◇◆ 13日目 ◇★
揺れない大地に着地すると、ものすっごい安心感に胸の中が満たされるようだ……
いい、地面っていい……
あたち将来は地面さんのお嫁さんになりゅー…!
とゆーわけで(真顔)。
わたしとモモはダグリアにやってきた。
ディティールは、中東のお城と城下町のようだ。
刀使いがいたから、てっきり和風の街かと思ったんだけどなー。
あちらこちらに大理石のような綺麗な石材が使われており、町並みは雑多ながらも上品な印象を受けちゃう。
海風とスパイスの匂いが入り交じって、一種独特な雰囲気です。
それにしても暑い。わたしは外套を脱いで身軽な旅姿になる。
そうか、ヴァンフォーレストの気候が安定していたから気にしなかったけど、暑いとか寒いとかそういうのちゃんとあるんだね……
わたしはどちらかというと寒がりです。
暑いのは結構平気。
北国への旅は考えないといけないな…
さーて、本来の目的地は大使館だけど、それはシスとルビアが来てからでもいいかな。
「よしモモちゃん、探検しよう!」
わたしは大人気なくはしゃぐ。
だって新しい街だし!
「新しい素材! 新しい装備!
新しいごはんに新しいクエスト!
うっふっふー! 全てがまだ見ぬ神世界!
イッツァニューワールド! ヒャッホーイ!」
とひとしきり盛り上がったところで気づく。
モモちゃん完全に引いてます……
「な、なーんてね!」
って言えばごまかせると思ったらわたしの大間違いだ。
しかしモモはくすくすと微笑んでいた。
「なんかおねえさん、クラスの男子みたい。そういうトコもあるんだ」
うっ。精神年齢、中学生男子扱いですか。
否定できかねる……
「うん、行こ。おねえさん」
娘に諭される父親ってこんな気分なのかな、って思いつつ。
「行こう行こう、モモちゃん」
わたしはデート気分で少女の小さな手を取った。
新たな街に来て、あなただったら何をしますか?
クエスト? 観光? それともお偉い人への挨拶とか、その土地の名産に舌鼓を打つなんてのもいいね。
しかし、わたしはもちろん装備屋巡りです!
モモちゃん引き連れいざショッピング!
「たのもー!」
女将! メニューを持て!
と、販売リストを見て一驚。もとい一興。
「ちょ、ここオリエンタル装束売っているよ!」
ベリーダンスの衣装みたいなやつ!
腕装備はキラキラの腕輪だし、とってもステキ!
「モモちゃん、モモちゃんちょっと着てみて!」
細い肩を掴んでフィッティングルームに押しこむ。
「え、えー!?」
いいからいいから。
「絶対似合うから! ね!」
勢いに押されて、モモは言う通りにしてくれた。
しばらく待って、カーテンが開く。
「え、えと、これでいい?」
そこにいたのは、だぼだぼのローブなどではなく……
ブラジャー風のトップスに、ひらひらのロングスカートを履いて顔を赤らめる褐色美少女。
わたしの脳に電光が走った瞬間である。
「買った! モモちゃんはこれからずっとそれで!」
即断即決する。
拳を握るわたしの前で胸を押さえて頬染めるモモ。
「えあー!? こんなの恥ずかしいよー!」
「大丈夫、防御力も高いから!」
なにが大丈夫かはわたしもわかりませんが。
「む、ムリムリ、ムリだってば……」
鏡の前で何度も自分の姿を確認するモモ。
なにー! そんなに似合っているのに……
「じゃ、じゃあわたしも着るから! ね!?」
「な、なんでそんなに必死なのー?」
なんでだろう……
「しいて言うなら、目の保養に、かな……」
「……うう……」
引いてる引いてる。
でもそれがちょっと楽しくなってきたよお姉さん。
「よし、じゃあ2セットいただこう!」
わたしはメニューから色違いのオリエンタル装束を購入する。
モモちゃんはライムグリーン。わたしはライトパープルだ。
「えあー!」
叫びながらわたしを止めようとするも、遅い。
へっへーん、もう買っちゃったもんね!
