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ルルシィ・ズ・ウェブログ  作者: イサギの人
第一章 始まりのヴァンフォーレスト編
2/60

◇◆ 1日目 ◇◇

  

 あー、えっと。

 とりあえず、目に映るものを書き連ねていこうかな。

 


 見たこともない種類の木々。緑の絨毯。ゆったりとした民族衣装のようなお洋服を着た人々。盾の飾り。土に刺さった立て看板。丸みを帯びた日本語。【魔光杉の広場】。

 葉に宿るエメラルドの輝き。綺麗。

 それに、かすかな潮の香り。これは見たものじゃないね。


 寮の狭苦しい部屋に閉じ込もっていたわたしの体は、今、木漏れ日の下にありました。

 

 えーっと……

 わたしも19才の大学生だ。さすがに現実と夢の区別くらいはできます。

 多分、できます。

 ……できると、思う。

 自信なくなってきた。

 

 こめかみを押さえて目を閉じて、軽く深呼吸しましょう。

 すー、はー。

 うん、大丈夫、落ち着いている。

 でも自分で考えた中で可能性が一番高いのが、“新作MMOを楽しみにしたあまり気絶したわたしは、ゲームの中に入り込んだような夢を見ている”っていうのが、なんかもう、なんかもう。

 自分に対する信頼のなさ……!


 まあ、ここでぼーっとしてても仕方ない。

 せっかくの明晰夢なら楽しまないのは損よね。

 人の多いほうに歩いていきましょう。

 



 

 広場の中心に近づいていくと、まるで巨大なクリスマスツリーのような茜色に光るスギがありました。

 多分これが魔光杉なのでしょう。

 魔光なのに緑色じゃないなんて、神羅カンパニーに怒られちゃうな。

 しかしこの都、樹冠に覆われている薄暗さを、あちこちの照明でカバーしているんだね。

 ドームみたい。

 雨にはいいけれど、雪が降ったら重みで潰れちゃいそう。

 いや降らない地域なんだろうけどさ。

 でも、木々の間から差し込む光がエンジェルラダーのようで、うわー幻想的だなーってさ。


 これはこれは、いい夢だなーって。

 夢だよなあ……?って(震え声)。

 

 うん、おかしい。

 ちょっと待って。待って。

 待ってください。

 一旦整理しよう。

 


・おかしなところその1。

 この街ね、わたしがスタート地点として設定した深森の都【ヴァンフォーレスト】そっくりなんです。

 そこまではいい。それはわたしの夢ってことで。

 でも街の案内板の作りこみとかすごいのもう。

 触ったらしっかりと木の感触があるし。

 夢ってこんなに五感を鋭敏に刺激されるようなものだっけ。

 偉い人は言いました。

 リアリティ。

 リアリティこそが作品に生命を吹き込むエネルギーであり、リアリティこそがエンターテイメントだと。

 夢がこれほどリアリティに溢れているのなら、世の中の創作物は色あせてしまうね。

 味もみておこう。

 ……しょっぱい。潮風のせいだ。



・おかしなところその2。

 なんかね。

 あえてここまで記述を避けてきたのだけど。

 周りにも同じ境遇っぽい方々がたくさんいらっしゃるんですよね……

 うん……

 大体みんな同じ格好なの。

 それって『666 The Life』で最初から何種類か選べる初期装備ですよね。

 わー、ぐうぜんー。

 ……ええとね。

 それぞれ嘆いたり、現実を受け入れられなかったり、怒鳴り散らしたり、妙にハイテンションではしゃいでたり、唐突に街の案内板を舐めてみたりしてらっしゃるんです。

 なにこのひとたちこわい。

 ……最後のはわたしだった。

 


