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ルルシィ・ズ・ウェブログ  作者: イサギの人
第二章 折衝のダグリア編
17/60

◇◆ 12日目 ◇◇★

 

 甲板から、船の売店で売っていた【釣竿】の糸を垂らす。

 海風が気持ちいいなー……


 大航海時代をモチーフに作られたであろう帆船の上では、多くの乗務員が忙しそうに働いていた。

 海面では見たこともない魚やシーサーペントのような海モンスターが時折バチャバチャと顔を出すよ。うん、ビビる。


 どこからか聞こえてくるのは何の鳴き声だろう。

 こんな陸地から離れた場所に、まさか海鳥なんていないだろうし。


 というわけで、はい。

 わたしがただ今リポートしていますのは、ヴァンフォーレストとダグリアを繋ぐ海路、【トコレ海】でございます。

 

 ちなみに乗船しているプレイヤーキャラは、まだ誰も免状を取得していないのか、わたしとモモちゃんだけである。


 コールが届く。見なくてもわかる。またルビアだ。

 もう説教は嫌だ……

 しばらく無視していたら、今度は文章チャットが届いた。

 ログを見やる。


『殺(^-^)ニコ殺(^-^)ニコ殺(^-^)ニコ殺(^-^)ニコ殺(^-^)ニコ』


 そっ閉じ。

 その後も、バリエーション豊かな怒りの顔文字がドンドン送られてくる。

 あの子はいつからヤンデレに。




 今度はわたしからコールをかける。


「ハロー」


 少し遅れて、返事。


『待っててくれ。こちらからすぐにかけ直す』


 アイシー。

 数分後、コールを受け取る。


『すまん、ルビアさんがヒステリーを起こしていた。

 どうして自分がかけても出ないのに僕にはかかってくるんだ、ってな』


 本当にすまん……


「改めて説明させてもらってもいいでしょうか……」


 どうぞ、と促されて、わたしは昨日の出来事を洗いざらい語る。

 イオリオはツッコミをすることなく聞いてくれた。


『なるほど、船に乗ったのはそういうわけか。タイミングが悪かったな』


 優しい!

 わたしを非難しないなんて!


『しかし、となるとどうする?』 

「そのことなんだけど……」


 他のギルドと揉め事を起こしたけれど、わたしは自分が間違っているとは思えない。

 いや、まあルビアに言わせるなら「他にやり方もあったでしょぅ……」だろうが……


 とにかく。

 右も左もわからない女の子を、私利私欲のために奴隷として扱うやつらなんて、

 こんなステキな世界で遊ぶ資格はないと思う。

 とはいえ、粛清よりも必要なのはモモちゃんの解放だ。


「わたしはあっちのギルドマスターと直接話し合いたいと思う。

 こんなことを看過するわけにはいかないよ」


 ふむぅ、と唸り声。


『そういった人種が対話に応じるかな。

 より面倒な事態を引き起こすかもしれんぞ』


 さすが冷静王イオリオ……

 そうかもしれない。でも。


「ギルドの脱退にはマスター、あるいは副マスターの許可が必要だわ」


 そう、このシステム。『666』の中でも特別非常識なものだと思います。

 脱退ムズすぎwww修正されるねwwwって感じ。


 っていうかそもそも、マスターが長期間ログインしなかったらどうするつもりなの……

『666』が元々VRMMOとして作られていたのではないか、という根拠を補強する材料のひとつなわけだけど……

 まあ今はその話は置いといて。

 モモちゃんのことのが大事。


「正当な手続きを踏みたいの。

 モモや、同じように囚えられている子たちがいるなら、その子たちも解放してあげたい。

 こんなことで、遺恨を残したくないんだ」


 揺れる髪を抑えながら告げる。

 しばらく経ってから、返事があった。


『わかった。やれるだけのことはしよう、マスター』

「……イオリオ」


 まだ十日足らずの付き合いだというのに、わたしはイオリオに全幅の信頼を置いている自分に気づく。

 シスは素直で良い子だし、後輩とは高校からの仲だ。

 だがイオリオに対する感情はそのふたりとはまた違う。


 なんと言ったらいいか、わからないけれど。


「ありがとうイオリオ」


 囁くように感謝する。


『いいさ。マスターに付いていこうと思ったのは僕だ』


 こ、こいつかっこいいな……

 天然のタラシかぁ?


