否、と言う声
騎士国家ブリテン。
その国の名は、イギリスの歴史の中でもかなり重要な位置を占めている。というのも、そもそもイギリスが魔術大国と名を馳せる原因となったからだ。選定の剣を抜いた少年騎士は、ブリテンに集った騎士を率い、蛮族と戦ったと言う。
その蛮族は、結局の所正体不明となっている。歴史家の間では、古代帝国からやってきた遠征軍だとか、大陸を闊歩していた騎馬民族だとか、果てには異界よりやってきた魔物の群れなんて言う者もいるらしい。
とにもかくにも、イギリスという土地は侵略者によって大きく乱された時期があったのだ。
そして、彼のブリテンの王は多くの騎士を率い、正面から蛮族と戦った。これは、現代に於いても伝え聞く伝説である。
しかし——伝説はあくまでも伝説。根拠のない御伽噺であると考えられてきた。それは、多くのイギリスの国民も同様だっただろう。ほんの、10年程前までは。
それは、フランスとの何度目になるか分からない戦争の折だった。旧フランスの最後の戦争でもあったその戦いの中で、その出来事は起こった。イギリス軍が旧フランス軍に押し込められ、もはや降伏寸前という所に、一筋の光の柱が立ったという。
その柱から現れたのは、ブリテンの騎士たち。蛮族との戦いで命を落としたと信じられてきた、伝説の英雄たちだった。
それからは、まさに鎧袖一触だったそうだ。ブリテンの騎士たちが瞬く間に旧フランス軍を打ち破り、イギリスを守った。その光景は、まるで伝説の再現のようだった、と人は言う。
騎士王は遠い未来の先で、ブリテンの危機の際に再び立ち上がる——伝説の最後、騎士王が眠りにつく際の一文だ。
伝説はここに蘇った。
それからは、ブリテンの騎士たちがイギリスの国土を外敵から守護している。
そして、旧フランスのかつてないその敗北は、遠くない未来にて革命を許してしまう切っ掛けとなってしまうのだった。
言ってしまえば、俺が起こしたあの革命はブリテンのお蔭で成功したも同然なのである。もしも、あのまま旧フランスがイギリスを打ち倒すようなことになっていれば、今頃は更に大きな国家となっていたであろうことは間違いない。
そういった点に於いても、俺はブリテンという存在に大きな感謝を抱いているのだ。
ブリテンの王に会えるだけでなく、その本陣まで立ち入ることが出来たことに内心喜んでいた。
「ゴーシュにぃ、なんだか嬉しそうだね」
「……そうか?」
「うん、表情に出てる」
ニーナにそう指摘され、顔を撫でてみる。そんなに表情に出ていただろうか。やはり、ブリテンに足を踏み入れることが出来たことが余程嬉しかったのだろう。
ブリテンの王と言えば、全ての騎士の原型にして憧れである。今の騎士という存在は、彼の王によって形どられたと言っても過言ではない。その王本人に会えるというのだから、仮にも騎士を名乗っている自分としても嬉しさがこみあげているのだろう。
「やっぱ、男ってのは騎士に憧れているもんなんだよ。その象徴的存在と直に会えるっていうんだから、やっぱ嬉しいんだと思うぜ。我ながら意外だったけどな」
「ふーん。そういうものなんだねぇ」
ニーナは、そういうことに対しては言うほど思う所は無いようだった。彼女が傭兵ということもあるのだろう。どちらかと言うと、彼女の興味はこのブリテンの光景にあるようだった。
「ね、ね。それよりもさ、何でここって星空のままなんだろうね。さっきから見てたけど、星が動いてないよ」
「それを言うんだったら、そもそも時計塔の中にこんな空間があること自体が謎だけどな。明らかに時計塔よりも広いぞ、ここ」
そうなのだ。指摘した通り、目の前に広がる空間は時計塔の中に収まりきる規模では到底ない。更に、ニーナの言う通り星も瞬いている位置から少しも動いていなかった。もしかすると、ここは世界から切り離された時空の中に存在しているのかもしれない。
歩くこと少し。俺たちは星空の下に屹立する城までやって来ていた。城門が音を立てて開き、俺たちを迎え入れる。ちょうど中庭となっている場所に、数人の人だかりがあった。
皆、鎧姿でそこに立っている。フルフェイスの兜を被っていたので、流石に表情までは分からない。しかし、彼らは腰に差していた剣を抜くと眼前に剣を構えた。
