俺、傭兵になる。
俺は出された温かい紅茶を飲んでいた。薄汚れていた髪はすっかり汚れも落ち、新品のシャツのように真っ白。服も1年間で擦り切れたぼろ布ではなく、新しいシャツを着ている。
「あれ?俺こんなとこで何してるんだっけ?」
朝飯の木の実を食べてたんじゃなかったか。
「さっきのをもう忘れたんですか、若」
「忘れてねぇよ。現実逃避しただけだ。あと、俺を若って呼ぶな」
「ではゴーシュ様、で」
「すいません若でいいです」
俺は何度目になるか分からないため息をついた。後ろにいるこの細身の紳士はマーカスさん。アーバントサーカス団の副団長を務めているらしい。
何故こんな状況になっているのか。それは数十分前のことを語らないといけないだろう。
~回想~
先程の我が息子発言をぶちかましたまま、偉丈夫の男――面倒くさいからオッサン――は、俺が放心しているのをいいことに抱きしめ続けている。が、ムズムズと震えだすとガバッと身を起こして一言。
「臭いっ!!もう我慢できん!」
…は?
「あー、もうめっちゃ臭うわ―。無理無理」
鼻を摘まんで臭いを散らそうと手うちわをする。
「おいおい…。まぁ?1年の間風呂にも入ってないし?ずっとこの格好だったけどよ…」
怒りのあまりぐっと拳を握りしめる。
「仮にも!百歩譲って俺がアンタの息子だとしよう!この感動の再開の場面で言うセリフじゃあねぇよなぁ!?」
「えー?だって、臭いし。マーカスもそう思うだろ?」
「いや、今のはないっすわー…」
「あまりに呆れてぞんざいな口調になっているだとう!?」
ビックリ!て表情してんじゃねぇよ!腹立つわ!
「とりあえず、若には体を洗ってもらって、それから説明しましょう」
「ああ、そうだな。それがいい」
「いや、俺の意思は?」
そのまま引きずられて幌馬車の中にぶち込まれたのだった。
~回想終了~
俺がつい先ほどまでの事を思い出していると、オッサンがテーブルの向かいに座った。俺は居住まいを正して真正面から睨みつける。
「で?どういうことか、説明してもらおうか?」
「もちろんそのつもりだ、ゴーシュ。さて、どこから話したものかな…」
「とりあえず、オッサンが本当に俺の父親なのか。それを証明してくれなきゃ話にならねぇ」
「難しい言葉を知ってるな。証明、証明…ね。そうだな、まずはそこからだな」
「ならまずは簡単な確認からいこうか。お前の母親の名はカーラ・アーバント。そうだな?」
「イエス」
首肯。
「お前が生まれたのは今から6年前の夏。どうだ?」
「イエス」
首肯。
「そして、お前の髪は元は黒色…違うか?」
「…イエス」
…首肯。
この後さらに2、3の質問をされたが、どれも俺の肉親…つまりは父親でないと知っていないことばかりだった。どうやら、この目の前のオッサンは――父親と認めざるをえないらしい。
しかし、目の前のこの男が本当に父親なら、どうしても聞きたいことがあった。
「アンタが俺の父親だということは分かった…。なら、一つ聞きたいことがある」
「…何だ?」
「何で、母さんと一緒にいなかったんだ!?もし一緒にいたなら、こんなことにはならなかった!母さんは死ななかった!!母さんを見捨ててまで一緒にいなかった理由があれば言ってみろ!!!」
テーブルから身を乗り出して親父の襟をつかむ。
ダン!
「ぐっ」
俺はすぐにマーカスさんにテーブルに押し倒された。
「たとえ若でもそれ以上の狼藉は許しませんよ。団長が一体どれほど苦渋の決断をされたのか、分かっているのか?」
「何だよ、決断って?母さんを見捨てた挙句、俺に強盗みたいなマネさせるようなのはよ」
俺の言葉にマーカスさんはビクリと肩を震わせる。
マーカスさんは無言で腕を振り上げた。
「待て」
ピタリ。
親父の言葉で顔面ギリギリで拳がストップする。
「ゴーシュが言うことも尤もだ…。だから、腕を下せ」
マーカスさんは無言で腕を下し、そのまま部屋から出て行った。
「スマンな」
「…別に。それで、理由は?」
「ああ…。それは、俺が傭兵だったからさ」
「傭兵…!?」
「アーバントサーカス団は表の顔さ…。傭兵団が裏の顔。『三つ首の番犬』。それがこの傭兵団の名だ。俺が傭兵だったばっかりに、離婚せざるをえなかったのさ」
「当時は、まだ親父――お前の祖父だな――が団長でな。その時、カーラに出会った。一目ぼれさ。だが、傭兵ってのは一度なるとそう簡単に足を洗うことは出来ない。カーラと、お前を危険な目に合わせたくなかった。だから、離婚した」
「今から思えば、危険でも一緒にいれば良かったと思ってるよ…。カーラはそれでもいい、と言ってくれたのにな…」
「町が襲われたことを知ったのはつい最近だ。手前の町で、お前らしき存在が生きているのを知ったから、急いでここに来た、って訳だ」
「そう、だったのか…」
俺は親父が言ったことに嘘が無いか、じっくり吟味した。今のところ矛盾はないし、嘘をついているようには見えない。
…それに親父は気が付いてないと思っているだろうけど、握りしめた手から血が流れているのが分かった。多分、自分自身に怒っているんだろうな…。
俺は一つの事を決心した。
「親父」
「なんだ?ついに俺の事をパパと呼ぶことを決心したのか?ダディでも可」
「死ね」
「ええ!?」
いやいや、そうじゃなく。
「俺を傭兵団に入れてくれ」
ゴーシュ、ついに決心します。血に塗れた、茨の道を進むことを…。
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