◆◆ 28日目 ◆◆ その2
その夜。
最後の調整から戻ってきたわたしたちは、ギルドハウスで小さな送別会を行なうことにした。
気が早いかもしれないけれど。
でも、ラスボスを倒してもさ、どの時点でVRMMOから開放されるかわからなかったから。
もしかしたら止めを刺したその瞬間に世界を追い出されて、わたしたちはPCの前に座っているかもしれないし。
連絡を取ろうにも、ネットゲームのデータがどうなるのかもわからないし。
だから先に別れを告げておこうよ、と。
言い出したのはわたしだった。
メンバーは<ウェブログ>の四人だ。誰も反対しなかった――が。
「俺たち、ペア&ペアだからさ……あんまりなんか、その、お別れ感が薄いよな」
ジンジャーを煽りながらシスがつぶやく。
まったくもってその通り。
「目を覚ましても、隣の部屋に行ったらルビアいるんだもんなあ……」
「な、なんですかその言い方ぁ! いないほうがいいっていうんですか!?」
「この際、そのほうが感動が増すよね、イオリオ」
「まあな。どうだシス。この際助けを待つ悲劇の主人公になってみるっていうのは」
『ひどい!』
ルビアとシスが声を合わせて叫ぶ。
オープンルームの、以前はウサギの皮をドサドサと積み上げたテーブルの上には、今は大小様々のお皿と、人数分のコップが並んでいた。
料理は色とりどりだ。ヴァンフォーレスト名産の森の都サラダ。ペタゴンフルーツの盛り合わせ。スモークサーモンのマリネ。仔牛とナスの串焼き。ローストチキンとタマゴのサンドウィッチ。たっぷりのチーズとトマトソースで焼いたアツアツのピザ。
宵越しならぬ、ゲーム越しのお金なんて持っていたって仕方ないからね。
高い順から買ってきちゃったよ、あは。
と、手元のコップを覗いて、イオリオが眉を潜める。
「これもしかして、酒か?」
「ピンポーン!」
叫んだのはルビアだ。若干頬が赤い。
「せっかく酒場なんてものがあるんですから、ここは楽しんでみないと損ですぅ」
わたしは19才、ルビアは18才。
実はどちらもまだお酒を飲んだことはありません。
建前上はね、建前上は。
「うふふぅ、ちょ~っとお味が違うんですよねぇ。これがぁ、オトナのカ・ン・ジ♡」
ルビアちゃんひとり、すっかりデキあがっちゃってまあ。
いやわたしもルビアがお酒を持ち込んでいることは知ってて止めなかったけどね。
澄まし顔でエールをごくり。
うん、ニガい。
まーあとは、シスとイオリオが酔うとどうなるかも見てみたかったし?
「なるほど、マスターもグルか……」
なぜバレたし!
ごまかすために笑う。それでごまかせる相手でもないが。
「まあまあ、無礼講無礼講。きょうぐらいはいいじゃない。ね、ね?」
「最年長のギルドマスターが自ら率先して言うことじゃねえな……」
そう言ってお酒を口に含むシス。
の、飲み慣れている……?
ていうかイオリオも全然顔色変わってないし。
「あ、あれ、なんかふたりとも全然平気そうだね」
「別に実際にアルコールを摂取しているわけじゃない。このゲームでの僕たちの体は大人のものだ。それならこれだってゲーム的な処理をされていると推察される」
「えーなにそれー」
ゴクゴク飲みやがって。
とか言っているわたしも微酔してきているものの、それ以上の変化はない。
これではいくら飲んでも視界が回ったりはしないだろうという予感があった。
うーん、お酒に強い体っていうのも、意外と面白くないものね……
「……あ、いや、でもそしたらさ」
気づいた。
わたしたちの視線は必然的にひとりのロリ巨乳に集まる。
「え~へ~へ~♡」
耳まで真っ赤にしてデレデレとだらしなく笑うへべれけが、そこにいた。
……えーと。
「子供の体だから……ってこと?」
指さして発したわたしのその言葉に、シスもイオリオも無言だった。
あれ、ルビアの酒癖ってどんな感じだったかな……確かめちゃめちゃ絡み酒だったような……
なんで未成年のはずのルビアの酒癖を知っているんだ? とかは今は聞かないでほしい。緊急事態なんです。
「うへぇ~へ~、せんぱぁ~い~♡ ちゅ~~~♡」
うわあ出たあ!
