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ルルシィ・ズ・ウェブログ  作者: イサギの人
第三章 北伐のゲオルギウス編
33/60

◆◆ 24日目 ◆◆卍 その1

 

 翌朝、遺跡の入口前にわたしたちは集まっていた。

 フォーメーションを整えます。


 先ほどからレスターが灼けるような怒りの眼差しをわたしに向けてきているような気がするが、気にしない。

 もとい、気にしないための努力を続ける。

 昨日なにかあったっけ。森でジャイアントウルフを退治してから……そこからのわたしの記憶が無いな……!


 ハッ、まさかこれが異世界転生モノ?

 どっひぇ~、わたしの体が冒険者になってるぅ~?

 

 いえ、はい。物語を進めます。スミマセン。


「ルートは説明した通りだ。中の魔物はマジでつええ。絶対にひとりでかかるんじゃねえぞ。

 魔術師は残MPを見てドリエ班と交代だ。今回は必ず成功させっぞてめーら!」


 まるで海賊の頭領のような掛け声だ。

 うーん、さぞかし《ウォークライ》スキル高いんだろうなあ彼。


 こうしてわたしたちは【朽ち果てた遺跡ゲラルデ】に突入いたします。





 適正スキルが遥かに高いのだろうね。

 内部の敵はちょっと尋常じゃない強さだった。

 1対1とか、パーティーで挑戦するとかそういう次元じゃない。

 もうとにかくタコ殴り。

<キングダム>のタンクさんが持ち回りで敵の攻撃を受け止めて、あとは15人ぐらいでひたすら囲んで棒で叩くスタイル。

 戦術もなにもあったもんじゃないよ。

 爪王ザガよりも強い雑魚がわんさか歩き回っていると言えば、その難易度が想像できるだろう。

 

 棲みついているのは、いわゆる“魔法生物”だった。

 与えられた単純な命令に従い、腐朽するまで永遠に動き続ける種族の総称だ。

 いや、でもこの世界って“魔法”の存在がないから、さしずめ“魔術生物”?

 で、徘徊しているのは巨大なストーンゴーレムやガーゴイル。割と定番だね。

 主人のいない屋敷を守り続けるように、彼らはわたしたちの前に立ちふさがった。


 どいつもこいつも斬撃が通らない相手ばかりなので、わたしは大斧に持ち替えて戦っています。

 っていうか相手が格上すぎてスキルもゼンッゼン上がらない。

 もう無茶。ホント無茶。





 五匹目の魔法生物を倒した辺りで、天井が崩れた中庭のような場所に最初の“石碑”があった。

 そこには、見たこともない象形文字のような言葉が刻まれている。

 すごいなー『666』。言語をひとつ作り上げているんだもんなあ。

 こういうの研究して読むのも、好きな人は好きなんだろうね。

 わたし? さっぱりです。大学は「ウェーイwww」でお馴染みの文学部です(偏見)。


 MPを回復させていたドリエお嬢さんが、指示の片手間にわたしたちに説明してくれる。


「これが【R・D0年以降】に作られたと思われる石碑です。

 今のドミティアの公用語ではなく、崩壊前の言葉で書かれています。

 全文を写してあるため、解読そのものはギルド本部で行なわれております。

 私も解読班のひとりなので、多少の心得はあります」


 さ、才媛……!

 ドリエお嬢様は石碑の文字を指でなぞる。

 彼女が翻訳をしようとしたそのとき、イオリオが小さくつぶやいた。


「なるほど……つまりこれは、戦史か」

 

 その場にいたみんながイオリオを見た。

 え、なにこの子。

 わたしが代表して問う。


「キミ読めるの!?」

「スラスラとはいかないがな……この言葉は、ヌールスンの村で見たものと同じだ」


 はー、すっごい。

 ホントに高校生? どこかの言語学者サンとかじゃないの?

 いやあすごいなー……頭の良い人ってのは、どこまでも現実離れしているなあ。


 でも、一番驚いていたのはドリエさんだった。

 ぽかんと口を開けている。可愛い。

 そりゃあ、自分たちが今まで行なっていたことに、一瞬で並ばれちゃあね……


「あなた、何者ですか……?」


 うちのギルドが誇る大魔術師さまです。

 イオリオは照れたように背を向ける。


「別に……色んなものを見て回っているだけだ」


 あんまり人の目を引く行動はあんまり好きじゃないんだよね、この子。

 顔に『余計なこと言っちまった』っていうのがアリアリと出ています。


「ヌールスンの村? それは一体なんですか?」


 代わりに、ドリエさんがグイグイと来ています。

 長身の彼女(わたしよりちょい下ぐらい)と、イオリオ。

【エルフ】のふたりが古ぼけた遺跡で向き合っている姿はとても絵になりますね!


