◆◆ 30日目 ◆◆卍 その3
前回のあらすじ。
イオリオ無双。
“地端地”にインしたよ!
先遣隊が戻ってくるまでお座り。
はてさて。
わたしたちはまだまだ入り口で待機しております。
ひーまー。
かたや、離れて神妙な顔で軍議を開いている人たちも。
ドリエさんやベルガーさんら<キングダム>幹部は、床にミニマップを模した地図を置き、そこに報告された道を書き込んだり、駒を動かしたりしています。
四方向に枝分かれした道を、まるで自分が歩いているかのように指示するレスター。
やー、すごいねこの人。戦略シミュレーションとか好きなのかな。
っていうか、すごい楽しそう!
これだけ見たら、<キングダム>に入りたかったって思っちゃうな……
こいつら、ラストダンジョン攻略を満喫してやがる……!
と、人が真剣にやっているところで余計なことを考えているわたし。
たーのしーそーだなー。
いーなー、いーなー。
その邪念が邪魔だったのか、声にも出してないのにレスターにシッシッとされてしまった。
ち、ちくしょうめ。
先遣隊に出たのは4ルート15名ずつ。
ということは、ここでだらーっとしているのがわたしたち120名弱。
なにもせずに暇しているのはさすがにレスターたちに悪いので……
うん、腹ごしらえでもしてよっか。
ワイヤーフレームの床は、あんまり落ち着かないけれど。
あ、でも気分を変えたらプラネタリウムの中にでもいるような感じかな。
そう考えると、なんだかロマンティックな光景に見えないでもない。
さて、おべんとおべんと。
本日はローストビーフとトマトのサンドイッチに、塩気控えめの温かいポタージュスープ。デザートはヴァンフォーレスト産のファママオレンジをシャーベットにした贅沢品。
日々豪華になってゆくわたしたちの食事。
一度上がった生活レベルを落とすのは、簡単なことではないという。
隣ではルビアちゃんが恍惚の表情で、「美味しいですぅ~~」とか言っています。
まるで肥えた豚のようだ。
ほっぺた膨らませて、満面の笑みでサンドウィッチを頬張っているけどさ。
キミ、現実世界に帰ってそのペースで食べてたら絶対に太るからね。
丸々としてもそれはそれで愛嬌があるとは思うけど、そんな瑞穂見たくないからね。
いつまでもスタイル良くてプリティーなキミでいてね。
「ふぁ~、幸せですぅ~」
ほらほら、口の端にソースとかつけて。
よっちゃんを見てみなさいよ。あんなにお行儀が良いのよ……
食い意地の差、か。
わたしたち<ウェブログ>がご飯を食べ始めたからか、辺りは自然とランチタイムな感じになっていた。
いやいや、別に食いしん坊ギルドなわけじゃないんですよ(ルビア以外)。
ただ、食事ってほら、一部のものはHPアップ効果があったり、STRアップだったり状態異常耐性がついたり、そういう戦闘にもメリットがあったりするからね。
だ、だからなんですよ。食いしん坊ってわけじゃないです(二回目)。
それはいいとして。
「ねえねえ、よっちゃん」
「?」
メンポを外した彼女は、視線だけで問いかけてくる。
食事中だからか、お喋りを控えているのかもしれない。
今まで結構思う瞬間はあったんだけど。
この子、実はいいとこのお嬢様だよね多分。
そもそも、『666』をプレイできるほどのスペックのパソコンを持っているご家庭って、そんなにないし……
シスリオはふたりとも、バイトして買ったって言ってたなあ。
よし、聞いてみよう。
「よっちゃんって、おうちのパソコンから『666』の世界に引き込まれたの?」
彼女は口の中のものをごくんと飲み込んで、水筒で口をすすいでから。
「左様」
うなずいた。
「そっかあ。昔からずいぶんネトゲとかやってたんだ?」
「パパが」
言いかけて、よっちゃんは何事もなかったように言い直す。
「父上が、好きで」
「へー」
特には突っ込みません。
「『666』も、父上と共に遊ぶ予定でござった」
「え、じゃあPC二台あるってこと?」
するとよっちゃん、首を振ります。
「ふたり姉者がいて、その人達も一緒に」
「え、ええ?」
え、つまり、どういうこと?
「家族で『666』やる予定だったってこと?」
「うん」
事もなくうなずく。
えーとつまり……この子、おうちに『666』をプレイできるクラスのPCが四台あるってこと?
