◆◆ 9日目 ◆◆ その2
いつつつ……
少量のダメージを食らって起き上がる。
落ちた先は小部屋で、辺りには人骨が散らばっていた。
さてはダストシュートかなにかだったんですかね。
天井を見上げるが、すでにそこは閉じていた。
「っく~~……」
そばではルビアがおしりを抑えて顔をしかめている。
前を歩いていたふたりが落ちた、ってところか。
分断されちゃったなー。
やだなー。
『大丈夫か?』
イオリオからのコール。
「うん、平気平気。敵の姿もないし」
そう言うと、とりあえずホッとしたようだ。
『すまんが、レバーが動かない。
こういうもののセオリーとして、しばらく経ったら再び仕掛けが作動するようになるとは思うが』
うーむ。
楽しいピクニックが、一転してピンチですなあ。
『シスは自分が残るから、僕も穴に落ちて君たちのそばに行け、と言っているがね』
ははあ。
まあ、それは却下で。
責任感じるのはわかるけどさ。いくらシスくんが強くても、魔術師ナシじゃ前に進めないでしょ。
わかるわ。レバーを見たら倒したくなるのはヒトという種の悲しいサガよ……(?)
『こういう場合、どうするのが正解かわからないな。どれも失敗のような気さえしてくる』
イオリオにしては珍しい弱音だと思ったが、やはり裏があった。
『ギルドマスターが決めてくれないか?』
突然の申し出!
『こういうときが、マスターの仕事だろ? それなら結果がどんなことになっても、僕たちは納得できるのさ』
名前だけのマスターじゃなかったのか……
い、良いでしょう!
「待っているなんて性に合わないよ。それぞれが進んで合流しよう。
きっと左の道で繋がっているはずさ。連絡を取り合いながら、先に進んでいこうさ」
わたしの言葉に、イオリオは『OK、マスター』と答えた。
さ、それじゃわたしたちの戦いを始めましょう。
「ルビア、行こう」
伸ばしたわたしの手を見て、ルビアは戸惑ったような顔をして。
「こ、これぐらいなんともないですからぁ! お、オークなんてなんともないですぅ!」
おっ、空元気も元気だね。
いいよいいよ、そういうの先輩は好きだなぁ。
でもその時ね、どこからか背筋が冷たくなるような音が聞こえてきたんだ。
え、ええと、これ……
……カサカサカサ、ってわたしが世界でいちばん大嫌いな擬音が……
「ひいいいい!」
ルビアが悲鳴をあげた。
そう、やってきたのはクモなんです。
それも4匹。
はーそうですか、そういうことになりますか……
落とし穴の先にはモンスター。これ常識よね……
ため息をつく。
「各個撃破でやっていこうね、ルビア」
まあ普通に戦えば、なんともならない相手ではない、でしょう……
その、普通に戦うのが辛いんだけど、さ……!
こういうときの対処法は、とにかくキレるしかない。
口汚くても奮起して、怒りのエネルギーで気持ち悪さを打開するんだ……!
「脚がちょっと多いからって偉そうにするなよなぁ……!」
わたしの怒りは《タウント》となり、虫を引きつける結果に……
ひ、ひいい四匹がカサカサ寄って来るぅううう!
「か、かかかかってこいオラー! ブチ殺すぞオラー!!」
ルビアは悲鳴をあげて、わたしは斧を振る。
大乱闘スマッシュシスターズの始まりです。
まあね、こんなもんじゃないの……
数分後、わたしは床にへたり込んでいた。な、なんてことねーぜ……
きょうは間違いなくうなされるな……ああキモいキモいキモかった……
と、気づいた。
溶解液のようなものを浴びたわたしは、毒に侵されている。
どうりで回復せずにHPが減っているものだ……
うー、デロデロだし、タオルもほしい……
こういう汚れも時間経過で回復してゆくけどさ……うぇぇ、ひどい臭いだしぃ……
いやはや、ルビアもお疲れ様ー……って。
「 う わ ぁ ぁ ぁ ぁ ん ! 」
な、泣いてる!?
一体なにが!
「か、回復しても回復しても、先輩がぁ……」
ルビアはぐずぐずと泣き続けている。
「毒を治す魔術なんて覚えてないですよぅ……」
誓いもどこへやら。彼女は献身的に何度も何度も繰り返し回復魔術をかけてくれていた。
お、落ち着いて。おろおろ。
「泣かないで、ルビア。これくらい平気だから」
虫に迫られる恐怖に比べたらな!
