◆◆ 3日目 ◇◇
寝息を立てるルビア。
彼女はクロースに包まっていた。
毛布だとかそんな豪勢なものはないんです。
あれは先日わたしが裁縫ギルドで買ってきた、まるごとの反物である。
もう少しお金貯まったらベッド買う……
で、腰に括りつけているアイテムバッグを軽く叩く。
すると4☓4に区切られたウィンドウが出現する。
これが初期バッグと呼ばれる、道具袋です。
その通り、16個までアイテムを詰め込むことができる。
装備品は含まず。
少ないけれど、まあ今はこんなもんってことで。
ウィンドウ内には、中に入っているものが小さなアイコンで表示されています。
そのアイコンを指差すか、あるいは対象アイテムを思い浮かべながらアイテムバッグを探ることによって、道具を取り出すことが可能となる。
普段は前者。戦闘中は後者って感じかな。
というわけで、取り出すのは【日記】と【羽ペン】。
ぽんっ、と小さな音を立てて具現化。
うわー、すげー。
何度見ても魔法みたい。
ホイ○イカプセルみたい(古)。
日記を開いて、ページをタップ。
さらに羽ペンを使用すると、なぜか出てくるのはキーボード。
いや、楽だから全然いいんだけど。
ちょっと釈然としない。
まあいいや。
わたしが現実世界に帰った時のネタ帳が充実してゆく……フフフ……
一心不乱にカタカタカタカタとキーボードを叩いていると。
「せんぱぁ~い……」とうめき声。
おや、お目覚めのようだね。
枕元のケータイを探すように、パタパタと手を動かす。
わたしは日記と羽ペンをしまうと、その小さなおててをぎゅっと握る。
「はいはい、いますよ。ここにいますよ、先輩は」
握手しながら手を揺らす。
片手でアイテムバッグをまさぐり、ウォーターボトルを取り出す。
「お水飲むかい、飲むかい」
「飲みますぅ~……」
はい、というわけで手渡しする。
相変わらず、朝弱いなあ。
でもなんか、そういう変わらないところ。
ちょっとだけホッとしたり。
彼女は瑞穂。キャタクターネームはルビア。
一緒に遊ぶつもりだった、わたしの後輩である。
「しかしまた、可愛らしいキャラメイクにしたねえキミ」
「ふにゃあ?」
寝ぼけながら、目をこすって起き上がる。
彼女は肌着姿。
大きなシャツをはおって、下はパンツだけ。
男の子の部屋に泊まった美少女そのものです。
まあ、パジャマがないから仕方ないね。
おっきな瞳はとろんとしていて。
うん。
可愛い……
特に目を引くのは、ふわふわでピンク色の髪。
そういったものが許されるのは二次元だけのことで、三次元で見ると痛々しい……
というように思っていたのだけれど。
ルビアちゃんのそれは、なぜだかわからないけれど、非常に似合っていた。
これもこの世界の力なのだろうか。
ていうか、全体的にちっちゃくて。
急に妹ができてしまったようだ。
なにこの子、ちょうかわいい。
いつもの小生意気な仕草も、ルビアちゃんがやるとキュートだ。
手足も短くなって、まるでお人形さんみたい。
ロリロリしい……
あらやだ、おねーさんドキドキしちゃう。
かわいいじゃないか……
「……なのに胸は大きいってこれどういう詐欺……!」
「ファッ!?」
「こんな子を自分の部屋に招いているとか、なんだかイケナイことをしているようだ」
「ちょ、ちょっと先輩! なんで息荒げているんですかぁ!?」
ちょっとしたジョークなんだけど。
なんだか本気で後退りしてビビるルビアちゃん。
野獣の眼光に見えたのかしら。
怯えて潤んだ瞳もなかなかのもので……
……じゅるり。
っていやいや、やめようやめよう。
中身はあの瑞穂だぞ。騙されるなわたし。
ルビアは口を尖らせる。
「あたしのことばっかり言って。先輩だって、相当スカしているじゃないですかぁ……
宝塚みたいな見た目ですぅ」
え、そうかな。
結構普通に作ったと思うんだけど。
でも美系フィルターがかかったのかな……
むむむ。
「そういうの冷静に指摘されると結構恥ずかしいな……」
でしょぉ~? と目で睨まれる。
つり目も、あらかわいい。
「ふーんだ。まあ、元々の面影もかなり残ってますから、許してあげますけどぉ」
そりゃあ、どうなっても似てきちゃうもんなんじゃないかな。
ルビアちゃんだって、やっぱり本人に似ているし。
それにしても、ぷくぅと頬を膨らませて……
かっわいいな、ルビアちゃん……
わたしが角度を変えながら、じーっと見つめていると。
ルビアちゃんも、まんざらでもないようだ。
こちらの視線を意識しながら、頬を染めたりしちゃって。
「えへへ」などと笑い、髪の毛をくるくると指でいじってみせた。
……くっそう。
こんなに可愛さに、目を奪われるなんて。
もうここまで来ると“可愛い”を通り越して、“あざとい”だ……!
