◆◆ 18日目 ◆★● その1
グレーネーム二日目です。そろそろシャバ(ヴァンフォーレスト)が恋しい……
「あの、ねえ、おねえさん」
野外でふたりっきりのとき、モモちゃんが寄り添って来ました。
「うん? どうしたの?」
尋ねると彼女はもじもじしながら。
「いつになったら、その、“恩返し”させてもらえるのカナ、って……」
そういえばそんな話もあったような……
っていうかキミのは大体ひわいな意味だし……
しかし、薄目で見やれば、なにか期待に頬を染めているモモちゃんが……
うーむ……
「そうだなあ。じゃあヴァンフォーレストに帰ったら膝枕でもしてもらおうかな」
「えっ、そ、そんなのでイイの?
そ、それならもっと……こう……きゃっ……」
自分で想像して顔を抑えるモモ。
っていうかこの子、むしろわたしとそういうことしたがってないか……?
たまに身の危険を感じるような……気のせいだと信じたい。
よし、ごまかそう。
「モモ。キミは膝枕についてのなんたるかをまったく理解していないよ。
膝枕というのは、ふともも、それにお腹の感触を同時に味わうことができる、とてもとても恥ずかしいものなのだよ!」
「えっ、そ、そうなの?」
「もちろんさ。上を向けば胸を見れるし、下を向けばふとももに頬ずりすることだってできるんだよ。
下手したら抱き枕よりもずっと高度な技なんだ」
「……ふ、深いんだね……」
なにを妄想しているのか、モモちゃんはほっぺたに手を当ててます。
視線が、視線が熱いなあ。
わたしはモモちゃんの横に回り、その細い肩に手を当てる。
「あっ……」
囁くように。
「こんなこと、普通の人には頼めないからね。
わたしが膝枕をお願いするのは、モモだけだよ……」
モモちゃんがノドを鳴らした。
それはやけに大きく響いたような気がした。
「……モモ、おねえさんのために、がんばる……」
ちょっと潤んだ瞳が揺れていて……
「楽しみにしているよ」
わたしは笑顔でうなずく。
こうして人はウソをウソで塗り固めてゆくのですね。
クエストであちこちを巡っているその最中。
シスくんに反撃を喰らいました。
「で、ルルシィさんはモテんの?」
「わたしが悪かった」
即座に頭を下げました。「早っ!」と驚かれます。
そこで通りがかったルビアが話に参加してきます。
「先輩は全然ですよぉ。羨ましいですぅ」
「うっさいルビア」
この子はこの通り、媚びたような喋り方を素でやっている上に童顔で背がちっちゃく、されど巨乳。
そもそも容姿が相当可愛らしいのでめっちゃモテます。
そして大抵が合法ロリ狙いのロリコンなので、男運が悪い。
そりゃ~~~もう非常に悪い。
なぜかわたしがタチの悪いストーカーを処理したことも一度や二度ではありません。
なぜわたしが。小憎たらしい。
「でもある意味ですごくモテるんですよ、先輩は」
ルビアがまるで自分のことを自慢するようにニコニコと語る。
「先輩は女の子からすっっっごくモテるんですぅ」
拳を握って力説するルビア。
……うん、まあ。
それも事実です。
「あー……見てたら大体わかるよ。姉貴、って感じだもんな」
女子高時代のバレンタインデーには、他のクラスや他の学年からも女子が押し寄せてきたり……
いや、いいけどね、甘いものは好きだから……
お返しに難儀したけど……
っていうかそもそも、わたしソッチ系じゃないし……
「そうなんですぅ。カッコいいですし。
むしろ先輩がいたら男の人なんていりませぇん」
「いやいや、だからそういう発言をするからわたしがレズ女って疑われるんだってば」
そう言ってもらえるのは嬉しいけど!
わたしホントノーマルだからね!?
「っていうか、ルビアさんの好きな人って……」
おお、勇気を出して突っ込むシス。
しかしその船の行く先は渦潮だ……!