羞恥に顔を赤らめながらフェロモンたっぷりの衣装を着る美少女……
これだけで船旅の疲れが吹っ飛ぶね……うふふふふふふ……
というわけでわたしも着替えて、ふたりでお外に出る。
燦々と照りつける太陽の下。
うん、すっごいスースーする……
チョット正気に戻っちゃった。
わたしは目を伏せながらつぶやく。
「モモちゃん……これ、恥ずかしいね」
「そう言ったでしょー……」
控えめに怒られた。
すみません。
ちゃんとした衣装に着替え直して、改めて街を探索。
この装束はあとでルビアにあげよう(ご機嫌取りに)。
なにげにヴァンフォーレストから船に乗って旅してきたのはわたしたちが初めてだったようだ。
船員が「初めてのお客さんだな」とか言ってたし。
それでもちらほらとプレイヤーキャラの姿が見えるのは、陸路で旅してきた人たちなのかなー。
もしかしたら他のスタート地点の街とも道が繋がっているのかもね。
しかし、となると周辺の敵はどのぐらいなのかなあ。
モモちゃんには強い相手なのかもしれないなあ。
武器屋も覗いてみたんだけどね。
扱っているのは曲刀、短剣、珍しいところだとカタールなんかもあったんだけど、武器の性能的にはヴァンフォーレストと大差なかったんだよねー。
もしかしたら店売りの装備は、オフラインRPGにありがちな“遠くの街ほどいいものが売っている”っていうのが通用しないのかも。
最低限以上の装備は、作るかレアドロップ品を狙うしかないってことかな。
ううむ、ますますWikiがほしいね……
先ほどからモモちゃんは、物珍しそうに辺りを眺めながら、クエスト発行者を探すわたしの後ろをついてきている。
「なんだか外国に来たみたい」
アラビア風の町並みに、NPCは肌の黒い男たち。
この世界の言葉は“なまり”はあれど、全世界共通のようだ。
まあ話してみると、外国の人が日本語を達者に扱っているような違和感があるけどね。
「これがゲームの世界だなんて、不思議ー……」
「どう、なんだかワクワクしてこない?」
尋ねてみると、はにかむ。
「えへへ、そうかも……」
ヴァンフォーレストを離れて、ちょっとは明るくなってくれたかな?
洋上では黒パンと果実が出されたが、船酔いのせいでロクに口にすることができなかった。
だからわたしたちは宿屋の食堂にインするよ。
露天と違ってこういうところはしっかりしたごはんを出してくれるんだよねー。
その分値段も張るけど、まだ稼ぎは残ってます。
お昼時、この街の住人たちも集まってきて、あちこちで食事を取っている。
テーブルの上に乗っている料理は、どれもこれも美味しそう!
わたしたちも着席し、メニュー画面から料理欄を眺める。
「ねー、モモちゃんはなにか食べたいものとかあるー?」
「え、えと……モモは、なんでも……」
先ほどからオゴられっぱなしだからか、ちょっと恐縮しているみたい。
なら、手を合わせて片目を瞑る。
「じゃあさー、実は……ど~~しても食べたい料理がいくつかあるんだけど、
ひとりじゃ食べきれなくてさ、お願い、手伝ってくれる?」
フフフ、これは相手が断りにくいオトナのテクニック……
ただしものすごい食いしん坊に思われてしまうことがあるのが難点……!
違わないけどな……!
答えも待たずに、メニューからパッパッと料理を頼む。
ゴールドブルームのオリーブステーキ。ダグリア豆のコロッケ。
さらに挽き肉詰めのチーズパイなんかも。
あ、あとヨーグルトドリンクってのもふーたつー。ウフフ、オッケー☆
完全にウキウキしているわたしですが、これは演技です。
モモちゃんに信じこませるためにね。いやー演技辛いわー。
間もなく湯気立つお皿が運ばれてきた。
アイコンから呼び出すのもお弁当っぽくていいけど、たまには普通に食べたいからね!
「わ、わー! おいしそう!」
これにはモモちゃんも大喜び。
わたしもヨダレも抑え切れない。
新たな土地の料理は、香辛料をたっぷり使っているのか単体で食べると舌がピリピリしたものの、
それがまた甘い飲み物とよく合って、結果的にはほど良いスパイシーさ!
「えあー、からーいー!」
モモは顔を真っ赤にして舌を出す。
「でもおいしいー!」
「ほら、このパイ、アツアツでサクサクで美味しいののなんの」
わたしたちは顔を真っ赤にしながら笑い合う。
「こっちのお魚も、プリプリしているのにすごく柔らかい!」
という風な、食べ物系ブログへの露骨な転身。
これでアクセス数が稼げる!?