「じゃあこれからもその調子でよろしくね、副マスター!」


 向こう側で噴き出す声がした。


『僕が副マスター?』


 確認されているようだ。


『うおマジだ。いつの間に……』 


 イオリオを引っ掛けることができて、わたしはニンマリした。

 昨日モモちゃんに会う前に、こっそりと手続きをしておいたのだ。


『元々の友達だったんだろうから、ルビアさんでいいんじゃないか……』


 は?

 今、本気で仰りました?


「 ル ビ ア が そ ん な 器 だ と で も 思 っ て い る の ? 」


 わたしの問いに、イオリオは語らず。

 沈黙は金ですね。わかります。

 




「あ、お、おはよー……」


 この洋上でわたしに声をかける人は、ひとりしかいない。


「やあ、モモちゃん」


 竿を持ったまま手を振る。

 虫が嫌いなわたしはルアーをつけているが、さっきから一向にヒットしない。

 きっと餌が違うのだろう。

 不毛だ……


「あの、えっと」


 彼女はもじもじとして、わたしとの微妙な距離感を保っている……

 えっと、あのですね……

 実はわたし、まだあの王子様発言を撤回していないんですよね……

 なんか否定すると逆に真実味を帯びちゃうんじゃないかと思ってね……


 燦々とした太陽の下だと、モモの焼けた肌はさらに美しく見える。

 金髪もキラキラ輝いて。いいなあ、褐色ロリっ子。わたし好きだなあ。

 って違う違う。誤解解かないと。


「えーと、モモちゃんや」


 なるべく動揺させまいと、のんびりと話しかける。


「はっ、はい!」


 無駄な努力だったようだ……

 声を裏返らせたモモちゃんの様子を見て、ふと思う。

 今はわたしが彼女を誘拐したという形になっているけど、もしそれを嘘だとバラしたら、彼女はどう思うんだろう。

 内向的っぽいモモちゃんの性格を考えると、気にするのは間違いない。

 もしかしたら自分を責めるかもしれない。


 となるとやはり、ここはわたしがヘンタイで加害者だと思わせておいたほうがいいのか……

 モモちゃんに気付かれないようため息をつく。


「こっちにきて、一緒に釣りでもしようか。他にやることなさそうだし」


 わたしの申し出に、モモちゃんは恐る恐るうなずいてくれた。

 なんだか、ふたりの関係がまたゼロから始まったみたいな感じがする。

 トホホ。

 

 

 新たな竿とわたしの苦手ではない系統の餌(エビのむき身とか、魚の切り身とかそういうの)を購入し、並んで糸を垂らす。

 空も海も青いなあ。


「こうしていると、俗世の些細ないさかいなど、遠い世界のことのように思えるねえ……」


 うーん、気持ちいい。


「あの」


 んー? 


「おねえさん、って……いくつ?」 


 おっと。ここはちゃんと真面目に返さないといけないかな。


「今年でハタチになります」

「そっか……やっぱり、オトナなんだ」


 未成年だけどね。


「ま、モモよりは、そうかな」


 なんとなく、子供扱いされたくないような気配を感じたので、ちゃん付けナシ。

 釣竿を握り、考えこむモモ。


「モモ、まだ、好きとか嫌いとかよくわかんない」


 おっと……そっちの話か。

 心して聞かねば。


「だから、おねえさんの期待には、あんまり答えられない……カモ」


 横顔が真剣すぎて胸が痛い痛い。


「デモ、その……助けてもらったのは、スゴク、嬉しかったから……

 なにか、お礼、したい」


 モモは横目でわたしの様子を気にしている。

 真っ青な海原を背景に、頬を染めて佇む褐色の美少女。

 か、かわいい……

 ヤバい、今すぐハグしたい……

 ドキドキしちゃう。


「おねえさん、モモにできるコトだったら、その、なんでも」


 ん?

 今なんでもって言ったよね?

