◇◆ 21日目 ◇☆● その1
陸地だ……最高だ……
人はね、やっぱり大地の上じゃないと生きていけないんだよ……
風と木と土に育まれて生きてゆくのだよ……
ウフフ、疲れたよ……
もうわたし二度とヴァンフォーレストから離れないよ……
というわけで、スタート地点の街に帰って来ました。
この草の香り、懐かしいわー。
鎧を身につけた数十人の冒険者たちのお出迎えも懐か……
いやいや、見たことないし!
「ギルド<ルルシィ・ズ・ウェブログ>ですな?」
金属鎧をまとったそれなりの年の男性が声をかけてくる
彼の名は……
えっと、ベルガーさん。
青年と婦人が大多数を締めるこの世界で、わざわざ壮年のアバターを選んでいる辺り、 ひと目で玄人だってわかる。
口ひげをたくわえた騎士団長のような佇まいの彼は、
案の定、<キングダム>のエンブレムをつけています。
とりあえず、敵意はなさそうだけど、どうかしらね。
ルビアやモモを手で制して、わたしは歩み出た。
「ええ。わたしがギルドマスターのルルシィールよ」
一体何人が(うわあいつギルドに自分の名前つけてやがる……)って思っただろうか。
違うの。
いつか弁解の機会を与えていただきたい……
「私たちのマスターがお呼びです。ご同行願えますかな」
口調こそは丁寧だったものの、有無を言わさぬ雰囲気があった。
わたしは肩を竦める。
「あまりエスコートのほうは上手じゃないのね」
「おっと、これは失礼。
女性よりも、剣の扱いばかり学んできましたからな」
むむ。間髪入れずにこの返しとは。
このベルガーさん、デキるな……
無駄な対抗心である。
「いいわ。イオリオ、一緒に来てくれる?
あ、他のみんなは自由行動でいいからね」
暗についてくるなと言い聞かせる。
ルビアはよくわかっていない顔をしている。
シスは警戒しているようだが、イオリオが彼に「心配要らない」と告げていた。
早くも泣きそうなモモちゃんを、安心させようとわたしはにっこりと手を振る。
大丈夫大丈夫。
ちょっとお話してくるだけだから。あははー。
「会談場所は【樹下の月長亭】のプライベートルームを貸し切ってあります」
ヴァンフォーレストで一番大きな宿だ。
確か、短時間借りるだけでもかなりのお金を使うはずだけど……
それ、あとで請求されたりしないわよね……
そんな不安をおくびにも出さず、わたしは彼の横に並ぶ。
「わかったわ。さ、行きましょう、イオリオ」
わたしたちは数十名の完全武装の兵士たちに連行される。
大名行列のようだ。
プレイヤーさんからの好奇の視線が痛い痛い。
「いつからこんな重要人物になっちゃったのかしらね」
首を傾げているとイオリオが指摘してくる。
「普段の行ないじゃないのかね」
えー、わたし別に悪いことしてないけどなあ。
首を傾げていると、ベルガーさんが告げてきた。
「私たちの仲間を4名も寺院送りにした相手には、適切な対応だと思われますがね」
あー……
うん、そうだね、納得。
わたしPKerだったね。
【樹下の月長亭】には<キングダム>の団員と思しき冒険者たちが集合していた。
わーお。たっくさーん。
なんか「アレがうちの手勢を四人も……」とか「女じゃないか」だとか、
「<キングダム>に逆らうなんて、頭悪ぃな……」とか、そういうのがあちこちから聞こえてくる。
中には、「うお、美人」とか褒めてくる人もいたりして、ドキッとしちゃったけど!