騎士の歓迎の印だ。マーリンは彼らの前に立つと、大仰に両手を差し出して頭を下げる。
「ようこそ、ブリテンへ。改めまして、私はマーリン。そして、私の後ろに居りますのはブリテンの兵どもでございます。自己紹介は後々、ということでまずは王の下へ参りましょう——」
彼はそう言うと、俺たちを城の中へと招く。しかし——。
「ちょっと待てよ」
と待ったの声をかける者がいた。
騎士たちの中から、比較的小柄な騎士が前へ出る。
「他の奴らはどうだか知らねーが、オレはアンタらを歓迎するつもりはねぇぜ」
「……モードレッド!」
騎士の一人が小柄な騎士に向けて叱責の声を上げた。否を唱えた騎士の名はモードレッドというらしい。
モードレッドは続ける。
「何故フランスの似非騎士を我がブリテン領に招かなくちゃならねぇ? 王はああ言うが、オレは反対だね」
「貴様、王の御言葉を無視するのか……?」
別の騎士がモードレッドに問い掛ける。答えによっては、即座に切り捨てると言わんばかりに剣を握る手に力が籠っていた。
しかし、モードレッドはそんなこと気にしたことではにとばかり肩を竦める。
「逆に、何であんたらがこいつらを受け入れるのかがオレには分からんね。こいつらは侵略者だぞ? かつて、オレたちの国を荒らした国の人間だ。即座に切って捨てないだけ、冷静だと思って欲しいくらいだぜ」
「王が是と仰られたのだ。ならば、我らはそれに従うのみ……」
モードレッドは、その言葉を聞いて唾棄すべきことであるかのようにせせら笑った。
「はん。イエスマンかよテメェら——いいか、お前らがやろうとしていることは敵を内に招き入れることと同義だ。フランスの事情ォ? 知った事かよ。滅びるなら勝手に滅びちまえばいい。少なくとも、この国の人間なら誰もが思うことだろうがよぉ」
「いい加減にしろ、モードレッド! それ以上口にするというのなら、我がガラディーンの錆になる覚悟があるのだろうな……!?」
「やってみろよ臆病者。少なくとも、ここでテメェと戦うのなら負ける気はしねぇなぁ!」
「……ほざいたな……っ!!」
一触即発の空気。白銀の剣を持つ騎士が、モードレッドと睨み合う。
このままでは、収まりが着かないだろうと俺は二人の間に歩み出た。
「ご両人、そこまでにしましょう」
「貴様、何のマネだ……? 切り殺されてぇのか」
「その通りです。今は貴方に構っている暇はない」
両者から厳しい視線が突き刺さる。直視されるだけで肌が粟立つほどの圧力を感じる。しかし、ここで引き下がっては話が進まないし、何よりブリテンの中でしこりが残るだろう。
そこで、俺は一つの提案をすることにした。
「貴方——、モードレッドさん、でしたか」
「……何だよ」
「確かに、貴方の言う通り我々は敵国の人間。そうやすやすと自陣に入られるのは良い気がしないのは理解できます。そこでどうでしょう。ここは一つ、騎士らしく決闘で白黒つけるというのは」
「あぁ?」
彼は胡乱気な声を上げた。
「テメェ、本気で言ってるのか? まさかこのモードレッドに戦いを挑もうって? 馬鹿も休みやすみ言え、フランスの騎士如きが俺たちブリテンの騎士に敵うとでも、本気で思ってやがるのか?」
「ええ、勿論です。少なくとも、負けると思って決闘など挑みはしませんよ。——それとも」
と俺は薄く笑みを浮かべた。
「————それとも、負けるのが怖いのですか?」
ピタリ、とモードレッドの動きが止まった。心なしか、周囲の空気が少し下がった気さえする。傍に居た騎士たちですら、突如の異変に気が付いていた。
そして、その異変の原因にも————。
「……言ったな」
静かに。
静かにモードレッドは言葉を紡いだ。そして、今まで抜いてすらいなかった剣を腰からすらりと引き抜く。
「覚悟は出来てんだろうな」
「勿論。では、負けた方が勝った方の言うこと聞く、ということで」
「良いだろう」
モードレッドは俺と向かい合うように立ち、剣を構える。
それに応えるように、俺も戦いの構えを取った。
「……ぶっ殺してやらぁっ!!」
「どうぞ、やって見れるものなら……っ!」
吐き出される言葉の勢いそのままに、両者は勢いよく飛び出した。
今回は3500文字弱、といったところなのですが、読みやすい文字数とかあるんでしょうか。気になるところです。