 とか言いませんよ。


 うーん……

 男の子だったらどうにかなっちゃいそうな言葉ですよ、それ。

 とっても嬉しいけどね。

 なんでも、か。

 わたしは振り向き、笑う。


「なら、わたしはキミと一緒に冒険したいな」


 どこまでも広がる海とモモに両手を広げて、応える。


「この世界は面白いよ。なんだってできるし、大きなドキドキが溢れている。

 素敵な仲間だっている。これから色んなところを旅しようよ」

「そ、それって……おねえさん……」


 アレ、モモちゃんの様子がおかしい。って。

 顔がドンドンと赤くなっていって、膝とか震えているし……

 あ、待って。


 こ れ っ て プ ロ ポ ー ズ に 聞 こ え ち ゃ う ?




 とりあえずプロポーズだけは明確に否定しておきました。

 女と女じゃこの世界でも結婚できないし。あれ、できない、よね?

 し、調べてないからわからない……


「えと、わたし」


 しばらく黙って海に針を垂らすことにも飽きたのか、モモちゃんが口を開く。

 相変わらず、飼い主のご機嫌を伺う小型犬のような様子で。


浜山桃香はまやま ももか……中学二年生」


 ああ、名前は本名から取ったのね。

 中学二年生、か。まあ遠からずってところだったかな。

 ひとりで生活するのはとても大変よね、やっぱり。


「でも、他の人にあんまり名前とか年齢とか言っちゃだめよ」


 人生の先輩らしくたしなめる。

 ちょっとお説教臭かったかもしれないけど、大事なことだから。


「知ってるよ。ネットリテラシーの授業で受けたもん」


 すげえ、今そんなのあるんだ!

 わたしは頬をかく。


 これもあんまり人に言うことじゃないけど、聞きっぱなしっていうのはね。


「じゃあわたしもね。南と申します」


 どうぞよろしくお願いします。


「南、さん」

「うん、ネットで本名を呼ばれるのはこそばゆいから止めてほしいな……」

「あ、ごめんなさい……おねえさん」


 いや怒ったわけじゃなくてね……

 モモの表情は暗い。

 潮風も彼女の心を晴らすことはできなさそうだ、なんてね。


「わたしこの世界に入ったとき、ずっと夢だと思ってて」


 ぽつりぽつりと語り出す。


「そしたら、色んなコトを説明してくれた人がいて、

 なんか……ギルド? に入っていないと、すごく損するし、この世界から脱出できないですよ、って」

「それがモモを追いかけてきた男?」


 問いかけると、モモは首を横に振る。


「ううん、別の人。大人っぽい女の人だったケド……

 それから、なんか色々と変なことさせられて」


 へ、ヘンなことて。

 ギョッとするわたしに、モモは慌てて手を振る。


「あ、えっと、剣を振り回したりとかなにかのお勉強とか、かな?

 でもそういうの向いてないみたいだから、わたしはお薬作っていろって、あの男の人が……

 そうしたら、ごはんだけは食べさせてやるから、って」


 ひどい話だ。

 完全に奴隷扱いだよそれ。

 お金なんてクエストをこなせば、少なくとも食べてゆく分には困らないのに。

 やばい、怒りのエンジンにちょっとずつまた火が点ってきたぞ……


「えっと……キミと同じような境遇に陥っている子は、何人かいるの?」

「……多分、いると思う。会ったコトないけど。そういうこと言っていたから」


 そっか。わたしは決意を抱きながら告げる。


「モモちゃん。わたしはそいつらが気に入らない。

 だから、好きなようにやらしてもらうよ。勝手なことを言って、ごめんね」 

「おねえさん……わたしのせいで」

「いやいや、せいとかじゃないよ」

 

 モモは沈痛な面持ちだった。

 むしろどっちかというと、わたしがモモちゃんを巻き込んだんだけどね……

 と、急に竿が暴れ出す。


「お、かかった」


 ログを見ると(ルビアからの嫌がらせの合間に)相当《釣りスキル》が上昇していたようだ。

 って、あ、あれ、これどうすればいいのかな!

 わたしリアルでも釣りとかやったことないんだけど!


「も、モモ! 網、網!」

「え、えあー? な、ないよそんなの! ないよー!」


 シリアスな雰囲気もどこへやら。


「くっ、STR任せに引き上げるしかないのか!」


 しかし、となると糸が切れてしまわないか!

 ええい、ままよ! 竿を振り上げる。

 釣れたー! 