せっかくだから、先輩後輩水入らず。
少し遅目の朝ごはんを買ってきて、お部屋で頂くことにした。
お金はないけれど……
感動の再会だからね。
使える範囲で豪勢に。
スモークサーモンのマスタードサンドに、新鮮採れたて山菜サラダ、果汁満点オレンジジュースですの。
床に並べて食べるのは、ちょっとお行儀が悪いけれど……
まあしょうがない。
うん、見た目にもいいねいいね。
昨日一日分の食費の、三倍のお値段だからね……(震え声)。
「ほわぁ~~~~♡」
ただその代わり、ルビアちゃんはニッコニコ。
手のひらを合わせて、目をキラキラさせています。
「こ、この世界、こんな素敵な食べ物もあるんじゃないですかぁ~~~!」
「そ、そうね」
まあ、喜んでもらえたから良かったかな……
遠ざかるベッドの夢……
まるでリスのように頬を膨らませて。
満面の笑みでマスタードサンドを頬張るルビアちゃん。
ああ、幸せそう。
「う~~……久々に人心地のつくものをいただきましたぁ~~……♡」
ルビアちゃんは別に、食いしん坊属性とかないんだけどなあ。
少食で、朝は食べずにお昼はサラダ、夜も食べているんだか食べてないんだか、っていうレベルの子なのに、この喜びっぷり。
むしろ、逆に心配になってきちゃう。
「キミさ、この二日間なにをしていたの?」
オレンジジュースをごくごくと飲んで。
ぷはぁ、と可愛らしい息を吐くルビアちゃん。
もう彼女は着替えていて、初期装備であるローブ姿です。
なのに、丈はひざ上15センチぐらい。
初期装備の丈の長さとか、調節できたかしら。
美脚丸出しですよキミ。
まあいいや。
ことり、と床にグラスを置いて、彼女は語り出す。
「えっとぉ、話せば長くなりますが~~……」
わたしみたいにブログ(てかネタ帳)を書いていれば見せるだけでいいのだが。
まあ、そんな奇特な人はいない。
思い出しながら語るルビアに、わたしはウンウンと熱心にうなずく。
ルビアはやはり、突然MMOの世界に引きずり込まれたことによって、相当なパニックを起こしていたらしい。
もしかして、これが最新のゲームなのか? とか考えたりして。
そんなわけがない。
しばらくどこにも行かず、頭を抱えていたようだ。
そのうちスタート地点の広場で「協力して生き残ろう」と呼びかける男性が現れたらしい。
英雄的行動だ。
主人公のようだ。
わたしもやればよかったなあ、そういうの。
自分の楽しみのために、すぐさまあちこちに行っちゃったし。
……だ、だめなやつ!
ともかく。
ルビアもその輪の中に入って話を聞いていたところ……
彼女はすぐ違和感に気づいたという。
憤懣やるかたないといった表情で。
「その人、集めてたの女の子だけなんですぅ!」
「あーそういう……」
あるある。
ネットの中で、女性キャラだけ集める人、いるいる。
なんだろうね。コレクション精神なのかな。
見た目も麗しいしね。
このルビアちゃんなんて、特にそう思う。
アバターの可愛さに現実の瑞穂の美人具合が上乗せされているような気さえするよ。
わたしは出会い目的のネトゲでも、なんとも思わないけれど。
初日でそんな根性があるっていうのもすごいし。
しかし、ルビアは許せなかったようだ。
顔を真っ赤にしながら力説する。
「もしかしたらこのままずっと閉じ込められちゃうかもしれないような状況で、ナンパしているような人についていけますかぁ!?
