◆◆ 30日目 ◆◆卍 その7
異常事態だ。
通信者が伝えてくる実況を聞いて、そこから作戦を立てようとしていたレスターの思惑が外れたのだ。
部屋の中から外にコールは来なかった。一体どういうことなのか。
ブネさんとフレンド登録をしている<シュメール>の人たちも、連絡が取れなくなってしまったようだ。
「誰か、なにかわかりませんか?」
ドリエさんが回って情報を収集していたが、それは徒労に終わる。
ブネさんたちがどうなったのか、それは誰にもわからなかった。
全滅したのか、あるいはレッドドラゴンを打ち倒したのか……
胸の奥からなにかがこみ上げてくるような感覚に、わたしは閉口する。
なんだろう、この気持ち悪さ。
当たり前のように信じていた“システム”に不備が発生したのか。
それとも……
「ブネから連絡があるまで待とう」
レスターは冷静に皆を諭す。
だけれど、ゲームの最終目標を目の前に、おとなしくしていられる人が冒険者になるはずがない。
もしかしたら今まさにレッドドラゴンが討伐されようとしているかもしれない。
あるいは、ギルド<シュメール>の連中は見事ラスボスを倒し、自分たちだけがこのゲームを脱出したのだ! と。
そんな想像に取りつかれた人たちは、我先にと扉の中に飛び込んでいった。
「ちょっと、レスター止めないの?」
「……ああ、まあな」
なのに、レスターは積極的に止めようとはしない。
なにかを考えている素振りを見せているが、その奥はわたしにはわからなかった。
各ギルドから選りすぐりされた15名が突入し、そしてやはりコールが一切繋がらなくなる。
……どういうことなの、ホントにこれ。
一体、中ではなにが起きているのだろう。
うう、気になるなあ。
「どう思う?」
そばに立つイオリオに尋ねる。
イオリオは顎をさすりながら渋い顔をしていた。
「……嫌な予感がする」
「やっぱり?」
「僕は<キングダム>にしばらく身を置いていただろう? その関係で、何人かとフレンド登録を交わしていたんだが」
宙で指を動かし、イオリオがコマンドを操作する。
「けれど、中に入っていった連中の名前が黒い表示になってしまっているんだ」
なにそれこわい。
「なにかが起きていることは間違いない。問題はそれが良いことなのか悪いことなのか、という話だ」
ううむ。
「ちなみに、いいことと悪いことの割合は?」
「良いことが1、悪いことが9だな」
「気休めにもならないね」
苦笑する。
シスくんは待っているのが暇だからということで、他のギルドの人とデュエルをして遊んで……もとい、腕磨きをしていた。
彼のスタイルは一貫している。
『自分はただの一戦士だから』ということで、考えるのはギルドマスターと副マスターにおまかせである。
彼の信頼の証と受け取っておきましょう。
ルビアとよっちゃんは、それぞれ手持ちの素材を使って練り練りとクラフトワークスを行なっています。
ルビアも最近は水薬を作れるようになったし、よっちゃんは元から丸薬(ていうか水薬)作成がお手の物だしね。
我ら<ウェブログ>はこんなラスボス戦の直前なのに、いつもと変わりなくマイペース。
それが嬉しく思うし、頼もしくもある。
今、ついに七組目のファランクスが扉をくぐって、消えていったところだった。
これでもう、生き残ったものの三分の一がクデュリュザに挑んだこととなる。
さすがに焦りがないと言えば嘘になる。
でもなー、<キングダム>がまだ動いてないからなー。
わたしはひとりでヒョコヒョコと軍団長さまの元へとやってくる。
レスターは表示したウィンドウを凝視しながら、いまだに沈黙を保っていた。
「ねえレスター、まだ突入しないのー?」
「ああ」
「なにを考えているか、少しは教えてほしいんだけど」
わざと苛立ったような声を出すと、彼はわたしを見る。
不審げに。
「……さすがに、『もういいよ、<ウェブログ>の五人で突入するよ!』とか言い出さねえよな?」
「なるほど、その手が」
手を打つと、レスターに睨まれた。
ダメらしい。ケチ。
「確かに、このままじゃラチがあかねえか」
レスターはそう言うと、再びウィンドウを操作する。
「どいつを連れて行くか、って考えててな。<キングダム>から五人。<ウェブログ>のパーティーから五人。残る五人が浮かばねえ。<キングダム>はひとつの能力に秀でたやつらばかりだ。だが、どんな相手が出てくるかまるで情報がない今、連れて行くのはハイブリッド職がいい」
「え? <キングダム>から十人出すんじゃないの?」
「11名な。シノビはうちのだ」
豪放な外見をしているくせに、細かいことを……!
