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ルルシィ・ズ・ウェブログ  作者: イサギの人
第三章 北伐のゲオルギウス編
29/60

◇◆ 21日目 ◇◆☆ その2

 

 わたしは主人公だよ、と。

 言ってから気づく。


 場が静まり返り、その言葉は思った以上に響いていた。

 あ、なんか恥ずかしい。


 そもそもマンガじゃなくて、ブログの話でして……

 イオリオもドリエさんもレスターもわたしに注目している。


 えーと、なにか続けないと。


「そもそも、ネットゲームにルールなんてない。

『666』はなおさら。GMゲームマスターすら見当たらないからね。

 モラルが崩壊するのだって時間の問題だと思う」


 わたしたちを縛っているのは現状、“システム”だけだ。

 その仕組みはすぐに暴かれる。

 暴行しても、盗みをしても、人殺しをしても処罰がないと知ったとき、人は自分を律せるだろうか。


 少なくともわたしは平気だ。

 この世界がどこまで壊れていっても、絶対に。

 わたしのそばには瑞穂がいる。

 あの子の見ている前でみっともないことはしない。


 だけど、エルドラドや彼のような人がまた現れたらどうだろう。

 さすがにそこまでわたしは責任持てません。


 目を向けると、ドリエさんは無表情でわたしを見返してきた。


「PKが横行するのも遠くない未来かもしれませんね」


 皮肉のつもりならちょっとズレてますよ。

 氷のような瞳の彼女を、正面から見返す。


「そうかもね。

 弱肉強食。あるいはそんな言葉で済まそうとしている人もいるかもしれないね。

 ゲーム慣れしていないニュービー(初心者)を食い物にして、この世界を心ないものに貶めてゆくのはすごく簡単だけどさ。

 それって結局誰のため?

 何のために競争しているの?

 わたしたちはみんな閉じ込められた被害者でしょう。

 お互い首絞め合ってなにがしたいのかしらね。

 わたしにはわからないわ。

 それなら少しでも楽しくしてゆきたいもの。

 この場所なら、わたしたちの力でもきっと世界は変えられるから」


 わたしの言葉を聞き終えて、ドリエさんは小さくうなずいた。


「そのお気持ちは少し理解できます。

 ですが、ご自身で行動しようと思える方は少ないのではないでしょうか」


 ドリエさんは身を乗り出してくる。

 その冷えた疑念の眼差しに、わたしは。


「そうかな。それはキミがそう思っているからじゃないのかな」


 真っ向から反発した。


 諦めるのも、見捨てるのも、逃げるのも、泣き寝入りするのも。

 そんなのは全部、現実だけで十分だ。

 三次元の世界に捨ててくればいい。


「あなたは何のために“MMORPG”をプレイしているの?」


 わたしが逆に問いかけると、ドリエさんの瞳が揺れた。


「それは」


 彼女はすぐに言い返すことはできなかった。

 早口で被せる。


「誰かより強くなるため? 誰かより成功するため?

 人を蹴落とすため? お金を稼ぐため?

 良い装備を自慢するため? 慕ってくれる人を探しに?

 それとも単なる暇つぶし? なんでもいいけどね」


 わたしは違う。

 そんなものは全て、どうでもいいことだ。

 関係ない。

 誰かがなんて、関係ない。


 わたしは“嘘をつく”ためにここにいる。


 現実のわたしは、本当のわたしではないのだと。

“この世界で生きるわたし”こそが、わたしなのだと。

 実際には無理なのだから。


 現実は非情で、救いなんてなくて。悲しい事故があり、やりきれないことばかりで。

 お金がなければ生きていけず、好きなこともできず、環境はいつも厳しく、人生は長く。


 とても真っ直ぐに立っていられないような急流の中で、自分を曲げて、傷つきながらも、もがいて、

 ズルいことだって汚いことだって見てきて、同調圧力に潰されて、悲鳴をあげながら、必死に生きてきて。


 それでもわたしは、魂だけは綺麗なままでいたい。

 魂だけは綺麗なままでいたいから。


 だから、

 わたしはここにいる。


 わたしの魂は、確かにここにある。

 それこそが、わたしにとっての“MMORPG”だ。

 