迫るな迫るな、女の子とキスする趣味はないんだ!
「キミさ! できあがるの早すぎでしょちょっと! アルコール耐性ゼロか!?」
「あたしぃ~、やっぱりぃ~、先輩のこと……好きだなぁ~~~ってぇ~♡」
「話し通じねえ!」
またたびを嗅がされた猫のようにとろんとした顔で抱きついてくるルビアを、渾身の力で押し返す。
くっそう、この子はどこもかしこも柔らかくて、胸なんてぽよんぽよんでずるいなあ!
ルビアはなにやら上手にわたしの手をすり抜けて、ひしと密着してくる。
コラコラコラー、シスくんもイオリオも気まずそうにしているじゃん!
そういう関係だって疑われたらどうするのよ!
ああもう、ミニスカ履いているくせに人の目を気にしないから、パンツ見えているでしょうパンツ。
なんでわたしが隠してあげないといけないのよ。
すると彼女はますます嬉しそうにわたしの胸に顔を埋めてきて。
「えぇ~~~、先輩ぃ、なんであたしのおしり撫でるんですかぁ~~~♡ きゃっ♡」
「うっぜえええええ!」
クールをウリにしているわたしもさすがに口汚く叫んでしまう。
こんなんじゃのんびり飲んでもいられない。
「よし、シスくんパスだ!」
ルビアを抱き上げて、シスくんに押しつける。
「お、俺ぇ!?」
目を丸くするシス。ルビアちゃん好き好き疑惑があったくせに、すごく嫌そうだ。
ほらほら、可愛いよー(見た目は)。
しかしその間にわたしはイオリオの隣に避難しているのだ。
頑張れ若人!
「え~~、先輩がシスになってますぅ~。ちょっとぉ、シスは先輩じゃないんだからあたしのこと触っちゃだめですよぉ~?」
「さささ触ってねーし!?」
こちらにゆらゆらと伸ばしてくるルビアの手を平手で払う。
わたしに絡むな。隣にオモチャ置いといたでしょ。
酩酊状態のルビアにも拒絶の意思は伝わったようで。
するとルビアは口を尖らせながらシスくんの顔を覗き込む。
「ぶ~……じゃあシス、お話しますぅ~?」
「お、おう」
ヘイトコントロールは成功。ターゲットの切り替え完了しました。
さすがタンク(暫定)のわたし。我ながら惚れ惚れする手腕だわ。
「シスってこうしてみると、イケメンなんですけどぉ~……」
「そ、そうかな」
屈んで上目遣いにシスを見やるルビア。
艶やかに頬を染めた彼女は、完全に小悪魔顔だ。
「あ~、今またあたしの胸見たでしょぉ~? もぉ~~、シスってばエッチぃ~~」
「すみませんお願いだから勘弁して下さい。助けてくださいギルドマスター!」
「でも見たよね今」
「見ましたぁ~~」
「だって屈むから! 仕方なくね!?」
逆ギレのシス。あ、この子もちょっと酔ってんな。
いや、わかるよ。あの角度だったらルビアちゃんの谷間が相当きわどいことになるもんね。わかるわかる。
「まぁ別にぃ、それぐらいはいつでも見せてあげてもいいんですけどぉ~。えへへぇ。ちら、ちらちらぁ~」
今度はルビアちゃん、にこやかにブラウスの襟元を開いて見せつけたりしています。
酔っ払い状態だとこの子、こんなサービス精神まで見せるのか……
あざとい(確信)。
「ぶっ」
顔を真っ赤にして吹き出すシスくんだけど、その目は釘付けのようで。
あー、あれは確実にブラまで見えてますねー。
うん、このサラダ美味しい。
「え~へ~へ~……もっと、みたぁ~い~?」
「え、い、いや、その」
舌なめずりをしながら近づくルビアは、まるで雄を狙うカマキリだ。
この子、シラフに戻ったときに爆死しちゃうんじゃないかしら。
恥ずかしすぎて、耐え切れないんじゃないかしら。
でも、確かにちょっと幼い容姿ではあるものの、ルビアちゃんに迫られて嫌な思いをする男の子なんているわけがない。
性格はともかく、容姿は完璧だ。
ていうか性格だって天性の甘え上手の気質は、きっと男の人にはご褒美だろう。知らないけど。
あーいいねこのピザ。お弁当に持っていこうかな。
「……み、み、みた――」
と、シスくんが生唾を飲み込んだと同時に、ルビアは身を引く。
「でもだ~め~、え~へ~へ~」
