◆◆ 20.5日目 ◇☆○
試しにルビアに日記を渡して、好き勝手書いてもらう、の巻。
※「ですぅ」の口調は鬱陶しいので地の文からは除外。
そもそもルビアは「ですぅなんて言ってませぇん」と言い張るからね。
というわけで、いつもと変わった試みですが、どうぞー。
真っ青。
透き通るような空も、どこまでも広がる海も。
と~~っても気持ちいいです。
あたしは甲板の手すりにもたれかかって、水平線の先を眺めていました。
潮風で全身がちょっとベタベタしちゃうのはヤですけど、
どうせヘアもボディも借り物ですからね。全然気になりません。
おっきな船に揺られてぷかぷか浮かんでいると、
世界にあたしたちしかいないみたいで、なんだかすごく安らいだ気持ちになれるんです。
それにしても、こんな景色を堪能できないなんて、先輩はかわいそうですねえ……
あ、初めまして、ルビアです。
きょうは先輩がダウンしていますので、代わりにあたしが先輩クエストを引き受けています。
『なんでもいいから文字数を埋めてきて……
文章については、あとでわたしが推敲するから……』
などと言い、【日記】を渡してくれました。
でも最新ページ以外は全部カギがかかっているのか、閲覧できないんですよね。
……先輩のケチ。
うーん、《解錠》の技能があれば、中身を見れるんでしょうか。
しばらく格闘していると、ヒューマンの男の子が通りがかってきます。
「ちっす」
そちらの方はシスさん。あたしの剣の師匠です。
普段はぼけーっとしてて、なんとも頼りない雰囲気を醸し出し、
みんなでお喋りしているときは完全に空気な「あ、いたんですか?」って感じのお方ですが、
ことゲームのことと戦闘に関してはキモいぐらいに詳しい(褒め言葉)人です。
あと、かなりファッションセンスが残念です。
きっと制服を着ているとそれなりに見えるのに、私服だと「うわぁ……」って感じの人なんでしょう。
アバターはイケメン風なのに……
あれ。なんか悪口ばっかり言っているような気がしますが、多分気のせいです。
良い人です。すごく良い人なんです。
たまに胸の谷間とか、生足とかにバッチリ視線を感じて、
『ああ、男の子なんですねぇ、うんうん……いいですよほら。いくらでも見てください?』
って気持ちになりますが、基本は良い人なんです。
はい、これでフォローもバッチリです。
それはいいとして。
「なにやってんの、ルビアさん」
「シスさん先生、これですぅ」
あたしは日記を見せつけます。
すると彼、噴き出しました。
「ぶっ! それ、ルルシィさんのじゃん!」
チョット汚いですね。
まあいいです。良い反応をしてくれたので。
「ふっふっふ、迂闊にも先輩はこのあたしに貸してしまったのですよ、ふっふっふ。
今からかけられたカギを突破し、先輩の秘密を全て暴いてしまいますぅ」
「えー、いいんかな……」
すると、途端にオロオロしてしまいます。
まったく、シスさん先生は小物なんですから。
「つーかルビアさん、【ピック】持ってんの?」
?
ぴっきゅ?
「え? なんですかそれ?」
おめめぱちぱち。
「いや、《解錠》する際に必要な道具だけど」
カバンがさごそ。
「……ありませんね」
「じゃあ無理だな」
「……力づくでなんとかできませんか?」
「いやそら、《破錠》っつー技術でカギを無理矢理ぶっ壊すか、
あるいは日記帳の耐久値をゼロにしたらページもバラバラになっていくつかは読めるかもしれないけれど」
「……」
確実に怒られちゃいます。
あたしは肩を落としました。
「諦めます」
「そうしとけ」
しょんぼり。
「……先輩の秘密を握れるチャンスだったのにぃ……」
「趣味が悪いって……」
むむむ。
真人間ぶっちゃって……
人の秘密を覗きたい。隠しているところを見たい。裏話を聞きたい。
そういうのは人間の欲じゃないですか! 素直になればいいじゃないですか!
「もー、シスさん先生は、お人好しなんですから……」
そんなんじゃ、この生き馬の目を抜くようなバーチャル世界、生き残れませんよ!