しかしレスターは首を振る。
「<キングダム>は、raid用の組織だ。ひとりひとりが考えながら戦うようには作っていない。俺が戦闘不能になっちまったら、瓦解するだろう。せめてベルガーがいたら、もう1パーティー任せられたんだが……」
舌打ちする。
「ドリエさんは?」
「魔術師としての腕は良いが、リーダーとしてはな」
あらまあ厳しい評価。
「つーわけで、さっきから目をつけたやつをリストアップして、【ギフト】を問いただしているわけだが」
「あ、なるほど」
こっそりチャットしていたんだ。
それでウィンドウを操作していたってわけね。
「直接聞いてみればいいのに」
「そういうわけにはいかねえだろ」
「まあそりゃそうか」
レスターの立場、お察しします。
「しかしその結果、候補者がこいつか……」
どちら様かしら。
わたしが彼の後ろからウィンドウを覗き見しようとすると、声がした。
「オーッホッホッホ、やはりわたくしの協力がほしいのね!」
レスターは顔を手のひらで覆う。
え、残る五人の枠ってこの子?
<シェイクスピア・オーケストラ>のギルドマスター、デズデモーナお嬢様は高笑いの後しばらくむせていた。
……かわいいけど、大丈夫かな?
「デズデモーナの【ギフト】は【付与】。【影付与】だ。60秒間、メレーでもヌーカーでもその攻撃力を単純に倍加させることができる。どうだ、白刃姫にちょうどいいと思わないか」
おー、【付加】使いって初めて見る。
ってもしかして。
「それ、【犠牲】にも効果あるの?」
「ええっと」
デズデモーナさんはレスターをチラッと見て。
「ああ、使える。凄まじいだろう」
「わーお」
驚嘆すると、デズデモーナさんは水を得た魚のように笑い出す。
「ほ、ほらぁ! わたくしのスゴさが今頃わかったようね! オーッホッホッホ!」
じ、自分ではわかっていなかったくせに、この子。
アバター(キャラ)の外見年齢はわたしと同じぐらいだけど……
実は幼いなー? キミ。
ニコニコと尋ねてみる。
「デズモちゃんは、魔術師?」
「デズモちゃんですって!? このわたくしに、ちゃん付け!?」
目を白黒させながら、デズデモーナちゃん……もとい、デズモちゃんが突っかかってくる。
「貴女何様のつもりでいらっしゃいますの!?」
わたしより少しだけ背の低いデズモちゃんは、こちらをキッと睨んでくる。
おーおー、懐いてくれない猫みたいですね。
「でもほら、デズモちゃんってわたしより年下みたいですし」
「はあ!? わたくしはとっくに一人前のレディーですわ! なんなんですの、貴女は!」
「わたしは大学生だよ。デズモちゃんは高校生?」
「そんなのとっくに卒業しましたわ! 言っておくけれど、主席ですのよ!」
「じゃあ今、大学生?」
「レディーと言ったでしょう! 成人です、成人!」
「そっかあ」
うん。
可愛いなあ、デズモちゃん。
でも、わたしのネトゲプロファイリングはごまかせないからね。
じゃあ、えっと。
唇に手を当てて、空で暗唱する。
レスターを手のひらで差しながら。
「When he fall in love. He tend to bury loving person alive.」
「えっ?」
デズモちゃんは目を瞬かせて。
「ねえよ」
現役大学生のレスターくんは即座に否定してきました。
その意図に気づいたデズモちゃん。
「えっ、あっ……」
急に気落ちしたような顔をして、わたしとレスターを交互に見つめます。
うふふ。
「ねえ、デズモちゃんは成人なら、これぐらいの意味はわかっているよね?」
ニコニコとデズモちゃんの行動を見守っていると。
「う、う、ううううう~~~~~……」
彼女は両手を胸の前でめいっぱい握り締めて、うなり声をあげていた。
ハッ、しまった。
いじめすぎた。
あんまりにも弄りがいのあるロールプレイだったので、つ、つい。
「わたしくっ、せ、せいじんっ、のっ、レディーだものっ」
ちょっぴり涙声になっているし!
