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ルルシィ・ズ・ウェブログ  作者: イサギの人
第三章 北伐のゲオルギウス編
37/60

◆◆ 26日目 ◇◇ その2

 

 遺跡から解読した内容をゲームとして翻訳するとこのようになる。


“このネットゲームにはタイムリミットがあり、それまでにラスボスを倒せなければゲームオーバー”。魂を奪われる。一生休み。


 こういった時間限定ミッションは、通常のMMOならイベントの一環として夏休みや冬休みに行なわれるものだ。

 だが、それそのものがゲームの目的として、開発者陣が介入している場合もないわけではない。

 ほとんどが小規模なネットゲームに限って、だけどね。

 まるで巨大な脱出ゲームだ。


 ふとギルドルームに散らばった紙の一片が目に入った。

 そこには、殴り書きがしてあった。

 恐らくは先ほどまでの解読作業の最中のものだろう。



『――ドメイン24


 自分 来る きょう ?(関係代名詞?) 思い悩む

【地端地】 ?(始まる+不安推量) 終末 ×(特定の日にちを指す言葉?)

 メニア(女性名だと思われる) 言う 自分に ?(大きく品物全般を指す言葉?) 接続詞 自分 言う 頼む 机+上(複合語?) 設置する

 彼(女性?) 待つ するわけにはいかない 接続詞 自分 ?(用意をするとか、準備をするという意味だろうと思われる) ?(同上・複合語?) 外出する

 空 眩しい 太陽 明るい 接続詞(反語) 自分たち 脳(精神的な思考や気持ちを指す言葉?) 暗い 沈む

 ?(接続詞?) ?(歓迎する?) 来る 彼の(女性?) 笑顔 眩しい ?(関係副詞?) 自分 悲しい(心情表現のため暫定的な訳)

「?(挨拶の口語体?) ?(名詞・人名?)」

 自分 真実 ?(?) 欲しい もっと 力(精神の強度?)』



 うん、さっぱりわからない。

 こんなのと顔を付き合わせて、一文一文訳していったのか、イオリオたちは……

 

 イオリオやドリエさん、レスターたちはすごいことを成し遂げようとしているんだという実感が、今になって急に湧いてきた。


「つまり、これでクデュリュザをブチ殺せるわけだな」

「レスターさま、そのような言葉遣いは……」


 舌なめずりをするレスターを、ドリエさんがたしなめている。

 目的が明確になったことにより、彼らは沸き立っていた。

 なのにどうしてだろう。わたしはひとり気分が優れない。


「そっか……ラスボスに挑めるんだね、わたしたち」


 それは悲願だったはずなのに。


「? どうかしたか、マスター」

「ううん」


 イオリオに首を振り、わたしは微笑む。


「色々と準備しないとね。これから忙しくなるぞー」


 両手を広げて伸びをする。

 ちょっとわざとらしいかな、とは思ったけれど。

 三人は【地端地】攻略作戦を立てるのに必死で、わたしの様子に気づいた人はひとりもいなかった。

 昔から、誰かに心配をさせないように振る舞うのは、大得意だったんだよね。

 


 

“魂が喰われたまま”だと表現されているのなら、もしかしたらクデュリュサを倒せば『レッド・ドラゴン』のときに閉じ込められたプレイヤーも助かるかもしれない。

 少なくともレスターはそう思っているようだった。

 再び遺跡に攻め入ることになる。

 そのとき今度こそ魔術生物に負けぬよう、急いで<キングダム>を訓練し直すのだという。

 おお忙しい忙しい。


 っていうかわたしもその訓練に参加させられそうになってきたから、慌てて逃げ出してきたんですけどね!

 なんでレスターはわたしをいちいち表舞台に引っ張りだそうとするかなあ。『白刃姫』とか、マジありがたくないんですけどー!

 異名自体は……う、うん、まあカッコイイけど……!(後ろ髪引かれつつ)

 

 