・おかしなところその3。

 あちこち見回してさ、金属製の看板がぶら下げてあるお店があったから、ちょっと覗いてみたのね。

 なんだか道具屋みたいだったんだけど、それはいいとして。

 ちょっと予感はしていたのよね……

 ピカピカの板に映っていたのは、別人だった。

 銀色の髪。整った顔立ち。

 凛々しい目。とても見目麗しいお姉さま。

 この人どこかで見たことあるなあ、って思えば……

 そうよね、さっきわたしがキャラクリエイトで作ったんだもんね。

 手を持ち上げて頬に当てると、女性の動きも連動していてね。

 ……おわかりいただけただろうか。




「あのー、みなさんー!」


 わたしは頬に手を当てて叫ぶ。

 広場にいた人たちが一斉にこっちを見るけれど、ちょっとなりふり構っていられない。

 もうぱにっくすんぜんなの。

 だれでもいいからおしえて。


「もしかしてここー! ゲームの中の世界ですかねー!?」


 シーン。

 ……。

 広場は一瞬静まり返り、人たちはそれからすぐに先ほどまで行なっていた行動を再開する。

 つまりわたしに答えをくれる人はひとりもいなかった。

 うーむ。

 これが集団心理の傍観者効果ってやつかしら。


「ねえ、どう思う?」

「うおっ!?」


 というわけで、隣にいる人に直接話しかけてみた。

 背の高い【ハーフエルフ】のお兄さん。

 そんなに驚かなくても。


「ゲームの世界かなあ、ここ」

「そ、そうなんじゃねえの? 知らねえけど」

「えー。それじゃあ困るなあ」

「確実なことなんてなんにもわからんでしょーが!」

「確かに」


 うなずく。

 にしてもテンションが高い人ですね、この人。


「よしわかった」


 わたしは手を打つ。


「じゃあここ、ゲームの中の世界ってことにしよう」

「どういうことだ!?」

「だってそのほうが夢があるじゃない?」

「あるけども!」


 うん。同意してくれてありがと。

 そうと決めたら、なんだか楽しくなってきちゃった。


「うふふふ……異世界転生か、VRMMOか、ファンタジー冒険記か……

 まさか、まさかわたしが体験できるなんて……」

「おい大丈夫かよお前!」


 語尾の最後に「w」がついているような口調で心配されても。


「わたしね、ゲームの世界に入るのが子供の頃からの夢だったの……」

「将来が不安になる子供だな!」

「でもそれが叶う日が来るなんて、感無量だわ……

 わたしは今、とっても感動しているの……」

「だったら良かったな!」


 やばい。

 なんかホントに鳥肌が立ってきた。

 ここから始まるのかな、わたしの第二の人生。


「だとしたら、ウカウカしてらんないや。テンション上げていかなくっちゃ!」

「急になんだよ!」

「だってゲームの世界なんだよ! 楽しまなくっちゃ!」

「お、おう! そうだな!」


 わたしは彼の手を取る。

 なんだ。イケメンさんじゃないか。

 長身の彼を見上げて、頭を下げた。


「ありがとうね! 機会があったらまた会いましょう!」

「え、お前、ちょ!」


 わたしは彼を置き去りにして、走り出した。

 ドント・ストップ・ミー・ナウ! 誰もわたしを止められない!

 いやっほう!

 わたしは翼を手に入れたんだー!

  

 



 と、目的があって駆け出したわけじゃないから、すぐに足は止まるわけだけど。

 キャン・ストップ・ミー・ナウでした。

 ま、でもここがゲームの世界なら、最初はやっぱりチュートリアルクエストだよね。

 見たところわたし、何にも持ってないし。

 ぶきやぼうぐはそうびしなければいみがないぞ! 


 と、視界の左端になにやらフワフワしたものが浮いていて。

 指で突くと、うわーメニューが開いたー!

 映画みたい!

 テンションアップ。

 ていうかもう、この世界ってテンションがアップすることしかないんじゃないかと思う。

 常時スーパーハイテンション。それなんてチート?

 ともかく。

 うきうきしながら閲覧スタート。


【装備品】だが武器はナシ。防具はローブにスカート。

【アイテムバッグ】にもなんにもない。

 その他には、【ステータス】【マップ】【ギルド】【フレンドデータ】【スキルリスト】。

 その他にもいくつか見慣れない項目があるけれど、まあ大体お約束ですね。

 幼馴染が朝起こしに来てくれるぐらい大切なお約束です。

 ただし【ログアウト】はない。うん、完全に閉じ込められているね。


 って……

 そうか、閉じ込められているのか……

 って、え、わたし閉じ込められているの?

 ウソ、ホント?

