◆◆ 18日目 ◆★● その2
という修羅場からの修羅場をくぐり抜け続け……
ようやく砦の最奥に到達しました。
まるで道場のような室内。
小さな玉座に座っていたボスは、羽飾りのついた冠を装着した壮年のヌールスン。
うっわ、カッコいい。
抜き身の刀を肩に背負い、彼はゆっくりと立ち上がる。
素敵だったのでセリフは原文ママ。声メッチャ渋いです。
「うぬらが来おるゴトはわかっておったわ。
戦いムくしてヌールスンの存亡非ず。儂らが死のうとも爪族の魂、ゲツして砕けぬぞ。
来おれ。戦神“クデュリュザ”のメいにおいて“天儀天”に葬送してやろうぞ――」
隣でイオリオが「クデュリュザ……?」と聞き返す。
なにか引っかかるところがあったのだろうか。
それはともかく。
部下を失ったのか、あるいは先に逃したのか、死地を定めた爪王ザガはたったひとりだった。
5対1である。
これは楽勝だと思ったね。
爪王は刀を掲げて吠える。
直後、やたらめったらに刀を振り回して剣閃を飛ばしてきた。
かまいたちのような、無差別範囲攻撃である。
わたしたち五人のHPが一気に奪われた。
やばい、この人は多分――
「――ルビア! イオリオ! モモ! 離れて!」
シスと視線を合わせる。彼はわたしの意図がわかったようだ。
ふたりでザガを挟み込む。
「部屋の隅まで押していくよ!」
「おう、《チャージ》で……
って駄目だ、こいつ動かねえ!」
根が生えたような立ち姿だ。
二度目の範囲攻撃がやってきたものの、離れていたために今度の被害はわたしとシスだけで済んだ。
しかし鎧の上からも致命的なダメージを受けてしまう。
どれくらいかっていうと、後ろから慌ててヒールが飛んでくるくらいのレベルです。
「いってー……くっそう、燃えてきたぜ!」
シスは槍からナックルに持ち替える。
イオリオがあの火のbuff魔術で、その拳の威力を倍増させた。
連撃によって動きを止められたボスの背を、わたしの一期一振が斬り裂く。
体力メーターが微減した。
しかし――か、かたい……!
「――!」
ザガが一喝する。
わたしとシスは吹き飛ばされた。
慌てて起き上がる。
息が止まる。
眼前にザガがいた。
振り下ろされる刀を刀で受け止める。
だが捌ききれずにダメージが入った。痛い痛い。
痛いけど紙一重残った!
もう死にそうだけど!
ザガから距離を取り、みんなに確認する。
「【ギフト】が残っているのってわたしだけかなあ!」
一度使用したギフトが復活するまで半日かかるんだよねー!
いやサボってたわけじゃないんだよ。
【犠牲】って乱戦だと使いづらいんだよ……
自爆技みたいなもんだし!
「あたしもありますぅ!」
遠くからヒールを飛ばしてくれているルビアが手を挙げる。
「キミのはこういう場面で役に立たないでしょーがー!」
怒鳴り返す。ルビアの【ギフト】は【変身】である。
半身魔獣に変化することによって様々な特殊能力を得ることができるのだが……
ルビアちゃん、まったく使いこなせてません。
モモちゃんは熱心に矢を射ってくれているが、ダメージは微々たるもの。
このペースだったら倒すまで一時間(全滅するまでは三分少々)かかるなぁ!
ピンチだ、ピンチすぎる!
イオリオがわたしを見る。
「ルルシィール。あいつを倒すには【犠牲】が必要だ」
ですよねー!
まあ今使ったら多分5秒で死んじゃうだろうけどね。
あとはイオリオがなんとかしてくれるでしょう。
「いいですとも!」と前に出ようとしているわたしを、イオリオが手で制す。
「だから下がって回復しろ」
「は?」
聞き返す。
イオリオは真剣だった。
「僕とシスが時間を稼ぐ」
「いやいや、ふたり? 無理じゃない!?」
だってシスだってもうHPだいぶヤバイよ?