真剣味足りなさすぎですよ! きー!」
「ほ、ほら、たまたまだったのかも」
見知らぬ青年をフォローするも、かなり無理がある。
この『666』の世界、男女比は大体5:2ぐらいである。
ネットゲームにしては、割と女性多めだけど、まあこんなもんかな。
で、ひとりで生きようとしたルビアちゃん。
だけど、上手くいかなかった模様です。
「歩けばパーティーに誘われて……うちのギルドに来ない?って誘われて……
もぅ、なんにもできないんですもん……」
あれ、なにそのモテっぷり。
わたしのやってるゲームとちがう。
これ、一番嫌われるっていう、自虐風自慢ってやつじゃない?
無自覚なるルビアちゃん。
ため息つきながら語ります。
「皆様、目が怖いっていうかぁ、『俺が俺が』感が強すぎるっていうか……
声をかけていただけるのはありがたいのですがぁ……
チョット遠慮したい感じでして……」
ルビアちゃん、結構人見知りだからね。
指をくるくる回してもじもじ。
かわいい。
「ははあ……まあ、歩く合法ロリだからねえ、今のキミ」
声は現実の世界のままみたいだけど。
でも、元々アニメ声だからな後輩……
ちびっ子に見えてもおかしくない、かな。
うーむ……
「そんなこんなで、人の少ないところを探してフラフラしてたらお腹も空いちゃって……」
なるほど。
アワレだ。
「早く見つかって良かったよ。もう少しで薄い本が厚くなるところだったね」
「なりませんけどぉ!?」
彼女は涙目で叫ぶ。
だがすぐにコロッと表情を変えて。
「それにしても先輩、どうしてあたしのことがわかったんですかぁ?
名前だって、顔だって違うのに」
「ああそれ」
わたしはニッコリと微笑む。
「愛、かな」
謎のカメラを意識したキメ顔。
するとルビアちゃんは「えっ」と身を引いて。
それから頬を染めた。
「や、やっぱり、先輩……♡」って。
急にもじもじし出して。
あ、やばい。
これアカンやつだわ。
撤回。撤退。
「な、なんてね、ジョークよ」
「……えー」
不満そうに言われちゃった。
なんなのかしら。
最初からこの子の好感度、MAXなのかしら。
なんてちょろゲー。
それはいいとして。
コホン、と咳払い。
ま、半分は嘘じゃないんだけどね。
「ほら瑞穂、宝石好きだし。お誕生日七月だから、誕生石ルビーじゃない?」
「あ、はい。そうですけどぉ……?」
彼女はちょこんと座って、わたしを見つめている。
が、あれ、って首を傾げた。
「って、え? まさか、それだけ?」
「うん」
頷くと、ルビアちゃんは脱力したようだ。
深いため息をついて肩を落とす。
「そんなぁ~~……まるで奇跡みたいな偶然じゃないですかぁ~~」
「なんとなくビビっと来たんだって。
結果カンだったとしても、見つけてあげたんだから感謝しなさいよもう、後輩」
額を指でつっつく。
すると、彼女は児童のように口を尖らせた。
「感謝は、してますけどぉ……」
素直にお礼は言いたくないみたい。
ここらへんがルビアちゃんの瑞穂たるゆえんよね。
「でも実際、どうしますぅ? これからぁ」
ルビアは不安げな視線を向けてきた。
わたしは気づかないフリをして問い返す。
「なにがさ?」
「だからぁ、二度とこの世界から出られなくなったら……ってことですよぅ。大学とか」
あー、うん。
そこらへんねえ。
あんまり深刻に考えないようにしているんだよね。
だって心配してもしょうがないじゃん?
わたしはルビアちゃんの頭に手を伸ばす。
髪を撫でり撫でりすると、彼女は小さく「あ」と声を漏らす。
感触は伝わっているようだ。
「そんなことを心配してもねえ。大丈夫よ。
いざとなったらわたしが助け出してあげるから。ね?」
ぱっちりとウィンク。
しばらく彼女はわたしを見つめていたけれど。
これみよがしにため息をついちゃいました。
「先輩といると、悩んでいるのが バカらしくなってきますぅ」
いやいやいやいや。
わたしだって色々考えているんだからね……!?
ホントだよ!?
さて、腹ごしらえも済んだし。
「それじゃあ早速冒険に行こうぜ!」
立ち上がる。
ルビアは「えー」とうめいた。
わかりやすいほどの嫌な顔だ。
「きょうぐらいはゆっくり引きこもっていましょうよう」
三日目にしてお疲れの後輩ちゃん。
この体、筋肉痛とかまったくないくせに。
「なーに言ってんの。
せっかくこんな貴重な体験しているんだから、ホラ、行こ行こ!」
と、渋るルビアちゃんを無理矢理立たせる。
しっかりと稼いで、ベッドと姿見買うんだからさ!