 マジですか。

 

 だったらちょっと話は変わってくるわね……

 まあ、うん、脱出手段はそのうちなにか見つかるでしょう。

 多分。

 その、きっと。

 今気づいたけれど……

 さっきの広場の人たちは、出られないから騒いでたのね……

 




 うん、もう一度落ち着いてよく考えよう。

 ゲームのエンターキーを押したところまでは覚えているんだけれど、そこから先の記憶がない。

 どうやら肉体は別物らしいから……精神だけが引きずり込まれたってこと?

 じゃあ本当の体は一体どこ?


 寮のわたしの部屋で眠っているのかしら。

 やだ、それってめっちゃ無防備じゃないの。

 え、なにちょっとコワイんだけど。

 この世界から出たい……!

 わたしを出して!

 誰か助けてー!


 かくしてわたしも、広場で騒いでいる人たちと同化すると思いきや。

 わたしは頭を抱えた。

 いや、でも、まだちょっと、ちょっとぐらい楽しみたいっ!

 せめて一日、いや二日……

 ええっと、い、一ヶ月ぐらい……?

 ああっ、複雑!

 二律背反!


 うう、出入り自由だったら完全にVRMMO感覚で楽しめるんだけどなあ!

 もう二度と現実世界に戻れないとなると、これは冷静にならざるをえないぞぉ……

 ぽちぽちと不慣れな手つきでメニューを操作。

 まあネトゲのインターフェイスなんて大体似たようなものだし。カンでね。

 運営に問い合わせコールをしてみる。

 けれど、うん、そうだよね。無反応だよね。

 困ったなあ……


 わたしが望んでいたのはもうちょっと都合の良い……

 こう、バイザーをかぶるだけで遊べるVRMMOだったり……

 しっかりと理論の確立した異世界転生であったり……

 こんな、なにが起きたかわからず、漠然とした不安が胸中に広がるようなのじゃないんだよねえ……!(ワガママ)

 人は命の危険がなくなってから、初めて娯楽に手を出せるっていうかさぁ……!

 そういうのわかってほしかったなあ、アーキテクト社さん……!

 はぁ……

 

 

 と、ため息をついてみても、やはり状況は変わらずにね。

 悩んでいたのは5分そこらだったけど。

 もういいんじゃないかな。

 諦めたら全て楽になれる気がしてきた。


 うん。

 いっか。

 もういっか!

 クエストとかしよっかな!

 だって元々一日中『666 The LIFE』やるつもりだったし!?

 ヒュー! 


 わたしはメニューのミニマップに映る光点に、ウキウキと近づいていったのです。

 大体イマドキのネトゲはクエストを発注してくれるNPCに目印をつけていてくれるからね。親切ぅー!

 ……ご想像の通り、わたしは半分以上ヤケになっています。

 




 兵士詰所っぽいところの前に立っていたヒゲさんに「どうもー」って話しかけると、「やあ、きみが新入りの“ルルシィール”だな?」って。

 お、フレンドリーじゃないですかー。

 プレイヤーと違って、名前が頭の上に浮いているからNPCだと思うんだけど。

 でも、なんかもう人間にしか見えないなあ。

 人と見間違うほどの3Dモデルなんて、さすがにまだ開発されてないと思うけど。

 角度を変えても全然不自然に見えないや。すごい。


 うわ、わたしがぼーっとしてたら「どうかしたか?」なんて気遣ってくれるし。

 ホントにNPCですか?

 中の人などいない?

 試しにこの人に悩み打ち明けてみようかな。頼り甲斐ありそうだし。


「あのー。なんかゲームの世界に閉じ込められちゃったみたいなんですけど」


 控えめに聞いたつもりがですね。

 スルーですよスルー。


「どうやったらここから寮に帰れますかね」


 無反応。


「他にもたくさんの人たちが困っているようでして、

 なにとぞお知恵を拝借いたしたいのですがー」


 はい、全スルー。


「おいてめー、きいてんのかごらー」


 シ・カ・ト。

 こ、こいつぅ、ヒゲブチ抜くゾォ……

 人間そっくりなのに、なんて融通が利かないんだ!