「ご、ごめんね、デズモちゃん……おねーさんちょっと、意地悪しすぎちゃったね?」
彼女の頭に手を伸ばそうとして。
急に寒気がした。
思わず手を引っ込めて、腰の剣に手を当てる。
それは《察知》スキルの賜物だったのか知らないけれど。
「お嬢様にお手を触れないでいただきたい」
なんかすごい冷徹な眼差しをしたイケメンの騎士さまが、わたしの後ろから剣を突きつけてきていた。
「お嬢様は繊細なお方です。あまりからかわないでいただきたい」
「ろ、ロレンゾ……ぐすっ……」
うっ、目に涙を浮かべたドリル髪のお嬢様……
普段は高慢な彼女との、見た目のギャップが思わずそそられる!
庇護欲と同時に嗜虐心まで刺激するとは、デズデモーナお嬢様、これはなかなかの逸材……
久しぶりによっちゃん級の人材をわたしは見つけ――
――と、背中に当てられた刃が、グッと押し当てられました。
「なにか不愉快なことを考えてらっしゃるように思われますが?」
声、こわいから。
「……鋭いですね、ロレンゾさん」
無表情でこちらを睨む彼に、微笑み返す。
いや、でもね。
明らかにこっちが悪いことはわかっているけれど……
でも、それってPK寸前行為じゃないですかー、やだー。
「お嬢様が大切なのはわかるけれど、初対面の人にいきなり剣を突きつけるのはどうかなあって思いますよ」
言いながら、手首をひねった。
「!?」
ロレンゾさんは気づいていなかったようだ。
わたしが剣を突きつけられる一瞬前に、ソードブレイカーをその柄に噛ませていたことに。
剣からすぐに手を離さなかったことが彼の敗因です。
長身の彼は、二回りも背の低い女子にSTRで遥かに劣っていたことが信じられなかったような顔をして。
あっという間にわたしに組み敷かれて、地面に倒されたロレンゾさんは閉口した。
「ごめんね、でもちょっと怖かったから」
「ロレンゾぅ~~~~……」
お嬢様が両手を伸ばしてわたしの元に駆け寄って来ようとするのを、さらに現れたひとりの魔術師さんが止めて。
わたしはさらにふたりの騎士さんに前後から剣を押し当てられていた。
「ジョン、リナルド、ロンガヴィル……!」
デズモちゃんが口々に彼らの名前を呼ぶ。
『お嬢様を泣かせたのは、あなたですね?』
ユニゾンで問い詰められて。
「はい、スミマセンでした」
わたしは平に謝ったのだった。
数分後、デズモちゃんは元の調子を取り戻して。
「オーッホッホッホ、これがわたくし<楽団>の最強メンバーですわよ!」
口元に手を当てて高笑いをするデズデモーナお嬢様。
実にイキイキとしています。
その前に、四人のイケメンさん(騎士+魔術師)に囲まれて、わたしは正座させられているのであった。
くっ、逆ハーレムかこの子……
やるじゃないか、将来有望だな……!
「なるほどな」
レスターだけは実に冷静に、わたしたちのやり取りを眺めている。
メッチャ恥ずかしいんですけどコレ。
「よし、お前ら五人で決定だ。このファランクスで突っ込むぞ」
なにか算段が立ったらしい。
こんなファランクスで大丈夫?