「ここはゲームの中の世界。

 わたしたちの生き様をわたしたちが決めることの出来る世界よ。

 主人公にだって、ヒロインにだって、なりたいと思えばなればいいんだよ。

 だからわたしはモモちゃんたちを救おうとしたの。

 わたしは自分の目に入った世界は変えられると信じている。

 これ以上、動機についての説明は、必要かしら」


 わたしは足を組み直し、髪をかきあげた。

 ヴァンフォーレストで最も大きなギルドの副マスターがこの程度の考え方だったのか、という失望も含まれていたのだろう。


 ふう、と息をはく。

 ずっと呼吸を止めていたような気がしていた。

 思いの外、熱が篭ってしまった。


 なんだかドリエさんにいいように挑発されていたような気もするけど……

 ま、とりあえずは満足しました。

 ここまで言っても分かり合えないんじゃ、どうしようもないね。


 さて、対する相手ギルドの反応は……

 

 レスターは拍手していました。


「おー、よく言ったじゃねえか。マスター・ルルシィール」


 ……へ?

 なにこの気さくな兄ちゃん。

 口笛とか吹いちゃっているし。


 ドリエさんも先ほどのツンケンさはどこへやら、恭しく頭を下げています。


「なるほど、面白い方ですね」


 そこには余計なニュアンスはなく、ただただ感銘を受けているようで。

 なにこの和やかムード。

 なんでうっすら微笑んでいたりするのドリエさん。可愛いよ?


「えっと……これなに?」


 わたしは頼れる副マスター・イオリオの膝を揺する。

 ねえねえなにこれなにこれ。


 彼はコホンと咳払いをした。


「……元々この会談は、うちのマスターの人柄を見極めるためのものだった、ってところかね」


 は?

 ほ、ホントに……?

 えーと……

 いつから気づいてたの? 気づいてなかったのわたしだけ?


 混乱状態、混乱状態。

 なんかもうお話終わったとばかりに、レスターもドリエさんも姿勢を崩しているんですけど。


「あ、なにかお飲み物をお持ちしますね」とか言って立ち上がるドリエさん。いえいえお気遣いなく。


「いやまったくわからないんだけど……え、ひとりで熱くなったわたしってひょっとしてお馬鹿さんだったってこと?」


 半眼で辺りを見回すわたしにレスターはうなずく。


「馬鹿だな」


 なん……だと……

 え、からかわれていただけってわけ?

 だが、レスターは首を振る。


「だが嫌いじゃない馬鹿だ。それでこそ話を打ち明けるに足る」


 ……話?


「俺たちはできるだけ戦力を求めている。

 だが、強いだけでは駄目だ。信頼できる人物でなければな」


 レスターはこちらに距離を詰めてきて、小声で口走る。

 それは驚くべきことだった。

 本当は誰かに見られちゃうかもしれないから日記に書いちゃいけないのかもしれないけど。

 でも書いちゃう。これがわたしのジャスティス。


 レスターは言った。


「これから話すのは、『666』から抜け出す方法だ」と。


 


 

 ギルド<キングダム>と<ウェブログ>の会談は、二時間弱で終わった。


 プライベートルームを出ると、多くのギルドメンバーたちが待機している中に、明らかに肩身が狭そうな顔でルビアとシス、それにモモもいた。


 あらあら、帰ってろって言ったのに。

 わたしが心配だからここまでついてきちゃったのね……

 ウフフ、これだからモテモテなギルドマスターは困っちゃうんだぜ。


 笑顔で手を振る。

 お、ちょっと安心してくれたようだ。


 二階の吹き抜けから階下を見下ろして、レスターが告げる。


「俺たち<ゲオルギウス・キングダム>は、これより<ルルシィ・ズ・ウェブログ>と手を組む!」


 その言葉に<キングダム>の団員はどよめいた。

 そりゃそうだ。事情を知らない人にとっては、わたしはただのPKerだ。

 が、レスターはその誤解を一撃で吹き飛ばす。


「特にギルドマスター・ルルシィールは賓客だ! 俺と同様に扱えよ!