それに毎日おいしいご飯も食べたいし。
素敵な服だってほしい。
あれ、わたし完全に『666』にハマっているな。
これネットゲーマーの初期症状だな。
居住区から外に出る。
木々の間から差し込む太陽の光が眩しい。
うーん気持ちいいー。
伸びをする。
「いいとこでしょー、ヴァンフォーレスト」
わたしはすっかり気に入っちゃった。
空気がおいしいのなんの。
いや、知らないけど。
でも多分そう。マイナスイオンとか出ている。
「なに森ガールを気取っているんですか先輩。似合わないですよぅ……って、あいたっ」
「ふてぶてしさが戻ってきたじゃないか、後輩くんよ……」
にっこりと笑う。
悲鳴をあげるルビア。
すると、周りを歩いていた冒険者たちが一斉にこちらを見やる。
主にわたしを非難の目で。
なんだこれ。
わたしが美少女をいじめているみたいじゃないか……
「その外見卑怯だぞぉ……」
「ふぇ?」
無自覚に、己の武器を発揮するルビア。
彼女を連れて、あのヒゲさんに会いに行く。
この子ってばまだチュートリアルもやってないんですってよ。
というわけで、装備を漁るルビアちゃん。
「3分以内に支度しな!」と促すと、「わ、わ!」と目移りしている模様。
武具の立て掛けてある小屋の中は、まるで宝石箱のよう。
わかっているんだよ。
ファンタジー好きはこういう作り込まれた小道具とか武器防具とかさ。
とんでもなく大好きなんだから。
わたしもそうだから、わかるのさ。うふふ。
木剣を持つルビアがウサギに泣かさせるところを見て爆笑していたわたしの元に、コールが届く。
お、昨日一緒に遊んだシスくんたちだ。
回線を繋ぐ。
「もしもしー」
『も、もしもしー、きょうはどうしますかー?』
あれ、なんか声が若干緊張している?
シスくん、だよねこれ。
慣れてない感じがまた可愛いような……
って節操ないなわたし!
「えーと」
わたしはへたり込んでいるルビアを横目に。
「実は前から探してた友達が見つかってさ」
後輩は起き上がってこちらを不審そうに見つめている。
べらべら独り言を喋っているように見えるだろうからね。
今は待って。
後で説明するから。
『おー、そいつはめでたいっすね。じゃあ一緒にやりますか?』
「ううん、それが今チュートリアルの最中で、もうちょっと『666』の世界に慣れてからのほうがパーティーは良いんじゃないかな、ってさ。
だからまた明日一緒に遊ぼうよ」
わたしの都合の良い申し出を。
あちら側は快諾してくれた。
『りょーかいりょーかい。そういうことなら、また明日だなー』
うーん、変に追求もしてこないし。
気の良いやつだなあ……
今みたいな特殊な環境に置かれてさ。
実際は生きているかもどうかわからないで、何の保証もなくて。
絶望したり精神をおかしくしても不思議じゃない状況で。
それでも人のことを気遣うような人がいるなんて。
ありがたい話じゃないのまったく。
実はきょうね。
ごはんを買いに行ったときに、黒い噂を聞いたりもしていたんだ。
一部のギルドが街の実効支配を始めるとか。
町の外でプレイヤーの女の子が乱暴されたとか。
『666』がどんなに素晴らしいネットゲームだったとしても。
結局、遊ぶのは人間だ。
人間が変わらなければ、どこにいったって同じことだ。
どこだって人間は黒にも白にも染まり得る。
だから。
こんな環境下だからこそ、ね。
魂だけは高潔に保っておきたいって思う。やっぱさ。
そんな風に、わたしはわたしのポリシーを定める。
これからブレてしまわないように。
「……独り言をつぶやいたと思えば、したり顔でうなずいて……
心の病にかかった可能性がありますぅ……!」
うるさいよキミ。
一日の長を発揮し、わたしはルビアを偉そうに監督しつつ。
ウサギの皮に、チクチクと針を通していた。
今行なっているのは、“クラフトワークス”と呼ばれる、このゲームの合成方法だ。
裁縫ギルドで仕入れた【針】を使用し、加工にチャレンジしている最中です。
なんだけど。
一向に進展がなかった。
なんかやり方が違う気がする……
もうちょっと調べてみてからやろうかしら……