「……まあ、これだよ」


 イオリオは古い装丁の書物を取り出す。

 多分それはダグリアで彼が買い集めていたもののひとつだ。

 ドリエさんが肩越しに本をのぞき込んでいる。割と好奇心旺盛なお方なんですね。

 イオリオはちょっとだけ困ったような顔をしながら、書物と石碑を見比べる。


「戦神クデュリュザを祀っていた五つの種族……

 彼を打ち倒そうとしていた五つの種族……

 もしかして、ヌールスンはゲーム『レッド・ドラゴン』の際のプレイヤー種族だったのか……?

 だとしたら爪王ザガの言っていたのは……」


 なにかを閃いたようだ。

 眼鏡を光らせてつぶやくイオリオくん。

 はたから見ている分には、結構コワイ。


 でもまさかイオリオの濫読癖がこんなところで役に立つなんて。

『666』はその人が生きてきた結果が積み重なって、確実にどこかで表に出てくる。

 それが面白いところだ、なんてわたしは思っていた。

 




 二つ目の石碑に向かう途中、それは起きた。


「pullerにaddしやがったか」


 先頭に立っていたレスターは、苦虫を噛み潰したような顔でうめく。

 同種のモンスターが共闘して向かってくることをlink。

 別のアクティブモンスターがこちらを感知して襲いかかってくるのをaddと呼ぶ。

 この場合は、引き寄せにいった役目の人に、本来引っ掛けるはずだったモンスター以外の敵が絡んできた、という意味だ。


 一匹でも厳しい相手がなんと……ダダダダダダ……(ドラムロール)


「四匹か」


 ダダンッ! しんどっ!


