◆◆ 23日目 ◆◆卍 その2
「高地の魔物をひとりで倒せるお方が、レスターさま以外にいらっしゃるとは……」
え、そんなすごいことなの?
ドリエお嬢さんが驚いております。
この人、かなり高位の魔術師らしいけど、そんなことを言うってことは支援特化タイプなのかな。なんか雰囲気的にもそんな感じ。
っていうか多分、シスくんもイオリオもイケると思うけど……
ルビアは無理ね。あの子の与ダメージはスズメの涙だから。
「ていうか、話が全然繋がっていないけれど……それで、デュエル?」
レスターは「ああ」と力強くうなずきます。
なんか目が爛々と輝いているよぉ。
《夜目》技能持ちの【ベイズィー】だから、暗闇の中で赤く光っているよぉ……
コワイヨー……
この人もシスくんと同じで戦闘民族なのか……
わたしはそんな疲れることはごめんだよ!
「いやていうかさ、ギルドマスター同士が非公式でもマジで戦うって、問題にならない?」
フッ、これこそが大人の対応!
わたしはやんわりと断る。
「ンなの関係ねえよ。誰も見てねえんだからいいだろーが」
うわあ! つ、通じない!?
ああもうこの人完全にヤル気満々だ……
「一瞬にして四人も斬り殺したっつーその力、見てえんだ」
外見が魔族だからより一層ヤバイ人に見える!
ドリエさんとめて!
見る。目を逸らされたー!
「またレスターさまの悪い癖が……」じゃないよ! わかっているならキミが手綱を握っていなよ!
っていうかそもそもね、乗り気じゃないデュエルをしたって、トクなことなんて一個もないんですよ。
お手軽簡単レベル上げを潰すためか、戦闘関連のスキルは少しも上昇しないしー。
痛い目に合ったり、ストレス溜まっちゃうだけだよねー。ヤダヤダー。
わたしがなかなか首肯しないことに業を煮やしたのか、レスターは手を打つ。
「よし。そんなら俺に勝ったらなんでも好きなもんひとつやるよ。それでどうだ?」
「え、えー」
軽々しくそんなこと口に出すと後悔するよ……
ていうかこの人、どんだけ自信があるんだ。
そりゃあ最前線を突っ走り続けているヴァンフォーレスト最大手ギルドのギルドマスターさまでしょ?
一般プレイヤーのわたしが勝てるわけないでしょーが。
レスターはニヤニヤとしている。
「前は『自分は主人公だ』なんて偉そうなことを言っていたのにな。
やる前から諦めるのか?」
なんという見え見えの《タウント》……
イオリオみたいな笑い方しやがって!
っていうか、なんでも好きなもの……って。
ちらりとドリエさんを見る。彼女は今度は首を傾げてみせた。
いや、本気じゃないけど……
指差し、宣言する。
「そしたらドリエさんをわたし専属秘書にもらうよ!」
とか言えば、ほら尻込みして――
「いいぜ」
くれないー!?
どういうこっちゃ!
「ど、ドリエさん、キミいいの!? モノ扱いされてるよ!?」
すると、彼女小さなため息。
「はあ。まあ、レスターさまのお決めになったことでしたら」
な、なんか弱みでも握られているんですか?
初対面のときは冷徹なイメージがあったドリエさんだけど、こうして話してみるとむしろ“苦労人”といった雰囲気だ。
事務的な態度もきっと、わたしがカッコつけているのと同じように、彼女なりのロールプレイのひとつなのだろう。
ホントは結構優しくて、実はテンパりやすい子と見た。
「いいの? これから<ウェブログ>の一員になっちゃうかもしれないんだよ」
重ねて聞くと、ドリエさんはツーンと澄ました顔。
「レスターさまが敗北することは万が一にもございません」
あ、あれ。目が怖い……?
その間にレスターはプレートメイルを装着し、竜をも叩き殺せそうな大剣を肩に引っかけていた。
うわあ、戦闘準備万全ー。
彼の剣は電荷をまとっており、一見してレアアイテムだということがわかる。
……雷属性? あれって確か、剣で受け止めても麻痺累積値が上昇して、一定以上溜まるとシビれちゃうんじゃなかったっけ。
革防具なら平気だったと思うけど、いかんせんわたしは導電率の良いフルチェインメイル……
相性悪くない? プレートメイルにこっちの刀は効きにくいし。
「さあ、やろうぜルルシィール。俺を楽しませてくれよ」
レスターくんは獰猛な笑みを浮かべる。その姿はまるで魔王のようだ。
なんて軽率なギルドマスターだ……
自由すぎるよ……部下が暴走するわけだよ……!
