◆◆ 30日目 ◆◆卍 その8
苛烈。
一言で表すならその言葉が相応しい。
攻撃方法、ちょっと多彩すぎますね。この竜さん。
炎のブレス。四本の腕による直接攻撃。翼から巻き起こす嵐は部屋全体に及び、尻尾は想像通り後方への攻撃だが、その追加効果は毒ではなく麻痺。
うわぁ、技のデパートやー!(悲鳴)
ちなみに状態異常に関して、こちらが使えるものである毒と麻痺と暗闇と沈黙とRoot(足止め)は無効。
mez(睡眠)を含むクラウド・コントロールも全般無効。
スタンは入るが本当に一瞬だけ。
ただ唯一効果が期待できるのが、DoT(継続ダメージ)のひとつである【出血】。
クデュリュザさんも、一応生物ではあるようだ。
他にも、表皮の鱗は非常に魔術防御力が高く、魔術でのダメージが入るのは翼、尻尾、頭部のみ。
AoE(範囲攻撃)魔術で全てのパーツにダメージを与えつつ、本体のHPを削ってゆくという戦法は効率が悪い。
魔術で倒すつもりなら、顔面に最大威力の魔術をぶっ放す一点突破スタイルが有効な模様。
さ、残るはHPと物理防御力の検証だけど。
これが、意外とわたしたち前衛の攻撃が通っているのです。
といっても、ナイトゴーレムに比べたら、程度の差ではあるんだけどね。
確かに戦神さまは恐ろしい攻撃力ではあるけれども、<キングダム>のふたり+ルビアがローテーションを組んで回復を担当している分には、いくらでも持ちこたえられる。
少しぐらい回復が乱れても、わたしたちは山のように水薬を抱えているし。
これ勝っちゃうんじゃない?(ウキウキ)
わたしたち、ラスボス倒しちゃうんじゃない?(ワクワク)
上級buff(強化術)使いのデズモちゃんのおかげで、わたしたちの体も軽い。STRもDEXもAGIも普段以上の力を発揮できている。
さらに最大HPや移動速度、クリティカル率などにも補正をもらっちゃってまあ。
イオリオやドリエさんも魔術師だけど、みんなそれぞれ少しずつ系統が違うからね。
さすが本職のエンチャンターさんはすごい。頼りになるぅ。
「うおおおりゃああああああ!」
シスくんのハルバードが唸り、なんとクデュリュザさんの首の一本を斬り飛ばしました。
うおー! すげー!
あと頭五本しかないし、これイケるんじゃね!?
そのとき、クデュリュザさんが吠えました。
あれあれ、本気になっちゃいました?
人間ごときに? 神様が?
ねえねえ、今どんな気持ち? 今どんな気持ち?
うふふ、痛いですよねえ。
とっても痛いですよねえ。
でもね。
わたしは痛くないんですよね!
あーっはっはっは、斬って斬って斬りまくれぇー!
皮膚を削り、肉を削ぎ、神という名の幻想を貶めて、人の手で哀れんでやりましょう!
暴れ狂うクデュリュザさんのブレスを避け、壁を蹴って跳ぶ。
その脳天に刀を突き刺し、わたしもまた、笑っていた。
「ニンゲンごときに、ザマぁないですねえ!」
後方に着地し、刀を振って血を飛ばす。
あー楽し。
アッパー状態。
でも一応この叫びは《タウント》なんです。
素でやっているわけじゃないんです!
だけどまるでわたしのそれがトリガーだったみたいに。
広場の光景が一変しました。
水面に風の輪が広がってゆくように。
先ほどまで無機質なワイヤーフレームで作られていたはずの広場に、次々とテクスチャーが張り付けられてゆきます。
地面には人の骨と思しき骸骨が散らばっていました。
破壊された鎧、折れた剣、まるで戦場跡のように血が床、壁などにこびりついております。
うわあ趣味悪う!
これが決戦のバトルフィールドの真の姿……!?
まるで鐘のように荘厳な声が響き渡る。
『愚かなりし、ヒトの子らよ。刃向かわなければ楽に死ねたものを、六柱の真似事をするか。身の程を知らしめてやろうぞ』
ま、まさか、第二形態ですかー!?
クデュリュザが態勢を低くした次の瞬間だ。神は飛び上がった。
ガラクタや白骨死体を吹き飛ばしながら飛翔する。砂埃が舞い上がり、わたしたちは顔を腕でかばった。
淡い光が辺りを包んでいる。
一体なんだろうと見上げれば……竜の背中に光輪が輝いている。
そして、カミサマはまったく降りてくる気配がなかった。
え、ちょ、それズルい。
こっちの刀届かないじゃん。
と思ったら、あらあら。
クデュリュザさんの魔力の影響か、あちこちで瓦礫が浮き上がっております。
え、これを足場にして戦えってこと?
浮島的な?
そんな無茶な……
でも地上で這いつくばっていたら、ブレスで焼き尽くされるだけだ。
わたしとシスは浮岩から浮岩に跳び、ちょうどクデュリュザの眼前に位置取った。
うーわ、フワフワしているし、バランス悪いし!