って聞いてみるとさ。
「ううん。12台あるでござる」
「どういうこと」
思わず素で聞き返しちゃったよ。
「父上が一ヶ月に一個、“こんぴうた”を買ってくるでござる」
「インダストリ!」
思わず忍殺語も飛び出すさそら。
そうか、お嬢様だったのか、よっちゃん……
隣で嬉しそうに暴食しているルビアちゃんとは、育ちが違うなあって思ってたんだ。
それに、なんとなく腑に落ちるところもある。
妙にネットゲームに詳しい割には、あまり対人コミュニケーションに慣れていなかったり。年若いせいだけだと思っていたけど、完全に身内だけで遊んでいたからだったのだろう。
そんな特殊なご家庭の人と遊んだことなかったから、わたしのプロファイリングが機能してなかったよ……
「よっちゃんは、ステキなカチグミ……じゃなくて、ご家庭に生まれたんだね」
「?」
家族兄弟とネトゲし放題なんて、なんて羨ましい。
あれ、天国じゃない?
わたしはよっちゃんのぷにぷにの頬を引っ張る。
「いたひでござる」
よっちゃんは眉根を寄せてわたしを見つめながら、そうつぶやいた。ヤッターカワイイ。
その後はギルドマスター会議……ではなく、なぜかわたしだけレスターらに呼び出されました。
「ルートが決まったぞ」
マップは細部まで完成されております。
報告だけでよくここまで記せるもんだなあ。
同じマッパーとして血が騒ぎます。
「4ルートのうち、ひとつは行き止まりだ。残るは3つ。どれも本命の可能性がある。どう思う?」
なんでわたしに聞くのかしら。
でもまあ。
「多分これが本物じゃないかな」
迷いなく指差す。
ドリエさんとベルガーさんは顔を見合わせていた。
レスターが問いかけてくる。
「なぜそう思う?」
「わたしたちの立ち位置はここ。こっちから侵入してきて、コンパスを確認すると北はこっちでしょ」
マップを傾けながら説明する。
「だったら、目標地点はここらへんじゃないのかな。RPGのセオリー的な意味で。そう考えると、この道が一番可能性が高そうだな、って」
その言葉を聞いて、ドリエさんとベルガーさんが同時にため息をついた。
な、なんですか……聞いたのはそっちなのに……!
だがレスターは嬉しそうだ。
「ほら、言っただろ? こいつもそう言うって。これで2対1対1だな。決まりだ」
え、なんかダシにされた?
「……では、先遣隊を呼び戻しますかね」
ベルガーさんはどこかと通信を始める。
ドリエさんはまだ不満そうだ。
「もう少し慎重に足を進めたほうが……」
「ドリエ。俺達は全員でこの通路を進軍する。どっちみち無茶な賭けだ。俺に付き合え」
レスターが口調を強めると、ドリエさんは間もなく「はい」とうなずいた。
なんとなくレスターらしくない……気もしたけれど。
まあそこまで付き合いが長いわけじゃないし、わたしは黙っていた。
偵察に出たファランクスのうち、無事に戻ってきたのは2組だけだった。
やはり厳しい。“地端地”の探索は一筋縄ではいかないようだ。
「よし……174名、進軍だ」
改めて軍が再編成された。
最前線にレスター直属の親衛隊のフル・インペリアル。指揮を取るのはベルガーさん。
次に戦闘系ギルドが多く集まった第二陣。フル・インペリアル。
三番手がレスターとドリエさん、<ウェブログ>を加えたフルペリ(略)。これだけでも遺跡を遥かに上回る人数なわけです。ボリュームすごい。
で、最後に補給隊で構成された39名のインペリアル。
以上、174名で通路を進んでゆきます。
前から三番目かあ。
できれば先頭が良かった。
雑魚と戦いたかったんです……
前の人たちが殲滅戦をしているから、なんとかそのおこぼれにあずかれないかな。
うう。愛刀【一期一振】を振るいたい……
「なんだよお前さっきから」
もじもじしていると、レスターが呆れ顔。
「わ、我が刀が血を求めておるのだ……」
「アホか」
これ以上ないというほどに一蹴された。
「うううう、ひどい……バトルはMMOの華なのに……」
レスターは舌打ちする。
「ああもう、うっせえな。そんなら前に行ってこいよ。ただし死んだらぶっ殺すぞ」
「い、いいの!?」
正直、諦め半分だったのに!
言ってみるもんだ!