「先輩が死んじゃうぅぅ……」
まるで幼児のように泣きじゃくる後輩。
「よしよし……」
ピンク色の髪を撫でる。
「わたしは死なないってば。一緒にこのゲームを脱出するんでしょう」
改めて口に出すと、ルビアは勢い良く抱きついてきた。
普通に苦しい。
「せんぱいは、せんぱいは優しすぎますぅ……!」
よ、よくわからないけど、それのなにがダメなんですか。
「あたし、もっと頑張りますからぁ……」
えーと。
「瑞穂は十分頑張っているよ」
わたしの言葉に瑞穂は首を振る。
「それじゃだめなんです……先輩たちの役に立たないと……」
思いつめたような表情でうつむく。
もしかして瑞穂、最近ずっと頑張ってたのは、そのことをずっと気にしていたのかな。
お金稼ぎも、クラフトワークスも、魔術のお勉強だって努力していたもんね……
別に結果が出なくたっていいと思うんだけど……瑞穂はそれじゃ嫌なんだろうな……
なんて言っていいのかわからず、頬をかく。
「わたしは、瑞穂がいてくれて助かっているけどなあ……」
やっぱり彼女は受け入れない。
「それだけじゃ、だめなんです……」
ようやく毒が治ったようで、わたしのHPは少しずつ回復してゆく。
「先輩は、ひとりでなんでもできちゃうから……置いてかれます、あたし……」
そんなことはないってば、と言いたかったが、わたしは口をつぐむ。
瑞穂はわたしのことをよく知っている。
そりゃそうか。もう短い付き合いじゃないもんねー。
わたしは団体行動が苦手だ。
誰かと足並みを揃えたり、誰かの御機嫌を伺うために興味のないことに付き合うなんて、我慢できない。
やりたいことをやりたいようにしたいのだ。
多分、身勝手なのだと思う。
それで人が離れていってもわたしは仕方ないと思えるけど、瑞穂には無理だ。
だって彼女にとってわたしは唯一の現実世界の知り合いなんだから。
だけどわたしだって自重なんてできない。
VRMMOで遊べるのは今だけで……
うん、これってアレだね。恋人を放置してゲームにのめり込む廃人の言い分だね完璧に!
「瑞穂、一旦この話は置いておこ。今はシスとイオリオと早く合流しなくちゃいけないし」
そう告げると、瑞穂は小さくうなずいた。
「すみません……色々と、ご迷惑をおかけしまして……」
そういうんじゃないんだけどね。
まあ、いいや。
ダンジョン攻略が終わったら、少しぐらい瑞穂とゆっくりしていようかな……
なんか、ちょっぴりだけ疲れちゃった。HPは満タンまで回復したのにね。
休憩はそれで終わり。わたしたちは歩き出す。
瑞穂は急におとなしくなっちゃった。
ずっとこうだったらいいのに、と思う日も少なくはないケド。
単発的なオークとの遭遇戦を切り抜けつつ、わたしとルビアは狭い通路を登ってゆく。
斧を思いっきり振り回せないから、フラストレーションが溜まるなあ!
いっそのこと、わたしも素手に切り替えてやろうかな……
そんなことを思っていると、T字路に突き当たる。
おっ、これ、合流地点じゃね?
たどり着いたんじゃない?
「ハーイ、イオリオ。それっぽいところに着いたよー」
コールすると、少し遅れて返事。
『そうか。いや、こちらはちと分が悪い。敵の数が多くてな』
余裕なさそうな声に、ドキッとした。
「水薬は? あるだけ全部使っちゃって!」
今度は返答もない。
距離が離れすぎているのか、男子たちの姿はミニマップに表示されていない。
あーもう、わたしの指示が裏目に出たかなー!
寺院で再会なんてしたくないぞー!
右か左か、わたしは視線を走らせた。
左だ! 女のカン!
「ルビア、ふたりがピンチらしい。走るよ!」
察していたようだ。強くうなずいた。
一本道を疾駆する。
やがてわたしたちは開けた場所に出た。
外から光が差し込んでいるようだ。眩しさに目を細める。
三匹の敵がいた。
“派手な鎧をつけたオーク”と、“仮面をかぶった魔術師のオーク”。
そして、巨大な刀を持つ、“半虎半人の見知らぬモンスター”。
目が合う。
「やば」
明らかに雰囲気が違う。
感知範囲に入ってしまったか?
彼らはまだ動かない。
セーフ、かな……?
いえ、アウトでした。魔術師が杖を掲げたよ……
後ろから誰がぶつかってきた。
「合流できたな」
イオリオ! 無事で良かった。
「早速で悪いんだけど、手を貸してくれるとありがたいかなー……って」
えー……
「奇遇だな」
ルビアも唖然とした。
「実は僕たちもなんだ」
泡を食った顔でこちらに走ってきたシスくんの背後に、
ひい、ふう、みい……いっぱいのオークの姿。
「……楽しくなってきたね」
苦し紛れじゃないよ。
本当に。
もうお行儀良くしてらんないからね? ちょっと声を荒げちゃいますよ!
「一旦全員でオーク共を広場に引き入れて!
それから通路に退避してわたしとルビアで入り口を塞ぐよ!」
全員のHPをチェック。魔術師の氷の矢を避けながらね!
慌ただしい!
「シスは槍に持ち替えて後方支援! 体力を回復し次第ルビアとチェンジね!
イオリオはシスを回復しつつ、バックアップに回って!
全員で生き延びるよ!」
号令を飛ばすと、各々から気合の入った声。
とりあえず誰も諦めてはいないみたい。
まあゲームだったらね、コントローラーをブン投げちゃう状況かもしれないけどね。
あいにくここは仮想現実で、これは(今は)わたしの体。
ならもうあがくしかないじゃない。
っつーか、こんぐらいの状況ならいくらでも乗り越えた経験があるっつーの。
こちとらMMORPGの百戦錬磨だぜー!