落ち着きましょうわたし。
アバター(借り物)の体ですからねコレ。
エル兄さんも来てないか探したけれど、彼の姿は見えないようだった。
ギルド追放されちゃったのかなー。
あんなのでもひとりぐらい知り合いがいないと緊張しちゃうわ。
イオリオがついてきてくれているから、まだカッコつけていられるけどさ。
彼らの視線を浴びながら、わたしたちは二階へと上る。
もっとも上等な部屋の扉をベルガーさんが開く。
うーん、内装もめっちゃ豪華。
調度品ひとつ取っても今のわたしたちには手が届かない値段だろうってわかる。
飾られた絵画も上品だ。一流ホテルのスイートルームみたい。
テーブルを挟んでふたつのソファーが向かい合っているところ。
ふたりの男女が着座していた。
さらに彼らの後ろには剣を帯びた三人の騎士の姿も。
見たところ、座っているどちらかがマスター。
で、後ろにいるのが護衛だろうね。
そりゃわたし超危険人物だしね(諦め)
「おー、来たか。座れ座れ」
しかしこのギルマス、意外にもフランク。
ベルガーが一礼とともに退室し、扉を締める。
これでこの空間は完全に閉じられた。
中で起こったことは決して外部には漏れない。
……こわっ。
ふ、震えるなハート……燃え尽きるんじゃないぞアーギュメント……
わたしは心の中で人という字を三回書いて飲み込む。これでよし。
「初めまして。ルルシィールと申します」
いつか見た映画の中の貴婦人のようにスカートの裾を軽く持ち上げ、礼儀正しく腰を折る。
もっとも、冒険者の作法がこれで合っているかどうかはちょっと自信がない。
「あーいい、いい、そういうのは」
<ゲオルギウス・キングダム>のギルドマスター・“レスター”は面倒くさそうに手を振った。
せ、せっかく気取って挨拶してみたのに、こいつ……!
彼は悪魔のような角を生やした筋骨隆々な種族【ベイズィー】の男性だった。
威圧感のある見た目に反して実年齢はかなり若そうだ。
んー、パッと見じゃそんなにわからないけど、わたしと同じ大学生ぐらいかな。
部屋の中だってのに普段着なのか、鋼鉄のプレートアーマーを着込んでいる。
それを軽々と身に着けているだけで、よほどの手練だってことがわかるね。
メッチャ強そう。
彼の隣に座っているのは【エルフ】の女性、ドリエ。副マスターさんかな。
絵画の中から抜け出てきたような美人だが、神経質そうな顔つきがキャラにも反映されていた。
上品そうなスカートの上から白衣のようなローブをまとっている。
どっちかというと、この人の方が手強そうだなー。
同じ種族だからか、うちのイオリオと姉弟に見えなくもない。
年の頃はちょっと……わからないかな。
わたしのプロファイリングは経験則だから、元々ネトゲ人口の少ない女性には効きにくいんだ。
ふたりとも良い装備をしてますなあ。
これは<キングダム>のクラフト班が作り上げた現時点の最高装備なのかな。
う、羨ましくなんてないんだからね!
さてさて。
ダグリアでの冒険は一昨日終わった。
だけど、わたしのおせっかいから始まった身勝手な戦いは今から始まるのだ。
緊張で頭痛くなってきた……
「きょうはよろしくお願いします」
わたしたちも彼らの前に着席する。
舌戦とかねー、あんまり得意じゃないけど。
でも、ま、必要なことならやりませんとね。
「あーその前にだ」
レスターが後ろに立っていた三人を見上げて。
「お前ら、もう帰っていいぞ。いらんいらん」
ぞんざいに手を振る。
団員三人の顔色が変わった。
「し、しかし、マスター……」
ひとりが抗弁しようとすると、レスターはその大きな手のひらで言葉を制した。
「いくらプライベートルームだからって、ここもガード管轄エリア内だろ。
攻撃仕掛けてきたら衛兵がすっ飛んでくるし。だったら意味ねえだろ。人手の無駄だ」
ごもっとも。
恐らく最初から用心と威圧以上の意味はなかったのだろう。
彼の命令にギルド員は渋々納得したようだ。
次々と部屋から退出してゆき、この場に残されたのは四人となる。
すると、途端にレスターが首を鳴らして大げさにため息をつく。
「ったく、めんどくせーやつらだ」
「人前でそんなことを言わないようにしてくださいよ」
眉をひそめたのはドリエさん。
彼をたしなめる。
「だから追い出したじゃねーかよ……ま、これで余計なしがらみを気にすることもねーってことだ」
レスターは口元を引き締めて笑う。
えーと、この子が<キングダム>のリーダー? ホントに?