唇に指を当てて、天使のような悪魔の笑顔である。
シスくんはテーブルに激しく頭を打ち付けて反省しています。可哀想に。
ルビアが覚えていたら、一生このことでからかわれるだろうな……
「あっ、でもでもぉ~~♡ 先輩だったらぁ、別にいつでもぉ~~~♡」
なんとなくこちらに被害が及びそうな気配を感じたので。
エールをグイッと飲み干し、叩きつけるようにグラスを置く。
「うん。ねえイオリオ、わたしちょっと酔ってきたから外の空気が吸いたいなーって」
黙々と食事をしていた彼も、わたしとまったく同じ表情――つまりは無関心だ――で大きくうなずく。
「そうか、奇遇だな。僕も酔って今にも倒れそうだ。ちょっと夜風に当たってこよう」
「うそつけよてめーら! さっきまで涼しい顔してただろーが!」
叫ぶのはシス。おでこが赤くなっている。きっと《頭突き》スキルがあがったことだろう。おめでとう。
わたしとイオリオを追うようにテーブルを回りこんでようとするシスくんだったが。
「あっ、ちょっとぉ、シスくんどこに行く気ですかぁ~~? あたしの話ちゃんと聞いてくださぁい~~!」
手を握るわけではなく、思い切り足を踏んでシスを引き止めるルビア。
鬼か。
シスくんが「ぐぎゃあ」とかうめいたよ。
まあ酔っ払ってても、男の子相手ならスキンシップも(かろうじて)自重できているみたいだから、間違いは起こらないでしょう。問題なし。
「HELP ME! HELP ME!」
プラトニックっていいねえ。
こうしてシスくんとルビアは決戦前、お互いの気持ちを確認するのでした。
はー、キュンキュンするなぁー(棒)。
「ん~~~」
思いっきり背伸びをする。
ヴァンフォーレストの星は綺麗だ。こんなのはきっと海外にでも行かないと見られないような夜空だろう。
「気持ちいいねー」
振り返る。イオリオも突っ立って星を眺めていた。
「気づかなかった。星座も全然違うんだな。それに月がふたつある」
「えっ、ホント? どれどれ」
あー、ホントだ。
「すごい作りこみだねえー」
こんなときまでネットゲームの設計に感動してしまうわたしたちは、きっと血の一滴までゲーマーなのだろう。
それがなにやらおかしくて、笑ってしまう。
「なんか、全然送別会って雰囲気じゃなくなっちゃったね」
「マスターたちの企みのせいでな」
悪いが聞こえないよ、耳にバナナが入ってて……
「シスくんとかルビアとか、ひょっとしたら泣いちゃうかもって思ってたのに」
「多分シスは今頃泣いていると思う」
「意味がちょっと違う、っておねえさん思うな」
「まあ見捨てたのは僕たちだ。やつのことは早く忘れよう。新たな仲間はどんなやつがいいか。元気が良くて武器をなんでも扱える男がいいな」
「切り替え早すぎない!?」
ていうか、イオリオもちょっとテンションが変かも。
わたしは首をひねる。っていうかわたしだってそうだ。なんだか感傷的になっている気がする。
あまり効かないとはいえ、やはりお互いアルコールが回っているのだろう。
ならば、ってわけじゃないけど。
まあせっかくふたりっきりでこんな満天の星の下だしね。
「ところでさ、イオリオくんさ」
なんすかね? と聞き返される。
言葉はするりと喉を通って出た。
「こないだわたしのこと好きって言ってたよね。あれの話の続きを今しようよ」
イオリオくんが盛大に吹き出した。
「あ、シスくんっぽい」
やっぱり幼馴染同士だからか、時々仕草が似ているんだね。
のんきに観察していると、彼は口元を手の甲で拭きつつ。
「その切り出し方、男らしすぎるだろ」
「そうかしら」
こんな話をするのには、ちょうど良い夜だと思っちゃったんだもの。
あれからもう十日近く経って、わたしもようやく心の準備ができて……
アルコールの力って素晴らしい。アルコールバンザイ。
イオリオくんはしばらく、言うべき台詞を探すように落ち着かない雰囲気だったけれど。
それからふと気づいたような顔で、改めて――今度は神妙に、尋ねてくる。
「……ひょっとして。ルルシィールさん、男だったのか?」