 

  

 その後、色々と試してみた結果。

 この人は“いくつかのキーワード”に反応して話すみたいです。

 とりあえずは【ヴァンフォーレスト】とか【魔光杉の広場】とか。

 あとスキルやクエストなんかにもリアクションをくれました。

 うーん、なんてNPCらしいNPCなんだ……

 ……やくたたず(ひどい)。

 

 まあいいや、ひと通り検証したし。

 クエストやろっと。

 最初のクエスト内容は『好きな武器持ってっていいから外で作物を食い荒らす害獣のウサギ倒してこいや下っ端(意訳)』って感じでした。

 完全にパシリですね。わかります。

 詰所の中には様々な武器が、ところ狭しと詰め込まれておりました。


 おー、これアレかー。

 色んな武器種を選べるゲームでお馴染みの、お試し道場的なクエストですねー。

『666』、意外とちゃんとした作り。

 あとはログアウト機能だけほしかったなー!

 それさえあれば完璧なんだけどなー!

 って嘆いても仕方ないね。


 えー、どれにしよっかなー。

 全部木製なのかあ。いかにもって感じだなあ。

 とりあえずお約束、片手で振り回せる剣と盾を持って行くってものでしょう。

【アイテムバッグ】に詰めてー。【装備品】さんにドラッグしてー。

 初めての、バトルだー、うふふー。




 

 方向オンチで有名なわたしですが、10分少々歩くだけであっという間に外に出ることができました。

 ミニマップ超ベンリ!

 ぱぱっとメニューを操作すればね、地図が出てくるの。

 わたしの歩いた場所は全て表示されてゆくの。

 なにこれステキすぎ。

 現実にもあればいいのに……

 

 って、街の外の農園とかを見やるとね。

 おー、いるいる。

 ウサギさんがぴょんぴょん飛び跳ねておるー。

 っていうかね。

 いくらなんでもね。

 チュートリアルクエストだからってわたしたちのことナメすぎでしょー。

 もう((かっこわらい))って感じです。


 木剣持ってウサギを叩いてこいってさ。

 それ完全に弱い者いじめだし。

 冒険者のやることじゃないですし。

 はー、でもしょうがない。

 仕事だからね。

 わたしたち、クエスト依頼主には逆らえないもんでさあ。

 というわけで、いきますよー。


 あっという間に柵の外に出て、あっという間にウサギ発見!

 あっという間に斬りつけて、あっという間にクエストかんりょウ サ ギ T U E E E E E E E ! !



 みんな野生動物を本気でぶっ叩いたことはあるかい?

 フフ、わたしはなかったよ……

 正直ね、ゲームなんだから多少の手心は加えておるであろう、って思ってた節は否めないよ。

 なんとなく木剣を振り回していたら簡単にやっつけられるだろうなー、って。

 いやもう、当たらない当たらない。

 当たったとしてもカス当たりだからダメージすっごいショボいの。

 こんなネトゲってある?

 斬新!


 悪い意味でだよ!!


 



 というわけで、わたしね。

 ガリガリとヒットポイント(以下HP)を削られて、街に逃げ帰ったよ。

 幸い、大人しくしてたらHPが回復する設計で良かった……

 RPGとかと違って、MMORPGっていうのはだいたいじーっとしてればHPとMPが回復していくんだよね。

 これを自然回復って言います。


 でも中には、自動的に回復しないMMOもあってさ。

 ドラ○エ10ね。あれマジびっくりした。

 MMORPGだけど、MMORPGじゃない。納得の作り。

 食事を取っていないから自然回復のスピードが遅いとか、そんなチャチなもんじゃない。

 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったよ……

 いやいや、そんなのはいいとして。

 

 やったね、ルルシィールちゃん! 何度でも挑めるよ!

 おいやめろ。


 ていうかね、武器の見直し。

 カッコつけて剣なんて選んだのが間違いだったわ……

 ダメ、わたしに盾の才能はないよ。

 だって剣振り回していて、左手完全にお留守だったもの。

 いつ盾構えればいいかタイミングもわからないし。


 やられるよりやるだよ。

 ここはもう攻撃力の高そうな【木の大斧】を持っていくよ。

 戦いってのは火力なんだよ!


