◇◆ 26日目 ◇◆ その1
「おう、来たな『白刃姫』ルルシィール」
え、ちょっとなにその呼び名。レスターくん。
カッコイイじゃないの。
きょうは<キングダム>のギルドに招かれました。
さすが大所帯だけあって、ギルドの大きさはまるでお城のよう。
訓練場とか中庭があったり、三階建てだったり……すごいなあ。広いなあ。
うわ、作業室には炉とか金床とかあるし。鍛冶屋にもいく必要もないじゃん。
これはルビアとか喜びそうだなあー。
うちのギルドも将来的にはこれぐらいに……いやいや、ムリムリ。
でもまあ、クラフター設備だけは検討しておこう……
で、レスター直々に案内されたのはギルドマスタールーム。そういうところがあるっていうのもすごい話だね。
扉を開くと、校長室のような雰囲気の部屋だった。
「まあ適当にくつろいでくれ」
「いやその前に、プラチナソードて」
異名? まさか中学生がみんな憧れているあの異名なの?
やったー、うれしー(棒読み)。
「うちの野郎どもが勝手につけたんだよ。
つーかな、たったひとりでナイトゴーレムを三匹も引き連れて60秒耐え切ってみせたら、異名だってつくもんさ」
「はあ」
そういうものかな。
「他の奴らがバタバタ死んでいく中、一歩も引かず、見事な粘りっぷりだったぜ。
ありゃあお前のファンもずいぶん増えたんじゃねえか」
「はあ」
まあ死んだんですけどね、【犠牲】の反動で。
そもそも、あの状況でギフト解除したら秒殺されちゃうから、どっちみち詰みだったんですけどね!
死んでからつけられる異名って、ひょっとしてバカにされているのかしら……
もしかして戒名?(違)
「それより、ちと困ったことがある」
レスターは眉間にシワを寄せた。
え、なんですか。
「お前んトコのピンクいやつな」
ああ、脳みそが桃色とお馴染みのルビア。
レスターの口から出てくるのは意外。
あの子のあざとさは、レスターには効かなさそうだし。
「もしかして、あの子がなにか粗相を……」
あり得る……
手揉みしながら尋ねるわたし。
嫌な汗をかいてきた。
が、レスターはパタパタと手を振る。
「ん? いや、逆だ逆。あいつがうちの若い連中の心を軒並み奪っちまってな。“ファンクラブ”とかできてやがるっつー報告がな」
「ぶっ」
吹き出した。
一時期は敵対関係にあったはずなのに、それすらも乗り越えてオスを誘惑するルビアのあざとさよ……
なんなんだあの子。サキュバスか? 天性の淫魔か?
それとも<キングダム>ってロリコンの集まりなの?
やだ、こわい……
「まあ何をどーしろっつーわけじゃねえけど。アイドルみてーな扱いしているから大事には至らないだろうが、街で会った時絡まれねえように気をつけろよな」
<キングダム>は、結構荒っぽい人多いからなあ。
にゃんにゃん言っている場合じゃないぞルビア……
っていうか、エルドラド兄さんの一件があったからか、レスターもちゃんと仲間の動向を注意してくれているようだ。
さすが学習する男レスター。それでこそ模範的なマスターですね。
「しかし、【犠牲】がまさかあんなに強かったとはな。俺もそっちにしとけば良かったぜ……」
で、ここらへん模範的じゃない部分ね。
楽しそうだからってデュエル仕掛けてきたり。
まあゲームなんだから楽しまないのはソンだけどさ……!
原則として種族と名前、【ギフト】だけはプレイ後に変えることは不可能です。
「いやいや、それはわたしのセリフだよ」
レスターのギフトは【守護】の【聖戦】。
ホント、ピンチに対して万能なんだよなあ。
ギルドマスターとして、わたしもそっちにすれば良かった……
すると、突然にレスターが頭を下げてきた。
ふぁっと!?
「だが、おかげでてめえが手を抜いていたわけじゃねーってわかった。すまねえな」
お、おー……?
あ、ああデュエルの話?