あ、そう。そう来る。
町の外に行こうぜ……ひさしぶりに……きれちまったよ……
わたしが刀を抜いたのを見ると、イオリオは慌てて「冗談だ、冗談」と主張した。
両手を前にあげて、いつになく慌てた顔でね。
「すまん、マスターがおかしなことを言い出すから動揺してしまったんだ」と彼は素直に頭を下げた。
絶対に許さないけどね。
「どういうつもりで僕が告白したか、か」
イオリオはずり落ちていた眼鏡を中指で持ち上げると、まるで少年のような声を上げた。
「僕は普段自分の感情を自制できているつもりだ。あまり腹を立てることもなければ、そうそう悲しむこともない。理性の楔が感情を縫い止めているはずだった。こんなことは今までなかったんだ」
まだ高校生なのに、と思う反面。
イオリオなら実際にそれだけのことができるんだろうな、とも感じた。
「どうしてなのかは、僕にもわからない。ただ、気づけば言ってしまっていたんだ」
その言葉は夜の闇ではなく、わたしの胸に吸い込まれてゆく。
「マスターのことは尊敬している。ひとりの人間としては、これからも一緒に冒険をしてゆきたいと思っている」
「わたしはそんな大層な人間じゃないってば」
嬉しいけどさ。
「あなたは僕にとっては理想的なマスターだ。情熱的で大胆。探究心豊かで、常に挑戦を忘れない。それでいて非常に道徳的で、心に理想を描いている」
「そ、そうかな」
「ああ。あなたの根本はレスターに近いところにあるのだろう。とてもよく似ているよ。違いは目的だ。レスターはゲームのクリアそのものを目指しているが、あなたはゲームを楽しもうとしている。だから、あなたの下のほうが居心地が良い」
「……ありがと」
レスターに似ているって言われたのは複雑だけれど。
わたしあんな風にいきなり誰かにデュエル仕掛けたりしないよ。
……PKはしたけど。
「けれど、異性のことになると」
イオリオは急に語気を萎めた。
「……その、そういう立場としてきみの隣に立っている自分の姿が想像できなくて」
イオリオはいつもより早口にまくし立てる。
「恥ずかしながら僕は今まで女性と付き合った経験がない。だからどんなことを言えばきみが喜ぶのかわからなくて。失敗するのが怖いのかもしれない」
それは、目の錯覚だったのだろうか。
エルフの魔術師の輪郭が透けて、その後ろに多感な17才の少年の表情が見えたような気がした。
ふーん。
そっか、イオリオもそんなことを思うんだね。
最近の活躍っぷりを見ているとさ、ちょっとなんだか信じられない感じだけど。
「じゃあ別にイオリオは、わたしとそういう関係になりたくないってこと?」
「わからない」
いやいや。
そこ大事じゃないですか?
「……恋心というのは、面倒なものだ」
それキミが言う!?
人に気持ちをぶつけるだけぶつけてきておいて……
わたしが(日記外で)どれだけ悩んでいたか……!
はてさて、ここで問題です。唐突に。
互いに顔も見えないネットゲームで恋愛感情は成り立つかどうか。
わたしは――基本的にはノーだと思っています。
ドライすぎるって?
まあ聞いておくれよ……
というのも、わたしはロールプレイ・プレイヤーなので、誰かに恋をされてもそれは役割を演じているわたしでしかないのです。
なにかきっかけがあってそう割り切るようになったわけじゃないけど、自然とそう考えちゃうようになったんだよね。
もちろん、互いに“役”だとわかった上でのごっこ遊び、擬似恋愛は全然オッケー。つまり恋人ロールプレイってことね。MMORPGの冒険に彩りを加えてくれるでしょう。
でもなあ。イオリオはそういうことをするタイプじゃないとわかっているし。
それに『666』のケースは特殊なんだよね……この世界に閉じ込められたわたしたちは、ほとんど素みたいなものだし……
外見のアバター以外は、まんま一緒だからね……
こんな状況想定してなかったから、悩ましい。
でもだからってさ。
『恋心とは面倒なものだ』って目の前のわたしに言うのはひどくない?