「ほう、戦斧か。そいつは当てにくいが最も威力が高いぞ」


 知っているよヒゲ!


「なんだったら手伝ってよ!」


 ……。

 またシカトだよ!!


 



 二戦目。

 わたしとウサギの仁義なき戦いが始まる。

 ていうかこのウサギデカいんだよ。腰の辺りまでもある大ウサギ。

 害獣ってレベルじゃない。

 人を襲いそう。

 戦闘モードに移行すると、わたしの手にずっしりとした重さの大斧が……


 っていやいや重い重い重い無理無理これ無理。


 ステータスを覗くと、装備能力値ギリギリだよ!

 くっそう、一体誰がこんな武器を選んだんだ……

 わたしですね、すみません。

 いや、でもですね。

 女には負けるとわかっていてもやらなきゃいけないときが、あるんです。

 それが、今です!

 天に召されるのです、ウサギ。

 星座にはしないけれど、わたしの経験値になってください!

 お前の屍を越えてゆくぅー!

 

 振りかぶったー! ドーン!

 ウサギさん潰れたー! 光が弾けて消えたー!

 勝ったー! 一撃ー!

 

 ヒキコモリのわたしにもできちゃいました。

 なにこれ、難易度ぜんぜん違う。

 すごい、もうわたし一生大斧使うわ!

 エリザベスちゃん(名前をつけた)を離さない!

 さー次、さー次。

 どんどん行っくよー。



 辺りをウロウロしているウサギさんの脳天に斧を叩き落とすだけの簡単なお仕事。

 あっという間に5匹を始末したわたし。

 意気揚々とヒゲさんの元に帰る。

 一体どこで監視していたのかはわからないが、唐突に「でかした!」と褒められました。

 え、この人なに、どこで見てたの。


 いや、でも、クエストをコンプリートです。

 初クエスト達成!

 わたしのログに『complete!!』の文字が踊ります。

 わーいわーい。

 ご褒美は、大斧エリザベスちゃんの上位互換でした。

 早速名づけます。

 エリーゼちゃん(金属)!

 



 

 っていうか、手に入った皮とかの素材を売っている間に、もう夕方。

 あ、素材はアレです。

 ウサギさんが弾けて、その後に場に残っている感じの。

 血とか内蔵とかない感じの。

 うん、R-18じゃない感じのやつです。

 すごい良い。

 こういうところにリアリティ求めてないから、わたし。

 殴った時には血が出るけどね!

 でも気が利くなあ、アーキテクト社さん。

 あとはログアウト機能を入れてもらえたら、すごく良かったんですけどねえ……

 

 とまあ、辺りももう真っ暗。

 森の中だから差し込む光の量が少ないみたい。

 まさしくまっくら森。

 光の中でみえないものが、やみの中にうかんでみえたりはしないけど。

 これ以上はいけない。

 ていうか、これ。

 リアルだったら絶対に明日筋肉痛になるだろうなあ……


 あちこちの外灯にホタルみたいな光が灯っているし。

 テンション上げきった反動で、今もう、我に返ってしまったし。

 お腹すいてきたし……

 うー。


 本来ならば作り置きのカレーがあったはずなのに……

 露天には美味しそうなご飯がいっぱい並んで。

 思わず指をくわえて見ちゃいます。

 でもなあ。

 お金って大事、だよねえ……?

 

 


・唐突に始まります、ルルシィさんのMMORPGの金銭事情講座。

 

 MMORPGはゲームによって、金銭の扱いが全然違う。

 それは一言で言えば、運営の設定次第なんだけど。


 強力な装備は受け渡し不可能なレアドロップだけ。店売りでお金を使うところなんてほぼありません、っていうMMOは、当然金銭の価値も低い。


 逆に、なにをするのにもお金がかかったり、べらぼうに高い価値のある品が売られているMMO(例えばお城とか船とか)は、金銭の価値が高い。


 合成職人が力を持っているMMOも、金銭の価値は高い傾向にあるね。

 合成品が高いってことは、それだけ冒険者が欲しがっている、ってことだからね。

 価格競争、価格競争。

 

 他にもー、MMOが円熟期を迎えてゆくにつれて、お金は価値を失ってゆくね。

 もうみんな大体のものを持っているから、そんなにほしいものはない。

 それでもほしいものは、取り合いになっちゃう。

 需要と供給のバランスが崩れる。

 いわゆるインフレ状態。


 ま、よっぽどゲーム運営会社が効果的な集金方法を実施しない限り、インフレは必然です。

 ネットゲームってそういうもの。

 集金って言ってもリアルマネーじゃないよ? ゲームの中のお金ね?