「そんな風に思われていたのね……」
わたしと彼はデュエルを行なった。
そのときにレスターは【ギフト】を発動させたのだ。
ただの遊びでそんなものを使う彼も彼だが……
「少なくとも、本気で勝とうとしていたよ。ドリエさんの賭けは辞退させてもらうつもりだったけどね」
【聖戦】の最中、わたしの通常攻撃・攻撃魔術はレスターにまったく効果がない。
恐らくは【犠牲】を使ってもその防御を破ることはできなかっただろう。
となると、あとは【聖戦】が切れるまで防戦一方で凌ぐしかなかったのだけれど、それはレスターが一枚上手だった。
鎧を脱いで移動速度と攻撃速度を上昇させた彼の猛攻に、わたしは掴まってしまった。
必死に抵抗したものの、こちらは薄いチェインメイル。あとは野となり山となる……
まあ確かに言われてみれば、彼だけギフト使ってそれでわたしに勝ったんだから、わたしが遠慮したように見えたかも……
それはわたしの考えが至りませんでした。反省反省。
ってなんでケンカを仕掛けられたわたしが気にしないといけないんだよ!
悪いのはお前だろー!
頭下げたからか、もうすっかり清々しい顔をしちゃってさ!
「なんだ、さっきから面白い顔をして」
のうのうとそんなことを言う。
このやろう!
……とは言い出せないわたしの小市民っぷり……!
ばかばか、わたしのばか……!
と、そのときだ。
ノックの音から返事も待たず、イオリオとドリエさんが入ってきた。
挨拶もそこそこに、彼らは机の上にいくつもの紙を並べた。
イオリオは目の下にクマを作っていた。すごいリアリティだ。
睡眠を取らなければステータスが低下してゆくシステムでもついているのだろうか……
変なところで感心していると……
イオリオは好奇心に彩られた瞳で、告げてくる。
「解けたぞ。石碑の物語だ」
わたしとレスターは顔を見合わせた。
そうか、ついに来ちゃったか。
来ちゃったか……
そこに描かれているであろうことは、間違いなくこの世界の根本に関わっている。
レスターやドリエさん、イオリオは迷いもなく『666』の謎に飛び込んでゆくつもりだ。
だけど、わたしはわずかに躊躇していた。
ここから先は、現実世界とさえ関わりのある領域だ。一体どんな恐ろしいことが待ち受けているかわからない。下手したら犯罪と関わり合うことになるかもしれない。ただ閉じ込められたゲーム世界を満喫するだけなら、知らなくてもいいことだ。
正直怖い。
わたしはただの、なんの力もない大学生だ。野望を企んでいる巨悪と戦うことなど、ムリムリ。お金ないし腕力ないし、権力ないし視力も割と悪いし。
まあ、でも、ね。
散々言い訳してみても、ここで逃げるなんてことはできないわけで。
ここではわたし、明るく楽しいみんなの頼れるギルドマスターだし?
勇気出さなきゃ……ね!
「イオリオ、お願い」
わたしの言葉に頷いて……
「ああ」
彼は、『666』と『レッド・ドラゴン』のその関係を、語り出す。
戦神クデュリュサは、ネットゲーム『レッド・ドラゴン』の悪神だった。
彼こそが赤竜そのものであり、推察するに『レッド・ドラゴン』は彼にまつわる物語か、あるいは彼を撃破することが目的のゲームなのだろう。
MMORPGであるがゆえ、それでサービス終了っていうわけではないと思うけれど、もしかしたらそれがβテストの最終目的だったのかもしれない。
だけど、以前突入した数百人の冒険者は敗北した。
彼らは石碑に載っている運命の日――【終わりの朝】までクデュリュサを倒すことが出来なかったのだ。
力が足りなかったわけではない。
マイナーなMMOのβテストに参戦するほど、ゲームに慣れ親しんでいる人たちだ。
ではなぜクデュリュザを撃破することができなかったのか?
