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ルルシィ・ズ・ウェブログ  作者: イサギの人
第二章 折衝のダグリア編
16/60

◇◆ 11日目 ◇◇

 

 体調回復回復ぅ!

 スガスガしい気分だッ!


 いやー人間健康が一番だよねえ。ホント。

 すぐ隣には、一晩看護してくれていたルビアの姿。

 よだれを垂らしながら微笑んで眠っております。

 ご心配をおかけしました。


 わたしはそーっと部屋を出て、オープンルームに向かう。

 早くスキルも取り戻さないとなあ……


「お、よくなったかルルシさん」


 爽やかなイケメン。

 真っ白なシャツを着たシスだ。


「いやー無様なところを見せてしまって」


 恐縮すると、シスは首を振った。


「仲間のために命を張り、相打ちになっても相手を倒す。

 まさにギルドマスターのあるべき姿、ってやつだな……俺は感動したぜ……」


 ……い、言えない……

 ただの不注意による事故死だったなんて、言えない……


「ははは……そんな、大したもんじゃないって……」


 シスの純真な眼差しが痛い。


「生き返ったか」


 姿を見せた悪者顔のイオリオに、半眼を向ける。


「死んでないっての」


 なぜ笑う。


「どうだった? ゲームの中とはいえ、死を体感したのは」


 うーん。


「別にどうということはなかったよ。なにも変わったところはないし」


 イオリオの、眼鏡の奥の目が驚いていた。


「さすが、マスター殿は肝が据わっておいでだ」


 ……そろそろはっきり言ったほうがいい気がする。


「キミたちにマスター呼ばわりすると、バカにされている気がする……」


 だからなぜ笑う! 

 トタタタと軽快な足音が聞こえてくる。

 滑りこんできたのはルビア。


「せ、先輩がいないんですけどぉ!

 あ、先輩! 先輩知りませんかぁ!?」


 うん、ちょっと落ち着こう。

 




 一日待ってくれたみんなと共に、クエスト報告へ。

 やったー! お金がたくさんもらえたー!

 深刻な顔をしているライオネルさんの前ではしゃぐわたし。


 しかしワータイガーの持っていた手紙によると、海の向こうの都市『ダグリア』がオークに物資を提供し、ヴァンフォーレストに妨害工作を仕掛けてきていたというのだ。

 この事実を執政院に伝えてきてほしいと言われて、わたしたちは中央区へと向かう。


 うわー、なんかいきなり登場人物が増えすぎ。


 ええと、まずは筆頭執政官のジュディットさん。執政院で一番偉い人でオーラがスゴイ。

 その補佐、デジレさん。顔が怖い。

 執政院の受付、フェリシテ嬢。柔和だけど仕事できそう。

 さらに軍団長ギュスターヴ。超カッコいい鎧を着ているイケメン。

 ああもう覚えらんない! あとは登場人物ABCです!


 ざっくりまとめます。

 ダグリアの大使館に向かい協力を仰ぎ、調査してこいとのこと。


 そんなの一介の冒険者にやらせるかね!?


 渡航免状を発行された!

 船旅だー!?

 



 執政院を出たところで、ギルド<ウェブログ>緊急会議です。


「どうしますかぁ?」


 幸いなことに、わたしたちの意見は一致していた。


「まだまだこの街で受けてないクエストも山ほどあるからね。

 海を渡るのは、それからでも遅くないでしょー」


 新しい街は気になるが、ダグリアに向かうのはまだ先でも構わないね。

 ギルドハウスも遠くなるし。

 あと絶対わたし、船 酔 い し ち ゃ う し 。

 できることなら乗船したくないし……





 その後は刀の試し切りをしたり、ルビアと露天を覗いてみたり、わたしは久々にのんびりとした時間を過ごしていた。

 なんかオシャレな大学生の日常みたいな?