 

 例えばそうね。

 集金方法といったら、武器防具耐久値なんかもそうね。

 装備品が壊れたら新しいのを買わなくちゃいけない。

 直すのに素材、アイアンインゴットとかを使うとなれば、それを買うためにお金を使わなきゃいけない。

 つまり、冒険者はその日の稼ぎの一部を装備の修理代金に当てなきゃいけない。

 武器防具を使わない冒険者なんていないからね。

 これで冒険者はその日のお金稼ぎの何%かを、運営会社に吸い取られちゃうわけだ。


 これがゲーム内集金方法の一部。

 他にも土地や物件の維持費、競売税金、日々の宿代、イベント参加費……etc。

 あの手この手で、運営会社はインフレ化を阻止しようとしています。


 これがスムーズに、プレイヤーの反感を買わずにできている会社は、優良かどうかはともかく、上手な運営会社って言えるね。

 消耗品の店売り高騰化……なんかはちょっと露骨すぎだけどね。


 で、今回のこの『666』はどうか。

 ゲーム開始時のMMORPGは、そりゃお金はすごい大事です。

 なんたって、店売り商品でもなんでも、需要がMAXでスタートするからね。

 供給MAX、需要MAX。


 さてどうなるか。

 資本主義のスタートです。

 貧乏人が弱者ってわけではないけれど。

 お金を持っている人が強者なのは間違いない。


 ゲームスタート時点でお金をたくさん持っている人は、さらにたくさんのお金を稼ぐことができるようになります。

 そういうものなんです、MMORPGって。


 そりゃ冒険者なら一攫千金を目指したいものだけど。

 資金では、合成職人には絶対に勝てません。

 だって一攫千金のレアアイテムのドロップ品を買う人は、その商人さんなんだから。


 って、話題がだいぶ逸れちゃったね。

 ごめんなさい。

 とにかく、現時点お金はすごく大事ってことで。

 はい、日記に戻りましょー。




 と、ゆーわけで。

 露天で買った一番安いサンドイッチとウォーターボトル(水です)。

 それで飢えをしのいでいる子がここにひとり。

 うう……

 味も薄いし、ひもじい……

 もうちょっと贅沢すればよかったかなあ……

 でも他にもほしいものがあったし、しょうがないね。

 

 ババーン、こちらです。

 日記帳と、ペン!

 つまり、今書いているコレのことです。

 文章を書いていると……フフ……

 心が休まるよね……

 自分のことを客観的に見れる、っていうかさ。

 

 うわ、痛々しいこの子……って。

 あとから見直して思うこともあるけれど……!

 

 もしかしたら、こんなことをしている場合じゃないのかもしれないけど。

 ていうかその可能性は多分にあるけれど。

 いいんだ、いいんだ。

 もはや職業病みたいなものだから……

 一ブロガーとして……

 作家志望! として。

 いずれネタになると思えば……


 あーうれしいなー!

 書くこといっぱいあってうれしいなー!

 ちくしょー、おなかへったようー。

 

 



 で、今ココ。

 とりあえず泊まるところを探しにね。

 あちこちを練り歩きます。

 看板だけじゃ何のお店かわからないから、手当たり次第に扉を開けてみたりね?


「すみませーん、宿屋ですかー?」


 違うようです。


「失礼しましたー」


 トライ&エラー。

 うん。

 効率が悪いよ!

 知ってた。

 



 

 ていうか…… 

 最初から案内板で調べればよかった……

 と、気づいたのは夜も更けてからでした。

 ヒゲの人に案内してもらえないかと結構粘ってたからね!