まあ閉じ込められているから、ブログは更新できないんですけどね。
うん、知ってた。
いつか現実に戻ったときのためにしっかりしっかり覚えておきましょう、ネタの宝庫。
食後の散歩代わりに、ダグリアの街を北から南まで縦断する。
街についたらすることその2。
受けられるクエストを片っ端から受けて、その中でできそうなものをチョイスしてゆくのです。
「はー、みんな困ってるんだなあー」
素直な感想のモモ。
「誰かが困っていないとわたしたちの仕事がないからねー」
「そっか。ホントは冒険者なんていない世の中が一番イイんだね……」
いやそうだけど。そんな極端な。ゲームとして成り立たないし。
「もっと世界が優しくなればいいのに……」
あっ、これ、ちょっとした中二病だ!
数時間かけて街の表面をなぞり、簡単そうなクエストを集めてきました。
あ、内政とか水不足とか砂漠を荒らす盗賊団とか宰相の強権とかヴァンフォーレストとの貿易摩擦とか、そういう噂話はいらないよね。
NPCの台詞コピペするだけになっちゃうし。
詳しくは『666』をDLして一緒に閉じ込められてください(酷)。
「モモちゃんはなにかやりたいものある?」
「やりたいものっていうか、これ、みんな頼まれたものなんだよね?
全部やってあげないとあの人たち、困っちゃうんじゃ……」
えっと……
それはー、説明が難しいな……
「そもそも、NPCっていうのはね、モモちゃん」
わたしは最初から解説することにした。
「彼らは生きていないのです。コンピュータなんです。
自動販売機と一緒。なのでクエストも来る人みんなに発行しているのだよ!」
な、ナンダッテー!
衝撃の事実発覚、である。
お手紙を届けてくださいのクエストは、同じお手紙を同じ人物の元に何百通も届けていることに……
これちょっとしたホラーですよ奥さん。
大体、「お腹が減った」という依頼にお肉を持って行くのだって、それがゾンビの落とした腐ったお肉でも達成できたりするからね。
マジ極悪。さすがに『666』ではやらないけど。
「んー、でも……」
モモは首をひねる。
「やっぱり、約束を守らないのはよくないんじゃ」
確かにその通りなんだけど、でも実際ホントに困っているわけじゃないから……
いや、よそう。
これがゲームに染まりきってしまったわたしが忘れてしまった大事なココロなんだ。
「んんん……よしわかったモモちゃん。こうしよう。
今受けたクエストは全部やり遂げよう。ただしキミがね!」
ズバーンと指を差す。
「えええっ!」
「ダグリアの街はキミに託す! さあ、まずなにからやりますか、モモ隊長!」
「えええ~……」
これまでの経験上、モモちゃんはかなり押しに弱い。
いや、わたし相手だからかもしれないけど。
別に自惚れているわけじゃないよ? 年上ってことで。
「うぅ~~~~ん……」
クエストメニューをポチポチといじるモモ。
彼女は悩んだ挙句、ひとつのクエストをチョイスした。
「なになに……“病気で困っている娘のために、お薬を持ってきておくれ”、てやつね」
「うん……やっぱり、可哀想だから。それに、わたしでもできるかな、って」
「いいね、人助け。やっぱそういう動機で生きていきたいよね」
他人を蹴落としたり、自分の利益のために誰かを犠牲にしたり、そういうのはよくわかんないよね。
もっと楽しくやれればいいのにさ、みんな。
クエストで要求されているのは【お薬】。
でもなんでもいいってわけじゃないみたい。
そら、毒消し持ってって完了、ってわけにもいかないからね。
とりあえずモモの持っていた水薬はどれも受け取ってくれなかったらしく。
「キイロとかミドリのお薬じゃないとだめなのかなあ……」
アイテム欄を漁りながらつぶやくモモ。
「色の種類で効果が違うの?」
「うん。アオとアカが一番簡単だけど、スキルがあがると回復量が効果があがるみたいで、ええと」
ポン、とモモはアイテムバッグから一冊の本を取り出す。
クラフター《薬師》の教本のようだ。
ペラペラとページをめくる。
「滋養強壮に効くのは、【キイロの塗薬】。
でも病気を治癒するのは、【ミドリの水薬】みたいだし……」
