俺、拾われる。
俺は、雨が地面を叩く音で目を覚ました。
村のみんなが死んだあの日から、1年の月日が経った。結局、誰があんなことをしたのか分からずじまいになってしまったけど、そんなことはもう俺には関係なかった。
最初の1週間はそれこそ何も手に着かずボーっとしていた。あまりもの気味の悪さに死肉をあさる獣も近寄らず、肉が腐り始めたぐらいに埋葬しなければ、と思い立った。
いかに精神が前世で死んだ16歳から繰り越しているとはいえ、腐った体を持ち運ぶ作業はかなり堪えた。
夏でなかっただけ幸いなのかもしれない。もっと腐るのが早かっただろうから。
全てが終わるのに1か月はかかった。その頃には俺の心はかなりする減っていたんだろう。作業が終わったと同時に泥のように眠った。
起きると同時に、俺は一人で生きていかなければならないことに今さらのように気が付いた。よっぽど疲れているんだろうと、疲れた笑みを浮かべた。
それからはまさに地獄のような日々だった。
隣町まで行って盗みをしたり、スリもした。食えたようじゃないカビの生えたパンにかじりつきもしたし、狼の群れと必死に戦いもした。
生き抜くためにはと、殺しもした。ここを通ろうとする行商人や旅人を襲った。
殺しの忌避感は、思ったよりも無かった。結局、あの日から俺は致命的にぶっ壊れてしまったらしい。水たまりに浮かぶ俺は、鬼のような形相をしていた。
母さんはよく俺の黒髪を父親によく似ていると言われた。だが、今は見る影もなく白髪になっていた。この時、「ああ、俺はバケモノになっちまったんだな」としか思わなかった。
今日も食えるものを探さないとな。雨がふろうが槍が降ろうが関係ない。やらなきゃ俺が死ぬだけだ。山に入って食べれる木の実を探す。この1年ですっかりこの山では俺に敵う獣はいなくなった。まさかこんな所でも見切りの才が役に立つなんてな。
俺は見晴らしの良い場所で食べることにした。雨に打たれるがここにいれば近くを通りかかる獲物がいち早く発見できるからな。
口に木の実を運びながら雨の中監視を続ける。ん?あれは…。
ピョン、と俺は立ち上がり、山を下った。何台もの幌馬車が見えたからだ。今回は大量かも知れない。
擦り切れた服に1年前から愛用している鉈――肉屋から拝借した――を隠して、うつ伏せに倒れたふりをする。近づいてきたらこれでブスリとするためだ。
さて、今回の得物はどんな風に殺そうか。
ガラガラガラ。
耳から幌馬車が近づいてくる音が聞こえてきた。
「どーう、どうどう」
御者の声で馬がいななきながら動きを止める。一人、こちらに近づいてきた。もっと、もっと…。
俺は心の中でタイミングを数えて、相手があと一歩、という所で素早く身を起こして鉈を振るう。
(やった!)
確実に入った。そう確信した瞬間。
ドン!!!
あり得ないほどの衝撃が俺を襲った。あまりの強さに一瞬内臓が無くなったかと思ったくらいだ。
「ケホッ、ゲホッ」
な、んだ今の…!?何も見えなかったぞ…?
「ああ、悪い。いきなり来るもんだから、手加減できなかった。悪いな、坊主」
そう人を食ったような笑みを見せる男――黒髪の偉丈夫は何でもないように笑う。
まるで手のかかる犬を宥めるように手を伸ばす。
「大丈夫か?」
俺は唇を噛みしめながら一歩下がる。コイツはだめだ。相手を間違えた…!!見切りの才が無くても分かる。コイツはバケモノだ…!
しかし、ここで引き下がったら死ぬのもあり得た。俺が逃げても、すぐに追いつかれる。どうする…!?
「団長、まずは確認をした方がよろしいかと」
!?いつの間にか後ろに人がいた。まったく気配が分からなかった…!ヤバい、ヤバいヤバい…!!
必死に逃げる方法を考える俺をしり目に、男たちは勝手に話を進めている。
「ああ!そうだった。いかんいかん、浮かれているな、どうも」
「お気持ちは分かりますが先程のはどうかと。下手をすれば死んでいましたよ、今の」
「分かっている、そんなこと。さて、本題に入ろうか、坊主」
「…俺の名前は坊主じゃない」
ぶすっとした声で反論する。さすがに精神年齢22歳で言われてうれしい言葉じゃない。
「ああ、すまんな。謝るついでにお前の名前を当てて見せよう。なぁ、ゴーシュ・アーバント」
「…、え?」
「合っているか?」
ひどく真剣に俺に確認する。そのプレッシャーに思わず、コクンと頷いてしまった。
その瞬間。
俺はものすごい力で抱きしめられていた。
おおい!俺は男に抱きしめられて喜ぶ趣味はない!!
「やっと…、やっと見つけた…!!我が、息子よ…!!」
……………………………………………………………………………………………………………………………。
えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!!!??
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