 わたしはヴァンフォーレストを当てもなく歩き回っていた。

 イオリオとドリエさんは扉を開くためのパスワードを探すということで、再びギルドにこもっている。頭脳労働担当さま、お疲れ様です。


 はー、こうしてブラブラしている間がホントに癒される……と言いたいところだけど、実はそうでもなかった。

 週末の予定がレポートでびっしり埋まっているカレンダーを胸に抱えている気分だ。

 足取りも重いし。


 散々言っている通り、わたしは団体行動が苦手です。

<ウェブログ>ぐらいの規模のギルドで自分の好きなことをやっているのが一番楽しいよ。

 このまま<キングダム>に率いられてゲームクリアしたとしても、それはなんかわたしの力でやったって気がしなくて……

 いや、脱出することに文句があるわけじゃないんだけど……ブツブツ……


 なんともモヤモヤした気持ちだ。

 こんなの、『666』に閉じ込められてから初めてかもしれない。

 この世界はなにもかもが未知の驚きと発見にあふれていた。

 立ち止まる時間なんて一瞬足りともなかったような気がする。

 毎日がすごく(ネタだらけで)楽しかったのに。


「なんかなー、なんかなー……」


 歩いているのも億劫になり、広場のベンチに座ってボーっと空を眺める。

 どう見ても時間の浪費です。本当にありがとうございました。


 クデュリュサが目覚めるのはいつだろう。

 明日や明後日ということはないだろう。

 来年かもしれないし、数十年後かもしれない。


「ホントに終わっちゃうのかー……」


 わたしは小さくつぶやいた。

 本当に大好きなゲームに巡り合った時、わたしはいつまでもそれを続けていたいと思う。

 記憶を消して、何度も何度も遊びたいって。

 実際はそんなことはできないのはわかっているけれども。

 それは本当に幸せな時間で。


 ……でも、終わりは必ず訪れる。


 ラスボスを倒してしまったとき。囚われのお姫様を救出したとき。世界の真相を解き明かしたとき。復讐を果たしたとき。恋を成就させたとき。

 ゲームなんだから、当たり前だ。

『さあ、もう楽しい時間は終わりだよ。現実にお戻り』と、わたしたちは追い出される。

 ゲームの電源を切るときが来る。

 夕暮れの公園でいつまでも遊び続けるわけにはいかないのだ。お腹を空かせた子供たちは、おうちに帰らなくてはならないのだ。


「そっか」


 今まで本気で向き合うことを恐れていた。

 あくまでもわたしは“巻き込まれた被害者”なんだって言いたかった。

 両親も友達も大学も大事だ。自分には自分の生活がある。バイトだってやらなきゃいけないし、立派な大人になるためには、こんなことにホントは関わっている暇なんてないんだって。そういうスタンスでいた。

 不幸だー! って言っていたかったんだと思う。

 でもムリ。

 もうムリ。


 告白します。

 わたしは『666』が好きです。

 この世界を愛している。

 全ての要素を遊び尽くして、それでラスボスを倒すのならまだいいとしても。

 きっとまだまだ見ていないダンジョン、光景やクエスト、スキル、魔術、色々なものが眠っているのだ。多分全体の1割も楽しんでいないんだと思う。


 いくらなんだって、“終わりの朝”はまだ来ない。

 今回のわたしたちの躍進っぷりは、レスターがイスカリオテ・グループを追いかけていたから、その結果だ。

 レスターがいなければ、わたしたちはまだまだヴァンフォーレストで足踏みをしていたに違いない。

 だからきっと――これは楽観視ではなく、合理的に考えても――あと数ヶ月は猶予があるはずなのだ。


 まだ遊べるはずなのに。

 それなのにもうクリアしちゃうの?

 口惜しい。

 迷宮のT字路に突き当たったときに、右のルートが正解だとしても――わたしは左の道も探検せずにはいられない。

 もしかしたら宝箱があるかもしれないじゃないの。

 そこでしか手に入らないような、さ。


 こんな想いを、誰にぶつければいいっていうのか。

 とりあえず、日記さんに叩きつけるように書いてみた。

 はー。

 

 わたしは目を閉じた。髪を揺らす風は、まるでゲームの中のものとは思えなかった。

 



 頬に当たる柔らかな感触を感じて、わたしは目を覚ます。

 ていうかいつの間にか寝てたみたい。

 ん、なんかベンチがむにむにしてる…… 


「おはようございまぁす」


 あ、瑞穂だ。

 ニコニコと。

 膝枕をしてもらっていたようだ。


「……」


 温かい。

 なんか、こういうの久々な気がする。

 わたしはうつ伏せに寝返りを打って、ふとももに顔をうずめてうーうー唸る。

 瑞穂の指がわたしの頭を撫でた。 

 細い指が髪を梳いてゆく感触が、心地良い。


「 … … 先 輩 が デ レ 期 に 」


 違うよ。ぜんぜん違うよ。




「なんだかこうしていると、高校時代みたいですねぇ……」


 瑞穂が懐かしそうに漏らす。


「あの頃は、先輩があたしに甘えてばっかりでしたし」


 いつものわたしだったら、ンなわけあるかいと回し蹴りを繰り出しそうな言葉ですが、残念ながら事実なのです。

 わたしも若かったのです……

 高校時代の頃、か……

 センチメンタルだね。

 たまにはこういう話も悪くない、かな。

 起き上がり、瑞穂の隣に並んで座る。

 髪を指で整えながら、つぶやく。


「……あれは瑞穂が一人ぼっちだったからでしょ。わたしなりの距離の縮め方であって」

「はいはい知ってますぅ。先輩はホントお節介なんですからぁ」


 やれやれ、とため息をつくルビアちゃん。

 確かにその通りなので、わたしは言い返せない。

 