今だってひとりで引きつけてくれているし!
「シス!」
イオリオが怒鳴る。
「やるぞ! できるな!?」
「いちいち聞くんじゃねーよ!」
身を屈めて中段斬りを避けるシス。
懐に潜り込んで肘打ち。
引き面のようなザガの斬撃をそれよりも早い跳躍でかわす。
いつの間にか唱えていたのか、イオリオの風の強化魔術のおかげでザガの動きについていけているようだ。
だがダメージは軽い上に、こっちは一発でも食らえばもう後がない。
「命令してくれりゃあいいんだよ!
俺たちのギルドマスターなんだからさ! やるっつーの!」
そばに来たルビアが、一生懸命わたしの傷を癒してくれる。
【犠牲】はその特性上、HPをMAXに保っていないと全力を発揮できない。
わたしは歯噛みした。
ぐぐぐ……!
拳を握り、それでもこの場に相応しく思えるような毅然とした声で言い放つ。
「わかったよ……イオリオ! シス!
少しの間、頼んだからね! 死なないでよ!」
『了解!』
若き少年たちの声が重なり響く。
シスがタンクとなり、イオリオがそのサポートに徹する戦法のようだ。
モモも援護射撃を繰り返しているが……
くー、歯がゆい!!
「せんぱぁい……」
かじるように水薬を飲むわたしの形相を見て、ルビアが目を伏せる。
【サクリファイス】は自分のHPだけではない。
もっと大切ななにかを失ってしまうものなのかもしれない、とわたしは思った。
業の深い力だ。仲間まで犠牲にしなければならないなんて。
いや……そんなことはないよね……!
シスとイオリオを信じなきゃ。彼らが時間を稼いでくれるんだから……
これは文字通り神さまからの贈り物だ。
誰かを救うために与えられた力のはずなんだ。
それなら今だって。
シスとイオリオはこれ以上ないほどに善戦している。
Root(足止め)を仕掛けてもホンの数秒で効果が切れてしまう。
シスがすかさず《タウント》で引き寄せる。
背を向けた爪王にイオリオが火の矢を放って注意を引き寄せる。
戦い慣れたふたりの絶妙な平衡感覚だった。
ザガは彼らの間をピンポン玉のように往復する。
だが、わたしのHPが七割ほど回復していたところで、“あれ”が来た。
剣閃を辺りに撒き散らすあの範囲攻撃だ。
シスとイオリオのHPが一瞬にして消し飛ぶ。
もう我慢ができなかった。
「【犠牲】!!」
わたしは立ち上がり叫んだ。
ルビアを突き飛ばし駆ける。
跳び上がり、全体重を乗せた《両断火》を叩きつける。
ザガは刀で受け止める。
室内に衝撃が走った。
「ああああああああ!」
さらに《ウォークライ》でSTRに補正値を上乗せ。
ザガのガードを弾き飛ばす。
驚愕する爪王に無数の斬撃を叩き込む。
あらゆるスキルを全解放し、なりふり構わずボスのHPを削ってゆく。
60秒以内にザガのHPを溶かし切らなければわたしたちの負けだ。
刀と刀が衝突し火花が散る。
わたしは脳の回路が焼き切れるような焦燥感と共に一期一振を振り回す。
時間がない。一秒でも早く。みんなのために。
こいつの息の根を――
ザガが吠える。わたしの全身に痺れが走った。
【スタン】効果を持つ咆哮だ。
わたしは一瞬無防備な姿を晒してしまう。
「しまっ――」
だが一撃くらいは耐えられる――
と思いきや、彼は部屋の中央に飛び退いた。
そこで恐らく全員に範囲攻撃を放とうとしているのだ。
それ最悪だなあ!