その理由は、とても残酷だった。
仲間割れ。裏切り。疑心。争い。そんなもののせいだったのだ。
【天儀天】より舞い降りた冒険者――“英雄種”たちが争い、滅びてゆく絶望的な光景が、六番目までの石碑には描写されていた。
レアアイテムを求めて奪い合う英雄。他にも地位や名誉、立場や威信を賭けて彼らは、血で血を洗う闘争を繰り返した。まるでヴァルハラにて永遠の模擬戦を繰り返す“エインフェリア”のように、死も疫も無縁の身体を持っていた彼らは、もはや人間の心を失ってしまっていたのだ。
最終的に善と悪のふたつの陣営に分かれた英雄種は、悪神と決着をつけることなく……そして、カタストロフィの日を迎えた。
ここまで来たら、もはやかつてのβテスターとの関係性は否定できないだろう。
レスターの嗅覚は正しかったのだ。
そして最後の広間に立っていたふたつの石碑。
七番目と八番目に刻まれていたのは、世界そのものの崩壊の物語だ。
目覚めたクデュリュサはこの大地と“魔法”文明を滅ぼした。
そう、魔術ではなく、魔法文明とハッキリと書いてあります。
どうやら現存している魔術はその魔法文明の残滓としての技術らしいが……石碑にはそれ以上のことは描かれていなかったので、割愛。
海が燃え、大地が沈み、山々が形を失ってゆく中、人々(NPCだろうか)は祈り続けた。
本来その願いを叶えるのは、“英雄種”であったはずなのに。
いよいよ人族が根絶やしにされそうになったその時、人々の祈りは天に届く。
空から“六人の神”が舞い降りたのだ。
それがイスカリオテ・グループからの介入だったかどうかはわからない。だけど、ゲームの舞台を維持するための特別措置ではなかっただろうか、と考えるのはわたしの邪推かしら。
神々とクデュリュサの死闘は七日七晩続いた。
6対1の状況でありながら、クデュリュザの抵抗は激しかった。
結局は神々ですら、悪神を屈服させることはできなかったのだ。
戦いの果てに、クデュリュサは封印させられた。それから千年後の目覚めを約束されて。
今が一体R・D何年なのかは正確には記録されていない。世界を巡れば手がかりがあるのかもしれないが。
再びクデュリュサが復活するとき、この世界は“終わりの朝”を迎えるのだろう。
それまでにわたしたち冒険者が――クデュリュサを討ち倒さなければならないのだ。
一方、閉じ込められた“英雄種”たちはどうなったのか。
その顛末も最後の石碑には描かれていた。
“終わりの朝”を迎えて、世界中にはクデュリュザの眷属が溢れ出た。
一切の武器、魔法が通用しない眷属の前に、次々と破れてゆく冒険者たち。
そして魂はクデュリュザに飲み込まれ、彼らは二度と【天儀天(現実世界?)】には戻れなかったのだと、ハッキリと語られていた。
クデュリュザを封じた後の六人の神々の行方も知れずじまいだ。
だが、その存在だけは確認できているのだと、イオリオは言う。
「【ギフト】だ」
眼鏡のエルフは断言する。
過ちを繰り返す事のないように。わたしたち冒険者に与えられた六種類のかけがえのない力こそが、それぞれに対応する神々がこの世界に実存している証拠なのだと。
さらにここから、イオリオくんがより具体的な情報を解説します。
「クデュリュサが封印されている場所は、ドミティアの果ての果て……【地端地】だ」
【地端地】。
ちなみになんて読むかは、わたしも未だに知りません。
ジタンチ、なのかな……イオリオが言うには、「失われた言語だから、対応する読み方はない」そうだけど……
てか、それって地獄みたいなもんじゃなかったっけ……
生きたまま突入するなんてゾッとするなあ。
「そもそもすっごい遠そう……」
げっそりとつぶやくわたし。
もう寄り道のできない旅はこりごりざんす。
だが金髪眼鏡魔術師は首を振る。
「地上――この【中雲中】からでは、どうあがいてもそこに辿りつけない」
なんと。
「じゃあどうすンだ?」
ふんぞり返ったままレスター。悪役のオーラがたっぷりだ。
その近くに立っているからか、ドリエさんまで悪の幹部みたいな感じになっちゃっている。
そして我らが悪のプロフェッサー・イオリオがクイッとわざとらしく眼鏡を指で持ち上げた。
「世界各地に【地端地】へと繋がる回路が設置されているそうだ」
ここには悪の属性の人しかいないのか……(わたしを除いて)
ぺらっとイオリオが紙を持ち上げる。
「その場所のひとつと、通過するためのカギはもうわかっている」
いや、イオリオすごすぎでしょう。
キミIQ180ぐらいあるんじゃないの……
とか言いながら、わたしもピンときてしまった。
根拠も何もない、カンだけど。
口に出してみる。
「もしかして……【朽ち果てた遺跡ゲラルデ】の……?」
間違えてたらすっごく恥ずかしいけど。
その言葉に、ドリエさんとイオリオは軽く驚いていた。
わずかな間を置いて、イオリオが眼鏡を持ち上げながら首肯する。
「ああ」
合ってた。
良かった。一時の自己顕示欲に負けて恥を晒さずに済んだ。
ともあれ。
イオリオがわたしの言葉を継ぐ。
「あの扉の先が、偉大なる禁断の地【地端地】だ」