「では……始め」
ドリエさんの合図とともに――
「行くぜルルシィール!」
レスターさんがわたしに向けて突撃して来ました。
辺りは木々の並ぶ森。わたしの得物が長大な太刀とはいえ、さすがにレスターの大剣に比べたら小回りも効く。
というわけで、ここは地の利を生かして戦いましょう。
「あーもう! こうなったらやってやるぅ!」
やるからには全力だよ!
当たって砕く!
「ヴァユ・デア・エルス!」
半ばヤケになりながら、<ウィンド・ボウ>を放つ。
レスターは避けようともしなかった。
真正面から魔法の刃を食らいつつも怯まない。
むしろ怯んだのはわたしのほう。
うっわー、直撃なのにHPアレしか減らないのか……
《刀》スキルの片手間にあげているとは言え、《風術》スキルは実用段階のはずだ。
それにわたしは店売りの触媒の中では最高級のものを使っている。
使用頻度が少ないから、せめてお金をケチらないようにしているのだ。
だのに。
確信した。レスターは完全にタンクタイプだ。
圧倒的なHP量と防御力で敵の攻撃を一手に引き受ける重装兵だ。
かたやわたしは防御ペラッペラのアタッカー。
言うなれば軽剣兵。白兵戦よりも奇襲や一撃離脱が好きなんだけど……!
正面からの打ち合いなんて絶対にごめんだ。木々の間に後退する。
レスターは両手で大剣を握り、掲げた。
「《ジャイアントポーン》!」
そう言うと、彼はその場で回転しながら剣を振り回し――
軌道そのものは両手斧の《テンペスト》とほぼ変わらない。
だが剣尖から放たれた衝撃波がわたしを襲う。
そんなものは、樹木に阻まれるものだと安心していたが……
びっくりしたよ。
木々が次々と切断されて、すっごい音を立ててひっくり返ってゆくんだもの。
あちこち一瞬で丸裸。
頭の中はパニック状態。後方に飛び退いて叫ぶ。
「【オブジェクト破壊】!?」
普通、幹に刺さった剣は木を傷つけた程度で止まる。
完全に破壊するためには、樹木や一部の建物に設定されているHPをゼロにしなければならない。
草や軽石などはともかく、通常の武器ではオブジェクトにほとんどダメージを与えることができず。
つまりはレスターの行なったことと同等の結果を起こすためには、それ専用の破壊装備が必要となるのだ。
具体的にはマサカリや手斧など。《錬金術》を高めると作れるようになる爆弾の類もオブジェクトダメージが高いらしいが……
レスターは大剣を再び肩に担ぎ直す。
「はあ? お前、各武器の特性も把握してねえのかよ」
「知らんよ!」
完全に逆ギレである。
刀と短剣は【部位破壊】。戦斧は【圧壊】。大槌は【防御属性無効】。槍は【装甲貫通】。
わたしが知っているのはそれぐらいだ。
こんなことならシスくんに習っておけばよかった!
「ったく、なら覚えておけよ。大剣の効果はな――【大破】だ!」
レスターの大剣の剣先がわたしの右腕の小手にかする。
その次の瞬間――真珠の首飾りの糸が切れたかのように、小手が空中分解を起こした。
けっこう呑気してたルルシィールさんも、これにはビビった。
うおお、ビリっとするビリっとするしー!
打ち合うどころの話じゃねえ!
「ちょっとぉ! わたしの一期一振ちゃん壊す気ぃ!?」
金切り声で叫ぶ。
「大丈夫です。破壊された装備はデュエルが終わりましたら、全て元に戻ります」
ドリエさんが付言してくる。
そ、そうなのか……さすがゲーム世界……!
え、ていうか。
「木も!?」
「木も」
なんと……
デュエルが終わったら木も元通りなのか……
ものすごいな『666』の仕様……!
「っつーかいつまで逃げているつもりだ、ルルシィール!」
「今作戦考えているの!」
レスターを睨み返す。
ああもう、段々腹立ってきた。
なんでわたしがこんな目に合わないといけないわけ!?
正直、あんまり勝つ気はなかったけどさ。
こいつには一度、痛い目を見せてやらないといけないわね……!
