◆◆ 9日目 ◆◆ その1
朝早くダンジョンに向かうも、到着したのは約三時間後だった。
ヴァンフォーレスト周辺地図を何度も確認しながら、ほぼ最短距離を直進してきたのにこの移動時間。
馬とか馬鳥とか、なんでもいいから移動手段を早くください……!
何度もオークと遭遇戦を繰り返し、ようやくここまで来た。
わたしたちはダンジョンの入り口が見える場所で突入前、最後の休憩を取っていた。
シスは鎧を脱いで柔軟をしている。
「はー、疲れた。もう8割ぐらいクエスト達成した気分だよ」
「同感同感」
軽く自分の肩を叩く。もう一年分は斧を振り回した気がするよ。
現実に帰っても斧は振り回さなくていいね。
そんな機会ないけどね!
「おいおい、これからだろうが」
カロリーメイトみたいな携帯食料をかじりながら、イオリオ。
マップを開いて、位置を再確認する。
「【ベルゼラの洞穴】ね。入り口に哨戒する兵が二匹、と」
オークの視覚での感知範囲は大体40メートルから50メートルといったところだ。
ぼっちのオークを何度もおちょくって確かめたので間違いない。
ねえねえ今どんな気持ち? どんな気持ち?(笑)って。
「突っ込んでいったら、中のも一緒に出てきて大乱戦になるかな?」
「どうだろう。だが、そうなっても構わないんじゃないか? 逃げ切れるだろう」
イオリオくん、意外と雑。
実は彼も、もう中に入りたくて仕方ないのかもしれない。
「袋叩きにされるのはわたしなんですけどねえ……」
こないだの一件から、なぜか正式なタンクにされています。
盾も持ってないのに!
「そうしたらあたしが回復してあげますよぉ……うへへへぇ……」
目を伏せて口元だけで笑うルビア。それ結構怖いですよ、キミ。
「頼りにしているよ……」
げっそりとつぶやき、大斧を構える。
こうなりゃヤケだヤケ。
「いっくぜえー!」
わたしは猛然と駈け出した。
てかね、なんだかんだ言っても、憧れのバーチャル世界のダンジョン攻略!
ムネが高鳴らないわけがないというものですよ!
入り口の兵士を倒しても、応援は来なかった。
彼らには人徳(オーク徳?)がなかったようだ。
「中は……薄暗いな。それに狭い。並んでふたり歩くのが精一杯のようだ。
本当にオークの賊どもがいるのか?
そんなに大勢が隠れられるようには思えないんだがな」
「つまり、ライオネルさんがわたしたちを騙しているということか」
ハッと気づいてつぶやく。
「彼はオークの手下なのかもしれない。
わたしたちをここに送り込み、未来ある冒険者を亡き者にしようと……」
「完全に邪推だと思いますぅ」
わたしの妄想を、ルビアが一言で切って捨てる。
昨日からルビアちゃんつめたーい。
ぶーぶー。
彼女は真面目な顔を作り、人差し指を立てる。
「えーと。先頭がルルシさん。次にあたし。
三番目にイオリオさんで全体を把握してもらって、シスくんが最後尾で敵からの奇襲を警戒……
というのは、どうですか?」
「悪くない」
ルビアの提案を受けて、イオリオがうなずいた。
ルルシサンも異論ないよ。
「 俺 わ く わ く し て き た ぞ ぉ ! 」
シスがたまらず叫ぶ。
キミはサイヤ人かなにか?
大斧を持ちながらの、歩きにくいのなんの。
わたしの獲物は両手武器のため、二番手のルビアが少し前に出て、カンテラ(もう片手には盾)で行く先を照らしてくれている。
まあ真っ暗じゃないし、薄ぼんやりと辺りは見えているので雰囲気作りの感は否めないけれど……
で、でもムードって大事じゃない?
初めてのデートがラーメン屋とかそれはちょっとショッキング……
いや、多分わたしはなんとも思わないな……
それはそれでどうなんだって気もするけど……
「どうやらマッピングの出番はなさそうだね……」
残念だ。わたしの腕の見せ所なのに。
「そもそもミニマップで周辺は表示されているからな」
イオリオが身も蓋もないことを言う。
うっせー! RPGでロールプレイの精神を忘れるんじゃねー!
ふいに後輩がカンテラを持ち上げた。
遅れて気づく。奥のほうから光が近づいてくる。
どうやら、エンカウントしたらしい。
すぐに姿を見せたのは、オーク二匹と……く、クモ!!
「ひい!」
わたし虫だけはダメなんだ!
しかもアレでっかいんだけど!
人並みぐらいあるんだけどぉおおお!
後ろに下がろうとするも、道幅が狭く上手くいかない!
「ちょ、ちょっとぉ、先輩! バトルですよ、バトルぅ!」
「み、瑞穂は知っているでしょ! わたしがどれだけ虫類苦手なのかあああ!」
「ひっ、あ、あたしだって別に得意じゃないですけどぉ! もぅ戦いましょうよぉ!」
わたしのパニックが伝染したのか、ルビアもおろおろとし出す。
ふたりの間を縫って、イオリオが飛び出てきた。
「ヴァユ・ンラ・バイド・エルス!」
呪言を唱えると、こちらに向かってこようとしていたクモの動きが止まった!
遠くでワサワサしてるキモい!
「ジャイアントスパイダーはRoot(足止め)した!