「その代わり、お前ら<ウェブログ>は全員【ギフト】は禁止な。やられるのは論外だ」
「えー」
口を尖らせる。
「わたしたちのバトルにおける戦略的思考の柔軟性を取り上げるつもり!?」
「うっせうっせ。じゃあこっちにいろ」
「かしこまりましたレガトゥスさま。我々<ルルシィ・ザ・ウェブログ>五名は【ギフト】を封印いたします」
「シノビはうちの団員だ」
さり気なく会話に混ぜたはずなのに、バレてしまった。
「そうだ、あとな」
きゃっほーい、と駆け出す寸前、レスターに止められる。
「お前が普段【犠牲】で犠牲にしているのは、HPとMPだけだよな」
わたしはピタリと止まった。
えっと。
「そう、だけど」
意外と色んなものを代償にして、力を得ることができるんだよね。【犠牲】は。
でもそりゃ使わないよ。スキルが下がったり、装備を失ったり。
ていうかそんなのを説明文に書いてあるから、みんな忌避しているんだよね……
そわそわしていると。
それを見たレスターが顔を手で覆って、ため息をついた。
「昼休みが待ちきれない小学生かてめぇ……いいからほら、行けよ……」
わーい。ありがとーれすたーせんせー!
<ウェブログ>全員突撃だー!
シスくんやイオリオ、ルビア、よっちゃんと共にダッシュする。
将校は常に急いではならない。それを見た兵隊が「なにがあったんだろう」と不安に思うから……とは戦場での教えのひとつだけど。
でも別にわたしたちには関係ないことです!
わたしたち一般プレイヤーだし!
「いや、なんであなたたちがここにいるのかね」
ベルガーさんの冷たい視線もなんのその。
小さな広間にいたのは……
あらあら。
かつてげっ歯類として分類されていたけれども今は門歯の特徴からウサギ目として分類された草食哺乳類でお馴染みの、可愛いウサギさんがたくさんいらっしゃるじゃないですか。
ちょっと色は黒かったり体が一回り大きかったりするけどね。所詮は小動物。害獣。
「まあいいか……全軍、掃討開始!」
ベルガーさんが隣で号令を出しています。
わたしたちも得物を抜き放つ。
ふふっ、なめんなよって話ですよ。
このわたしたちがですよ?
並み居る強敵を打ち砕き、さっきなんて3メートルクラスのナイトゴーレムをバッタバッタと倒してきた精鋭<ウェブログ>が?
今更ウサギぃ?
ハッ、にんじんでもかじってろ!
わたしたちは猛然と斬りかかる。
ほーらあっという間に成敗かんりょウ サ ギ T U E E E E E E E ! !
なんだこいつは!
これが噂の首狩りウサギ!? 強い!
こんなちっちゃいのに……!
ええい、“地端地”のウサギは化け物か!?
っていうか一匹のウサギに五人がかりとか……屈辱の極み……!
「くっそう、あてづれええええ!」
思わずシスが叫びます。彼が扱っているのはリーチの長いマジックハルバード。
ウサギはそんな彼の攻撃をあざ笑うようにあちこち飛び回っては、腹にタックルをかましてきます。
避けづらいしHPかなり減るんだよこれ。
なんたる……
辺りでは、かなりシュールな戦いが展開されています。
死にものぐるいでウサギを殴る冒険者たち。何人か死者も出たみたいですよ、ええ。
ウサギ相手なんかに……
わたしたちは今まで何をやっていたんだ、って気持ちになりますね。
くっそう……
狙いを定めづらい相手をよっちゃんが切り刻み、イオリオが雑な狙いのAoE(範囲攻撃)で大量のウサギを焼きウサギに変える。
その場はとりあえずそれでクリアリング(安全確保)できたのだけど。
ウサギの強さに嫌な予感しかしない……
と、そこから先はバリエーション豊かな野生動物がお目見えでした。
オオカミ、クマ、大蛇、トラ、クモ(ひいいい!)、サソリ。
さらにまだまだ種類たっぷり。
つまり今までの経験の集大成ってことですね。
ちなみにみんな独特の色をしています。
赤黒かったり、蛍光色だったり、紫に輝いていたり。
趣味悪いオンパレード。
特殊能力も様々。クマの爪に毒があるとかどこの亜種だ!
しっかし、さすがは<キングダム>の精鋭さんズ。
遥かに格上で、なにをしてくるかわからないような化け物相手に、1フィールドにつき、ひとり死ぬか死なないかって感じ。
ちなみにさっきはよっちゃんが危なかった。麻痺させられて動きを止まったところに一斉に大蛇が噛みついてきて。
「ひあああああああ。・゜・(ノД`)・゜・。」とかよっちゃん叫んだりして。
日本神話のワンシーンのようだった。
生きてて良かった(小並感)。
ていうかね、わたしたちだってこんなところで死んじゃられないからね。
だって<ウェブログ>のみんなにも絶対勝つとか言っちゃったし……
しかも、モモちゃんにヴァンフォーレストでメッチャカッコつけちゃったし……!
特にモモちゃんの視線は怖い。
『おねえさんって、そんなもんだったんだね……』とか蔑まれたくない!
『まあしょうがないよね……おねえさんは頑張ったよ……』っていういたわりの目もいやだ!