わたしは駆け出し、レスターの真横を走り抜ける。
「待てゴラ!」
目の前には大木。その幹を駆け登る。
身長よりも高く登ったところで思いっきり幹を蹴った。
高く高く跳ぶ。
体をひねり、刃を引く。
揺れる視界で確認。
レスターはわたしの動きについてこれていない。
「ンな!」
大剣を構えても、遅いぜ。
渾身の力で《鎧抜き》を放つ。
一期一振はプレートメイルをベニヤ板のように貫通して――レスターの肩を貫いた。
「てめ――」
刀を引き抜き、レスターを蹴って後方に跳ぶ。
すでにそこは大剣の間合いの外だ。
……もしかして。
わたしはあることに気づく。
レスターは面白がっている。
「《曲芸》スキルの使い手かよ」
「そんなのあるわけ……」
……ないと言い切れないのが『666』の恐ろしいところ。
肩口の部位破壊は“腕封じ”だけれど、さすがにあそこに何度も斬撃を叩きこむのは無理ね。
わたしは再び駆ける。今度はレスターに向かって一直線に。
これは検証の価値がある。
もし、わたしの想像が正しければ――
「うらああああああ!」
裂帛の気合とともに打ち下ろされた一撃にタイミングを合わせて、わたしは一期一振を振り上げた。
車のボンネットをビール瓶でぶっ叩いたような音とともに、手のひらに痺れが走る。
くー、重い、重すぎる!
だけど、驚愕していたのはレスターの方だ。
「マジか――」
そう、大きく構えを崩していたのは筋骨隆々の【ベイズィー】だったのだ。
わたしの斬り上げはレスターの大剣を弾き飛ばした。
よくぞ持ってくれた一期一振。これだから日本刀はやめられない。
ていうか、やっぱりだ。
先ほど空中から奇襲をかけたときに気づいた。レスターの振りは“わたしより遅い”。
スキル値か、あるいはSTR(筋力)のせいか。
彼の本職はタンクだ。前線では剣を振るよりも、もっと大事な役目がある。
かたやわたしはひたすらに両手斧と太刀を振るい続けてきた。
わたしとレスターでは、ステータスの伸びがまるっきり違う。
それはとっくに【ヒューマン】と【ベイズィー】という種族の差を超えていたのだ。
あとは、<キングダム>が誇る盾を、わたしの刀が打ち破れるかどうか――
「《両断火》!」
わたしは無防備なレスターの胴体に鉄火の刃を叩きつける。
もちろん重鎧の上からでは満足なダメージは与えられない――が。
彼の腹に《キック》を放つ。さらに態勢を崩し、少しでもダメージが入るように鎧の隙間を狙って突く。畳みかけるなら今しかない。
持てるスキルを全て駆使し――《ダブルスウィング》、《爪王牙》、《氷柱割》、レスターを追い込んでゆく。
これだけの攻撃を繰り出して倒れないレスターもレスターだけど……さすがに深追いしすぎた!
柄の殴りを受けて、勢いが止まったところに大剣の横薙ぎをまともに食らってしまった。
これが痛いのなんの。
それだけでわたしのHPは半分近く失われてしまう。
その上、鎧装備の破損ですよ。チェインメイルがべろーんってなっておへそが見えそうになるの。
メッチャ恥ずかしい!
「こ、この、よくもぉ……」
再び距離が離された。
顔を赤らめて刀を構えるわたしだけど……
なにやら、レスターくんの様子がおかしい。
彼のHPは残り2割。
すっかりわたしも熱くなっちゃって、勝負はまたここからでしょう、なんて思っていたところで。
闇の中、彼の眼が赤く輝いていた。
「まさかここまでやるとは思わなかったぜ。つええな、ルルシィール」
「そ、それはどうも」
腰を落とし、太刀を正眼に構えつつ、頭を下げる。
「ここまでやるのは、<キングダム>でもそういねえ。一体どんな鍛錬を積ンできた?」
「いやあ、特にこれといっては」
きっとわたしの日記を見てくれたらわかるように、正真正銘、なにもしていない。
あえて言えば、ただ毎日目一杯遊び倒しているだけだ。朝も昼も夜もこの世界を満喫しているに過ぎない。
時々、ダグリアの砦みたいに死闘もするけれど……ただそれだけだ。
でも知らなかった。わたしは世界基準でもだいぶ強くなっているらしい。
なぜだろうか……
一期一振を手に入れたり、偶然《爪王牙》を覚えたり、運は良かったと思うけれど……
尽きぬ好奇心のせいかもしれない。
「ていうか、そんなに悠長にしてていいの? レスター」
わたしのスキルのクールタイム(再使用間隔)が復活しちゃうよ。
ここからでも虎の子の必殺技《爪王牙》なら当たりますよ。
「ンだな」
レスターは首を鳴らすと、鎧を外した。
彼の上半身があらわになる。え、なにこれ、大胆?