 これまでのことは忘れろ! 粗相しやがったらブッ殺すかンな!」


 うわー、カッコイイなコイツ。

 さすが上に立つ男は違いますなあ。


 人々がざわつく中、こちらに向かって心配そうに見つめてくるルビアたちに、わたしは改めて指で丸を作ってみせた。

 大丈夫大丈夫。もうなんにも心配いらないよ。


 さらに全員に見せつけるように、レスターはわたしに握手を求めてきた。

 彼は口の端を吊り上げるような笑みを浮かべる。

 本人は微笑んでいるつもりなのかもしれないけど、その顔怖い怖い。


「“これから”、よろしくな」


 様々な含みを持ったその言葉。


「ええ、こちらこそ」


 わたしはしっかりとその手を握り返す。

 いや、ホント。大変なことになってしまったよ、これ。

 

 



 他のみんなを先に帰して、わたしはイオリオとふたりで【蛍草の広場】のベンチに腰掛けていた。

 辺りはもう暗い。ほのかに光る木々が幻想的で綺麗だった。

 真っ直ぐ帰る気が起きなかったのは、きょうの出来事を整理する時間がほしかったからだ。


 それに、みんなに伝える前にも、一度整理しておかないといけない。


「はー、きょうは色んなことがあって、疲れたぁ……」


 わたしは滑り落ちそうなほどに深く腰を下ろす。

 横に座るエルフの肩を叩く。


「色々付き合ってくれてありがとうね、イオリオ」

「あなたが立派すぎて、僕はほとんど横で見ているだけだったけどな」

「それがどれだけ心の支えになるかっていう話よ」


 イオリオのエムブレムは<ウェブログ>のクローバーに戻っている。

 副マスターのドリエさんと共に、クラフターたちを開放してきたのはつい先ほど。


 モモも晴れて無所属だ。

 彼女たちの進退についてはまた明日……にしてもらった。

 きょうはもうヘトヘトさー……

 むしろここまで気を張り続けてきたわたしを褒めていただきたい!


 なんとなく、顎を引いてイオリオを見つめる。

 じー。


「……ん?」


 イオリオは怪訝そうに眉を動かした。

 えーっと。

 よしよしとかしてくれてもいいんですよー……?


「どうした、マスター」


 ……ぐぐ。

 は、恥ずかしい……!


「う、ううん、なんでもないよ」


 ……よし。

 帰ったらルビアに甘えてやろう。

 特別にわたしをナデナデする権利をあの子にあげようじゃないか。


 で、そう、続き続き。

 エルドラドさん他、クラフター奴隷に関わっていたものたちについても、レスターは厳格な処罰を下す予定らしい。

 彼ってば、本気になったら容赦ないらしいですよ。

 敵に回したくないねー(回そうとしてたけど)。


 だけど、できればわたしは<キングダム>で教育し直してほしいと要望しておいた。

 野に放つ危険性も考慮しての案だが、それだけではない。

 もう一度真剣に、お金を稼ぐ喜びを……

 ひいては、『666』を純粋に楽しむところから始めてほしいのだ。


 このゲームはプレイ人数が増えもしなければ、減ることもない。

 ならば、彼らが心を入れ替えてゲームをプレイし直せば、世界が少しだけだけれど、確実に良い方向に向かうことになる。

 レスターならばそれも教えられるような気がしていたのだ。


 そして、浮上してきたのは更なる問題。

 頭の痛い……けれども、確かな“希望”の光。

 わたしたちにとっての、セントエルモの火。


「この世界――【中雲中】。魔物の棲む地獄【地端地】。

 そして、わたしたちの暮らしていた現実【天儀天】。どこまでホントかわからないけど……」


 ホンの少しでも可能性があるなら、そこにすがってみるのもいいのだろう。

 だけど今は、少しだけ。

 弱音を漏らしたって、バチは当たらない……よね?

 怒らないでよね、イオリオ。


「……話が大きくなりすぎて、わたしにゃーついていけないよ」


 わたしは小さくため息をついた。


「……」


 別にそこまで期待していたわけじゃないケド。

 イオリオはなにも言わなかった。


 いや、うん。

 全然嫌じゃないのは、なんでだろうね。

 この無言の空気ってやつ、さ。

 

 ギルド<ウェブログ>は、<キングダム>と合同で、とある遺跡を探索する約束をした。

 そのダンジョンに、現実に戻るための手がかりがあるのだと、レスターは信じている。


 作戦名は“第三次北伐”。

<キングダム>はすでに挑戦し、過去に二度失敗していた。

 

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