シスもイオリオもかろうじて生きていたものの、
それは一発食らっても平気な分だけ体力を残しておいたからに過ぎない。
もう全員、後がない。
救急車のように辺りを走り回っているルビアだって自分のことなんて二の次だから一撃死の射程圏内で。
ザガが刀を腰だめに構えた瞬間――
――その頭にばちゃりとなにか液体がぶつけられた。
モモが水薬を投げつけたのだ。
それは異臭を放ち、爪王の顔面を焼く。
悲鳴をあげるボス。
「その、それっ! ダメージ+【盲目】効果だからっ!」
彼女が作っていた攻撃用の錬金術アイテム――【クロの溶解液】だ。
ザガは剣閃を飛ばすものの、それは誰にも命中せずに壁を傷つけるだけに留まった。
九死に一生を得た……
だなんて、ホッとしている暇はない!
だが彼はすぐに己を取り戻す。
状態異常は一瞬で回復されてしまった。
となると次の標的は――モモ。
怯えて身を竦ませるモモに、ザガが斬りかかる。
シスもイオリオも遠い。
ルビアは回復魔術の詠唱中だ。
わたしの目には周りの光景がスローモーションに映っていた。
「この――」
駆けるが――【犠牲】の最中でも、まだ届かない。
他に選択肢が何か。
気づく。
スキルリストに見慣れない文字が点灯している。
躊躇はない。
わたしは選択した。
「《爪王牙》――」
その縦斬りは見えない刃となり、ザガの背中を斬り裂いた。
それは彼が使っていたあの剣閃――範囲攻撃だった。
凄まじいダメージが表示され、爪王のHPは塵のように吹き飛んだ。
ゆっくりと前のめりに倒れてゆくザガ。
彼の爪はモモの前髪をかすめて地面に沈み込んだ。
「ひっ」と悲鳴をあげるモモ。わたしも状況の把握が上手くいかなかった。
「先輩! サクリファイス!」
ルビアに言われて気づく。
慌てて効果を切る。
HPのメモリはもう1ミリぐらいしか残っていなかった。
完全に呆けていた。
「あれ、一体わたし、なんで……いつのまに、あんな技を……?」
握った刀を見つめる。
シスが大喜びしているのが見える。
足を引きずりながらイオリオもやってきた。
「技は食らってもスキルが上昇する。あいつが使っていたのも刀だった。偶然じゃないさ」
「はあ」
まだ実感は薄かった。
「つまり、その、なに?」
彼らを見回す。
笑みを浮かべるルビアが見えた。
「勝ったってことですよぅ!」
ルビアが抱きついてくる。
反対側の腕にはモモも。
「やったぁ! すごいよ、おねえさん!」
頬に当たる柔らかな感触は、口づけされたようで。
「あーっ! どうしてモモちゃんどさくさに紛れてそういうことするんですかぁ!」
「えっ、だって、モモだって矢射ったりお薬いっぱい投げたりして頑張ったし……」
「それとこれとは話が違いますぅ!」
いやキミたち。
人の耳元ですっごいうるさい。
のっそりと足を動かし、ザガに近づく。
彼はまだ息があるようだ。かすれた声で呻く。
「“クデュリュザ”よ……儂らではナせず……
されど魂は、不滅なり……愚かニンゲンと愚かなヌールスンよ……
“地端地”で、うぬらの死を……ミ届けよう、ぞ……」
その言葉を最期に、ザガは動かなくなった。
戦神クデュリュザ。
なんだか深くストーリーに関わってきそうだなあ。
っていうかそれよりも、わたしたちのログに“クエストコンプリート”の文字が浮かび上がった。
これでようやくダグリアの冒険もオシマイ……かな。
思わずその場にへたり込んでしまう。
いやあ、強敵だった……
現実世界で向かい合っていたら、きっと腰が抜けちゃっていただろうね……
はー……今になって、心臓がキュッと締め付けられるようだよ。
うん、しばらく戦いは、いいかな……