あいつにはシスをぶつけるから、構わずやってくれ!」
ナイスすぎるイオリオ! なーんてデキる子!
「そ、そういうことなら!」
斧を振り回せない狭い洞窟内だ。わたしは下から上に斬り上げる。
空中で勢いを止め、さらに脳天に叩きつけた。
斧スキルが上がっていれば、こんな芸当もできるわけで!
「《ダブルスウィング》!」
それは空中で武器の軌道を変えることができるスキルだ。
再使用時間は20秒。ガンガン使っちゃうよー!
奥側のオークが横を通り、ルビアに槍を向けてきた。
彼女が盾でガードしている間に、わたしはオークに体当たりを仕掛ける。
「残念! そこはわたしの間合い!」
《体術》と《ダッシュ》のスキルを育てることで使用可能となる《チャージ》は、一気に距離を詰められるだけではなく、相手を一定時間スタン状態にするのだ!
こんなに体重の軽いわたし(※疑う人にはダブルスウィング)でも、オークを壁に叩きつけることができるからね!
これで二匹ともわたしに注意が向いたわけで。
あとはしのいでいれば三人がどうにかしてくれるんです。
これぞパーティープレイ!
「うぇええ、クモを素手で殴るのかあ!」
シスくんすっごい嫌そう!
でもそれもパーティープレイ! スミマセン!
(っていうか槍に持ち替えればいいんじゃないかな!)
中のオークはどうやら、外のオークよりはステータスが高いようだ。
避けきれずに手傷を負ってしまう。狭いんだよここぉ!
「先輩、回復しますぅ」
おお、ありがたい!
実はわたし、ルビアから回復してもらうのは初めてで……
1203/1391から。
「パール・イリスぅ!」
>1232/1391 29回復。
敵の一撃が80ダメージぐらいなんだが!
「ゼンゼン回復量あがってなくない!?」
戦闘終了後。
わたしが驚くと、ルビアは不機嫌な顔を見せた。
「そんなとこないですよぉ! これでも一昨日よりは……」
「……ちなみにイオリオくんが同じ魔術を使うとどうなるの?」
興味本位で尋ねる。
「ふむ、やってみるか」
同じ魔術を同じ触媒で試したところ……回復量は104。
「実用レベルだ……」
その一言で、またルビアがカッチーン。
「あたしだって三回唱えたら同じぐらいですぅ!」
ンな無茶な。
「キミ、その効力で一泡吹かせるつもりだったのか……」
きいいい、と歯ぎしりするルビア。
「まだまだ成長途中なんですぅううう!」
「いくらなんでも途中すぎでしょう。かさぶたを治すこともできなさそうだよ……」
彼女はわたしをキッと睨む。
「いいですもうゼッタイに先輩には二度と二度と二度ぉぉと回復魔術かけてあげませんからぁぁ!!」
ヒステリー大爆発。頭の上に湯気が見える……
「ま、まあまあルビアも、同じ仲間だしさ!」
などと、シスくんが間に入ろうとするが、見事ルビアに無視される。
ああ、シスくんは間が悪いキャラなのかもしれない……
「それはそうと、お二方」
なんですかイオリオくん。
わたしは別になんとも思ってない、ん、だけど……
「本格的なダンジョン攻略の始まりのようだぞ」
わたしたちの目の前には、湾曲して上へと続く通路、下へと潜る通路、
さらに左右にも一本ずつ。
合計四方向への道が現れていたのだった……
さ、先は長そうー……
一本の道の奥には、オークの団体さんが待ち構えていた。ハズレです。
次の一本の道はやたらと深く、ここが本命かと思ったが……
残念! オークたちが宝箱を守っているだけでした!
っていうか初宝箱! ドキがムネムネしちゃう!
開けたのはシス。
決して人身御供というわけではありません。
いざテレポーターでいしのなかに……
「お、おー……? なんか、ガラクタしか入ってない……」
ガックリ。
「まあ序盤の迷宮だし……」
わたしも一緒に箱を覗く。中身は素材などが5種類。
ハーブなんかはモモちゃんが使うかなー、ってわたしが頂いた。
おみやげにしよう。
再び道が交差した地点に戻る。
暗い洞窟の中をさまよっていると、時間の感覚がなくなっちゃうなー。
歩きながら乾パンをかじる。
お腹が減ると、HPとMPの自然回復速度が遅くなるから、ダイエッターには辛い仕様です。
いくら食べても体型変わらないから天国だけど!
洞窟に入って30匹ぐらいのオークを倒しているから、スキルがうなぎのぼりだぜー。
右の道はさらに警備が厳重で、わたしの体力はガリガリと削られていった。
(ちなみにその間もルビアちゃんは一切回復魔術をくれなかった。有言実行ガールである)
まあ後輩も剣術で戦って、少しはオークをあしらえるようになったし、これはこれで。
と、今度はすぐに突き当たり。
これみよがしにレバーが設置してある。
うっ、めっちゃ操作したい……けど……
『666』がどれだけ本気でわたしたちを殺しに来ているかまだ掴めていないから、触れるのは危険か……
って葛藤してるとね。
「お、レバーじゃん」って弾んだ声でね。
シスくんが何気なくガッチャンとね。
倒しちゃったんだ。
「あ」
それは誰のつぶやきだったのだろう。
次の瞬間。わたしの足元から床が消失した。
はい、落 下 し ま し た 。