モモちゃんの肩越しに本を覗きこむ。
ふむふむ。薬液の色が大事なのね。
彩度と明度があがって、純粋な色に近づけば近づくほど効果もあがる、か。
スキル値がキモだったらどうしようもないなあ。
閉じ込められた日から延々とクラフトワークスを強要されてきたモモちゃんが作れなかったら、
多分『666』でクリアできる人どこにもいないんじゃないかな……
ま、それはさておき。
悩むモモちゃんに軽く言う。
「じゃあふたつとも作ってみようよ」
「うん、でも……材料が」
あ、そうだね。
じゃあまずはそこから始めようよ。
・【キイロの塗薬】の材料は、【ベベルの根っこ】、【オラデルの大葉】、それに【イエローパウダー】。
・【ミドリの水薬】の材料は、【洞窟蛇の神経毒】、【バルーンフィッシュ】、そして【グリーンエキス】。
ギルドを巡ってそのうちの4つは用意することができました。
バルーンフィッシュなんて、わたしとモモが釣った魚だったしね。
ただし残りが問題。
「オラデルの大葉と洞窟蛇の神経毒、かあ。ちょうどよく一種類ずつ足りないもんなあ」
「確か、教科書に分布地も……」
おっと、そいつはありがたい。
「葉っぱは、えっと、この辺りでも採れるところがある、みたいかな」
サバイバル系スキル《採取》上達のチャンスか……
スキル値はもちろんゼロです。
お花摘みは卒業しちゃってて……
「でも、洞窟蛇は載ってない……」
モモちゃんはしょんぼりする。
「きっと洞窟にいる蛇なんだろうね」
あまりにも当たり前のことをしたり顔で発言してみる。
めっちゃ馬鹿っぽい……
モモは「多分……」と消極的な同意。
憂い顔も可愛いです。
本日の寝床を確保してから探検に向かうことに。居住区よーし。
モモちゃんのプライベートルームはギルドの人たちに占拠されているそうなので、
わたしが自室に先に入って入室許可を設定してから彼女を招き入れる。
一応、他の街だから勝手には入ってこれないと思うんだけど、まあ念のため。
「おじゃましまーす……」と部屋に入ってくるモモ。
ふ、ふたりっきりの密室空間!
とはいえ、わたしクラスの淑女になるとこの程度のアクシデントなんともないけどね。
焼けた太もも……首筋……
ハッ、いえいえ、なんでもありませんよ。
「自分の部屋だと思ってくつろいでね!」
なんと内装はヴァンフォーレストのわたしの部屋とまったく同じだ。
一体どういう魔術で繋がっているのか。(ただのサーバーの都合です)
わたし用のベッドの他、ルビアが使っていた毛布も部屋の隅に畳まれております。
クエストの報酬をもらうたびに少しずつ家具を増やしているため、
今はテーブル、ベッド、姿見の他、チェストやドレッサー(一番安いやつ)などもあり、
なんとか人の生活する部屋に見えるはず。……はず。
「わあ……おねえさんの部屋、綺麗だね」
ほらぁ!
「モモの部屋、なんにもないから……」
ふ、不憫……
なんだこの子、姉たちにいびられる常夏のシンデレラか……
思わず頭を撫でてしまう。
「心配しないで、モモちゃん。ここにはわたししかいないからね」
「おねえさん……」
モモちゃんはわたしの手を両手で握って、さすさすしている。
まるで親にじゃれる子猫のようで……
うっ、可愛い……
そういういじらしい態度に弱いのよ、わたし……
しかしきょうはここに泊まるとして、どうしようかな。
ベッドはモモちゃんに使ってもらって、わたしは床で寝ようかしら。
モモは隅っこに置いてあった毛布を見つめて。
「あ、これ、ギルドの人の……?」
「そうそう。前に話したルビアのね」
その言葉を聞いたモモはなぜだかほんのりと頬を膨らませた……ように見えた。
んー?
「……おねえさんって、ベッドに寝ているんだよね」
そうだけどー?
モモちゃんは指を絡ませながら、わたしに上目遣いを向けて。
「あ、あの……モモ、きょうはベッドで一緒に寝ても……いい、かな?」
お、おー……
いや、モモちゃんがいいならわたしは別にいいんだけど……
……ルビアの使っていたお布団、嫌なのかしら。
まだ会ったこともないっていうのに、
あの子の同性に嫌われる力は、相変わらずの威力ね……