「ルビアさんってわかんね……」
なんでそこで首を傾げるのか、あたしにもわかりません。
シスさん先生が素振り(ある程度までスキルが上がったり、武器の振りが早くなったりするらしいです)を始めたので、
あたしはモモちゃんのところに向かいます。
モモちゃんは先輩が拾ってきたウサギみたいな種族の女の子です。
ヒューマンのあたしと違って、なにをしててもたいてい小動物的なキュートさが輝くっていうズルい子です。
ファンタジーのファンシーな種族っていいですよねー……
それがもう、目の前でちょこまかしているんだから、思わずぎゅーっとしたくなります。
物を知らなくてもうっかり屋さんでもドジっ子でもあんまり空気が読めなくても、後輩って可愛いです。
……先輩に引っ付きすぎなのは、ちょっと容認できませんけどね。
でも、それも悪いのは先輩ってことになりましたので、もう大丈夫です。
まったくもう、あの人はホントに女殺しなんですから……
ってそれはいいとして。
モモちゃんは先ほどから、そこらへんでずーっと釣りをしています。
なにが面白いのか、ちょっとわかりません。
「ねーねー、モモちゃんー」
「なーにー?」
よしよしと頭を撫でます。
長い耳がふにふにしてとっても愛らしいです。
「じゃーん」
「えっ! それおねえさんの日記帳!?」
おー。
口に手を当てて驚いちゃって。
うふふ、良いリアクションですね。
「そうなんですぅ」
「か、勝手に持ち出しちゃだめだよぉ。ルビっちさすがに怒られちゃうよぉ」
……あれ?
どうしてあたしが盗んだことになっているんでしょうか。
「違いますぅ。先輩が船酔いで倒れているので、
きょうの日記はあたしが書くようにと申し付けられたのですぅ」
「え、あ、そうなんだ」
ホッと胸を撫で下ろすモモちゃん。
……この信頼度の差はなんでしょうか。
モヤモヤしちゃいます。
「でもおねえさんの日記なのに、ルビっち書いてもいいの?」
「うーん。確かにヘンですけどぉ……まあいいんじゃないでしょうか。
そう頼まれちゃいましたしぃ?」
「そっかぁ」
「というわけで、モモちゃん【ピック】持ってませんかぁ?」
「何に使うつもりなの!?」
おやおや。
その反応だと、モモちゃんはピックって知ってるんですねー。
「先輩、他のページにカギかけちゃっているんですよ。気になるじゃないですかぁ」
「ルビっち……」
なんだかモモちゃんが可哀想な子を見る目であたしを見つめています。
……あれ、どうしてだろう。
「気にならないんですかぁ?」
「それは……チョットは、気になるけど……」
お、モモちゃんは素直ですね。
脈アリと見ました。
「モモちゃんと出会う前の先輩のこととか、色々書いてあるんですよぉ」
「えあ~~……」
釣竿を固定し、頭を抱えて苦悩するモモちゃん。
……面白いです。
「イヒヒ、あんなことやこんなこと……
モモちゃんについても色々と書いているかもしれませんよぉ~……」
「う~う~……」
耳元に囁きかけると、なんだか一生懸命首を振っています。
悪魔に抵抗するみたいですね、まるで。
しばらく身悶えた後、モモちゃんは大きくため息をついて。
「で、でもムリだよ。モモも《解錠》なんてやったことないし……
錬金術で、鍵開けが楽になるピックを作れたような気がするけど、材料ないし……」
「今、材料を持ってきたらお作りできますか?」
「えあ~……えあ~~~……」
困り果てた顔のモモちゃん。
……なんだか悪いことをしているような気になります。
えー、えー。
むう、しょうがない。
あたしがおねーさんですからね。ここは諦めましょう。
「じゃあモモちゃん、日記に書くのでなにか面白いことをしてください」
「ええええ急に!?」
「モモちゃんの~、ちょっといいとこ見てみたいぃ~。ヘイ、一気、一気~」
「なにを~~~~~~!?」
悪い大学生の真似をしてみました。
その後、あたふたとしているばかりで、モモちゃんは面白いことをしてくれませんでした。
いや、その様子が結構面白かったんですけどね?
ハッ、これじゃまるでやっぱりあたしが悪者みたいですね!?