「はぁい、あたしは先輩が好きですよぅ!」
とてもイイ笑顔で断言するルビア。
デレ期のこの子は、本当に“そういう目”でわたしを見ているのではないかとたまに思う。
「はは、はは……」
シスくんは乾いた笑みを浮かべていたのだった。
うん、なんかごめん……
そしてこの日はダンジョン攻略の日でもありました。
ジャジャーン、とオシャレな革鎧一式に身を包んだモモちゃんがお目見え。
お、おお、突然可愛い。
なんだこれいつの間に。
少女の両肩に手を置いているのはルビア。
「うっふっふー、どうですか先輩。
ここらへんの敵から取れる丈夫な皮を使って、ついにフルセット作っちゃいましたよぉ。
このために《板金術》とかあげたんですからぁ」
なんと、全てルビアのお手製か。
確かに最近ずっと夜更かししてたもんね。
すっかりクラフターだなあこの子。
「すごいなあ、偉いなあルビア。モモちゃん良かったねえ」
「うんっ。ルビっち、ホントにアリガトねっ」
うん、可愛いあだ名だね。
でも明らかに先輩後輩って感じじゃないよね。
頬ずりされて、ルビアもまんざらでもなさそうだけど。
ていうか、この子はこの子で、今まで自分より後輩の面倒を見るっていうことがなかったから、なんだか楽しそうだね。
実は優しい子なんだってわたしは知っているよ。
基本はウザいけど。
「あ、それじゃあ代わりにモモも」
ごそごそとアイテムバッグから、モモちゃんは真っ黒な瓶詰めの液体を取り出す。
なんか、ポコポコと泡が湧いているんですが。
「これ、【クロの溶解液】っていうの。サソリとかの毒を煮詰めて作った攻撃アイテムなんだよ。
盲目効果もあるし、結構威力高いみたいなんだから」
「それ代わり!?
あたしのオシャレで可愛くてセンス良いレザーセットの代わりですかぁ!?」
「多分、スキル同じぐらいだと思うんだけどなあ」
「ノーセンキューです!」
ルビアは両手でバッテンを作る。
もらっておけばいいのに。
それなりに役に立ちそうなんだけどなあ。
じーっと見ていると。
「……おねえさん、いる?」
首を傾げながらモモちゃんは薬液を差し出してくる。
近づけられると、容器は密閉されているはずなのに、異臭が漂ってくるようで……
わたしは笑顔で首を横に振った。
ごめん、ノーセンキュー。
爪の一族の砦は村を南に進んだ砂漠の荒野にあった。
高い柵に囲まれているので、正々堂々と正面から突入するしかなさそうだ。
「これがゲームじゃなければ、夜のうちに柵を破って侵入するか、あるいは遠くから火をつけてやるものだが……」
うなるイオリオ。
乾いた気候だから、そりゃあもう燃えるだろうね。
「とりあえずリアル脳は捨てよう」
現実的にありえない言葉を告げるわたし。
だって次にクエストを受けにきた冒険者の人が困るでしょ。
砦がなくなっちゃってたら。連続クエスト発生しなくなっちゃうよもう。
戦法は以前と一緒。
メインタンク・わたし。
サブタンク・ルビア。
イオリオが真ん中で支援を担当し、後方警戒がシス。
そして今回モモちゃんの役割は……
太陽に背を向けた位置。
門が見える場所に位置取り、モモに門番を指差す。
「さ、モモ。あいつを射って引きつけてちょうだい」
革鎧に短剣、そしてショートボウ(ヌールスンの盗賊が落としたものです)。
モモちゃん完璧にレンジャー装備ですコレ。
「そうか、puller(釣り師)か。なるほどな」
真っ先に気づいたのはイオリオ。
pullerというのは、敵が密集しているところから一匹だけ敵をおびき寄せる係です。
各個撃破を行なう上で、もっとも大事な技術のひとつだね。
イメージしにくい人は、五人の男性が集まっている中、
ひとりだけをケータイで呼び出してボコる、を五回繰り返すものだと思っていてください。
ね、簡単でしょう。
さらに、種族【ピーノ】はその特性として最初から《探知》スキルが高めで、
つまりわたしたちヒューマンよりも周りの状況を把握しやすいのです。
具体的にどうとかはよくわからないけど、成長させるとミニマップに敵を表す赤い点が見えるようになるとか。
ま、あとは本人の資質次第だけど。
「うん、りょーかい!」
一緒に来れたことが嬉しいのか、モモはやる気に満ち溢れています。
彼女は姿勢を低くして弓を引き絞り、見事ヌールスン・ガードにヘッドショット!
