◆◆ 24日目 ◆◆卍 その2
数時間かけて“四つ目の石碑”を越えた辺りで、レスターが皆に言います。
「ここから先は未知の領域だ。まずは先遣隊が辺りの地形と敵の状況を調べてくる。
俺たち本隊はその後に進む」
先遣隊を指揮するのは、わたしを船から出迎えたあの騎士――ベルガーさんだ。
事務を司る副マスターがドリエさんなら、戦闘全般を取り仕切るのがもうひとりの副マスター、ベルガーさんのようだ。
恐らく、レスターに次ぐ実力者なのだろう。
今回の北伐でも率先してタンクを担っている場面が多かったし。
ベルガーさんはレスターに頭を下げる。
「行って参ります。どうぞご無事で、マスター」
「お前もな。有益な働きを期待している」
そのときなんとなくわたしは、ああ彼は死ぬんだろうな、と思ってしまった。
寺院に帰ってからコールで情報を提供するのだろうか。
レスターの行いを、非道だと思うだろうか?
わたしはそうは思わない。
どんなネットゲームにもこういう部分は存在するからだ。
大規模なギルドだからこそ使える人的資源だ。
レスターはそのメリットを十分に知っていて、この<キングダム>と強固なシステムを作り上げたのだ。
歴の長いわたしは犠牲にしたこともあるし、犠牲にされたこともある。
だからどちらの気持ちも多分わかっているつもりだ。
死にに行く彼は仲間のために役立つことを喜んでいる。
辛いのはレスターや残されるわたしたちだ。
もうすぐで犠牲は20名に上る。彼らの死に見合う働きをしなければならな――
だ っ し ゃ ー ! ( 爆 発 )
もういい! シリアス脳禁止!
楽しいこと考えよう!
よっちゃんとシスはどこ!? ああこの際ルビアでも我慢する!
「先輩、先輩」
お、そこにいたのか、ルビア……って。
「にゃーん♡」
彼女はピンクの髪の上に“小さな猫耳”を生やしていた。
革鎧の隙間から“尻尾”も。
さらに手首をくいっと曲げるお決まりのにゃんこポーズを取っていたする。
そうして、仔猫が擦り寄ってくるような甘えた声色で。
「ルビアですにゃ♡」
……
……
……つまり、わたしに出来ることは絶対にこの第三次北伐を成功させることであり、おちゃらけている暇などどこにもありはしない。粉骨砕身。鋼の覚悟で突き進まねば。
「先輩ぃ、無視しにゃいでくださいにゃぁ!」
猫耳ルビアの出現より、<キングダム>の大多数を締める男たちが色めき立っていた。
シスくんなんかもこの姿のルビアを見るのは初めてらしく、「おお……」と感嘆の声を漏らしている。
いや、そりゃあ見た目は可愛いかもしれないけど……
やっているのがルビアだからもう、わたしは“あざとい”以外の感想が出ないよ。
すごいよね、あざとさもここまでいくと感動ですらあるよ。
人類が到達可能な領域のあざとさもここまで来たか……
「あざとい国のあざと姫か……」
「あざとくないですよぉ!?」
いやいやあざといよ。何回あざといって言わせるんだよ。
ちなみにこれ【ギフト】です。
【変身】のひとつ【猫化】で人はここまであざとくなれます。
もちろんあざとさ特化とかではなく、フツーにDEXとかAGIがギューンと伸びて、さらに《探知》系の――特に聴覚に関する能力が追加されたり、高所からの落下ダメージを受けなくなったり、四足歩行スピードがあがったり……まあそういうのになります。
なりますが、ルビアは完全にコスプレ感覚です。
大体この子、アタッカーじゃないから【猫化】しても全然恩恵がない……
「先輩が元気にゃいカンジだったから、励ましてあげたんじゃにゃいですかぁ」
「うん。なんかすごく脱力した。ありがとう」
「なんか顔がとっても無表情なんですけどぉ!? ……あっ、にゃんですけどぉ!」
言い直すな。あざといから耳を揺らすな。尻尾ちぎれろ。
「あと胸ももげろ」
「なんか声に出てますけどぉ!?」
猫耳舌足らずロリ巨乳毒舌ナイト後輩(ヤンデレ気味)がなんか言ってます。
どんだけ属性を増やせば気が済むんだキミは。
これがモモちゃんやよっちゃんが恥ずかしがりながらも【変身】してたら100点だったのに……
……いや、シスくんもいいな。犬耳シスとかすっごいモフモフしたい。
「……ルルシ=サン、敵が来るでござる」
いつの間にか、そばにはヨギリちゃんがいた。
さすがの《隠密》スキルだ。まったく気配がなかった……って。
それ。
「……ルルシ=サン……る、ルルシィール、さん?」
わたしは彼女をじ~~っと見つめる。
というか具体的にはその覆面の隙間からピンと伸びた両耳を。
コレ犬耳だ。
「え、えと……な、なに? どうかした、でござるか?」
くてりと尻尾も垂れているし。
わんこだ。犬娘がいる。
不安げに視線を揺らす彼女の頭を、わたしは思いっきり抱きしめる。
「モフモフー! モフモフさせてー!」
「きゃ、きゃああああああ!」「先輩ー!?」
三種三様の叫び声が遺跡に響き渡る。
直後、緊張感がないってレスターにキレられました。
ごもっとも。
ヨギリが『狼化』して備えていたように、そこから先はまさに地獄でした。
あ、真面目にいきますよ?