船内の面白いこと探索にも飽きて、あたしは先輩の元に戻ります。
とりあえずこれぐらい書いたらいいんじゃないかなー、って。
結構な文字数書きましたよぉ、これ。
まったくもう、先輩も良い後輩を持ったものですよ。
こんなに一途で健気で可愛らしい後輩がいて、さらにまだまだ世界も冒険したいだなんて、先輩は一体どれほど強欲なんでしょう。
悪魔が憑いているんですかね。『666 The Life』なだけに。
ヴァンフォーレストで大人しくクラフトワークスをしていればいいんですよ、もう。
それなのに、それなのに。
ぶー、ぶー。
頬を膨らませながら廊下を歩いていると、どこからか男の人の声が聞こえます。
この船の中にいるプレイヤーキャラは、わたしたち五人だけなので……
つまり、イオリオさんですね。
面白いことの予感がします。
シスさん先生があたしの剣の師匠なら、イオリオさんはあたしの魔術の師匠です。
っていうかもうほとんど家庭教師の先生です。
《医学》や《魔術学》のランクアップテストを前に、テストに出やすいポイントや自分のときの過去問を教えてくれたり。
むっつりとしてなにを考えているかわからないし、
目つきが怖いし、口調が時々厳しかったりして、正直苦手なときもいっぱいありますけど、
でも良い人だと思います。
あたしがむしゃくしゃして駄々をこねているときにも、
突き放すんじゃなくて、とりあえず受け入れようとしてくれる辺り、
ちょっぴり先輩と似た感じがします。
だからきっと良い人です。
……完璧なフォローですね。
我ながら恐ろしく思います。
でも、本当に恐ろしいことはその後でした。
イオリオさんの姿を探してうろうろしていると、
なんと彼は先輩が使っている船室にいたんです。
しかも先輩と一緒に!
パジャマ姿の先輩と一緒にぃ!
な、なにをやっているんでしょうかあの人は……
弱った先輩と一緒に……!
扉の隙間からこっそりと見つめてみます。
相変わらず先輩はベッドにダウンしていますし、イオリオさんはその前の椅子に座っていつものように本を読んでいます。
……あ、でもなんだかぼそぼそと聞こえます。
一体なにを話しているんでしょうか。
気になります……
むむむ、あたしの《聞き耳》がもうちょっと上がっていたら、聞こえたのかなあ……!
先輩めぇ……!
前にシスさん先生に聞かれたとき、あたしは「先輩は全然モテませんよぉ」と言ったように記憶しております。
でもホントのことを言うと、全然そんなことはないって思います。
同性にすっごくモテる人が、異性にモテないわけがありません。
先輩は完璧です。
顔の作りは美人ですし、スタイルも良いですし、服をコーディネートしたらなんでも着こなします。
あんまり女の子っぽい格好はしませんけど、そういうのだって多分、似合っちゃうはずです。
『サバサバしているよ』って自分で言うくせに、誰の相談にも乗っちゃいますし、最後まで責任を感じて付き合ってくれたり。
どんなときだって、大して仲良くないはずの子でも相手をしてますし。
ひきこもりのくせに運動もできて、学業だっておろそかにせず、いつの間にかバイトだってひとりで決めてきて……
誰にも頼ることなくひとりで生きていける先輩は、まるで太陽のようです。
色んな人をその光で照らして、暖めます。
だからみんな先輩に惹かれるんです。
もしかしたらイオリオさんも……
いや、でもそんなこと……
「ちょっといいか」
そのとき、やけにハッキリとイオリオさんの声が聞こえました。
ガチャリ、と扉が開きます。
……あれ?
「さっきからなにをしているんだ、キミは」
いや、えっと。
「……なんでバレたんでしょうかぁ」
わたしを見下ろし、イオリオさんは小さくため息をつきます。
「ミニマップのレーダーに青点が表示されている。
パーティーなんだから、近くにいる人の場所は扉越しでもわかるさ……」
「はう、盲点……」
さすがイオリオさん……
スルドイです……!
胸を抑えていると、部屋の中から「るびあ~?」という先輩のふにゃふにゃな声が聞こえてきます。
イオリオさんも肩を竦めました。
「まあいいさ、もとより大したことは話していなかった」
ぱたんと本を閉じるイオリオさん。
それは《風術》の魔術書のようです。
……さては、先輩がダウンしている最中だからって、優しく丁寧に教えていたんですね。
弱っている心に親切にするだなんて、やり手ですねこの人……!
「……なんだか、なにを考えているか大体わかるような気がするけれども」
「心の中を読まれてますぅっ!?」
「キミが思っているようなことはないから、安心してくれ」
じー。
眼鏡の奥の思いを探るように、あたしはイオリオさんをじっと見つめます。
すると、彼は咳払いをします。
「まあ、なんだ。こういうことを言うのは、僕のキャラではないと自覚しているけれど」
……一体なんですか?
嫌な予感がします。
声をひそめて、恐らくは先輩に聞こえないように。
「“先輩”さんは、キミだけのものじゃないからな」
「!?」
こ、この人、今!
今なんて言いましたかぁ!
あたしの頭の中をエクスクラメーションマークとハテナマークが飛び交っています!
イオリオさんの胸ぐらを掴んで、廊下に引っ張り込みます。
「せ、先輩を狙っているんですか!?」
「さてな」
ニヤニヤするイオリオさん。
こ、こいつぅ……!!