おっ、発見されていなかったからか、なかなか良いダメージ与えたね。
初手にしては十分十分。
向かってきたワータイガーをわたしたちが迎え撃つ。
これぞ流れるようなコンビネーション!
pull&kill!
確かに一匹は強いけど、5対1なら苦戦する要素まるでなし!
慎重に慎重に一匹ずつ引き寄せながら始末して、砦の中に無事侵入を果たす。
中は立体的な構造になっていて、上からもこっちを見張っているものがいるねー。
下手に手を出すと次々とlinkして向かってきそー。
「よし、モモがドンドン連れてきちゃうねー!」
あ、いやそれは。
完全にフラグでした。
制止する間もなく矢を射るモモ。やる気に満ち溢れています。
可愛いけど……!
高台からぐるりと回り込んでやってくるヌールスン。
途中でドンドン仲間を連れてきちゃって、こちらについたときには合計5匹になっていました。
「え、えあー!」
目を丸くするモモ。
これがpullの恐ろしいところよ……!
ゲームというものも恐ろしいね……
簡単だ簡単だと思っていた場所も、一回のミスで地獄と化すのだからね……
いや、それは現実も一緒か……注意一秒怪我一生……
幸いにも死者はいなかったものの……シスとイオリオが【ギフト】を使い、水薬も大量に消費してしまう事態に。
これなにげにベルゼラの洞穴以来の死闘だったんじゃないか。
「ご、ごめんなさい!」
平謝りするモモに釣りの何たるかを説かねばならない……
それが先人としての役目……
「こ、これでモモもpullの重要性を理解してくれたと思う……
釣り道とは奥深いものなのよ……!」
引っ掛けてもいいのは、密集している相手が離れた瞬間や、後ろを向いた隙などだ。
付きっきりで指導をしながら彼女の技術向上に務めましょう。
わたしは魚釣りはあんまり上手じゃなかったけど、モンスター釣りならお手のもの!
上手くない?
ああそう!
「で、でもう、さっきみたいなのになっちゃったら……」と不安に怯える若人。
「ふふっ、あたしにお任せですぅ」
後輩が革鎧に収まり切らない豊かな胸を揺らしながら、前に歩み出てくる。
「えっ、ルビっち、できるの?」
心配そうなモモに、自信に満ちた笑み。
「あったり前ですぅ。あたし子供の頃からアクションゲームが大好きで、一日中ゲームして過ごす日もありますよ。
はっきり言ってオタクレベルなんですからぁ」
確かにルビアは意外とゲーム上手だが……
わたしは気づくべきだった。
その言葉もまた、“フラグ”だと。
ルビアは杖を掲げて、遠方にいる一匹に狙いを定める。
「パール・デア・エルスぅ!」
水属性の投射魔術だ。
いや、でもそれ今放つと……
大きく遠回りしてヌールスンの一団がやってきた。今度は6匹だった。
ルビアは舌を出して、自らの頭を小突く。
「 て へ ぺ ろ ー ☆ 」
絶対に許さない。
大勢を相手にするときに大事なのは、まずは各個撃破。
「死にます死にますぅ!」
そして敵の無力化である。
「うおおお! 《チャージ》ィィ!」
要するに多対多であっても何匹かを足止めすることによって、
一時的に数の戦力差を埋めるのだ。
「こっちこっち! 通路におびき寄せて!」
後はどうしても持久戦になってしまうのでMPの残量にも気を配る必要がある。
「《シャドウバインド》!
減少するHPとの均衡を保てなければ少しずつ追い詰められてしまうからね。
「えあー! えあー!」
以上、ピンチ時の対応でした。
生き残った……全員無事に……
ああ、なんかもうみんな真っ白になってる……
「もうクエストクリアでいいんじゃね……?」
普段は元気なシスもボロボロです。
「モモも、ホントに死んじゃうかと思った……」
目から光沢が消えているよモモちゃん。
わたしはみんなに頭を下げる。
「ごめん、ルビアにやらせたわたしが馬鹿だった……」
「うう、すみませんでしたぁ……」
さすがに反省しているようだ。
「今後二度とこのようなことのないようにぃ……」
まあ二度はないよ。
もうやらせないし。