の体から抜けた小さな金色の光が、レッドドラゴンの口の中に飲み込まれていったことだ。
なにこれ。
今度こそわたしは、全身の産毛が逆立つような感覚に襲われた。
思わず辺りを見回してしまう。
イオリオと目が合った。
「まさかとは思うが――」
……まさかとは思うが?
彼はその後の言葉を飲み込んだ。呪言を唱えて炎の槍を飛ばす。
でも、いくらなんでもわかっちゃう。
さすがにわたしでも、気づいてしまった。
ここに突入していった人の末路を考えると、自ずと……
やっぱりそういうこと……?
生唾を飲み込む。
今すぐ頭を抱えておうちに帰ってシャワーを浴びてキンキンに冷えたオレンジジュースを一気飲みしてモモちゃんかよっちゃん辺りを抱き締めてベッドに潜り込みたいけれど。
……現実逃避している場合じゃない。
あーもう。
言うよ、言っちゃうよ。
だって気づいちゃったんだもの!
あー、気づかなきゃ良かったなー!
これさ! ここで死んだ人さ!
“クデュリュザに魂を喰われちゃっている”んじゃない!?
寺院に帰れなくなっちゃってさ、レスターのお兄さんみたいに。
だからみんな音信不通になって。
フレンドの名前も暗くなっちゃって。
うーあーうーあー。
そのとき、わたしたちを守っていた【聖戦】の壁がついに砕けて消える。
不運にも、先ほど一撃で殺されたのは、まだ【聖戦】を唱えていない<キングダム>陣最後のひとりだったのだ。
パリーンと消える障壁の残滓の向こう側、クデュリュザの姿は先ほどよりも一回りも二回りも巨大に見えてしまった。
……あの胃の中に、これまで飛び込んできた英雄たちの魂――ブネおじさんとか――が収まっているんですかね。
やめてよ、ホントに。
やばい。身震いが止まらない。