 ええ、ワタクシ、休みの日はチェインメイルを着て、刀を腰に指し、

 気まぐれにウサギを始末しながらバザーを巡っていますことよ。


 やばい、これは斬新だわ(ただしモテない)。


 と、なにも別に暇潰しに辺りを散策していたわけではない。

 お礼を言うためにモモちゃんと待ち合わせをしていたのだ。


【ベルゼラの洞穴】攻略戦は本当にギリギリだった。

 お薬がなかったら全員が無事に生還することはできなかっただろう。


 えっ、誰か死んだって?

 それはひょっとしてあなたの想像上の存在にすぎないのではないでしょうか……





 辺りはもう夕の刻。

 広場の噴水の縁に腰をかけながら、足をぶらぶらさせて待つ。


 そうか、こういうときにクラフトワークスをしていればいいんだな。

 ケータイもゲームもないなんて手持ち無沙汰だ……


 なんとなく行き交うプレイヤーキャラの表情を眺めてしまう。

 彼らはみんな現在の不安と未来への憂慮を抱いているように見える。


 着地点の見えない現状。

 明日をも知れない暮らし。

 でもそんなのって、大学生活とそんなに変わらなくない?

 そりゃ数ヶ月先の暮らしぐらいは保証されているけどさ。突然どうなるかなんてわからないじゃん。

 一緒だよ、『666』の世界と。


 わたしは目を瞑って、小声で鼻歌を口ずさむ。


「~~♪」


 それはバイト先の有線でよく聞いていたJ-POP。歌詞はよく知らないからテキトーに。

 まだそんなに経ってないのに、現実がすごく遠い。

 店長とか元気かな。十日も休む気はなかったんです。

 父さん母さんも心配しているかも。

 大学の単位は当然やばいし、てかツイッターもブログも手付かずだから死亡説とか流れているかもしれない……


「……ん?」


 視線を感じて、目を開く。

 うお、なんかみんなこっち見ているし!

 知らない間に歌声が大きくなっちゃうアレだ! すげー恥ずかしい!

 でも取り乱して立ち去るほうがもっと恥ずかしいから黙っていよう!

 岩だ、岩になるんだわたし……!


 拍手しないで! なんなの!? 

 どっかから「美しい……」とか聞こえたよ!? 茶化すの禁止だよ!


「あ、あの」


 と輪の中からやってきた少女がひとり。モモちゃんです。


「す、素敵だったよ、おねえさん」


 なんか頬が赤いし!

 知り合いが痛いことしていると恥ずかしいよねわかるわかる!


「来ていたのね、モモちゃん……」


 もうちょっと早く声をかけてくれれば…… 


「遅れてごめんなさい。その、なかなか抜け出せなくて……」


 門限みたいなのがあるギルドなんだろうか。

 いや今はそんなことより。


「あ……」


 少女の手を取る。


「行こう、モモちゃん」


 ここみんなの視線が恥ずかしすぎるから!



 木立を縫うように伸びている道を、ふたりで歩く。

 夕焼けが差し込んできて、目に痛い。お肌焼けそう。


 わたしと小さいモモちゃんが並ぶと、その身長差はまるでカップルのようだ。


「あ、えっと……その、無事に帰ってきてくれて、ホントに良かった……」

「……ふふ」


 わたしは意味ありげに微笑む。

 いや、なにも言うまい。

 こんなときに真実は無粋よね……


「キミから買った水薬がなかったら、今頃どうなっていたことか」


 なんせ、無理を言って大量発注したのだ。

 一本オマケしてもらったし。

 おみやげのハーブをトレードすると彼女は目を丸くした。


「そんな、こんな綺麗な葉っぱ……モモ、大切にするね」


 いや、そういうことではなかったのだけど……

 まあ喜んでくれたなら良かったかな?

 空いているベンチに一緒に腰掛けると、彼女はわたしの方をチラチラと見ながら。


「あ、あのね……その、冒険の話が聞きたいな、おねえさん」


 指を絡ませながらこちらの様子を伺ってくる。なんだこの子可愛い。

 後輩も昔は可愛かったのにな。


「ようし良いとも。洗いざらい語ってあげようじゃないか」


 初日から11日目までね! 一晩じゃ足りないんじゃないかな!