「極悪人の顔をしていますぅ!」
「いや、今のキミも相当すごいが」
「絶対に絶対に許しませんからねぇ……!」
「まあ、きょう明日にどうこうしようっていうのはないさ。僕も今は『666』に夢中なんだ」
「ぐるるるるるる」
そのとき、部屋の中からもう一度「る~び~あ~」とあたしを呼ぶ声がします。
イオリオさんは肩を竦めて、部屋を指します。
ここで取り逃がしていいものか、あるいは始末しておいたほうがいいのではないかと悩みつつも、イオリオさんを解放します。
いつかやってやりますからね、イオリオさん……!
◆◆
あ、どうもルルシィールです。
「で」
ルビアから日記を返してもらって。
体調はちょっと良くなっていたので、つらつらーって読んだわけなんですけどね。
わたしはベッドの上に足を崩して座り、こめかみを抑えていた。
「ホントに言ったの? イオリオが、コレ」
「そうなんですぅ!」
目の前に座るルビアちゃんはご立腹の表情。
うーむ。
イオリオも、ルビアの態度にビキビキ来ていたりするのかな……
……っていうか、もしかしてこれってわたし、三角関係の渦中にいたりしますか?
えー、うそー、少女漫画のヒロインみたーい。
アタクシのモテカワオーラマジパなーい。
キャハッ☆
……いや、はい、スミマセン。
何とかします、そのうち……
「まったくもう、まったくもう……!」
頭から湯気を出しまくっているルビア。
こういうときのルビアにまともに付き合うのは損するだけなので、わたしは早々に話を変える。
「でも、ありがとうね。わざわざこんなに書いてきてくれてさ」
穏やかに告げます。
「……ま、まぁ、先輩の頼みですからねー」
口を尖らせてそっぽを向くルビア。
少し声色が優しくなったね。
で、ここでのんびりと佇むのがポイント。
はー、ルビアちゃんホント美少女だなー、って眺めてましょう。
目の保養、目の保養。
ちょっと待つと、言い訳するように付け加えてきます。
「こ、こんなことをしてあげるの、あたしくらいしかいませんしぃ……」
うんうん。
「そうだね。ありがとう」
わたしが微笑みかけると、ルビアは唸りながら俯きました。
まあ根はいい子だからね、根は。
というわけで、フォローは終了。
「で、ルビアちゃん」
「はぁい?」
「カギをかけたわたしの日記をどうにかするために奮闘していた、って辺りの話なんですが」
「ぎくぅ」
昭和の漫画か。
っていうか悪いことをしているって自覚があったなら、なぜあえて書く……
わたしは目を細めて彼女を見やる。
「なにか弁明があるなら、今のうちに聞いてあげるけれど」
「え、えーっとぉ」
ルビアはしばらく指と指を突き合わせた後、こちらを上目遣いに伺って……
そして、ハッとした。
「そ、そうです! 全部フィクションですぅ! そんな事実は毛頭ありませぇん!
ヤですねぇ先輩ってば! あたしがわざわざ盛り上げるために書いてあげたのにぃ!
冗談がわからない人はモテないんですよぉ! えっへっへー!」
「そっか、わかった。
じゃあモモちゃんにコールしてもいいんだよね」
「だめですぅ~~~~~~~~~~!」
両手を前に出してこちらに迫ってくるルビアを避けて、その首根っこを掴んで無理矢理ベッドに押し倒す。
まったくこの子は……
「うえぇ~~んすみませぇぇぇ~~~~ん!」
「謝るくらいなら最初っからするなー!」
そのまま上にのしかかって、ルビアの手のひらを掴み、親指の付け根を思いっきり指で圧迫する。
「いた、いたたたたぁ! 先輩それちょっといたっ! いたいんですけどぉ!?」
「そりゃあお仕置きだからね。痛くしているんだもの」
っていうか、この世界でもツボマッサージとか効果あるんだね。
殴られたときはそこまで痛くないのに。
どうしてだろう。
戦闘状態のときは痛みが軽減される措置でもついているのかなー、なんて思いつつ。
「いたいたたたたたああああぁ! 許してくださいセンパイいぃぃぃいぃ」
ルビアの悲鳴をBGMに、わたしはしばらく物思いにふけっていたのだった。
船は間もなくヴァンフォーレストに到着する。
そこでは<ゲオルギウス・キングダム>のギルドマスターが待っているはずだ。
きっと、ただでは済まない結果になるだろう。
これから、わたしの物語はどう変わってゆくのか。
「も、もうそろそろやめましょぉ!?
ず、ずっと痛いんですけどぉ!? 痛いんですけどぉ!?
謝りますから、謝ってますからぁ~~~!」
ルビアの悲鳴をBGMに、わたしはしばらく物思いにふけっていたのだった。