ちょっとダメだと思うんだよね。
今後の彼のためにも、ここは教育しておいてあげないと……
ルルシさん、ヤッテヤルデス。
わたしはイオリオの肩をちょいちょいとつつく。
「ん?」
そうしてこちらを向いた彼の額に裏拳を叩きつけた。
「――ッ」
思わず顔を抑えてその場にうずくまるイオリオに意地悪な笑みを浮かべて告げる。
「え~らそうにぃ~」
ちょっぴり瑞穂の真似。
イオリオくんは気づいた様子はないようだったけれど。
「な、いきなりなにをするんだ……!」
わたしはやれやれのポーズを取る。
「若人よ……ひとつキミに良いことを教えよう。恋心っていうのは爆弾と一緒なんだよ。着火したらあとは弾けるしかないの。そんな不発弾を投げられたってこっちが困るんだ」
「僕だって自分から言うつもりはなかった! だけどきみが!」
「なにさー」
顔と顔を突き合わせる。
イオリオは言葉を飲み込みながら身を引いた。
「……つまり、僕がうかつだったってことか。わかった。認めよう」
イオリオくんのそういう物分かりの良いところ、わたし好きだなー。
大人びているって感じ。
でも、このままだとちょっとつまんないっていうかさ。
せっかく友達になれたんだし。
「よし、じゃあさ。こうしようよ」
わたしはニッコリと笑い、人差し指を立てる。
「ドミティアから抜けだしたら、わたしとルビア、それにシスくんとイオリオで遊びにいこうよ。もちろん現実世界でね。それからまた考えるっていうのはどう?」
オトモダチから始めましょう、みたいな。
回りくどいかなあ。
でもネットゲームと違ってリアルはサービス終了しないんだし、のんびりでも良いんじゃないかな。
その言葉をイオリオは、
「前向きな提案だな」
と、納得し、了承してくれた。
「わかった。そうしよう」
良かった良かった。
正直、リアルイオリオには結構興味が有るんだよねー。
わくわく。
「よーし、けってー」
わたしは無理矢理イオリオとハイタッチを交わす。
「あ、モモちゃんとかよっちゃんとかレスターも呼んで、慰労会するのも面白そうだよね」
「ああ、そうだな」
「帰ったら店長に、お店を貸切にしてもらえるかどうか聞いてみようかなー。うふふ、楽しみになってきちゃった」
「連絡が取れたらいいけどな」
「もしだめだったら、Twitterでも2chにスレでも立てて呼びかけるよ。このご時世、いくらでも手段はあるもの」
「さすがだ、マスター」
胸を張るわたしに、イオリオくんの枯れた賛辞。
でも、なんとなく楽しみにしてくれているんだろうな。
さすがに、一ヶ月の付き合いだしね。
眼鏡の奥の瞳でも、それくらいわかるんだから、って感じ。
そういえばもうひとつ疑問があったんだ。
「ねえねえ、イオリオ」
「うん?」
「やっぱりシスくんがわたし狙いってのはないと思うよ。そんなムード全然ないし」
言葉だけ聞いたらすんごい自意識過剰ねアタクシ……!
でもシスくんはわかりやすいと思うんだけどなあ。
わたしが改めて否定すると、イオリオは頬をかく。
気まずそうに言う。
「……かもしれない。いや、結局あいつも決めかねているってところなんじゃないかな」
「わたしとルビアの間で?」
「自分自身の気持ちを、かもしれん」
「なんか中学生の恋愛みたいだなあ」
誰も彼も、妙にふわふわとしている。
手をひとつ繋ぐのでも、地球を揺るがすような決意が必要だった時のような。
肉体関係や外的要因がほとんど絡まないから、ネット恋愛って妙にピュアなのよね。
感情にダイレクトに訴えかけてくるっていうか……
だからハマっちゃいそうになるんだろうけど。
「まあ、その、なんだ」
イオリオがわたしから視線を逸らしながら、話をまとめた。
「とりあえず、明日はよろしくな。マスター」
そうだね。とりあえずは当面の問題をクリアしなきゃ。
この世界から抜け出して……話はそれからだ。
『666』が終わるのは寂しいけれど、その先だってわたしたちの人生は続いてゆく。
明るい未来も、待っている。
まがい物の夜空もいいけれど、それだけじゃあね。
「頼りにしているさ」
今は魔術師のイオリオに、ギルドマスターのわたしは大きくうなずく。
「おうよ。任せとけ」
ドンと胸を叩き、笑う。
さ、そろそろ戻ろうかな。
シスくんとルビアがどうなっているのか、ちょっと気になってきたし。
裸で抱き合ってたらどうしよう。面白いけれど、デジカメ持ってないや。
軽く伸びをして。
イオリオが「やっぱり男らしい……」とか言っていたような気がしたが、わたしはそれを視線で黙らせた。
二度目は言わせませんよ。