 あんの役立たず(ひどい)。


 で、人だかりの多いところが居住区だったようで。

 はー、やっぱり人の多いところって安心する。

 これでわたしがおびただしいほどの血が滴った戦斧を引きずっていたら、完全にホラーになっちゃうけどね。

『666』がZ区分じゃなくてよかった……

 ほっといたら服とかについた血も消えちゃうし。


 ていうか、そんないらない心配している場合じゃなくて。

 なんだろう、雰囲気が暗いなあ。


 立ち聞きするつもりはないけど、プレイヤー同士の話し声が聞こえてくる。


「どうやら開発者のひとりが狂人でさ……」

            「死ぬまでこのMMOに閉じ込められるんだってよ……」

     「もう二度と戻れないのかなあ……」

                 「脳が侵されて壊されるんだ……」


 く、暗すぎる……

 な、なんでなの。

 ここみんな憧れのゲームの中の世界なのに。

 ていうか、悲観的じゃないわたしがおかしいのかな……

 それともまだ現実味がないだけなんだろうか。


 後輩にも「先輩はいつも無駄に前向きですよね」って言われていたからなあ。

 こんなときにも日記に、MMORPGの金銭事情とか書いちゃってたし。

 まあ、でも。

 マイペースって悪いことじゃないよね?

 ない、よね……?

 うわあ、隅っこにうずくまって泣いちゃっている女の子とかいるし。


 って。

 ……もしかしてとは思うけど。


「ねえ、キミ」

「……」


 わたしは屈んで目線を合わせる。

 黒髪の少女はええと、【ヒューマン】の子かな。

 特に特徴がないから、そう思い込む。

 お姫様なりたがり病のあの子なら、いかにも選びそうな種族だ。

 声をかける。


「……瑞穂?」

「…………え?」


 しゃくりあげながら、少女は首を傾げて。

 違う。

 ……うん、あの子はこんなタマじゃないよな。


「ごめん、人違いだったみたい」

「……あ、はい」


 かすれ声だからわかりにくいけれど、やっぱり後輩の声じゃなかった。

 このゲーム、ボイスチャット必須だから必ずみんなインカムをつけているはずなんだよね。

 だからとりあえず、声を聞けば聞き分けられるんだけどさ。

 

「あの、えと……?」


 わたしが動かないでいると、少女は赤い目をこすりながら疑問の声。

 うん、まあ。

 さすがにこの子をひとりにしてどこかに行くっていうのはね。

 わたしは穏やかな声をかける。


「大丈夫。なんとかなるって」

「え……?」

「大丈夫大丈夫。だからほら、泣かないで」


 少女は呆気にとられたようにわたしを見つめていて。

 唇を尖らせた。


「……そんな、無責任です」


 あらまあ。

 ご立腹のご様子。

 別に適当に言っているわけじゃないんだけどなあ。

 ほら、案外『666』ってゲームバランスしっかりしてそうだし。

 って言っても納得してくれなさそう。

 よしよし。

 頭を撫でてみる。あ、払いのけられた。


「……私、こういう物語、見たことあるんです……

 みんな、モンスターに殺されちゃうんです……

 デスゲームっていうんですよ、こういうの……」


 じわっと少女の瞳に涙が浮かぶ。

 いやいや、そんな物騒な。

 まだ殺されたらホントに死んじゃうとは限らないでしょー。


「案外どこかで復活できるシステムになっているんじゃないかなー」


 そんなこと言ったらわたし、さっきウサギに殺されるところだったよ。

 早速脱落するところだったよ。

 ……え? マジで?

 ……めっちゃ怖い!


 わたしが人知れず恐怖していると。

 少女は赤い目を釣り上げる。


「希望をもたせるようなことは言わないでください……!」


 えー。


「だめかなあ、希望」

「……なんなんですか、あなたホントに……」


 膝をぎゅっと抱えてこちらを睨む女の子。

 うーん、どっかいけ、って言われているみたい。

 行かないけど(あまのじゃく)。


「ちなみにそのデスゲームってさ、結局どうなっちゃうの? みんな死んじゃうの?」

「……いえ」


 少女は力なく首を振る。

 あんまり言いたくないっぽい。

 不安そうにぼそぼそと。


「確か、主人公がクリアして……それで、他のみんなも助かったけど……

 でも、三分の一ぐらいの人は死んじゃって……」


 へー。

 