 ま、頑張るしかないか……

 わたしは斧を背負い直す。そろそろ《テンペスト》を再取得できるだろう……

 そばに立っていたレスターの猛禽類のような目が細まる。

 まだコールしているようだ。


「わかってンな?」


 まさか。

 背筋がゾクッとした。

 看過はできない。


「レスター、もしかして」


 その可能性を考慮し声をかけるが……彼は振り返らない。

 漆黒の鎧をまとった悪魔は、手を上げて命令する。


「puller交代だ! 次のヤツ、しくじるんじゃねえぞ!」


 うわあ。

 やっぱりだ……


 怖い顔をしていたのかもしれない。

 わたしの袖をルビアが引っ張ってくる。


「あ、あのぉ、先輩、どうしたんですかぁ? 先頭の方でなにかあったんでしょうかぁ」

「……釣りに失敗したんだよ」


 そのそっけない口ぶりに、ルビアはよくわかっていないという顔だ。

 ああもう、だめだめ。

 同じギルドのルビアにまで心配かけてどうするの。

 そうじゃないでしょわたし。しっかりしなさい。

 大きく深呼吸をしてから、彼女の頭を撫でる。 


「はう」


 ルビアの背の高さはとっても撫でやすいなー。よしよし。

 わたしは、状況を噛み砕いて伝える。


「そのまま本隊まで引っ張ってきたら、ここに被害が及ぶでしょ。

 だから引き寄せてくる係の人が、別の場所で殺されたの。

 自分の仕事の失敗の責任を取ったんだよ」


 改めて口に出すと、ひどい作戦だ。

 ルビアはハッとした。

 彼女の大きな瞳の光が揺らめく。


「そ、そんな……」


 うん。わかるよその気持ち。

 でもね、こういう作戦もMMOなら普通なの。

 ルビアにはちょっと、信じがたいかもしれないけど。


「……だからこその、この人数だったんだ」


 元から犠牲は計算のうちなのだろう。

 それならせめて、もっと時間をかけて強くなってからこの遺跡に挑めば、とも思うが……

 いや、そうしている間に、現実世界でなにが起きているかわからない。可能性があるなら一刻も早く探索するべきだ。


 どちらにも一理がある。


 レスターの横顔は冷厳だが、必死さをひた隠しにしているようにも見える。

 彼の頭にあるのはギルドマスターの責務ではなく、もしかしたらアーキテクト社への復讐心なんじゃないんだろうか。

 わたしはそんなことを思ってしまった。


 彼の言葉を思い出す。


『俺の兄貴の魂はR・Dに引きずり込まれたまま、今も目覚めないままだ……

 俺はここを脱出し、アーキテクト社を潰す……どんなことがあっても……な……!』


 あのときの彼は、とてもとても冷たい眼をしていた。

 最初に会ったときは気さくでぶっきらぼうながらも親切だった彼が、この北伐に入ってからはまるで人が変わったように思いつめている。

 その変化が、わたしには心配だった。


 もうちょっとドリエさんと話しておくべきだったかもしれない。

 彼女ならレスターについてより多くのことを知っているだろうから。

 もしかしたらリアル友達の可能性もある。


 レスターは二年間ずっと様々なネットゲームを試し、あるいはイスカリオテ・グループを追い続けてきたのだという。


 彼の気持ちを汲むと、わたしはとても辛い気持ちになる。

 身内を奪われて、楽しいはずの青春を復讐のために費やしてきたのだ。

 わたしが瑞穂とキャッキャウフフしていた時間にも、彼は苦しみ続けていたのだろう。

 そんなことにもわたしが罪悪感を覚える理由なんて一個もないんだけど……でも、なぜかわたしの胸は傷んだ。

 この気持ちは、理屈じゃないのかもしれない。


「先輩……」


 そばにいた瑞穂がわたしのことを心配そうに見上げていた。

 いかんいかん。

 だからってわたしが元気なくなってちゃ、元も子もないよね……先輩、頑張るよ。


 今度のPullerは【使役スレイプニール】のギフトを持つ男性だった。

 ペットモンスターをけしかけて標的を引き寄せるタイプだ。

 なるほど。時間はかかるかもしれないが、前の人よりも釣りに関しては巧くやるだろう。

 新たなモンスターが運ばれてきて、わたしたちは働きアリのように殴りかかった。

 

 



 150人近い人数がいる<キングダム>が、そもそもどうしてわたしたち<ウェブログ>と同盟を結ぼうとしたのか。

 戦力としての期待というよりも……


『レスターさまは、共に目的のために進む“友”が欲しかったのだと思います』


 ドリエさんはそう言っていた。

 友達なら同じギルドのメンバーがそうじゃないの?と尋ねたわたしに首を振り。

 一体どういうことなのか。

 その答えは今のわたしにはまだわからない。

 

 

 みんな雰囲気暗い!

 ああもう、死人が出始めてからの閉鎖感がすごい!

 息苦しくなってきちゃうよ!

 やめだやめ! こんな雰囲気はこの日記には似合わない!


 というわけで(?)、ヨギリさん……もとい、よっちゃんを弄ります。

 彼女はいつでもわたしの後ろでちょこんとしています。

 目が合うたびにニコッと笑いかけていたら、そのうち目を合わせてくれなくなりました。

 だから実力行使。


「うりうりー」


 覆面をつけた彼女の頭を唐突にぐりぐりと撫で回します。


「……や、やめて」


 やんわりと拒絶される。

 でもやめない。

 女の子の「やだ」は「OK」って意味でしょ? 的な感じで。

 うりうりうりうり。


「……ルルシ=サン」


 上目遣いでじっとこちらを見つめてくるよっちゃん。可愛い。

 なんで覆面しているの? と聞くと彼女。


「……ニンジャだから、でござる」


 まあそうだよね。そう言うよね。


「でも、くノ一もカッコいいじゃない。くノ一だって立派なニンジャでしょ」


 そう言った瞬間だ。彼女の目が急に潤んだ気がした。

 え、なになに。

 よっちゃんは激しく首を振り……

 そのキャラクターに似合わぬ大声出した。


「え、 エ ッ チ だ か ら ダ メ ! 」


 え、えー。

 ナニ乱カグラの話かしら、それ……

 っていうか、それもかなりうがったイメージがついているような……

 いやそうでもない、か?

 確かにくノ一はハニートラップを得意としていたみたいだけど、うーん……?


「いやでも試しに、さ」

「ムリムリ!」

「ちょっとだけ、ちょっとだけ」

「やだ!」


 よっちゃん、素が出ている?