ちょっと話が飛ぶけれど。
『666 The LIFE』の特色のひとつに、ボイスチャット必須環境というものがあります。
なんとこのゲーム、ログインパスワードが声紋認証なのです。
これは近代の電脳犯罪問題に対するセキュリティの回答と言われていて、発表当時は様々な物議を醸しだしたらしい。
けどまあ割愛。そんなに詳しくないし。
他にも、『666』にはレベルというものがない。
レベル10の敵が現れたー、逃げろー。とか。
そういうのがない。
慣れてない人には、強弱の順列がちょっとわかりにくいかもね。
でもその代わり。
キャラクターの個性は全て【スキル】によって定められているのだ。
ちなみにわたしの戦闘スキルの一部を見てみると、この通り。
◆大斧 ◆体術
◇縦攻撃 ◇横攻撃 ◇刺突 ◇ケアレスアタック
▲正面攻撃 ▲戦略 ▲戦術 ▲両手持ち
▽受け流し ▽武器防御 ▽弾き ▽回避 エトセトラ……
うん、そうなの。
前にも書いたけどね、すごいの。
とんでもない量なの。
例えばウサギに対する攻撃を例にあげてみると……
《草食動物学》や《解体》とか、戦闘には直接関わりのない技能も加味されて。
複雑な計算式の結果、ダメージが算出されているんですよ。
これが『666』の最大の特長。『The LIFE』たる所以。
歩くだけでも《歩行スキル》が上昇するという設計。
総スキル数一万オーバーらしいからね。
しかも1でも習得していないものは表示されない。
ギルドで教えてくれるものもあるらしいけど、基本的には見つけ出すしかない。
おまけにこの世界には、まとめwikiがない。
こういったゲームにこそ、もっとも必要なのに。
どんな武器が強くて、どんなルートで能力をあげていくのが最適解か。
そういったものを導いてくれるような指針は、この世界にはない。
まったくのゼロ。
無色透明の大地。
だからこそ楽しい。
自分で探す喜びがある。
ただ、この場合。
……クラフトワークスのやり方ぐらいは教えてほしかったけれど。
つまり、わたしは困っております。
「やっぱりギルドにいって《裁縫》を教えてもらうしかないかなあ」
「せんぱ~ぃ~~……」
と、首をひねるわたしのあちら側。
よろよろとやってくるのは、後輩じゃないか。
「あら、どうしたの、ボロボロで。あとなんかちょっと痩せた? 髪切った?」
「ウサギさん5匹殺ってやりましたよぉ~~……」
剣を杖に肩で息をしている。
心なしか目が据わっているような。
「おお、やったじゃないか後輩。もう日が傾いちゃったけど。ヒゲさんに報告しよう」
ニコニコと告げる。
しかし、彼女はなぜか不満そうだ。
「ちょっとくらい手伝ってくれてもぉ」
そんなことを恥ずかしげもなくつぶやく。
これだから達成感を知らないイマドキの世代は……
「先輩だって、あたしのひとつ上なだけじゃないですか……」
あれ、聞こえていたようだ。
まあいいけど。
わたしはちょっと戦い足りないけれど。
でも、きょうのルビアちゃん頑張っていたからね。
あんまり運動も得意じゃない、ヒキコモリ体質なのに。
「とりゃー」と叫び、斬りかかってさ。
うん、エライエライ。
褒めてあげよう。
「うん、頑張った頑張った、ルビアちゃん」
「でっしょ~?」
腰に手を当ててふんぞりかえる。
「ルビアちゃんかわいい、ルビアちゃんすてき」
「ふっふーん」
「ルビアちゃんだいすき! ルビアちゃんあいしている!」
「えっへっへ~」
あ、もう機嫌が良くなった。
ちょろい。
ルビアちゃんちょろい。
というわけで、夕暮れだし。
「さ、帰りましょ」
わたしの差し出した手を。
「はぁーい」
ルビアちゃんがそっと握ってきて。
わたしたちふたりは、あのなにもないがらんどうのお部屋に帰るのです。
でもさ。
誰かが一緒にいてくれるって、とても幸せなことよね。
だからわたし、この世界で当分やっていける気がするよ。
瑞穂が一緒で、本当に良かった。
……口には出さないけどね。
「ああ、きょうの稼ぎを足したら、ベッド買えるかなあ……」
「早いところ、ふかふかのお布団で眠りたいですぅ……」
なーんて、言い合いつつ。