 よーし、今夜は寝かさないゾー☆



 冒険譚をモモちゃんは面白く聞いてくれているようだった。

 二日目に入って、シスとイオリオのくだりを話したところで、モモちゃんがつぶやく。


「でも、すごい。顔も名前も知らない人たちと、一緒に冒険だなんて」


 おやー?


「モモちゃん、ネットゲームをするのって初めて?」


 こくりとうなずく。


「モモ、こんなつもりじゃなくて……

 ただ、友達の家に遊びに行ってて、それでたまたま……」


 そっかー。そりゃそうだよなあ。

 わたしみたいにゲーマーじゃなくても巻き込まれた子はいるよなあ。

 こういうゲームのお約束とかなにも知らずに手探りで過ごすなんて、大変よねえ……


「お友達はこの世界に来てないの?」


 尋ねると、モモちゃんは目を伏せた。


「うん、多分……作ってたキャラクターだって、この子だし……」


 さらに一人ぼっちか……

 それは心細いよなあ。

 いや、でも待てよ?


「モモちゃんだって、ギルドに拾われたんでしょう?

 それで冒険しているんだったら、わたしと同じじゃないかな」


 その言葉で、彼女はなぜか肩を落とした。


「ううん、同じじゃない。ゼンゼン違う……

 だってモモ、町の外に出たのなんて一回ダケだし……」


 なんですとぉ。

 そうか、そういう楽しみ方もある、のか……?

 世の中ではクラフトワークスだけで過ごしている人もいるみたいだし……

 いやしかし、そんな玄人のような楽しみ方は、まだまだ初心者のモモちゃんには勿体無い気がするぞ。


「ねえ、もしよかったらモモちゃん。今度一緒に遊びに行かない?」


 わたしの申し出も、モモちゃんは寝耳に水といった顔だ。


「えっ」

「大丈夫大丈夫。あんまり遠くに行かないし、わたしがバッチリ守るから!」


 胸を張る。すると彼女は一瞬顔を輝かせたが。


「楽しそう! あ、でも……許してもらえないカモ……」


 ン、ンン?

 ど、どちらさまに? 




「おい、モモ!」


 粗暴な声が聞こえてきて、モモちゃんがビクッと体を震わせた。


「何度もコールしてんだろうが。シカトしてんじゃねえぞ!」


 あらあら下品ねえ。


「ご、ごめんなさい、今戻るから」


 モモちゃんが頭を下げた相手は、鎧を着た無骨な男。

 デザインはイイ男として作られているだろうに、身にまとう雰囲気のせいで悪人そのものだ。

 彼は後ろにふたりの男を従わせている。


 全員名前の横に同じエンブレムをつけているところから、みんな同じギルドなのだろう。

 ……そういえばこのギルド、ヴァンフォーレストでもよく見る気がするなあ?


 男はわたしをじろりと見やる。


「なんだお前」 

「あいにく名刺は持ってないんでね」


 見返す。

 フフフ、こういうやり取りに憧れるお年頃なのよ、わたし。

 男は舌打ちし、モモちゃんの手を引く。


「ほら来い。きょうのノルマはまだ残ってんだよ」


 モモちゃんは頭を下げる。


「ごめんなさいおねえさん、またねっ」


 うーん、厳しい遊び方をする人たちだなあ。

 でもVRMMOとなってしまった今、こういうギルドもあるんだろうねえ。

 平穏を愛するわたしとしても、関わりたくないなー。

 でもまあ、一言だけ言わせてもらおうかな?


「人のロールプレイに口出すつもりはないけどさ」


 男が止まった。


「たかがゲームでそこまでする必要あるの?」


 振り返ってきた。

 ひー、睨まれるー。


「ゲームだぁ? 今はこっちが現実だろうが。

 すっこんでろよ、雑魚が」


 ははは。

 わたしは立ち上がる。今のはちょっとブッチーンと来ちゃったね。

 ドスの効いた声で怒鳴る。


「 遊 び の つ も り じ ゃ な い な ら 犯 罪 だ ろ う が ! 」

 

 


 前に出てモモちゃんをかばう。


「自分たちのやっていること、わかってんの?」


 さすがにわたしもバカじゃないからね。(じゃないからね!?)