わたしはまだまだ頑張るよ!
「うおお!」と雄叫びをあげながら斬りかかる。
他の皆にも『おお、あいつ命賭けてんな……』とか思われようが構わない。
わたしはきょうでこのゲームをクリアするんだ!
ていうか関門のナイトゴーレムを倒せたメンバーなんだから、攻略も絶望的ってほどでもないんだよね。
雑魚は確実に強くなっているけれど、そこまでじゃあない。
その上、わたしとよっちゃんみたいに斬撃武器をメインに使っている人たちは、今度こそ本気で戦えるわけだし。
シスの炎のハルバードも一層燃えております。
いくつの広場を攻略しただろう。
辺りはまるで色も塗っていない作りかけのマップ置き場のようで、洞窟に通路で平野が繋がっており、そこからまた通路で雪山に繋がっているといった設計。
いやーカオス。
もしかしたらこのままグイグイ進んであっという間にクデュリュザさんちに到着するんじゃないかなー……とか思っていたところ。
いましたよ中ボス。
まあそりゃいるよね。
巨大な扉を塞ぐように立っている、門番かな。
無視して進むってわけには……いかないんだろうなあ。
あ、後ろのほうからレスターもやってきた。
作戦会議と参りますか。
円形状のフィールドの中央に仁王立ちしているのは、大斧を持つ牛頭の巨人。
腕が四本あったり黒い肌だったりアレンジはされているけど、まあミノタウロスですね。
アレだ。ド直球に強そうだ。
しかもデカイ。野球だったら間違いなく四番を打っているタイプ。
それに同じ斧使いとして言わせてもらうと、斧は攻撃範囲に優れているからね。
前衛で一斉に取りついたら、絶対回復間に合わない。
つまり、一定ライン以下の冒険者は皆殺しに合う可能性があります。
ってことはさー、レスターさー。
「よし。投射攻撃を中心に攻める。前衛は腕に自信のあるものだけ張り付け。少ない人数でやつを足止めしつつ、ダメージソースはドリエ率いる魔術団だ」
ですよねー。
完璧な案ですお兄さん。
全滅の危機を避けるために、投射攻撃部隊(45名)と回復班(30名)、そしてタンク部隊(15名)に別れます。
フルペリふたつ、総勢90名でのボス戦だよ。
ついにRaid(大規模モンスター攻略戦)かー。
来るところまで来たって感じよね、これ。
mob狩りメインのMMOにおいて、Raidは最終地点です。
要するにやりこみ要素ってやつ。
何十人、何百人ものプレイヤーが何時間もかけて、貴重なアイテムのために一匹のモンスターを撃破する。
こうして書くと面白そうだけれど、実際の中身は退屈な単調作業の繰り返しだったりすることが多い。
延々と、本当に延々と相手のHPを削っていってね……
回復役は延々と、延々とヒールばっかりで……
タンクとかやっていると緊張感のあまり、頭がおかしくなりそうになるんだよね。
役割に徹するだけの完全な滅私。それがraidの真髄。
まあそんな、あんまり良い思い出はないraidだけど――ていうか、MMO経験者ならみんなうなずいてくれると思う――わたしにとっては、ひとつだけ例外がある。
それは“初見”のmobに対するraid。
一体なにをしてくるかわからない。攻略法も確立していない相手とのraidだけは、血が騒ぎます。
一歩対応を間違えれば即座に全滅の、なんとも言えない緊張感がある。
それが嫌って人も、もちろんいるだろうけど……
だって壊滅してしまったら、何十人何百人の時間が吹っ飛ぶしね。
散々にお膳立てして、困難な道のりを歩み、ライバルギルドとのpull対決に勝利して、何時間もかけて試行錯誤しながらmobの攻撃をしのぎ、それでボロボロになった挙句全滅する……
フ、フフフフ……楽しい、楽しいよ滅びの美学……
人生真っ白になるぐらい楽しいんだよねえ……ウフフフフ……
「先輩、ヨダレ出てますよぉ」
ハッ。
……おっと、危ない危ない。
トリップしかけるところだった。じゅるり。
「えっと、なんの話だっけ」
「グループ分けですよぉ」
「ああそうだそうだ」
中ボス攻略だった。
イオリオは当然投射班。シスくんがタンク班。ルビアが回復班で、よっちゃんが投射班(投げナイフが結構な威力らしい)。
そしたらわたしもよっちゃんと一緒に投射班にいこっかなー。
よっちゃんに抱きつくために、るんるんとスキップしたところで。
レスターに首根っこ掴まれました。
「タンク班行くぞ、『白刃姫』」
名指し!?
別にタンクとしての腕に自信なんてないんだけどー!?