 瑞穂と知り合ったのは、わたしが高校三年生に上がったばかりの頃で、彼女はまだ二年生だった。

 瑞穂は都会から越してきた美少女ということで、上の学年にも噂ぐらいは届いていた。

 容姿の美しさを褒め称えるというよりは、どちらかというと悪い噂ばっかりだったけど。

 どうにもツンケンとして、ダサいクラスメイトたちを小馬鹿にするような口調だったため――今は誤解だとわかっているが――あっという間に全員にシカトされたのだという。

 どちらかといえば平和な女子高だったので陰険ないじめなどはなかったようだけどね。

 なんか、みんなに疎まれているなんてかわいそうだなあ、ってその頃は思ってたんだっけ。


 初めてお顔を拝見したのは委員会の集まりだった。

 窓の外をぼーっと眺めるその後ろ姿が、勝手な話だけど、すごい寂しそうに見えちゃったんだ。

 それから気づけば目で追って、ひとりでいる姿を見てモヤモヤっとしててね。

 別にストーカーとかしてたわけじゃないけどさ。オシャレな美少女ちゃんは、どこにいたってすぐに見つけられたし。


 でまあ、問題の接触。

 放課後、彼女が中庭で携帯ゲーム機で遊んでいるのを遠くから見つけたわたしは、思わず声をかけたんだ。

 馴れ馴れしかったなあ、若きわたし……

 完全に引いてたし、瑞穂。


 うわあ痛い。布団に包まってぐるぐる巻になりたい。

 いまだにキミは痛いよ、って声が聞こえてきたような気がしたけれども。

 いやもう、レベルが違うと言いたい。

 話が逸れた。


「……あのとき瑞穂が違うゲームで遊んでいたら、今頃わたしたちはどうだったのかな」

「うーん」


 瑞穂は首をひねる。


「どっちみち、先輩に捕まっていた気がしますぅ」

「人をストーカーみたいに、言うよねー……」

「ワイルドでしょぉ~」


 瑞穂が全然似てないモノマネを披露する。わたしはちょっと吹いた。

 あの頃からこれぐらいの茶目っ気があったら、友達も難なくできてただろうに。


 まあ、それからわたしは瑞穂に付きまとった。

 昼休みは一緒に過ごし、わたしの友だちの輪の中に入れようと思ったものの意外と人見知りを発揮していたのでふたりっきりでお喋りし、「先輩は暇人ですね……」とか言われながらも付きまとったりし。

 やがてメアドをゲットし、昼休みは瑞穂のほうからやってくるようになり、そのうち休日は一緒に遊ぶようになり、やがてお互いの家にも行き来してゲームをしたり……

 気がついたら、なんかいつも一緒にいるようになっちゃって。


 わたしにとって瑞穂は、今まで周りにいない毒舌キャラで面白かったのもあったし。

 それに彼女はかなり本格的なゲームプレイヤーで、ぷよぷよとかぶつ森より、ダンジョンRPGや操作難易度の高いアクションゲームを好んでいたのもウマが合った。

 楽しかったが、わたしにレズっ気があるのだと噂されたことも一度や二度ではなかったし、そのデマを真に受けて告白してくる新入生たちが妙に増えた。

 わたしはノーマルです。何回繰り返せばいいんだよこの宣言。


 とにかく、それ以来わたしたちの縁は続いている。

 まさか瑞穂が大学まで追いかけてくるとは思わなかったけど。

 デレ期の彼女はたまに、わたしが卒業していなくなった高校生活が“どれほど空虚だったか”を語ってくれる。

 嬉しいけど時々目がコワイんだよな……


 大学生活が終わったら、さすがにもう離れ離れだろうけどねー。

 そう思うと、この環境が――ドミティアが途端に惜しくなる。


『666』の世界は、わたしたちにとっては社会のしがらみからも解き放たれて、なにもかもが自由な世界だ。

 時が止まった世界と言い換えてもいい。

 ここならいつまでも瑞穂と一緒に入られる。

 他の子たちとも、遊んでいられる。


 いつまでも。

 ずっと。

 

「瑞穂さ」

「どうかしましたかぁ」


 ……えっと。

 わたしは身を起こしながら、神妙に尋ねた。


「……キミ、このゲームから、さ。

 …… 本 当 に 脱 出 し た い ? 」

 

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