やってきた親善大使(3)
かちゃり。
カップを置いて、ホナミは、ほう、と息をつく。
「なかなかよい味ですね。さすがはイグニス王室御用達の茶葉を使っているだけはある」
「『聖ルシエル』は、五ヶ国中最も実り多き豊かな国。王家の血を引く方々は、日ごろから最上級のものしか召し上がらぬとか。味にうるさいとも伺っております。ホナミ様にそうおっしゃって頂けるとは、光栄ですね」
エアトスの言葉に、ホナミは笑った。
「兄上たちは、そうでしょうね。ですが、ボクはそんなにグルメではありませんよ。民や家来たちより質のいいものを食べていることは認めますが、美味しいと思うものを口にしているまで。兄や父上たちのように、不老だか長寿だかの理由で、わざわざ新鮮な旬の野菜を怪しげな液で煮込んだものだとか、遠い異国から取り寄せたとかいう、まだ乳離れもしていないような小さな珍しい毛色の子ヤギの肉を焼いて炙ったもの、だとか…それを最高級というのならば、ボクは願い下げですね」
案外、毒舌なのね・・・・でも、一理あるわ。
ブライドの側に控えながら、そんな事を思ったのはティナだ。だが、的を射ている発言。ブライドがこのホナミという人物を悪く思っていない理由のひとつだろう。金髪のブライドに対し、ホナミは輝くような銀髪だった。瞳は深い翠を宿している。王子というものはどこでも美形なのが世の常らしい。歳もブライドとそう変わらないようだ。そのあたりが、またブライドにとって親近感が沸くのかもしれない。ふと、ホナミと目が合うティナ。軽くウインクされてティナはうつむいた。
「うーん、本当にこの国の女性方は、初々しくてかっわいいよねー。いつ来ても癒されるよ〜」
別に、そんなんじゃないわよ。
顔を合わせれば面倒くさいからだ。できるだけ目立たないようにしなくては。
それが、今のティナがしなくてはいけないことなのだから。なにせ自分で言い出した事でもあるのだし、責任は持たねばならない。黒と白のコントラスト。フリルのついたエプロンに、同じくやや短めのフリル付スカート。一般にいう“メイド服”というものを、彼女は着ていた。
《何者です?》
ティナを目にした時、エアトスはすぐにそう言った。さすがは、補佐官。さっきの慌て者の兵士とはえらい違いだ。その時、片方の手が、彼の腰にある剣の柄にかかっているのを、ティナは見逃さなかった。
ふーん、これが、エアストという人・・・・
ブライドから聞いたとおりの人物像。ブライドが物心ついた時には、ある程度の指揮権は与えられていたらしい。もっとも、聖ルシエルに次ぐ領土の広さを持ちながら、歴代のイグニス王は、比較的温厚な性格であったらしく、国の機関としてはさほど重視されていない軍事部門であったのだが。しかし、いくら重視されてないとはいえど、いざという時には国の守りの要となる兵士達。その統率をまかされたのだから、並々ならぬ能力があったに違いない。
《考えてみれば、オレとアイツはちょうどひとまわりくらいの年の差だ。すると、オレと同じくらいの年には、アイツはすでに、軍権を握ってたことになる。それから徐々に、父上などから手ほどきを受けて、他の国政にも参加するようになったらしいんだが――
オレも、見習わなくては、てとこだろうけどな》
ブライドは苦笑していた。
自国と他国の王子二人がいるこの場で、見慣れぬ者がいる。それがたとえ無害そうな少女であったとしても、警戒して当然だ。ある意味、エアトスの行動は正しいといえる。そんな彼の性分を予期し、
《…エアトス…!》行動を制したのは、ブライドだった。ホナミには聞こえない程度の声で低くつぶやき、視線でエアトスを黙らせる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
エアトスは、その手をひいた。
「いいか、ティナ。くれぐれも変な真似はするなよ。お前は、今日からオレづきの配属になった侍女なんだ」
小声でささやくブライドに、ティナは答える。
「分かってるわ。自分で言い出したせってーだもの。役割は、演じきるわ」
それに・・・・
ブライドの言葉で、一旦は引いたように見えるエアトスだが、明らかに自分を見ている。少しでも不自然な素振りをみせれば、たとえブライドやホナミの目があろうと、きっとその剣で、自分を責めるだろう。
・・・・殺されるのは、まっぴら。たとえ命はとられなくっても・・・・、あんな無口そうで頑固そうで、、、、
取り調べられるのを想像するだけでげんなりしてしまうティナである。
そうして、すぐにやってきた「ホナミ王子接待用お茶部隊」
年若い数人で構成された彼女らは、てきぱきとテーブルを用意し、ティーカップを並べ、注いでいく。その一連の動作には、一部の無駄もなく洗練されたものがある。ティナは目を丸くした。再び小声でブライドがささやく。
「ホナミ殿はお茶好きなんだ。この国にも今回に限らず、まめにいらっしゃってるから、とうとうあんな侍女軍団ができてしまってな」
「特殊部隊、ね」
ぷっ。思わず吹き出しそうになり、ブライドは堪えた。
「くく…、まあな」
確かに、彼女らのお茶に関する流れ作業は完璧だ。その技能は他に類を見ない。
「ちなみに、あのこらの指揮官ってエアトスだぞ?」
可笑しそうに笑うブライドにティナはさらに目を丸くしたのだった。