にゃとか言ったやつの胸はもぐからね(ピンポイント)
まず敵の密度が段違いです。
どうあがいてもaddしてしまう状況で、常に二匹以上を相手にしていました。
囮戦法を使った上でその状況。本来なら三匹四匹は当たり前だったのでしょうね。
さっきまで隣で戦っていたはずの戦士がバタバタと死んでいきます。ひどい。
「 死 ん だ ら 楽 に な れ ま す よ ね ぇ … … 」と、
にゃんにゃんあざとうるさかったルビアが虚ろな目でつぶやくような有様です。
乱戦の中でも、常に一匹をキープし続けているのはイオリオ。
数秒で切れる二種類のroot(移動不可)と二種類のクラウド・コントロール(無力化)を使い回し、ひたすらに粘り続けているその技巧は魔術師勢の中でも卓抜しています。
つまり、相手が眠っている間にrootを仕掛けて、起きて移動不可になっている間に新たな無力化を仕掛けて……ということだね。
どちらかが切れてしまったら次の瞬間にイオリオは殴られて死亡。
まさに命綱のない綱渡り! 寺院と遺跡をゆーらゆら!
残りMPがそのまま彼の寿命のようですよ。
ヘルプに行きたいけれど、こっちはこっちで手一杯……!
ごめん、シス、頼んだ!
とにかく“アタッカー陣の火力が追いついていない”のだ。
魔術師を除くと前衛は残り30余名。
その中でもダメージソースになるのはレスター、シス、ヨギリとあと数名だ。
わたしの大斧もまったく歯が立たないので、リチャージ60秒の《爪王牙》を頼りに一期一振を振ることにした。
《フレイムブレイド》を始めとした各種エンチャント魔術を重ねがけしてもらっていても、ひたすらに表面をひっかくだけの威力止まりだ。敵のレベルが高すぎる。
そうこうしている間にドンドンaddするしさー。あーもうキッツイキッツイ。
そんなとき、レスターが号令をかけた。
ていうかタイミングはここしかなかったと思う。
「これ以上は無理だな……! てめーら! 全軍で突っ込むぞ!」
それはあらかじめ予定されていた玉砕作戦だ。
一人一殺ならぬ、囮一匹。
団員ひとりひとりがモンスターに《タウント》を仕掛けてスタート地点の方まで逃げまくる。
他の人が敵対行動を起こさなければ、モンスターは囮だけを狙うのだ。
その隙に本隊が奥へひた走る。囮は死ぬ。
こんなのを作戦だなんて呼べないけど……
でも今わたしたちができることはこれぐらいしかない。
プレイヤーはガーディアンたちの前に、あまりにも無力だった。
だがそれでも、システムの隙を突くことが、わたしたちにはできる。
それはモンスターやNPCが持っていない、人間だけの知恵だ。
生き残りが即座に再編され、その中でも2パーティーが選別される。
わたしたち<ウェブログ>とレスター率いる<キングダム>の親衛隊だ。
残りは――全員捨て駒だ。
「走れ!」
レスターの咆哮。わたしたちは一丸となって遺跡の中を弾丸のように駆ける。
狭い通路を曲がったところに、一匹のゴーレムが道を塞ぐように立ちはだかっていた。
後ろから出てきたひとりの青年が彼に《タウント》を仕掛ける。
ゴーレムが彼に気を取られている隙に、わたしたちは横を走り抜けた。
部屋の前に一対のガーゴイルがいる。
こっちに来い!とひとりの少年が声を張る。
もう片方は、MPの切れた魔術師の女性が引き受けた。
彼らを見捨て、わたしたちは走る。
まるでひとりずつ人が消えてゆく怪談のようだね。マジ極限状態。
時間経過とともに選別隊のHPMPは回復してゆく。
これなら最悪、二匹までなら相手にすることも出来るだろう。
それで今の状況が劇的に変わるわけじゃないけどさ!