「先っちょだけ、先っちょだけだから、ね? ね?」


 とか言っている辺りでルビアにお尻を蹴られて、シスくんに腕を拘束されました。


「スミマセンでした」


 頭を下げる。調子に乗りました。

 ヨギリちゃん、すっかりわたしから距離を取って……

 反省してま~す……



 

 まあそのよっちゃん、戦闘ではかなりのDPS(秒間ダメージ)を叩き出しています。


 短剣が有効な相手だったら、うちのウェポンマスター・シスくんを上回るんじゃないかってレベル。

《背面攻撃》と《隠密》、そして《突き》のスキルの組み合わせによる必殺技アンブッシュは、一匹相手に一回しか使えないけれど絶大な威力です。

 他にも100%クリティカル+Root効果の《デスモーヘクス》。

 さらに2倍撃+沈黙効果の《ティアスロート》など、状態異常にも優れています。


 ホントもう、HPを減らすことのスペシャリストだね。毒付与もあるし。


 じーっと見つめていると、気づいたよっちゃんが手のひらで目を隠します。

 うっ……地味にショック。


 て、ていうかこの子、フツーに<キングダム>の主力なんじゃないの?

 雑兵にしては、性能が良すぎるよね。

 場面場面でタンクになったりアタッカーになったりするシスくんみたいに状況判断が優れていたりするわけじゃないけど、立ち位置やしっかりと戦況を観察しているのは熟練のネットゲームプレイヤーの動きそのものだ。


 MMORPGは決して簡単なゲームじゃない。いや、もちろんゲームによるけど。

 ただ、複雑な操作が要求されるものによっては、対戦格闘ゲーム並に忙しかったりします。

 刻一刻と変化してゆく状況に対応しなきゃいけなかったり。

 ものによるけど、大体はなんでもできるハイブリッド(器用貧乏)ジョブが忙しいものに該当するね。


 で、ローグジョブ(盗賊や忍者など)というのは、タンクやメレー(近接殴りキャラ)、ヒーラーに比べても操作難易度が高い部類に属すると思う。

 というのも、《アンブッシュ》を始めとした大ダメージを与えるためのスキルは軒並み条件付きだったり、さらに単体で発揮できる火力がほぼ全てスキル依存のため、その使用タイミングが難しいのです。


 わたしとかシスくんみたいに、なにも考えずにただ殴っているだけではダメージが与えられないのだ。

 いやいやわたしはちゃんと考えているけどね!?


 で、効果的なスキルを効果的なタイミングで、自分にターゲットが向かない程度に繰り出す。

 そのバランス感覚は、ただ暴れているだけでは身につかないものだ。

 敵があとどれだけのダメージを与えたら死ぬか、仲間がどれくらいの強固さで敵を引きつけているか、どの段階で状態異常を与えるか、他の人とスキル使用のタイミングがかぶってしまい無駄撃ちにならないか。


 恐らくよっちゃんは、相当多くの情報を処理しながら、黙々と目の前の敵を沈めている。

 それでも、これが普通のMMOならそう特筆すべき事ではなかったのだろうね。


 だけどこれは“敵を肉眼で確認し、目線を動かしてHPを確認し、周辺状況にも常に気を配り、もちろん敵の動きを注視していなければならない”MMOだ。

 精神は高揚し、手のひらには汗が滲み、さらにログまで操作してスキルのクールタイムを確認しなきゃいけない状況。


 いやホント、すごいね、よっちゃん。他の誰と比べても、その鋭さは際立っているよ。

 レスターは、なんでこの子をうちに貸してくれたんだろう。

 それだけ<ウェブログ>に期待がかかっているのかしら……うーん。

 

 戦闘終了後。 

 とりあえず頑張り屋サンで真面目でさらに強いよっちゃんを褒め称えてみる。


「はー、よっちゃんすごいねえ、強いねえ。偉いねえ偉いねえ」


 あっ、やっぱり逃げられた。

 柱に半身を隠してこっちを見るよっちゃん。


「……シノビは主君を影から支えるもの……

 あ、あまり拙者に構わないでほしい……で、ござる」


 照れてる! 照れてる可愛い!

 はしゃいでいたら、ほーら、そろそろ後輩の視線がどす黒く……


「……女道楽者ぁ」


 それ前も聞いたなあ!

 

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