「ああ軽ぃ。これならもうちょっとやれるだろうな」
……正気?
「あと一発ヒットしたら倒せちゃうよ?」
「大丈夫だ。もう食らわねえ」
いやいや、いくらなんでもキミのAGI(敏捷性)でわたしの刀を避け続けることなんて。
そう思ったけれど、実際は違った。
彼はもっと大人気なかった。
「【守護】――タイプ【聖戦】、発動だ」
いやいや。
いやいやいやいや。
彼の足元に紋章が浮かび上がり、そうしてレスターは青い光に包まれた。
それ【ギフト】じゃないですか……!
っていうか、っていうか、【ギフト】の中でも、わたしと一番相性が悪いやつじゃないですかー!
ジャンケンのグーに対するパー。火属性に対する水魔術。斧に攻撃する剣は命中率とダメージがアップ。
最後のだけゲームが違うけれど、【守護】は【自己強化】に対するそういうものだった。
特に【聖戦】と【犠牲】は最悪と呼んでもいい。
【聖戦】は“最大HPの9割未満のダメージを属性問わず全て無効化する”ギフトだ。
それを打ち破るためには、レスターを即死させるつもりで技を放つ必要がある。
――が、そんなことは不可能だ。【犠牲】を上乗せした渾身の《爪王牙》でも。
相手がタンク特化タイプのレスターじゃなければ、まだ可能性もあるだろうが……
つまり、わたしは【聖戦】の効果時間が切れるまで、延々とレスターの攻撃をしのぎきらなければならない。
何秒だ。45秒か60秒か、それ以上ってことはないと思うけど……
うん、ムリ。
この時点で、わたしの勝ちだけはなくなったも同然だ。
なんてやつだ。
もう一度言う。
なんてやつだぁ……!
勝利への執着が半端なさすぎる……!
彼は牙を剥くと、大剣を水平に構えたままこちらに疾走してくる。
「さあ、本気で来いよ! ルルシィール!」
「やだなあー!」
彼の大剣とわたしの一期一振が再び交わり、火花を散らす――
結果だけ書きます。
負けました。
そりゃこんなフツーのプレイヤーが100名超の団員を統率しているギルドマスターに勝てるわけないじゃないですかぁ!
「あ、いつつ……ただいまー」
腰を押さえて、うめきながらテントに戻る。
いやあ散々な目に合った。
もう絶対にひとりで森なんかには行かないよ。『666』丸見え!テレビ特捜部にて、ひとりの女性はそう語る……
「おかえりなさぁい」
寝床として与えられたのは、定員三名のテントだ。
ランタンの明かりで魔術書を読んでいたルビアが迎えてくれた。
「うん、ただいま……」
クタクタになりながらルビアに手を振って、そして気づく。
……ハッ。
そういえばレスター戦の前にわたしが倒したあのオオカミさん。
すっごい綺麗な毛並みをしていたけれど、皮を持ってくるの忘れちゃってた。
おみやげにできたかもしれないけれど……
「先輩、どうかしたんですか?」
テントの前で棒立ちしていると、ルビアちゃんが首を傾げてくる。
……あれ、なんで罪悪感を覚えているんだろう。
まあいいや、入ろう……
「? おかしな先輩ですね」
大丈夫大丈夫。言わなきゃ気づかないって。
するともうひとり……
「おかえりなさい」
え、誰この美少女。
なんで寝袋の上に正座して待って、わたしに頭を下げてくれるの?
黒髪にツリ目。長い髪をポニーテールにまとめている【ヒューマン】の少女だ。
高校生ぐらいだろうか。落ち着いているというよりも、控えめな感じ。
ていうか<キングダム>にも女性プレイヤーはあんまりいない。
こんな凛とした可愛い子がいたら、いくらなんでも覚えてそうだけど……
と、戸惑うわたしに気づいたのか、彼女はハッとして言い直してきた。
「お、おかえりなさいござる」
その語尾には、聞き覚えがあった。
「 え 、 ヨ ギ リ ! ? 」
ルビアはきょとんとしていた。
「どうしたんですか?」
え、気づかなかったのわたしだけ?
ヨギリさんに出会えた喜びのあまり、プロファイリングを完全に放棄していた結果でした。
こ、これがシノビの変装術……!?
ワザマエ!