 モモちゃんの証言を組み合わせたら、いくらなんでも実情が見えてくるよ。


「人を奴隷のようにこき使って、自由も与えず、何様のつもり?

 初心者騙して恥ずかしくないの?」

「お、おねえさん……」


 恐らくはわたしの豹変っぷりに目を白黒させるモモちゃん。

 いや、でもここは譲れないんだ、ゴメンよ。

 あとでアメちゃん買ってあげるから。


 男は顔を歪めた。


「うっぜぇな! てめえには関係ねーだろうが! しゃしゃってんじゃねえぞオラ!」


 ああ駄目だ、話通じないわ。

 残念ながらわたし、ほんやくコンニャク(お味噌味)とか持ってないのよ。


「モモちゃん、行こう。こんなやつらのところに帰る必要なんてないわ」


 わたしの行く手を部下Aが塞ぐ。

 フン、チンピラの真似事?


「いくらPK制度があるからって、衛兵の見張っている街の中ではわたしたちに手出しなんてできないでしょう。そこをどきなさい」


 毅然と言い放つ。

 その男性は少しだけたじろいだようだが、リーダーは違った。


「おいモモ。そいつと一緒に行ったらわかってんだろうな」


 どうしようって言うのよ。


「ルームは二度と使わせねえぞ。

 この街にいる限り、どこだっててめえに休まる時はないと思えよ!

 聞いてんのかモモ!」


 そんなのはなんら実行力を持たないただのハラスメント行為だ。

 だけど恫喝にだって、神経が参ってしまう子はいる。

 大人の悪意に慣れている子のほうが珍しいだろう。


「汚い男……」


 歯噛みする。


「ごめんね、おねえさん……」


 モモは諦めたような顔で男の元に一歩を踏み出し――

 その彼女をわたしが抱き上げる。


「だったら、この子はわたしがさらうから」 

「はあ!?」


 男は目を剥く。モモちゃんも。


「えええっ!?」


 構わない。


「モモちゃん、わたしはキミに恋をしてしまったんだ。

 新しい土地でふたりでやり直そう」


 お姫様抱っこの態勢で、わたしはモモちゃんに宝塚風のキメ顔を作って迫る。


「幸せにするよ、モモ姫……」


 フフ、と微笑する。

 少女は完全にパニック状態だ。

 よし、今のうちに。


 わたしは優美な足取りで去っていこうとするが……


「ま、待てゴラァ!」


 あ、だめですか、そうですか。

 ノリでイケると思ってたのに。



 モモちゃんを担いだまま街をひた走る。

 <ウェブログ>のギルドハウスにはモモちゃんは入れないし、わたしのプライベートルームも一旦中に入って設定を変更しなければならない。

 ルビアやイオリオに頼むことも考えたが、彼らはそもそもモモちゃんとフレンド登録をしていない。

 だからわたしの足は自ずと港へと向かっていた。


「お、重く、ない?」


 心配するモモちゃんにウィンクを返す。


「いつも使っている両手斧に比べたら遥かに軽いよ」


 うん、わたしのテンションちょっとおかしいな。

 慣れないことしているからだな!

 チャララ~ン、《運搬》スキルが上昇~、ってやかましいよ!


 駆け足5分、ヴァンフォーレス港の船着場に到着。

 わたしはモモちゃんを小脇に抱えると、片手でメニューを操作し、受付に渡航免状を見せつける。


「これで!」


 心なしか、NPCも息を切らせたわたしを見てポカーンとしていた気がする。


「ど、どうぞ、お通りください」

 

 


 追ってきた男たちをわたしは悠々と見下ろす。

 渡航免状のない人は入れないでしょう?

 あとは船上でやり過ごして、彼らが諦めた後でギルドハウスに戻ればね。


 って、アレ、船 動 い て ま せ ん か コ レ 。


 し、しまったああああー!

 

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