「やったー!」


 モモに手を掲げる。


「???」


 戸惑いながら手を挙げるモモに(無理矢理気味に)ハイタッチを交わす。

 と、今度はモモちゃんにアタリが来る。


「来た来た! ほらあげてあげて!」


 慌てさせると、彼女は目を白黒させながら釣竿を振り回す。


「えあー!?」


 って、一発で釣り上げたし……

 わたしより釣りの才能が……恐ろしい子……!

 釣り上げた魚はピチピチと跳ね、わたしとモモの間を逃げ惑う。

 まん丸いハリセンボンだ。

 モモは目を輝かせた。


「あっ、こ、このお魚、お薬の材料だ!」


 おっ、なんだかんだでクラフトは好きみたいで。

 楽しいよね、そういう発見って。

 わたしも頬を緩めてしまう。





 お魚をさばいてみたり、モモのクラフトワークスを見物していたり、甲板での作業を観察したりで、船旅は新鮮で楽しかった。

 これが何ヶ月も続くと辟易しちゃうけど、ゲームだから一日で着くのだよ!

 ゲーム最高っす!


 だがVRMMOの世界は非情だった……

 船室の中で、わたしはグロッキー状態。

 モモちゃんに心配をかけるといけないので、部屋は別々にしておいた。

 他にプレイヤーキャラがいないので、選び放題だった。


「うー辛い、うー辛い……」


 船酔いとかマジカンベン……


 昔から酔いやすい子でありました。

 車やバス、乗り物類は大体制覇したし、3Dゲーム関係もほぼ全滅。

 FPSなんてやろうものなら10分プレイの二時間キープ(酔いが)!


 この『666』も普通にプレイしていたら今頃はダウンしてしまっていた可能性がある。

 というわけで、わたしはハンモックに揺られながら参っていた。

 文字を読むのが辛いので、この日記も休み休み書いているわけです……

 こ、根性ぉー……


 うつらうつらしていると、コールされていることに気づく。

 相手は副マスター殿。


「あーいー……」


 掠れ声で応じる。


『元気ないな』


 イオリオはいつも通りの冷静さ。


「もう船なんて二度と乗らない……」


 お水を一口含む。


『帰りはどうするんだ』


 死ねばヴァンフォーレストの寺院に……

 とか言ったらため息つかれた!

 こっちは本気だぞ! 


『伝えておくことがふたつある。

 ひとつは、きょうの船便でシスとルビアがそっちに向かったようだ。

 明後日には合流ができるだろう』


 んー?


「あれ、イオリオは来ないの?」


 ああ、とうなずかれる。

 いや見えないんだけど。なんとなく気配で。


『僕はこっちでやることがある。久しぶりのひとりの時間を満喫するさ』


 もしかしたら、わたしの頼みを聞いてくれているのかな。


「ありがと、イオリオ」


 咳払いをされた。

 それごまかしているつもりだったら、古典的すぎますが。


『伝えておくことのもうひとつは、相手ギルドの情報だ』


 少しだけ船酔い状態の頭が冴えた。


「こんなに早く、もうわかったの?」


 本職は探偵なの?


『熱心に君とモモさんのことを聞き込みしているようだからな。

 幸い、僕たちのギルドのことはまだバレていないようだが』


 うわー、しつこいなー。


『相手ギルドの名は<ゲオルギウス・キングダム>。

 ヴァンフォーレストでも一位二位を争うほどの巨大ギルドで、戦いもクラフトワークスでも現状ではトップクラスの冒険者を揃えているようだ』

「フーン、そうなんだ」


 気軽に相槌を打つ。

 イオリオは一瞬言葉を失ったようだったけれど。


『……豪胆だな。怖気づかないのか? 相手は100人単位だぞ』


 そう言われてもねえ。


「必要ないでしょ。取り巻きの数がなんだっての。

 わたしが話があるのは、トップだけだし」


 呆れているのかなんなのか。

 しばらくイオリオくんからは返事がなくて。


『わかった。ならくれぐれも気をつけてな』


 ん、ありがとう。


「そっちこそね」


 コールを切り、ふと気づく。

 シスからも文字チャットが届いている。

 彼は今頃、ルビアとふたり旅をしているはずだが……?


 文面は一言。


『 H E L P  M E ! 』


 うん……

 ワガママお姫様の扱いに慣れるチャンスだと思っておくれ、少年よ……

 

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