悪い子には見えないなー。
額に蒼の双角を生やした彼の視線がわたしを貫く。
その猛禽類のような目がこちらを向くと、さすがにビビるね。
思わず背筋を正しちゃったよ。
だがその口から出てきたのは、謝罪の言葉だった。
「迷惑をかけたな、ルルシィール」
あら素直。
「今回の件は俺の監督ミスだ。悪かったな」
「レスターさま、上に立つ人間がそういった態度では困ります」
頭を下げようとしたレスターをドリエさんが制止しました。
まあ、わかるけどね。彼はあくまでも<キングダム>を背負って立つ人間だ。
私情で行動しちゃいけないってこともさ。
レスターもドリエさんも、別に間違っちゃいないよ。
悪魔のギルドマスターは机に頬杖をつく。
「っつーかよ、話のあらましは大体エルドラドに聞いてンだよ。わざわざこんなことしなくてもよ」
ドリエさんに向けて、面倒そうに語り出すレスター。
「俺は確かに“ギルド資金を集めろ”とは言ったぜ。
だからってあんな奴隷商みたいなことを考えるか? 頭おかしいんじゃねえの」
「レスター、あなた言い過ぎです」
コホンとドリエが咳払いをする。
しかし……どうも、わたしの思っていた展開とはちょっと違うなあ。
もっと敵対心バリバリで来ると思ってたのに。
いや、こっちのが断然いいんですけどね。
イオリオと目が合う。彼は目で『どうする?』と問いかけてきた。
わたしは静かにうなずいた。ここはやっぱりわたしに任せてほしい。
切り出してきたのは、やはりドリエさんだった。
「まずはイオリオさん。
あなたは素性を偽って<キングダム>に入隊しましたね。
私を含め、多くの人を騙しました。それは私たちのギルドに対する明確な侮辱行為です」
その言葉についてレスターが、「いいじゃねえか別に。悪いのはこっちだろ」などとつぶやく。
ドリエがその発言を眼力で封殺し、続ける。
「次にルルシィールさん。
あなたは団員四名を殺害しております。それも騙し討ちのようなダーティーな方法で。
これがもし現実世界なら、あなたは殺人犯ですよ。
その凶行は<キングダム>内においても相当な反感を買っております。
どう考えていらっしゃいますか?」
おー、グイグイ来ますね、
ドリエさんの方は。“らしく”なってきましたね。
「僕はギルドマスターの指示で行動したのではない。自らの判断だ」
イオリオが喋り出したのを、わたしが手で制した。
まあまあ。
団員の行動ぐらい、わたしに責任負わせておくれよ。
「イオリオの件については、最悪のケースを想定していたまでよ。
もし<キングダム>がギルドぐるみで犯罪行為を行なっているようなら、
内部から彼が囚えられている子たちを助ける手はずだったの。
その必要がなくてなによりだわ」
ちなみにホントの話である。
発案者はイオリオだけどね。
「わたしの殺人罪は言うまでもないでしょう。
話し合いをしようとしたら相手は4人いて、わたしをPKしようとしてきたのよ。
大人しくやられるわけにはいかないわ」
「元はと言えば、あなたがうちのギルドメンバーをさらったからでしょう?」
「さすがにそいつは違えべ」
先ほどまでとは打って変わって、真剣な声でレスターが口を挟む。
「原因は俺たちのギルドだ。そいつは認めようぜ」
その一言でドリエさんは ぐ ぬ ぬ という表情になる。
あ、可愛い。
っていやいや、そんなこと考えている場合じゃないって。
「ただ、ドリエの言いたいこともわかんだろ、お前ら」
レスターはこちらを見やる。
気のせいか、今まで状況を見守っていたような彼の態度が、若干変化した気がした。
わずかに声が、重い。
「こいつは俺たちのことを守ろうとして、慎重なだけだ。
悪気はねえんだよ。
俺たちが『666』に閉じ込められて約二十日間。
その間、<キングダム>は色んな問題に突き当たってきた。
腹ン中じゃなにを考えてっかわからねえようなやつらとやりあってきたんだ」
少し悔しいが、彼の言い分はわかる。
こんな閉鎖的な世界で、<キングダム>は彼らなりの規律を守ってきたのだ。
わたしたちのギルドとはなにもかもが違う。
疑心暗鬼になったとしても、仕方ないだろう。
そもそも人のギルドに口を出したのはわたしのほうだ。
何様のつもりだ、と怒鳴られても仕方ないかもしれない。
部屋の中に漂う雰囲気が、剣呑なものに変わってゆく。
首の裏がピリピリと痛む。
「さすがに胡散臭いって思ってんだよ。
なんで見ず知らずの他人のためにそこまでするのか、ってな」
やはりそうだ。
仲良しこよしで過ごしてきたわたしたちでは想像もつかないような、修羅場もくぐり抜けてきたのかもしれない。
ここから先は、あまり迂闊な言葉は吐けないだろう。
虎の尾を踏みかねない。
「困ったやつを見捨てておけねえとは、マンガの主人公じゃねえんだからよ」
だけど。
ほぼ反射的に断言していた。
「わたしは主人公だよ」