「なんだ、じゃあ良いじゃない」

「え?」


 彼女は呆気にとられて、それから眉をひそめた。


「……あなたが、クリアするんですか?」

「え、なんで?」

「え?」


 さらに聞き返してくる少女。

 うん、話が食い違っているね。

 言い直そう。


「主人公は死なない。そうでしょ?」

「……そりゃあ、死んじゃったらお話が終わっちゃいますし」

「はは、じゃあキミも大丈夫だよ。だってキミはキミの物語の主人公でしょ?」

「いや、そんな」


 少女は反射的に抗弁しようとして、一旦言葉を飲み込んだ。

 今度は不安げな口調で。


「……でも私は、チートな能力とか、私TUEEとかできませんし……」

「そこはまあ、頑張るしかないよね」

「……この世界、ご都合主義じゃなさそうですし……」

「与えられた困難に不安をあれこれ言うのって、不毛じゃないかな」


 これはわたし、自分自身にも言い聞かせているみたい。


「……うぅぅ」


 少女は頭を抱えてうなる。


「まさかホントに、ですか。私がそんな……ずっと現実でも脇役一直線だった私が……?」

「うんうん」

「趣味はゲームで、取り柄もなにもない私が、世界を救うんですか……?

 その日が来てしまったということですか……?」


 己に問いかける少女。

 ……結構変わっているな、この子も。

 だけどね、もう泣いてはいないようだったよ。


「表舞台に立つチャンスじゃない」


 笑うわたしに、ジト目の少女。


「私をそそのかしてどうしようっていうんですか」

「そんなつもりじゃないってば、ただ、まあ」

「なんですか」

「んー……」


 苦笑いをしながら、女の子の頭を撫でる。

 今度は嫌がられなかった。可愛い。


「……なんなんですか、もう」


“泣いている女の子を放っておけなくて”とか。

 さすがにちょっとキザすぎるかな、ってさ。

 

 



 その後、女の子はわたしにあっかんべーをして去っていきました。

 あー、良ければフレンド登録をしておきたかったんだけどなあ。

 タイミング逃しちゃった。

 ま、元気になってくれたから良かった良かった。

 さて、と。

 わたしも元気出しましょっかー。

 立ち上がり、広場に集まっている数十名のプレイヤーに向かって思いっきり叫んでみる。


瑞穂みずほー! いるー!? いたら返事しなさーい!」


 人々の目がわたしを見る。

 うっ、気まずい……

 いないのかっ、ホントにいないのかっ。

 うん、よしいない。いやいやよくないよくない。

 ちくしょーめー。

 その場で五秒だけ数えて待ってから、わたしは居住区に飛び込んだ。


 大丈夫大丈夫。あの子だってゲームは慣れているんだ。

 上手くやっているに決まっているよ。

 多分……

 し、信じることが一番大事……!

 


 居住区にインし、視界がブラックアウトした直後。

 わたしは広い部屋の中に立っていた。

 ひとり一室が与えられるプライベートルーム制みたいだ。

 ここなら安全に寝泊まりできるみたい。

 共同宿屋じゃなくて良かったなー。

 

 っていうか広っ!

 わたしの寮の三倍ぐらいあるじゃない!

 っていうかガラガラっ! 家具とかなんにもないんですけど!

 地べたで寝ろと言うのか……


 あ、でも奥にシャワールームがあるのは良いな。

 なんでそんな作りこみがMMOに必要なのかはわからないけど……

 VRMMOになることを見越しての設計?

 ナイナイ、ナイ。


 うーん、しかしトイレもない。

 ということは、この世界にいる限りそういうのはない、のかな?

 かれこれ6時間ぐらいいるけれど、お花摘みにいきたい、とかまったくないし。

 お水も飲んだのに。

 不思議。

 

 わたしは床にごろりと転がる。

 もしかしてこのまま目を閉じて、起きたら寮のベッドにいたりするのかな。

 だとしたら、ここまで書いた日記がもったいない。

 ……うん、そんなことを心配する程度だから、わたしはホントにお気楽人間よね。

 とゆーわけで、初日終了。

 

 わたしの冒険はまだまだ続く。

 

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