プールの上に浮いているバナナボートみたい。
でもまあなんとか……やれなくはない、かな……
先手必勝。クデュリュザの頭のひとつに斬りつける。
あれ、さっきよりもダメージ通っているな。やっぱり近接攻撃が当てづらい位置に来ただけあって、防御力が減少したのかな。
まさにやるかやられるかの戦いだ。
クデュリュザの前方扇状に展開する浮岩は五つ。もし狙われた場合、素早く隣の浮岩に移動しなければ、ブロックの上にいるキャラクター全員がダメージを受けてしまう。
ファランクスの連携が命、といったところか。
シスくんや他のみんなも浮岩にあがってきた。ただ、よっちゃんだけはまるで親の敵のように全力で投げナイフを投擲している。
たったひとりでクデュリュザの翼を引き裂きそうな勢いです。すごい。
これはヘイトコントロールで負けてはいられない……と。
っていうかレスターどこ!?
浮岩にあがってきていない!
ということは、ですよ。もしかして、今のクデュリュザさんのターゲットって。
はい、わたしでした。
やばい。ゴッドパンチが来た。
ここまでやってきて、盾を持っていないことが仇になった。ソードブレイカーなんて今、なんの意味もないし。
とっさに左右に跳躍することもできず――本当は飛び降りてしまえばよかったんだろうけど――わたしは体を丸めて防御の態勢を取る。
衝撃が来た。
ブリガンダインの上から骨がひしゃげてしまうような圧力が襲ってくる。
ぐげ。痛さ控えめの『666』ライフですら目から星が飛び出るような感覚。
そのままわたしは真っ逆さま、下まで落下してしまう。
ルビアの《クッション・ヒール》とデズモちゃんのbuffがなければ、落下ダメージで死んでたんじゃないかな!
わたしは頭を振って起き上がる。
三重奏の《ヒール》がわたしの体を包み込みます。
ありがとう、そしてありがとう……
このまま追撃を食らってたら一直線に伊達にあの世を見ることになっちゃうけれど……
幸い、クデュリュザの狙いは他の前衛にいったようだ。
って、レスター。
瓦礫を眺めて呆けていやがる。
「ちょ、ちょっとレスター! なにやってんの!?」
わたし死ぬよ!? 死ぬところだったよ!?
こんな戦闘中にメインタンクがぼーっとして!
彼の肩を掴んで大きく揺さぶる。
「兄貴だ」
は?
レスターの目は心ここにあらずといった風。
どうしよう、レスター気合を入れ続けてここで頭おかしくなっちゃったのかな。
一発二発ぐらい殴っておいたほうがいいかな。
よし、ブン殴ろう。
おまえを信じるわたしを信じろ、みたいなアレなソレで。
拳を固めて振り下ろそうとしたその時。
「これ、兄貴が作ったキャラなんだ。兄貴はここにいたんだ」
彼が見つめているのは骸骨だ。生前の面影もない。
ムリムリ、法人類学者でもなければ判別できないだろう。
それなのに、彼は確信しているようだった。
「兄貴……負けちまったんだな、あいつに……」
やばい。やっぱり殴ったほうがいいかも。
しかし、さっきまでの彼とは様子が違っていた。
その目には復讐の炎が燃えていたのだ。
「あいつが……あの野郎が……ざけんなよ、ふざっけんなよ!!」
空を割るように吠えながら、レスターは立ち上がる。
「ぶっ殺してやらぁ!!」
うっわ、キレてるキレてる。
盾を背中に背負い、大剣に持ち直しやがった。
タンクの役目放棄した!?
「ちょ、ちょっとレスター――」
と、わたしの呼び声など跳ね飛ばすような勢いで叫ぶ。
「【守護】――タイプ【聖戦】発動! 根絶やしにしてやっかんなこのクソドラゴンがぁぁぁぁぁぁぁ!!」
彼と、さらにわたしたちも光に包まれた。
かつてわたしも苦しめられたそのギフト【聖戦】は、最大HPの9割以下のダメージを全て無効化してしまうというド偉い能力だ。
人数が増えるごとに効果時間が減少し、1ファランクスだと確か20秒しか持たないはず。
仕掛けるタイミングが早すぎたような気もするケド、まあいいや!
レスターとともに浮岩へと飛び乗る。
「みんな! これから20秒のフルパワー、叩きこんでやろうよ!」
あんまり上手いこと言えなかった! えーい、殴れ殴れー!
全員が最大火力で畳みかける20秒。
さすがに後衛やよっちゃんは一撃死の可能性もあるので突っ込めないものの、回復に回す分のMPを今は攻撃に注ぎ込むことができる。
これがわたしたちの全力全開――とばかりに20秒の猛ラッシュ。
あー楽しい。
さてこれからまた地道に。
「――二番手、【聖戦】です」
高らかに謳う声。
え? ドリエさん?
一番大きな浮岩に乗って超大剣を振り回すレスターが、いつもの不敵な笑みを浮かべたまま告げた。
「なにを勘違いしていやがる。俺達<キングダム>の【聖戦】はあと三枚残っているぜ」
え?
えええ?