……おねーさんは、かなり心配です。
かくして、レスターは<キングダム>の皆に言い残します。
「俺が今まで突入したやつらのように、中に入って連絡が取れなくなったら、一時間待ってからてめえらは街に戻れ」
さすがのワンマンギルドマスターの発言にも、待機者の顔には不服そうな色が浮かびます。
レスターはそれらを握り潰すように団員を睨みつけます。
「そうして態勢を立て直し、ここの魔物を楽々倒せるようになってからまた改めて【地端地】を攻めに来い。そんときはベルガーの指示に従え。いいな?」
色々と指令を残して、レスターはこちらにやってきた。
「待たせたな。行くぞ」
さすがに軍団長の突入だ。残った全員が見送りに来た。
あら照れちゃう。
一応、手を振っておこう。
おねーさん行ってくるよー。
応援してねー。
レスターは改めて告げます。
「これが最後の戦いだ。このゲームをクリアするぞ」
扉をくぐり、わたしたちは光に包まれた。
突入メンバーは15名。
<ルルシィ・ズ・ウェブログ>
ルルシィール(タンク)、イオリオ(魔術師)、シス(ファイター)、ルビア(魔術師)、ヨギリ(ローグ)
<ゲオルギウス・キングダム>
レスター(タンク)、ドリエ(魔術師)、ベロール(タンク)、スミス(魔術師)、バズ(アーチャー)
<シェイクスピア・オーケストラ>
デズデモーナ(魔術師)、ロレンゾ(タンク)、ジョン(ファイター)、リナルド(魔術師)、ロンガヴィル(タンク)
扉の中に入った途端に、頭の中に声が響いた。
『ここまで良くぞ来た、ヒトの子らよ。我が糧となるのだ。その魂があればこそ、我はより強大となり、いずれ始まる六柱との戦にも勝利が待つであろう』
内部の景色は外とそう変わらない。無機質な光と線だけが組み合わさった空間だ。
十分に走り回ることができるスペースの中心に、一匹の巨大な竜がいた。
これが世界を滅ぼした戦神クデュリュザなのか。
「うっわぁ……こんなの人間の挑む相手じゃないですよねぇ……」
怯えた様子のルビア。
クデュリュザの正体は六つの頭を持つ赤竜だった。
四本の腕。二対の翼。さらに枝分かれした三本の尻尾を持っているようだ。
今までの門番から推測するに、後方にいたとしてもあの尻尾の攻撃を受けるため、安全地帯ではないのだろうね。
しっかし、こんなに恐ろしい相手なのに、わたしは落ち着き払っていた。
ここに来るまでの心の準備はさんざんやってきたからね。
もうなにもこわくない、的な。
「やっべ、こいつがボスか……マジで燃えてきた……楽しすぎて狂っちまいそうだぜ」
なんとも凶暴なことを言っているシスは、笑みを浮かべてハルバードを構える。
ああ、生まれながらの戦闘狂。
満足するまで戦いなさい……
かたやイオリオはクレバーに打ち合わせをしていた。
「ドリエさん、状態異常が効くかどうか試そうか。風と土は僕が受け持つ」
「了解しました。火と水を仕掛けますね。前衛の強化術は<楽団>にお任せしましょう」
「オーッホッホッホ、buffならわたくしにお任せよ!」
三大ギルドの三大魔術師たちが並んでいると、やはり壮観だね。
それはとっても嬉しいなって、的な。
ガンガン死亡フラグを乱立しているような気がしますが、構わず参りましょう。
「レスター、開幕はよっちゃんの《アンブッシュ》から始めたいんだけれど」
ステルスが通用するかしないかは別としても、多分わたしたちの中では最強の一撃だからね。
「いいぜ。タンクは俺とルルシィールだ。あの神サマを全力で抑えこむぞ」
やっぱりわたしタンクなのね。
まあ、しょうがない。
もうここまで来たら腹を決めてます。
「そっちこそ、しっかりとヘイトコントロールして、わたしから引き剥がしてよね」
「へっ、誰にモノを言ってやがる……!」
ハイになったわたしたちは笑い合う。
よっちゃんは《隠密》でクデュリュザの背後に回り込み――
――そして、その短剣を渾身の力で突き刺した。
赤竜の血飛沫が舞う。
それが最後の戦いの、その血戦の合図だった。
※英文和訳
唇に手を当てて、空で暗唱する。
レスターを手のひらで差しながら。
「When he fall in love. He tend to bury loving person alive.(彼は好きな人が出来るとその人を生き埋めにする傾向があります。)」
「えっ?」
デズモちゃんは目を瞬かせて。
「ねえよ」
現役大学生のレスターくんは即座に否定してきました。