“五つ目の石碑”を発見し、“六つ目の石碑”を発見し、それでもなお道は奥へと続いています。
イオリオと写生班のドリエさんはなにやら真剣な顔で話し合っているけど、そこはわたしたちの出る幕ナシって感じだし。
表に出ている部分よりも、遺跡ゲラルデは地下部分に埋まっている部分のほうが遥かに広かったようだ。
どこまでも続くように地下へと伸びてゆく通路の壁には、そのうち幾何学模様が混じってきました。
まるでまだ機能が生きているようで……
やばい、不気味だ。
「どんだけ深ェんだよこの遺跡はァ!」
レスターが八つ当たりじみた怒鳴り声。
でもその気持ちわかる。すっごくわかる。
七つ目の石碑を求めて下り坂を転がるように駆けていた最中だ。
急に視界が開けた。
このパターンは危険だ。一番最初に探検したベルゼラ洞穴のトラウマが蘇る。
明らかに別の文明によって作られたものだとひと目でわかる部屋は、円形状に広がっていた。
床はこれまで通りの石材ではなく、タイルのような感触がした。
真正面には閉じられた巨大な扉。
その左右に場違いなほどに無骨な石碑が一対。恐らく最後の、“七つ目と八つ目の石碑”だ。
そして問題はここから。右に四体。左に四体。より形の洗練された――まるで騎士のようなゴーレムが立ち並んでいた。
今までのと比べても、明らかに強そうだ……
どうにかして石碑を入り口から読むことはできないかと体を動かすが……どう考えても部屋の中に立つ円柱に阻まれて文字は読めない。
よくできてやがんなあ、このゲーム!
「八匹か」
だがレスターは微塵も動揺していない。
「それで進めるなら安いもんだ」
あー、まったくもって。
なんかもう、レスターぐらいに割り切った考え方ができれば楽なんだろうなあ、って思うよ。
このゲームでの命は安いですねホント……
もはや突入時の半分以下になった<キングダム>の八人が広場に突入し、それぞれゴーレムに《タウント》を仕掛けた。
いつものようにわたしたちも遅れて部屋に入る、が――
ゴーレムたちは広場から出た八人を追わずに、引き返してきた。
つまり、こちらに向かってきたのだ。
「ンだとォ!」
レスターが怒鳴る。わたしたちは急いで部屋を出た。
そのわずか一瞬にふたりの犠牲が出た。つまり、それだけの強敵だった。
ゴーレムが広場の外に出られないのなら、射程範囲外からゴーレムを攻撃すればいいのではないかと何人かが投射武器を試したが、ダメだった。
部屋の中に入っていなければ彼らにダメージを与えられないのだ。
それならばヒットアンドアウェイではどうかと挑戦したものの、攻撃を仕掛けた人が広場を出た瞬間にゴーレムのHPは全回復してしまう。
本当によくできている。
憎たらしい……
「倒す必要なんざねえ。時間を稼げばいいんだ」
レスターが言う。
「ドリエと魔術師イオリオが石碑をメモる。その間、全員でゴーレムを引きつける。やるこたァそれだけだろ」
「シンプルだね。でもあの仰々しい扉は?」
わたしが聞くと、レスターは自信ありげに首を振る。
「アレは開かねえな」
眉をひそめて問い直す。
「なんでそれを知って……」
すると、レスターは北伐に出てから初めてのスッキリとした笑みを見せた。
「ネットゲーマーのカンよ」
ああそういう。
「納得」
わたしも笑いながらうなずいた。
一匹のゴーレムを正面に見据え、わたしは覚悟して刀を構えた。
引きつけて走ると、逃げている最中にゴーレムは周りの人を無差別に攻撃するようだ。
だから、一対一の状況で食いしばるしかない。
もちろん倒すことなんて絶対無理だから、維持するのが精一杯だ。
それでも【犠牲】を使えば、しばらくは持つだろうという自信がわたしにはあった。
何人かが扉に手をかけているものの、力づくでは開かないようだ。パスワードのようなものが必要だと叫んでいる。
わたしは少し、ホッとした。
この先に進む道がないというのなら、ここで倒れても悔いはないから。
あとは時間を稼ぐだけだ。
わたしは深く呼吸を吐き、ゴーレムを見据えてつぶやく。
「 … … サ ク リ フ ァ イ ス … … 」
さあ、犠牲はもうここまでよ。




