ふたりの少女(1)
ブライドとホナミが歓談している場所から離れ、ティナは庭をぶらぶらと歩いていた。
別にあのまま、残っていても、私はかまわなかったのに・・・・
ほんの数分もたたないうちに、ブライドが言ったのだ。
「申し訳ありませんが、ホナミ殿。こいつ―…いえ、この者を下がらせて構いませんか?」
その申し出に、ホナミは目を丸くした。
「何故です? まだ、来たばかりで・・・それにキミ付きの侍女なのでしょう、彼女は?」
「どうも緊張しているようで」
「・・・・・仕方ないですね。少し残念ですが、無理をさせても可哀想だ。どうぞ、お好きなように」
少し腑に落ちなさそうではあったが、ホナミはそう言った。
なんとか侍女らしく丁寧にお辞儀をし、ティナはその場を後にしてきたばかりである。
まあ、政治的都合というものも、あるのだろう。ブライドはともかく、ホナミやエアトスの表情には、そんなものが見てとれた。信用のおけるか分からない自分に聞かれてはまずい話しを、今頃はしているのかもしれない。
でも、そんな事は、どうだっていいわ。
ティナとしては、解放されたこの時間が嬉しかった。記憶のない自分ではあるが、どうやら気のいいブライドは、そんなティナの面倒を見てくれるつもりのようだ。それも、彼の肩書きは『王子』。ティナ一人の身ぐらいどうとでも養ってもらえる。さしあたって、当座の生活に困りはしないということだ。そういう問題ではないだろうが、ティナは案外ゲンキンな少女であるらしい。
私って、らっきー…?
それに、彼にはあの“エンヤ婆”という知人がいる。ブライドとの関わりはよく分からない。だが、ティナの勘。エンヤは、きっとこれからも自分の力になってくれると思うし、それでなくとも、彼女とは何かしら気が話が合いそうだった。きっと、今はじたばたしても仕方がないのだ。ティナは、そう思うことにした。
そういえば・・・・・
そこで、ふとティナは思いを巡らす。先ほど用意されていたお茶だが、、、
あれは、多分エンヤさんの、ものね。
どこか心を落ち着かせるかぐわしい香り。種類こそ違えど、今日、間違いなく自分も飲んだエンヤのお手製だ。
・・・惜しかったかしら。ちょっと、飲ませてもらえばよかった・・・
でも、また機会はあるだろうと、ティナは首を振る。何せ、ブライドは王子なのだから。「王室御用達」のお茶。後で彼に頼んでみようと決めると、ティナは歩調を緩めた。
目の前には、白く壮麗な門がそびえている。その向こうには、城が見えた。この門が、今ティナのいる中庭と王族の居住区である城を隔てる境界線だ。
もう、着いたのね。
考え事をしながらであったが、ティナはわりと中庭の景色を楽しんでいた。さすがに一国の城らしく、広大な敷地。そこに植えられた香草は、そよ風が吹く度に、大気の中になんともいえない香りをふりまき。遠くに見える木々の木立も、明るい光のなかで、まるでこの庭を見守る、もの言わぬ優しき番兵のように見えた。
でも、本物の兵士よりも、ずっといいわ。
この心地よい庭との別れを惜しむティナ。
ざざざざざざっ。そんな彼女の前に、突如として躍り出た人物が。門のすぐ脇にあったバラの茂み。
けほけほと、咳き込み、「ったぁ〜・・・、と、トゲが〜〜」ほうほうのていで姿をあらわした少女。
髪は短めだが、それでも肩よりも3センチ程はある。
だが、一番に目につくもの。それは、漆黒とも呼べるその色・・・・・・。
ふいに、少女はティナの存在に気づく。
目が、あった。漆黒の、その瞳・・・・・。
まるで鏡ように、そっくりな・・・・・・・、
それが二人の出会いだった――